俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第71話

 少し雰囲気がおかしくなった駆だが、残り時間が少なくなった前半で何かできることがあるだろうか。……いや、今まで駆の様子がおかしくなったことを思い出すと、残り時間なんて関係ないとばかりの活躍を見せてくれそうだ。

 で、その気になる残り時間は約6分。

 アディショナルタイムを含めるともう少し長いだろうが、駆の皮をかぶった別人さんには1点でも多く決めてもらいたいところ。

 

『江ノ高、1点先制点を決められてしまいましたが、この後どういう動きをするのかぁ! 鎌学スイーパー国松選手を中心としたDF陣に苦戦しているが……!』

 

 国松さんの嗅覚マジ半端ない。

 あれはあれで一種の固有能力だと思うのは俺だけだろうか。そもそも感覚的にボールの動きを嗅ぎ取って守備するって、そこらの警察犬よりも優秀なんじゃない? いや、言いすぎなのは理解してるけど。

 しっかし……韓国戦でやられたことをまさか鎌学相手にやられるとは思っても無かった。俺の守備範囲外でパスを回してシュートまで持っていく流れ。確かに、韓国戦には佐伯や世良が出てたし、肌で感じた戦術をそのままそっくり江ノ高相手に使っただけなんだろう。

 ……俺もサッカー混ぜて欲しいんだが(迫真)

 

『さぁ、江ノ高キックオフ! ボールは荒木選手に渡り……おっと、逢沢選手がボールを要求しているのか、キックオフの位置からほとんど動いていません! これはどうした事かっ!!』

 

 大胆不敵も良い所。

 が、いきなり中央付近でボールを要求したこともあってか、相手DFも思考が追いついてない様子。それを知ってか知らずか、荒木先輩が駆にパス。唯一というか、位置的に距離を詰めていた佐伯が驚いたような表情をしてるのがよくわかる。

 なにせ、自分の存在を無視してるかのようにパスを出すのだから、荒木先輩の意図が読めないとともに、舐められたもんだと意気込んでいるのだろう。が、今の駆を相手にしてそんな事を思うこと自体が間違っている。

 ……駆が豹変するのは前にも経験してる事だと思うが、納得できないでいるのだろうか。もしくはそんな不確定要素を排しているのか。分からんでもないがな。まさか二重人格なんて思わないだろうし、そもそも人格が変わることでサッカーが巧くなるとか(笑)思ってるのかもしれない。

 普通はそう思うだろうが。

 

『ボールは逢沢選手の足元に収まったまま、ピッチ全体を見渡しています! 残り時間が少なくなった前半、どのように攻撃を組み立てていくのでしょうか!』

 

 ゆっくりと、足元のボールを前に転がしながら全体を見渡す駆。

 足元を一切見ようとしないが、今までの駆と違い、ボールと足が一体になってる感覚がある。人が変わったようなサッカーをするときの兆候の一つだ。

 

 そんな駆の前を遮るように立ったのが世良だ。

 未だに疑問を表情に浮かべている佐伯の様子には納得できるのだが、口角を吊り上げていかにも愉しもうとしている感じのする世良は……どうなんだろう。単に駆との一対一(タイマン)を望んでいたのかどうなのか。

 

「さぁ、来い……!?」

『な、なんと逢沢選手、世良選手の足元にボールを当てて華麗に抜き去ったぁ! あまりに一瞬の事で、何をしたのか目が追いつかないところでしたっ!!』

 

 意気揚々と駆の前に立った世良だったが、残念。

 一瞬で抜き去られて駆の異常さを引き立てるだけの脇役に転じてしまった。それを本人に言うと、これでもかと言わんばかりに睨まれるから何も言わないが。

 

 それからも、他のMFが駆からボールを奪おうとチェックするものの、少し視線を動かしてパスを匂わせただけでドリブル突破してしまう。薫や高瀬を見て、ほんの一瞬パスかと迷わせたその一瞬を狙ってのドリブルだ。

 分かっていても警戒せざるを得ない。その心理を突いた、まさに心理戦のエキスパート。普段の駆に出来る事じゃァない。

 

 いやぁ、事故ってから二重人格になってしまうとは……

 

『一人、二人……! どんどんと鎌学イレブンを抜き去っていく逢沢選手逢沢選手ぅ! この独走、どこまで続くというのかぁっ!! っ……! また抜いたぁっ!!』

 

 3人、4人!

