俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第63話

 さて、韓国との決勝戦を終え、荷造りを終えた俺たち日本代表組は日本に帰還することになった。俺たちが海外で試合をしている最中も江ノ高サッカー部は選手権での試合をしているところだった。

 俺、荒木先輩、駆の3人がスタメンから外れてしまったものの、織田先輩やマコ先輩を筆頭に何とか勝ち進んでいるらしい。そこで俺たち3人が帰還すれば、戦力が戻るだけでなく次の試合に勝ち進むための戦力になるわけだ。

 まぁ、さすがに日本に戻ってすぐに試合に出されることにはならないだろうが。身体に疲れが溜まってる状態で、岩城監督が俺たちを試合に出すとは思えないしな。

 

 で、日本に帰る当日になったのだが。

 もう少しで日本に帰るための飛行機の便が出発するという時間帯。なのに、集合時間に間に合うかどうかわからなくなりそうな時間にホテルのショッピングフロアに来ている荒木先輩。そして、英語が話せるという理由だけで連れ去られてしまった俺は、フロア内を探索しているのだった。

 

「荒木さぁん……そろそろ行かないと遅れますよ?」

「まだお袋のモン買ってねーんだよ。頼まれてたバッグ買ってかねーとぶっ殺されちまう」

「いや、まぁ……それは分かりますけど。日本でも通販で買えないもんなんですか?」

「ああ、ここで逃しちまったらぜってー絞め上げられる……っ!」

 

 嫌そうに表情を歪める荒木先輩の横顔を見ながら溜息を吐くことしか出来なかった。

 最低でもここから走って間に合う時間までには出発したいもんだが。なんて考えていると、すぐ近くに見知った顔を見つけてしまった。相手はまだこっちには気づいてないし、同じように荒木先輩も気づいていない様子。

 向こうもバッグを探しに来ていたのか、陳列されているバッグを上から下へ、横に移動しながら商品を見ているようだった。ありゃぁ、バッグを見定めるというよりもお目当ての商品を探しているような感じだ。

 右にスライドする荒木先輩に、左にスライドするその選手。

 

「えーと……あったこれだ!」

 

 そして、お目当てのバッグを見つけた荒木先輩が手を伸ばしたとき、ほぼ同じタイミングで横から手を伸ばした選手――朴鐘玄の存在に気が付いたのだった。

 

「……!」

 

 パクパクと口を開いたり閉じたり。

 鯉も驚きの開閉を見せつけてくれる荒木先輩はさておき、折角お目当てのバッグを見つけたのだから会計を済ませてもらいたいところだ。が、バッグを離そうとしない所を見るに、朴鐘玄がどういう反応をするか……

 しかし……今俺たちに気付いただろうに、荒木先輩じゃなくて俺を見てくるのは止めてもらえないだろうか。

 

「お、おい不知火! お前、韓国語話せたりしないのか!?」

「いや、流石に韓国語は手を付けてないんで」

「ぐがぁぁあっ!!」

 

 救いの手は無かったんや(絶望)

 どうしたものかと頭を抱えそうになったとき、第三者からその手は差し伸べられたのだった。

 

「よお、荒木に不知火じゃねぇか」

「あ、金じゃねぇか! ちょーど良かった。通訳してくれや。このバッグ、お袋に頼まれたヤツだから譲ってくれって」

 

 少し前に朴鐘玄の事を、確かに頭はジダンだなとか悪口を言っては金に通訳されてしまっただけあって大分居心地悪そうにしてるけど……正直、あんなに座りの悪い状態になってる荒木先輩を見るのが初めてだった。どうでも良い事だが、ゾクゾクするというか、もっとからかいたくなる表情だった。

 

「……こいつもお前と同じだとよ」

「はぁっ!? こっちはもう飛行機までの時間ねぇんだっての!」

 

 韓国語は分からないため力になれない。

 金がいなかったらこのままずっと取り合いになってたかもしれないことを考えると、凄い怖い。さすがに時間が迫ってきてる事は理解してると思うし、多分大丈夫だとは思うが……

 

 と、内心焦りつつ3人の様子を見守っていたのだが、こちらに時間がないと通訳してくれた金のおかげか、朴鐘玄がバッグを掴んでいた手を放したのだった。あとは荒木先輩がバッグを会計して終わり。早く集合場所に行かないと、と思った矢先の事だった。

 

「おわっ! ってぇぇ……てめぇ! 急に放してんじゃ……」

Shit(くそっ)!!』

 

 ――ドンドン!

 

 二回の発砲音。

 目の前で黒人系の男性が胸元から銃を取り出し、上へ向けて弾を撃ったのだった。

 その瞬間、何が起きたのか分からなかった周囲の人たちは何事かとこちらに視線を向けていたが、原因が銃声であると理解した瞬間に広がっていくどよめき、悲鳴。

 遠くの人は何だ何だと野次馬根性を出してる人も少なからず存在していたが、多くは今の一連の流れの中で走り逃げていった。

 

『動くな! 動いた奴はぶっ殺す!』

「な、なんだ……!?」

 

 ちょうど、俺と荒木先輩がいるショッピングフロアの客と従業員が人質だと言っている。荒木先輩が金に何事かと聞いているが、この国じゃ珍しくない事件とのこと。平和な日本じゃ逆に珍しくてどうすれば良いか分からない人もいると思うぐらいに何も無いからなぁ。

 しかし……このままだと完全に飛行機に乗り遅れるな。

 とりあえず、駆が集合場所に行ってくれてることを願うばかりだ。さすがに3人も飛行機に乗り遅れて江ノ高に向かえなくなったら最悪だ。それに、次の試合は明日。それも相手は葉蔭なのだから。

