俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第62話

 さて、フリーキックを蹴ることになったわけだが。

 はてさて、どんなシュートを蹴ろうか悩みどころだ。ここで俺がシュートを決めれば先制点になるわけだから、当然日本が有利に試合を運ぶことができるようになる。しかも時間帯も今は後半戦に突入しているわけだし。

 

 左サイドからのシュート。

 距離は30メートル弱。壁の枚数は5枚。GKが味方に指示を出して空白の空間を埋めようとしていた。そして、韓国のDF陣も巧い具合に穴を埋める動きをしていた。

 日本のFW陣も何とかポジションを確保しようとしているが、相手のDFに阻まれ巧く前に出れないように見受けられる。

 

『さぁ、不知火選手! 直接狙う事ができる位置でのキックとなりますが、ダイレクトに狙うか! それとも味方にボールを上げるのか!』

 

 ……俯瞰視点で見下ろして、一人だけ違う動きをしている味方を発見。

 皆が攻めてる中で一人違う行動をしてると何してんだ! って言われそうなもんだが、その一人ってのが駆なのが面白い。どうしても笑ってしまいそうになって耐えるが、少しだけ空気が漏れてしまった。

 

「……っ!」

 

 一番近くにいた韓国の選手に見られてしまったようで、凄い形相で俺を睨み付けてきた。いきなりの表情に驚いてしまったが、何故俺がそんな顔で見られなければいけないのか(憤慨)

 俺が悪いのは自覚している。

 

『走り出したっ! さあ、不知火選手……! 蹴ったぁっ!!』

 

 ボールを蹴る右足に神経を集中する。

 腰をひねり、左腕を振り下ろす事で威力を増す。が、距離的にそこまでの威力は求めてない。だからこそ少し力を抜くようにして足を振りぬく。想像していた軌道に沿って飛んでいくボールの行方を追う。

 ――直感に従っていた。

 駆の姿を捉えた瞬間に、確信染みたものを感じ取ってしまったから、そう動かなくては、なんて強迫観念にも似た感覚が襲い掛かってきたのだった。それこそ、こう動くのが当然と言わんばかりに自然と体が動いていた。

 

『ボールが曲線を描いて、ゴールに向かわず……これは味方へのパスだ! しかし、そこには誰も走り込んでいない! これはミスキックかぁ!? いや、これは!?』

「い……っけぇぇっ!!」

 

 味方が誰一人として走り込んでいないスペース。

 当然、韓国側のDFも反応が遅れているし、味方からも「何でだ」という視線を送られるがしょうがないんや。放送枠の人は全体を見下ろせるはずなんだが……

 DFラインの裏を取る動きをしながら一人相手の最終ラインを飛び出した駆。それを逆サイドの選手が手を挙げてオフサイドの主張をしているが、ギリギリで飛び出した駆の動きを正しく見ていた審判は、旗を上げることなく試合の動向を見守っていた。

 

 白線。

 力強く蹴り出されたボールは真っ直ぐに芝生の上を飛んでいく。

 相手のDF陣は一切反応できていない。唯一、ゴール前を守っていたGKだけが反応することができ、横っ飛びでボールを弾き出そうとする。が、直線を描くようにネットに飛来するボールを弾ききる事は出来ず、逆にGKの手を弾くようにゴール内を転々と転がるのだった。

 

『ゴ、ゴオォォォル!! 日本、後半20分、先制点です! 誰も走り込んでいないと思っていた所に逢沢選手が走り込んでいました! いやぁ、それにしても見事な状況判断です! パスを上げた不知火選手がしっかりと全体を見渡すことができていたからこその軌道! それにしても逢沢選手も良い所に走り込んでいましたねぇ』

 

 いやぁ、パス一本でゴールを決めることができたってのは日本にとっては大きい。

 前半を通して韓国は何故か俺のいるサイドを攻めて来ようとしない。例え俺からボールを奪いに行ったとしても大きくサイドチェンジしたりと、大分制限される様な形の攻め方をしているから、これからも大丈夫だと思うが。

 さすがに失点を許してしまったからには、さすがに攻めに転じると思っていたのだが……

 

『試合終了ぉ! 日本がこの大会を制しました! 優勝です!! 韓国もよく攻めてはいましたが、日本の守護神とも呼ぶべき不知火選手の前には決定機を演出することもできないままでした! そして、優勝した日本は何といっても荒木選手の活躍が大きかったでしょう! 韓国との試合においても1点、得点を決めていることも含め、この大会の得点王に躍り出ました!』

 

 さすが、の一言である。

 アジア大会で得点王とか意味が分からん。それが高校の先輩だってんだから世の中分からないものだ。しかも、数か月前の先輩の姿を知っている人からしてみれば凄い事なんじゃないだろうか?

 だって、あのアザラシの物まねをネタとしてやって、見た目通り過ぎて周りの皆が納得して、その上で笑われていた人が、この広いアジアの中においてサッカーで得点王になったのだから。

 

『そして、今大会において多大な活躍を見せてくれた不知火選手がMVPに選出されました!』

 

 あっれー?

 

 何故か表彰台みたいな台に歩かされ、テレビカメラを近くまで寄せられてマイクを持った女性が近づいてきた。当たり障りのない質問……この大会を通して一番うれしかったこととか、今まで応援してくれた人たちにどんな言葉を言いたいですかとか。なんか、そんな質問ばかりされて適当に終わってしまった。

 あれぇ……なんで俺がここに立ってるんですかね。

 思い返してみても特にそんな……しかも、韓国との試合じゃあ完全に避けられてたせいもあって全然動いてないんだが。でもまぁ、1アシストしているわけだし、俺がこの試合で活躍したと思われても良いのかもしれないが、今回に関しては先制点を決めた駆とかにも焦点を当てるべきなんじゃない? ねぇ、俺ばかりインタビューしないで他の選手にも行きません? あ、行かないですかそうですか……

 助けて!

 しかし、そんな視線を日本選手のいるベンチに送っても、荒木先輩なんかはニマニマと笑みを浮かべて俺の様子を見ているだけで、助けてやろうなんて気持ちすら持ってない。いつもの荒木先輩だった。

 どうせ後であの人もインタビューされることになるんだろうが……何とも恨めしい気持ちになってしまう。

 

 ――翌日、ホテルにあったスポーツ新聞には日本サッカー代表選手の集合写真と、俺がインタビューしている最中の様子、そして駆に上げたフリーキックの切り取り写真がでかでかと張り出されているのだった。


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