 視線で左右に揺さぶりを掛け、自身は真っ直ぐ前に進んでいくだけ。

 佐伯も何とか駆を止めようとしたものの、前後に一瞬の緩急を付けただけで抜き去ってしまった。しばし呆然としていた佐伯だが、ふと思い出したように駆を追いかけだした。

 そりゃそうだ。

 たった一人が鎌学イレブンの中央を突破しようとしてるのだ。それを止めようとしてるのは、普通のサッカー選手としては当然の行為。

 駆に合わせてサイドを上がっている薫と高瀬の二人の守備に人員を割かれているせいか、思ったように駆に集中しきれてない。

 

「……うおっ!?」

 

 そんな駆を止めようと、DF最後の壁である国松さんが立ちふさがる。

 が、そこでφトリック。GKとの距離が空いていた事もあり、余裕をもって国松さんの守備を抜き去ってしまう。最後の意地とばかりに、イエローも厭わんとばかりに後ろからスライディングを仕掛けるものの、予測してたかのように軽くジャンプして躱す駆。

 あとはもう、ゴールに流し込むだけだった。

 少しフェイントを混ぜ、GKが動き出したのとは逆の方向にボールを蹴る。何とかボールを追って横っ飛びしたGKだが、伸ばした手はボールに触れる事は無かった。

 

 一瞬の空白。

 

『――ご、ゴオォォォル!! な、何という事でしょうか! 逢沢選手! たった一人で鎌学イレブンを置き去りにして得点してしまったぁ! リスタートから流れる様なドリブル! 誰も逢沢選手を止める事は出来なかったぁっ!!』

 

 これで1対1。

 駆が今の状態を保ってられるなら、鎌学戦で負けることは無い。

 と言うか、ほとんどの高校に負けないんじゃないだろうか。中盤で荒木さんがボールをもって前線にボールを出して、それを駆が受けてそのままドリブルで敵陣を切り裂く。

 そのままシュートしても良いし、サイドを使ってワイドに攻撃を組み立てても良い。何というか、普段の駆以上に戦術の幅は広がるのは確かだ。

 

 ……ただ、何というか、それだと面白く(・・・)はない。

 

 何といえば良いのだろう。

 ただ、今の駆が駆じゃない(・・・・・)という確信があるせいだろうか。

 本来の駆の実力でサッカーを楽しんでほしい。駆が(・・)シュートを決めてほしいという欲がある。本来の江ノ高の姿で、鎌学に勝ちたい。

 

「……っふぅ」

 

 一呼吸。

 長く息を吸い込んで、大きく吐き出した。

 ちょっと冷静に考えると、いかに自分が変な事を考えてるのかは理解できる。チームメイトが得点を重ね、試合を振り出しに戻してくれたのだ。それを喜ばない馬鹿はいない。

 いや、実際駆が点を決めてくれたのは嬉しいのだが。

 

「おい、不知火。……どうしたんだよ」

「荒木さん……いえ、特に、なんでも」

「おいおい……駆がシュート決めたってのにそんな不景気そうな(ツラ)ァしてんじゃないよ」

「まぁ……そぉ、っすね」

 

 そう、ぐだぐだ考えてもどうしようもないし、うだうだ悩んでもどうすることも出来ない案件だ。駆の事情もある。……正直、単に俺の我が儘でしかないってのもあるのだが。

 

 ま、取りあえずは前半。

 同点で試合を折り返すことができたのは大きいな。


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