「な、なんなの……あの子……」
「なっ! 言った通り凄い奴だろ! あの不知火っての! いやぁもういつもあいつには興奮させられるからよ、どうしてもあいつばっかり追っちゃうんだよなぁ」
「……凄いってもんじゃないわ。日本代表に選ばれてるぐらいだからそれなり、とは思ってたけど」
一組の男女の視線の先には、鎌学のハーフコートでしのぎを削りあっている鎌学と江ノ高の選手たちの姿がある。その中でも特に縦横無尽にピッチを走り回っている不知火の姿があった。
つい先ほどは逢沢選手が単独でドリブル突破からの同点弾。
そして、後半開始早々には不知火選手が鷹匠選手のバックパスをカットし、すぐさま逢沢選手にパス。そこからのドリブルも見ごたえあったし、シュート直前に魅せた、まるで自分から自分へ出したかのようなラストパスも見ていて熱くなったものだ。
そして追加点は勝ち越し逆転のシュート。
これを一人の選手が為したのだからその選手、逢沢駆君にご熱心になってもおかしくはないんだけれど。
「逢沢君もここぞってところで輝きを見せてくれるけど……」
「そうなんだよっ! 彼も彼で非常に面白いプレイを見せてくれるんだが、彼でも、荒木君でもない……そう! 一番はやっぱり不知火君の非常識さだ!」
「非常識……そうね、非常識って表現はしっくりくるわ」
サッカーは陸上競技ではない。
故に、短距離走の記録も無ければ長距離走の記録もない。陸上競技で重要視されるタイムはそこまで注目されない。だけれども、不知火君を見ていると彼の走力そのものが気になってくる。
まぁ、今後彼がサッカー選手としての人生を歩むことになれば自ずとテレビ番組を取り沙汰されるでしょうが。
「
「そう、それが彼の特徴の一つだ。足が速いのはもちろんの事、それを維持し続けることが出来るだけのスタミナ……それだけでも相手にとっては十分厄介な相手だろうけど、彼の場合――」
「――確かな巧さがある。それも、日本代表入りを認められるだけのテクニックが」
こんな選手を相手にしなければならない鎌学の選手たちはご愁傷さま。
そして、これほどの逸材が将来の日本のサッカーを明るくしてくれるだけじゃなくて、確実に日本代表の選手として活躍してくれるだろうと言う期待がある。
「そう言えば少し前に聞いたんだけど、彼って本当に代表で海外に撃たれたの?」
「……本当さ。だからこうして普通にピッチに立って、チームのために活躍してる姿が信じられない。まぁ、無事だったってのには安心してるけど」
「そう……」
日本代表として海外入りしている選手の一人である不知火選手が撃たれたと聞いたときは驚いたものだ。とりわけ、これからの日本を背負っていくことが出来る選手として持て
他にも韓国代表の選手もテロに巻き込まれたと聞いているが……撃たれたのは日本人選手一人だったらしい。しかも、画質は荒いものの、その時の様子を捕えた動画がサイトに上がっていたのだから相当波紋が広がったものだ。
数人がかりで拘束されているテロリストらしき男が胸元から何かを取り出し、放り捨てた。それ――恐らく手榴弾――を不知火君と思わしき人物が駆け寄って拾い上げ、思いっ切り斜め上に放り投げたのだ。
それからほぼ1秒。大きな爆発音とともに画面が揺れる。
近くにいた人たちの者と思われる歓声が上がり、画面に映っている人々が嬉しそうに身振り手振りしているのが分かったが、歓声の中心にいる人物が片膝をついてしまったのだった。
それを見て撮影者が慌てて駆けだしたところでその人物は見切れてしまい、その数秒後に動画は終わっている。
――この動画の再生回数は、投稿日から数日で全世界で再生されることになり、既に数百万回を記録している。
「日本を代表する若者、勇気ある日本人、若き侍に最後の侍ね」
