俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第66話

「――これが、証明書です」

「……そう、ですか」

 

 岩城監督と二人で会話をする俺氏。

 何気に緊張するんだが、今俺が手に持っているのは日本の病院で出してもらった無病息災の意を示す証明書の紙。つまり、問題なく運動することができますよと書いてある紙を監督に提出していた。

 

 今の時間は平日、それも学校の職員室だ。

 そりゃもう、普通に学校に登校したのは良いものの、同級生やら部員やらにもみくちゃにされるという惨事に遭ってしまった。まぁ、惨事と言ったらやはりテロリストに遭ったことなんだが。

 俺が銃に撃たれたって話はすぐに広まっていたらしく、それに対する心配が半分。逆にテロリストを倒してしまったんじゃないかという疑惑が4割。残り1割は俺がテロリストがねぐらにしている拠点を潰してしまったんじゃないかという邪推だ。

 質が悪い事に、俺がテロリストの本拠地を落としたという事を本気で考えていた奴がいたことだ。

 何気に俺の身体能力の高さを信用していたというか……お前の実力はまだまだこんなものじゃないと言われたときにはどう対応しようかと。

 

 正直、自分でも卑怯な手だとは思ってる。

 というか、そのためにこの紙を持ってきたんだろと言われてもしょうがないと思う。そこまでして試合に出たいのか! なんて言われるかもしれないが、逆にこうでもしないと試合に出れないかもしれないのだ。自分の事を心配してくれるのはありがたいが、余計に心配するのはナンセンスだ。

 

「――わかりました。……ですが、取りあえず練習試合に出てください。その様子を見て、試合に出れるかどうか判断しましょう」

「はい。それで十分です」

「はは……君は、銃で撃たれたんでしたか」

「は、……はい。この、脇を」

「そう、ですか……」

 

 一応、傷跡を見てもらうために制服をめくって確認してもらった。

 今も生々しく残っている銃創痕は、生涯にわたって残るだろう傷跡になっている。が、まぁ……戦争ものの映画やらを見ていた影響か、これぐらいの傷跡だと逆にカッコよく思えてしまうのは馬鹿な男子の勲章だろうか。

 が、一人の教師として、また、一人のサッカー部の監督として接してくれる岩城先生からすると何とも言えない傷だろう。しかも、先生自身サッカーに打ち込んでいる人だ。

 俺が撃たれてしまったと聞いたときも、相当な心配をかけてしまっただろう。

 だからこそ、俺は勲章かなと浮つく気持ちを腹の底に押しとどめて先生の反応を待つのだった。

 

「嗚呼、なんと言って良いものか……まさか、代表として海外に行って、こんな事に巻き込まれてしまうなんて……何と言っていいものか……」

「あ、いやぁ……正直、外国でテロに遭うかもしれないってのは考えてましたんで。まさか撃たれることになるとは僕も思っては無かったんですけど」

「ふふ……こうして、君がまた元気な姿を見せてくれるだけでありがたい事です。この証明書も、それを示すために持ってきてくれたんでしょう?」

「はい」

「なら……その気持ちを無駄にすることはできませんね」

 

 ありがとうございますと、一言告げ、そそくさとその場を後にしてしまった。

 正直、あんな真っ直ぐな目で見られる俺の気持ちにもなって欲しいってもんだ。同じ部員対策として出してもらったものだからこそ、ここまで純粋な気持ちを向けられると困るんだ。

 ――もし、俺が転生者だという事前知識が無いままにこの世界を楽しんでいればこんな気持ちを抱くことは無かったのかもしれないが……あいにく、大人としての精神を持ち合わせてしまったせいで余計な事を考えてしまう。

 若いころの俺だったら自分の事しか考えなかったんだろうが。

 

 

 

 ――そして部活の時間帯。

 今日は学校に登校してからずっと心配されまくったなぁ。

 クラスメートはもちろん、違うクラスの同級生にも心配される始末。少しの間学校を休んでいるうちに話が広まっていたらしい。同級生には駆が、先輩方には荒木先輩や他の先輩から広まったらしい。

 俺がテロリストに撃たれたって事実が。

 ……中には俺がテロリストを全員ぶっ飛ばしてしまったという噂話も広がっていたのはどうしたもんかと頭を抱えたが。

 

