俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第47話

 気付いたら試合の残り時間は20分を切っていた。

 互いにボールを持っては激しい攻防が繰り返されているけれども。今のところ実力が拮抗しているというか。点数的に優位に立っているのは確かに江ノ高なんだけれども、今は互いにシュートが決まらない状態に陥っていた。

 

 逆に、こんな相手を前にして、一人数が少ない状態でよくもまぁここまで戦えてるものだと感心してしまう。確かに俺が動いてるってのにも一因だろうが、基本的に今はFWとして動いてるから……味方の守備が神がかっているんだろう。

 俺も守備に貢献していないわけじゃないが。

 

 佐伯選手がクリアしたボールはそのままサイドから出ていたため、江ノ高のスローインで試合は再開される。鎌学サイドでのスローインとなるため、すぐ攻撃に移れるような感じはするが、どうしても人数差を感じてしまう。

 それだけ、向こうの守備陣が厚く感じてしまうのだが……

 

「不知火!」

「はいよっと!」

 

 スローインを受けたマコ先輩のパスを受け、前を向く。

 このままだと、今回の攻めも止められてしまうかもしれないという不安。そして、その後の鎌学の攻めでシュートを決められてしまうかもしれないという予感があった。

 しかし、予感と言うが……実際に決められてしまうだろうという未来予知染みた何かが脳裏を()ぎっていた。あまり時間を掛けられない。そんな思いが、確証染みたビジョンとして思い浮かんでいた。

 これを逃したら、詰められる!

 

 ――その時浮かんだ、唐突なまでに一本の光の筋が視界を遮った。

 それは、相手DF陣を二つに叩き割るようにゴールまで伸びていて、まるでこのまま真っ直ぐドリブルしろとばかりの白線に、しかし俺は笑みを浮かべていたことを自覚していなかった。

 

「右、左……真っ直ぐ!」

「は?」

 

 最短かつ最良を示しているであろう白線を目で追っているが、つい漏れてしまっていたらしい。それを耳にした早瀬選手(RMF)が不審げな声を漏らしていたが、何も気にすることは無い。

 何も考えないでそのままボールを蹴り出した。

 右、左。そして真っ直ぐ。

 頭に思い浮かんだ情景そのままにボールを蹴り出しては白線をなぞっていく。

 

「右、左……」

「なっ!?」

 

 足元はただ普通にステップをしただけ。

 視線は荒木先輩、もしくは駆。誰でも良かっただろうが、自然と視線は駆にいっていた。このピッチに立っている誰よりも一番に駆の動向が気になっていた。

 

『不知火選手、早瀬選手を抜き去ったぁっ! しかし、鎌学DF陣が対応しようと距離を詰めているぅ! これをどのように攻略しようというのかぁっ!!』

 

 一人目の選手を抜き去った瞬間からそういう予期はしていた。

 動き出す寸前まで、俺が動き出したらどういう動きをするだろうかと。

 ゴールまでの進行方向を阻むようにして出てきた相手MFを見て、特にこれと言った感情がわいてこなかった。ただただ目の前にある白い線がどこまで続いているのかだけを気にしていた。

 

「真っ直ぐ……」

「いかせ、なぁっ」

『不知火選手、いこれで二人めだぁ!! どこまで一人で持っていこうというのかぁ!!』

 

 ボールを奪おうとしていたのだろうか。

 動くことなく眺めていた選手が足を延ばしてきたところにボールを転がし、股下を通しただけだというのに少々大袈裟な反応じゃないだろうか。

 

 ――わからない。

 歓声も何も聞こえないが、俺は俺の仕事をこなすだけ。

 自分の目で、誰がどこにいるのか確認し、相手がどこにいるかもインプットする。

 

「行かせないっ!」

 

 目の前に出てきた選手の顔を見る。

 佐伯選手……同じ中学生だった駆に対抗心を抱いていると思ったんだが、何故俺をマークするんだろうか。俺なんかただボールをもってドリブルしているだけだというのに。

 

 ――ついに観客の歓声も耳に届くことは無くなった。

 ただひたすら、真っ直ぐに伸びている光の筋をなぞるようにボールを蹴り出す。目を凝らすほど、意識を向けるほどに線は細く、太いジグザグだった線は繊細な曲線にまでなっていく。

 あの時の駆のように、ボールタッチの回数を多くしてドリブルする。

 目の前に立った相手の足元にスピンをかけたボールを転がし、一気に抜き去る。ちょうど進行方向に転がってきたボールを足元に収め、さらに前進。プレスをかけてきた相手は気にせず、ひたすら前へ前へ進んでいく。

 

