第64話
「お、勝ったか!」
電話を耳に当て、江ノ高が葉蔭を相手に4対3で勝ち上がったことを聞くことができた。
――あの時、テロリストの男に脇腹を撃たれた俺は、結局飛行機に乗る事は出来ずに入院することになったのだった。さすがに怪我を負う事になった原因であるテロリストがいる国はちょっと……と両親が心配したのだが、血を流している状態で飛行機に乗るのはどうかと俺が宥める事になったのだが。
で、入院することになった俺だが……入院費はなんとタダ。
ただより怖いものは無いと良く言われていた、まさに無料で入院することになったのだった。理由は、テロリストが最後の
『私だけじゃなく、このホテルを救ってくれた人物に何もしないというのは私の意に反する。それも、君のように才気溢れんばかりの若者を見捨てるなんてとんでもない! ……ふむ、日本人の君は悪いと後ろめたく思うかもしれないが、奇特な人間がいるものだと流してくれるだけで良い。もしかするとお礼も受け取ってくれないのかもしれないがね』
と、ダンディズムの極致にいる様な男性がすべてを済ませてくれた。
テロリストと居合わせてしまった事は最悪の事態だが、俺としては運がよかったのかもしれない。まぁ、結局日本に帰ることはできなかったのだが。
駆と荒木先輩は無事、日本に帰ることができた。
試合にも出たらしい。いや、出てなかったら俺がぶっ飛ばしてやってたけども。
脇腹を撃たれてしまった俺の事を心配していた荒木先輩だったが、2人して飛行機に乗り遅れるかもしれないという事態は江ノ高の試合に響いてしまうという事で、金と朴に頼んで無理矢理送らせたのだ。
まさか朴がバイクの免許を持ってるとまでは思ってなかったが、無事日本でサッカーができているようで何より。
――で、俺の怪我なのだが。
診断結果は、完治まで1か月。問題なく運動できるようになるにはそれ以上の期間が必要になるだろうと医者に診断されたのだった。
……普通に考えれば、日本でサッカーできるようになるまでどれぐらいの期間がいるのだろうかと考えてしまう所だが、毎日この期間が少しずつ短くなっていた。
医者の男性が信じられない物を見る様な視線を俺に向けてくる毎日なのだが、こればかりは俺の体の回復力もまた、転生の際に貰う事ができた恩恵の一つなのかなと達観することぐらいしか出来ないのだが。
全治1か月から3週間。3週間から2週間と少し、少しが消えたと思っていたら10日で完治するかもしれませんと真っ青な顔で言われ、気付けばそろそろ問題ないんじゃないかなと自分の脇腹を見下ろしつつ歩き回っていた。
最初こそ少し痛みの走っていた脇腹は快調になっていた。
もう、痛みを感じる事すらない。この時、銃で撃たれてから3日目のことだった。
『やぁ! 君があの不知火君か! いやぁ、あの時はどうしたものかと思ったものだが、こうして君に出会って話をすることができて非常に嬉しく思っているよ!』
『はぁ、ありがとうございます』
『先日のAFCの決勝も存分に働きを魅せていたし、こうして僕が来なくても、遅かれ早かれ誰かが来ていたのは間違いない。それはもう、君の様な選手をスカウトしたいと思っているのは僕だけじゃないだろうからね!』
『はぁ……』
――傷がどんどんと回復しているのは良いのだが。
俺の状態が良くなっていることを知ったこの人が、俺に会いに来たとのこと。
……スカウト、とか言ってるからそういう関係の職に就いている人なんだろうが、なんでまたこのタイミングでここに?
『今日は、どうしてここに?』
『もちろん、君をスカウトしに来たのさ! まぁ、君はまだまだ成長するだろう。今後の君の活躍にもよるが、才能ある選手を青田買いしようって魂胆さ。君の将来の選択肢の一つにしてもらえれば幸いだ!』
『そ、そうですか』
ガンガンと前に出てくるスタイルの会話方式には俺もビックリ。
なんてアグレッシブに会話をするんだろうさすが外国、なんて馬鹿みたいな事を考えていたら、俺が怪我をして入院している間に、このスカウトの人が所属しているクラブチームの見学をさせてくれるとのこと。
正直、入院している最中は何もすることが無くて暇だったから渡りに船とばかりに快諾。すぐさま医者の許可を取りに行き、顔色の悪い医者からOKの言葉をいただきいざ車に乗り込んだ!
さすがにテロリストの暴動に遭って数日。
近辺のテロリストに対する警備が高くなっている今、こうやって昼間から堂々とテロ行為を仕掛けてはこないだろうという希望。日本政府からもそれなりに抗議の連絡は何かしらあっただろうし。
で、スタジアムに向かっている道中、この辺りの名産物や何が美味しくて何がまずいかとか、何でもない世間話をして会話を楽しんでいた。特にここのタコスが美味いという話が一番印象に残っている。
……日本に帰る前に一回は食べに行きたいものだ。
『さぁ、ここが我がホームグラウンドだ! 君は運がいい。今日はあるチームと練習試合をするんだ。まぁ、このチームの実力からすると負けてしまうかもしれないけどね』
『そんなに強い所とするんですか?』
『ああ。練習だからね。少しでも強い所と戦って成果を得たいのさ。……正直なところ、向こうのチームの相手をさせられてるってのも否定できないけど』
『あー……』
残念過ぎる。
いや、これが強者と弱者の定理なのか?
強いチームは選手の調子を確かめ、整えるために弱いチームと試合をして勢いづける。開幕試合を白星でスタートするための調整試合だと言われれば……納得して飲み込むしかない、か。
ま、弱いチームの方に分類されてしまったこのチームは何とかして勝とうとするだろうが。
『ちなみに、どこのチームと試合をするんです?』
『ああ、そういえば言ってなかったね。ドイツのフランクフルトさ』
『フランクフルト……』
『そう。若き皇帝と名高きカール・フォン・ゼッケンドルフを擁しているチームさ。彼から得点を奪うのがどれだけ難しいことか』
『若き、皇帝……』
厨二病真っ只中な二つ名。
さすがの俺でもそんな二つ名はつけてほしくない。
年齢は俺よりも少し上。だが、17歳という年齢でドイツ代表入りが確定している生粋のサッカー選手らしい。ポジションは俺と同じくDFという事で、例のカールという奴を観察しておこう。
もしかすると今後の俺の動きに役立つものを見せてくれるかもしれないし。
「はぁ……この怪我がなかったらなぁ……」
思わず左脇を一撫で。
目の前で開始されようとしているサッカーの試合を見つつ、悔しい気持ちを感じていた。逆に言えば、この試合を見ることが出来ているのは銃で撃たれたからなんだが……複雑な感じだ。
ま、ちょっとした海外旅行ができると考えればこの怪我も良かったのかもしれない。
いや、良くは無いんだが、この体だからこそ楽しめる休日みたいなもんだ。
どうせ、日本に帰ったら同級生に話を聞かれたり家族に心配されたり、もしかすると取材されたりするかもしれないことを考えるとだ。今のうちに楽しんでおいてリラックスしておくことも大事なんじゃないかと考えてしまう。
……いや、これが一番の選択肢だろう。
――今、一瞬カールの視線がこっちに来たような気がしたけど……気のせいかな。