「『とあるホテルで買い物を楽しんでる最中に起きたテロ。男が投げたグレネードが爆発する寸前、勇気ある日本人の学生がグレネードを外に向かって投げた。彼は、直前にテロの男によって脇腹辺りを銃で撃たれていたにも関わらず、痛みに屈することなく私たちを救出するための最善の手段を取ったのだ!』ってその動画の説明文にあったね。それでそんなタグが付いてるみたい」
「日本のイメージ向上には良いかもしれないけど……」
私は銃で撃たれるなんて事を経験したことが無いから何も言えないけど、あの動画の終わり際で見えて例の人物の足元には赤い液体が見えた気がした。つまり、それぐらいの出血をしているという事。
そんな状態であれだけの動きをしたのだ。当然、かなりの無茶をしただろうし、相当の痛みを感じたはず。だからこそ気が抜けた直後に膝をついてしまったんだろうけども。
「ま、彼が今無事サッカーをしてることが何よりの事だ」
「……それもそうね」
「それもそうだが、彼については高校以前の情報が一切ないんだ」
「……情報が無い?」
熱心にピッチを駆ける不知火君を見つつ、勿体ぶったように話し出した彼の言葉を反復する。
「そうなんだ。不知火君がサッカー選手として活躍し始めたのは良いんだけど、これほどまでの技術を持ってるんだ。絶対小さい頃からサッカーをやっていると思って情報収集したんだけど、集まったのは江ノ島高校に彼が進学して以後の情報のみ。中学までの彼の事はまったくわからなかったんだ」
「へぇ……貴方が情報を集められないなんてね」
「だから、僕も驚いてるよ。まるで、高校からサッカーを始めましたと言わんばかりの経歴なんだ。これが本当だったら彼はどれほどの才能を秘めてると思う?」
「ちょ、ちょっと! さすがにそれは信じられないわよ! ……不知火君が高校からサッカーを始めた? 冗談にしたって笑えないわ」
試合から視線を外し、大袈裟に溜息を一つ漏らしながら彼を見やる。
当然、試合から一切視線を逸らしていない彼の横顔しか見えないわけだけど、その表情はどう見ても真剣そのもの。まさか嘘を付いているとは思えないし、冗談を言っている顔にも見えなかった。
「……本気で言ってるの?」
「ああ。本気さ。もし今度彼に直接インタビューする機会があったら聞いてみるつもりさ。もしかして高校生になってからサッカーを始めたんですか、ってね」
「もしそれが本当だったら……大変よ?」
「ああ、それでも。僕は彼に聞いてみたい」
「…………はぁ」
結局、彼がこっちに顔を向ける事は無かった。
試合が終わるまでの最中、真剣なまでにその動向を見守っていた。
一度でもこっちを見てくれてもと勝手に期待してしまった自分が馬鹿だった。彼が何かにハマってしまったら、途端他の事には気が向かなくなってしまう事は高校時代から知っていたのに。
「はぁぁ……」
「ん? どうかした?」
「……いぃえ、なんでもありませんよ」
「え? え、そういう時って絶対何かあるんだけど。あれ? 僕何か変な事言ったかなぁ」
「えぇ、えぇ。特にこれと言って何も言ってませんとも。えぇ!」
「あ、その口癖! 変な事言ってごめん!」
「……謝るんだったら少しはこっちを見てください」
「え? ごめん、今なんて――」
「――何も言ってません!!」
「え? ……あ、えっ!?」
――結局、そのまま試合を最後まで見ずに帰ってしまった私のもとに届いた彼からのメール内容は、3対2で江ノ高が勝ったという事だけだった。
同点に追いつかれた江ノ高が、特に不知火君がどれだけ凄い活躍をしたのかが明確に記されているメール。事実に盛り込まれた彼の熱意の塊が大いに文章に影響を与えており、ほとんど短編小説に近い出来になっていた。
ただ、そこに彼の人柄を垣間見ることが出来た私は、少しだけほっこりしてしまったのは誰にも言えない秘密の一つである。
久々の閑話でした。
特にこれと言って彼ら(二人)に名前を付与することはありません。
もし仮に次回登場機会があれば……その時考えましょう。