『こ、これはぁっ!? し、不知火選手が一人でどんどんと前進していくぅ!! 鎌学守備陣が身体を使って止めようとしているが、止まらないっ!! どうやったらこの男を止めることができるのかぁ!?』

 

 ――横からスライディング。

 国松選手による精度の高いスライディングを、しかし俺は少しボールを浮かせることでやり過ごす。

 

「行かせるかぁっ!!」

 

 世良がゴール前まで戻ってきていることに驚くが、それも関係なく光の道筋にボールを走らせるだけ。相手の動きもしっかり見ているが、一番はやはり光だ。……これだけ見るとただの厨二病の患者にしか思えないが、確かに今俺は光が見えている。

 中央より少し左サイドにいる俺。ペナルティーエリアまであと1mくらいだろうか。

 世良の位置が左側。GKが、世良の位置を鑑みて少し右側によっている。

 ちなみに、俺が今まで辿ってきた光の筋は、ちょうどペナルティーエリアに差し掛かるところで切れている。つまり、そこで何かが起きるわけだが……世良の姿を捉えた瞬間に思いついたことをそのまま実施してみる事に。

 

「ぉおっ!!」

「くっ!?」

 

 一気にシュート体勢に。

 それを見て世良は何とか止めようとしてくるが、構わずそのまま強引にボールを蹴り上げる。足の指先を丸くし、ボールの少し下あたりを蹴る。

 蹴り上げられたボールは相手GKよりも右側……つまり、ほぼほぼ相手GKの守備範囲内という事。それを確認した世良は少し笑みを浮かべていたようだが……

 

「……な」

 

 ボールは蹴り上げられてから少し右に曲がり、釣られるようにして左に動いた相手GK。だが、それを嘲笑うかのように左に一気に曲がるボール。驚き、慌てて右に動き出す相手GKだったが、時既に遅く。それ以上の曲がりを見せつけたボールがそのままゴールネットを揺らしたのだった。

 

『ご、ゴォォォォル!! な、何というシュートでしょうか!? 一度右に曲がったと思われたボールが逆方向に曲がり、GKの反対側へと吸い込まれたぁっ!!』

 

 これで4対1。

 ここを逃したら鎌学に攻められる。

 そんな予感から攻めた結果、シュートまで持って行って決めることができて良かった……しかし、あの光の筋は何だったんだろうか。とてもじゃないが普通じゃない。

 まぁ、転生してる奴が何を言ってるんだという話かもしれないが。

 俯瞰視点やら相手の能力値を覗き見ることができただとか。身体能力が高かったりと、いろんな何かを兼ね備えていると思うが……こんな事は初めてだ。サッカーを始めて1年も経っちゃいないが、これも何かのチート能力なんだろうか?

 

「おいおい! すげぇじゃねぇか! かぁぁっ!! さすがだとは思ってたが、さすがにここまでの奴だとは思ってもなかったぜ!」

「あざっす」

「くそぅ……冷静に決めやがって。本当だったら俺が決めるつもりだったのに」

「はは、今回はいただきました」

「今回もだろうが!」

 

 嬉しそうに俺の肩を叩きながら喜んできれるマコ先輩と、ぶつぶつと小言を言っている荒木先輩。

 

「荒木先輩、なんか……こう、なんて言いますか」

「あん? どうしたんだよ」

「光の筋が見えて、それに沿ってドリブルしてたんですけど……いや、自分でも変な事言ってるとは思ってるんですけど」

 

 実際、変なことを言ってる。

 妄想が目に映るようになった、と思われると、完全に病人だ。それどころか変な薬でもヤってるんじゃないかって思われるかもしれない。笑い話で済めばいいが――

 

「……良いんじゃねぇか?」

「え?」

「それでシュートが決まるんだったら良い事なんだろ。まぁ、あんまり気にすんな」

「はぁ……」

 

 まさかのお言葉。

 何気に気を使ってくれたような発言に思えなくもない。とすると、かなり変な奴だと思われてるんじゃないだろうか? そう考えると非常にだるくなってくるなぁ……

 しかし、最後の無回転がうまく決まってくれて良かった。直前に世良のフリーキックを見てなかったらそもそも蹴ろうとも思わなかったし。

 

 だがまぁ、あそこまで凄い軌道になるとは思っても無かったからなぁ。

 ある程度余裕を持ったコース決めをしておかないと。あまり隅を狙いすぎたらそのまま逸れていくかもしれないからな。

 

 ――残り15分。

 3点差まで離すことができたが、しかしながら鎌学イレブンの目から諦めの感情は見えてこない。さて……このまましっかり対応し続けられるだろうか。




来月はリアルが忙しくなるため、投稿できない状態になるものと思われます。
一応、なんとか続けていこうと思ってますが……投稿できなければ申し訳ない。

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