「不知火……」

「荒木先輩」

「その、あー……なんだ……怪我、大丈夫なのか?」

 

 遠慮がちに聞いてきた荒木先輩。

 前の試合ではしっかりと活躍してくれたみたいで良かった。まさか俺の怪我の事を考え過ぎてサッカーができなくなりましたってトラウマにならなくて。見た感じ駆も問題なさそうだったし、俺の考え過ぎで済んでだってことか。

 

「大丈夫ですよ。病院からも運動しても良いって許可貰ってますし」

「そ、そうか! ああ、そうかそうか! いやぁ良かった良かったっ! もしお前にもしもの事があったら……あった、ら……いや、申し訳なかった」

「あいや!? 顔を上げてくださいよ! 別にそんな事しなくても良いですって!」

 

 さすがに頭を下げられるとは思いもしなかった。

 いや、まぁ、テロリストが興奮した原因の一つが荒木先輩の携帯事案。あれが無かったら撃たれることは無かったのかもしれないが、逆にあのおかげで荒木先輩は日本に帰国する便に搭乗する事が出来たのだ。

 どっちもどっちだったかもしれない。

 荒木先輩が穏便に済ませてれば日本でサッカーを出来なかったし、俺は銃で撃たれてしまったけども生きてたし、向こうでクラブチームの観戦できる貴重な経験もできたし。

 銃で撃たれたのは貴重でも何でもない、ただ運が悪かっただけなんだが。

 

 ……それから少しの間、謝り倒してきた荒木先輩を連れて部室へ。

 折角の決勝だ。俺だって少しは皆のために貢献したいと思ってる。

 が、思った以上に皆が俺の事を心配するもんだから今日はサッカーの練習ができなくなるんじゃなかろうかと恐々としていたら、岩城監督が場を収めてくれた。

 何とか事情を説明してくれたものの、俺の傷跡を皆に見せることになって非常に気まずい雰囲気になってしまったが、どうしようもない。どうせ、皆に見てもらわない限りには納得しないだろうし、傷口が塞がってると見せるには最適な行動だ。

 これで誰かがトラウマになるかどうかは別として。

 

「――っと、普通に動けるな」

「うわぁ……さすがヤス。でもそこにあんまり憧れないなぁ……」

「おう、どういうこった」

 

 普通にパス練習をし、ダッシュをこなし、皆に紛れて紅白戦もこなしてみたが体には一切の問題なし。まぁ、医者から問題なしのお言葉をいただいてるからこその運動なんだが。

 しかし、脇腹を撃たれたことを皆が知っているせいか、ガッツリ体を当ててくることが無かった。まぁ……正直俺も、誰かが怪我をして復帰したばかりだったら無理に仕掛ける事はできないか……

 あれ? 俺がおかしいのか(迫真)

 

 

 

「康寛っ!」

「うお……ど、どうした?」

「もう……もうっ、ほんっとに……っ!」

 

 全ての練習が終わって休憩中。

 一人飲み物を取りに歩いていたところに後ろから抱き着かれた。

 中々に柔らかい感触が。と行けば俺も嬉しかったんだが、ぎゅぅと力強く抱きしめられているせいか、そこまで感触を楽しむことができない。……しかし、そこは治ったばかりの傷跡がある場所なんだが。

 

 声ですぐにわかったが、奈々が後ろから抱き着いてきたのだ。

 精神年齢はもう結構歳喰ってるはずなんだが、結構ドキドキするもんだ。今も手汗をかき始めてる。そもそも何故こんな展開に陥ってしまったのか理解できん。あばばば。

 

「心配、したんだからね」

「お、おう。ごめん」

「ホント、会えなくなるかもしれないって……」

「すまん」

 

 後ろから抱きしめられ続ける俺はここからどうすれば良い?

 正面からだったらまた違った行動ができたのかもしれないが……できれば頭でも撫でてやりたいところだが、後ろ向きだとどうしようもない。と言うか、そろそろ人が来そうなんですが? そろそろ離れてもらわないとマズイ事態になるような気がするんですが?

 

 しかし……この感触も捨てがたい、か(にっこり)


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