 

「くそ……明日は試合だってのに……!」

『おい貴様! 何か言ったか!?』

「の、ノーノー!」

 

 平和な日本で育ってきたせいか、テロリストたちを相手にする対処法を知らないだろう荒木先輩は思わず愚痴をこぼしてしまった。が、すでに周囲からホテルの宿泊客はいなくなっており、テロリストたちが徘徊する音しかない場所で、その呟きは大きいものに聞こえてしまったらしく、テロリストの一人を興奮させてしまう。

 興奮、というほどのものではないが……荒木先輩の頭に向けられた照準は上に向けられ、AFC大会のために天井からぶら下げられた多数のサッカーボールの飾りつけを撃ち落としたのだった。

 

『シャラップ! シットダウン!』

 

 特に荒木先輩が焦っているのだが、金も少し焦っているようだ。

 が、朴一人だけは冷静に状況判断をしているように見受けられた。韓国じゃ徴兵制度もあるし、金が言うにはオリンピックでメダルを獲ったりワールドカップでベスト16に入ると免除になるらしいが……そういった経験を積んでる分、何が起きても対処できるような心構えをしているのだろう。

 

 で、ジッと静かにしている間に荒木先輩が携帯を取り出して何か、たぶんメールでもしようとしているのだろうけど。まさかこの場面でそんな愚行を犯すとは思わなかった。

 それを目にしたテロリストが荒木先輩から携帯を奪う。何をしているかを知らされるってのはテロリストにしてみれば一番されたくない事だろうし、現状を伝えることがどれだけ相手を興奮させるか分かってない。

 

『そうだ。こいつを見せしめに殺して政府のやつらをここに来させよう』

 

 拳銃の銃口が荒木先輩に向けられた。

 金の制止も虚しく、奪われた携帯を取り返そうと楯突いた荒木先輩が一番最初の標的に定められてしまったようだ。

 

「オォッ!」

『グァッ!?』

 

 さすがにこのまま見守っていると本当に荒木先輩が殺されてしまうという所で、金が近くにあったボールを手に取り、勢いよくテロリストの顔面に向けて投げ飛ばしたのだった。

 ハーフラインからゴール前までボールを投げ飛ばせるほどの勢いが、3メートルぐらいから顔面に受けた男は、大きく後ろに仰け反り、鼻血を流しながら倒れていった。かけていたサングラスが歪んでるのを見ると、かなり痛かっただろう。

 

 ズドン!

 吹っ飛ぶように倒れた男に、追い打ちをかけるように朴が腹部を踏み抜いた。

 それにしても結構な音したぞ。

 

『このガキどもがっ!?』

「っぶねぇなぁ……」

「不知火!」

 

 一連の流れで一人のテロリストを沈めてしまった金と朴の動きに激高したように銃を向けようとした男がいたので、俺はそいつに向かって足元のボールを蹴り飛ばし、金と同じように顔面に当てた。

 が、助走を取れなかったからそこまでの威力にもならなかったと思うが……倒れたから良しとしよう。後もう一人、何とかできれば――

 

 ――ドン!

 

「……あ?」

『このガキどもがぁっ!!』

 

 最後の一人、それ以外にもテロリストが潜伏してるかもしれないが、少し離れたところにいた男が持っている銃口から煙が上がっている。銃口の先にいるのは俺氏。は? と思う。

 

「え? ……マジ、か」

「不知火っ!?」

 

 見下ろしてみると、自分の左の脇腹から赤い液体、血がにじみ出ていたのだった。

 まだ痛みは来ていない。最後の男は、俺を撃ったことに興奮しているのだろう、口元をにやつかせて俺の事を見ている。それを見た瞬間、脳が沸き立つ感覚……血液が集中するのを感じ取った。

 

「うぉあぁぁっ!!」

『な、なんっ!?』

 

 荒木先輩が近くに落ちていたボールを蹴り、ふわりと浮かせたボールを朴がオーバーヘッドで蹴り飛ばし、テロリストの横顔に当ててぶっ飛ばした。そいつで最後のテロリストだったからか、そのまま荒木先輩は俺の方に走り寄ってきた。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

「まだ大丈夫です。取りあえず止血だけでもしておかないと――

『くっ……貴様らみんな死ねぇぇぇ!!』

「や、やべぇ、手榴弾だっ!」

 

 金が焦ったように声を荒げた。

 それを聞いて、傷口を抑えていた手を放して俺は駆け出した。

 手榴弾はちょうど俺のすぐ近くに投げ飛ばされていたのが幸いだ。テロリストの男は、周囲にいた客に取り押さえられていたこともあってか、ピンを外してすぐに放り投げていなかったら無理だったろうけども。

 

「う、おぉぉぉっ!!」

 

 ――ドォォン!!

 

「す、すげぇ……」

 

 急いで駆け寄って手榴弾を掴み取り、天井近くの空いている窓の間に向かって大きく投擲。外に向けて投げ飛ばされた手榴弾は、窓から外に出てすぐに大きな爆発音を響かせたのだった。

 ……あ、危なかった。

 少しでも戸惑って投げ遅れたら、今頃俺はスプラッタな事になってたに違いない。まさにグロ注意な凄惨な事に。銃で撃たれても走り出せるだけの頑丈さと言うか……タフさがあって良かった。

 

「ぐっ……さ、さすがに……ちょっと」

「お、おい不知火! お前……血、血が……っ!?」

 

 これは……さすがに飛行機には乗れないだろうなと、血で染まった腹部を見るしかなかったのだった。


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