俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第58話

 上の空である。

 登校してる最中も授業を受けてる最中も、飯を箸で掴んで口に運んでいる最中も。味わうことなく嚥下してしまった。得意の数学に専念してみようかと思ってみても、予想以上に先日の感触を思い出してしまって集中できなかった。

 ふと、頬を撫でる。

 なんか、駆に見られているような気がして恥ずかしく、そのまま顎を撫でる動きをしてごまかそうとしてみる。

 今まで生活してきて彼女のできたことのなかった俺だ。あんなん、どう対処して良いのか全く想像もできなかった。

 

 事の発端は先日のマイマイにある。

 駆と奈々と4人でサッカーの練習をして、別れ際に頬にキスをしてきたマイマイ。

 柔らかかった唇の感覚が今でも残っているようで、ふと右頬を撫でてしまう自分がいる。こうして考えると恋愛を初めて経験したばかりの中学生みたいな心情になってしまっているが、事実、この世界では初めての経験だからなぁ。

 初心な少年がお姉さんに恋をしてしまった感覚。悪くはないが、かなり恥ずかしい想いをしてしまった。こ、この年でキス一つにドキドキするなんてっ! 無駄にツンデレっぽく考えてみても結果は同じ。……しかし可愛かったからなぁ。

 数日後に日本を発って世界を相手にサッカーをするというのに、こんな気持ちのまま試合に臨んでも良いのだろうか? まぁ、気づいたらサッカーでも普通に対応できるかもしれないってのが怖い所なんだが。

 

 とりあえずサッカーに集中しよう。

 

 まずは3日後に迫っている厚樹北高校との試合。

 それからは日本を発って、世界でサッカーを経験してくる。

 大雑把な流れだが、大体こんな感じの流れでサッカーをすることになるだろう。まさか1年も経たないうちに日本代表になるなんて、と毎日思ってしまっているが、そろそろ自分の実力を信じるのも良いのかもしれない。

 とりあえず、3日後の試合に集中するのが良いのかもしれないが。

 別の高校と試合をしているビデオを見せてもらったのだが、目立った選手がいない高校だった。これは普通に勝てるんじゃないだろうかと思うんだが、どうなんだろう。実際に選手を俺の目で見れれば一発なんだが。

 

 で、早速俺は岩城監督に呼ばれてしまった。

 まぁ、何を言われるのかと思いつつ、どうせスタメンかそうじゃないかの違いだろうと当たりをつけていた。

 

「不知火君」

「えぇっと、スタメンの話ですか?」

「あっはは……そう、ですね。正直に言って君は江ノ高で一番の得点源であり、守備においても要となる存在である不知火君を外すのはどうかと思いますが……」

「あー……まぁ、皆の成長を考えるのなら、それが一番でしょうね」

「……正直なところ、君の成長を一番に考えるのが一番だと考えてしまう自分がいるんです。それほどまでに君の実力はこのチームにとって大きな存在になっている。ですが――」

「あいや、それ以上は止めましょう」

 

 いつになく監督の熱意がビンビンとしているが、受け止めることはできなかった。

 正直面倒くさいというのが一番先頭に立っていたのだが、それと同じくらいに思ったことが、皆が思っている以上に成長を見せている事だった。

 たった数日間でここまで成長するのかと言わんばかりの成長率である。別に俺が何かしたわけでもないんだが、マイマイのキス事案に悩まされているうちに気付いたら皆が巧くなっていたという驚愕の事実。

 呆然とその様子を見ていたのだが、俺が何かしらのアドバイスをしたという。

 俺にそんな記憶は無いのだが。どうしてもマイマイの事を考えてしまうというか、間近に迫ってキスをしてきた時の表情を思い返しては勝手に悶えている自分がキモいと思っているのだが、まさか俺が……という気持ちで一杯である。

 

「俺がいなくても皆頑張ってくれるはずです。荒木先輩も駆もいませんけど、簡単に負けるような奴らじゃないと思います」

「――その通りです」

 

 自信満々に宣言し、監督も頷いた。

 

 次の日、変わらずマイマイの事をついつい考えてしまっているが、今日は厚樹北との試合でのスタメンが発表された。俺は控えでのスタート。荒木先輩と駆も同じようにベンチだ。残り数日残っているため、全員が練習に励んでいる。

 スタメン組から3人も抜けるのだ。

 その間に実力を伸ばし、発揮して結果を残せばそのままスタメンに残れるかもしれないからなぁ。全力で頑張ってもらいたい。

 

 この人生初めての飛行機は海外へ出発する便。

 だから急いでパスポートの発行やら海外で使える様な日常品を買いそろえ、新しいキャリーバッグを買ってもらって詰め込んだり。大分両親にお世話になってしまって申し訳なくなっていたのだが、何気に嬉しそうに買い物をしている母さん。そわそわしながら海外の話をする父さんの様子を見てるとこれでも良いかと納得している。

 そしてふとしたタイミングで思い出すマイマイの存在感。

 家で思わず「うがぁ!」と叫んで母さんに心配されてしまう始末。

 自分で言うのもなんだが、初心過ぎやしないかね?

 

 ――で、厚樹北との試合日。

 俺の代わりにスタメンとして出場した海王寺先輩が目覚ましい活躍を見せ、相手の攻撃をしっかりと防いでいる間に堀川先輩が得意のスライディングでボールを奪取。そのまま反撃に繋げていた。

 厚樹北も実力は高い選手で構成されているのだが、江ノ高の攻撃力・守備力が完全に上回っていた感じだ。前半だけで江ノ高のシュート数は8本。3得点の猛攻を見せ、厚樹北は1本しかシュートを打つことはできなかった。それも、李先輩がしっかりとセービングをし、無失点で後半へ。

 後半も実力の差を見せつける結果に。

 いやぁ……俺、駆、荒木先輩の3人は一切出場することなく厚樹北を降してしまった。

 一応、交代枠は全部使いきったものの、調子を確かめるように選手を出していった監督には敬意を表したい。なにせ、向こうの選手たちがかなり悔しそうに表情を歪めていたのを見てしまったから。

 次の試合相手がどっちになるのか分かっていないが、取りあえず今日の試合を通しての感想。試合を観戦するだけの楽なお仕事ですわ。チームの攻めの中心になっていた織田先輩とマコ先輩はさすがと言ったところ。荒木先輩も不敵な笑みを浮かべて見ていたのだからかなり安心して試合運びを見ていたに違いない。

 

 ……まぁ、何というか。一方的な試合内容でした。

 結果を見れば5対0。普段だったら男が泣いてのを見てもむさ苦しいと言うだけなのだが、試合が終わって崩れ落ちるように泣き出した厚樹北の選手たちを見て何も言えなかった。実際に俺が試合に出ていればもう少し楽な気持ちだったろうが、完全に客観的な立場になってしまったからこんな気持ちを抱いてしまったんだろう。

 いつもこんな試合してたかな(白目)

 

 とりあえず、安心して日本代表戦に臨めることを良しとしよう。


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