一体何が起きているのか分からないが、取りあえずこれからも頑張っていくぜぇ……
明けましておめでとうございます!
意味が分からない。
康寛自身、初心者って言ってたし、加えて今まで運動部に入ってたこともないのは同じ中学だったから知ってる。小学生の時も特に何かクラブに入ってたって話も聞いてない。
それに比べて私は幼いころからずっとサッカーを続けてきて、アメリカでも強豪クラブでサッカーをしたりもしていた。
今、私は康寛と一対一で対峙している。
皆に手を抜いてほしくなかったのと、岩城監督からの頼みでグレイマスクを被ってミニゲームに参加したけど、今のサッカー部の皆の技術ぐらいだったらまだ何とかなる。それも見通して監督は私にマスクで参加させたんだろうけど……今はこのマスクが凄く邪魔に感じてる。
康寛の威圧感が、時間が経つごとに大きくなっていく……!
やっぱり初心者ってのは嘘だったんじゃ? そう思ってしまうぐらいに康寛の技術が仕上がっていく。それとも、手を抜いてサッカーをしていた? いえ、私だってわかっていたとしても手を抜く必要なんて彼にはないだろうに、今になって手の内を明かしてくる意味もない。
――康寛は男子の中でも特に体格が出来上がってる。それなのに当たりを仕掛けてこない。初心者にありがちな、仕掛けがわからないとかじゃない。少しでも隙を見せたらボールを奪おうとする感じ……私の小柄な体格を生かして通り抜けようとしてもすぐ回り込んでくる。
「どうした……先輩たちを抜いたみたいに俺の事も翻弄してみろよ?」
それができればどれだけ楽になることか……
右に左に、フェイントを仕掛ける? どうすれば康寛を抜ける?
一対一の仕掛けでここまで考えさせられるのはすごく久しぶりな感じがする。そして、心の奥底から湧いてくる、目の前の強敵を抜き去りたいっていう感覚。
――ごめんね、康寛……私、少し本気出すわ。
ボールを蹴りだす。
右に左に、どっちにでも抜けれるよう足元に細心の意識を巡らせる。
「ぬっ」
シザース――右に抜くように見せかけて逆の左に動き出す。
「まだまだ!」
一度右に釣られたと思った康寛はどんな反射神経をしてるのか、左に動こうとした私に付いてきた。
そこでエラシコ――蹴りだしたボールを右足の外側に当て押し出し、康寛の股を抜く。これでボールの行方を見失って私への注意も少しは逸れるはず! 戸惑ってるであろう康寛の隣を通り抜け、ドリブルを仕掛ける。
これだけ集中したのは久しぶり。あの、駆が例の状態に陥った時以外にここまで集中することもない。
「待てやぁっ!」
「なっ!?」
後ろから強引なスライディング。
康寛の左足はしっかりとボールを捉え、しかも私が持っていたボールは奪われてしまった。
初心者だと思わないで対処したつもりだった……でも、抜いてから油断してしまった! まさか、その隙を付いて後ろから仕掛けてくるなんて……
「今度は俺の番だ……初心者のドリブルだから簡単に取られちまうかもしれんが、心してかかれよ?」
――……?
一体何を仕掛けるつもりなんだろうか。
私は康寛の体全身に意識を集中する。さすがにここで抜かれるわけにはいかない。駆にも見られてるってのもあるし、適当な事はできない! でも、もし康寛が
「行くぞ!」
来る……!
――一瞬、康寛の体に私の姿が重なって見えたような気がして、止まってしまう。
「――……え」
私は、あっけなく抜かれてしまった。
原因は分かっている。単純に私が意識を逸らしてしまったから。
でも、原因は別にもある。康寛が私を抜いたときのボール捌きは、完全に私の動きだった。最初の動き出しから抜き去るまでの動き……シザース、エラシコ。私が康寛を抜こうとしたときの動きそのまま。まるでリプレイでも見ているかのような感覚に陥っていた。
「セブン!」
「駆かぁ!」
駆が康寛に詰め寄っている。
今の駆だとすぐに抜かれてしまうだろう。でも、その少しの時間を生かして康寛のボールを奪いにかかる。今後ろから相手をすればボールを奪えるはず!
「俺だけ見てても良いのかい!!」
「えっ!?」
パス。
そのままドリブルで仕掛けると思っていただけに、このパスは完全に思慮外の行為だった。駆と私の二人が康寛に詰めていたせいで、完全に右サイドが空いていた。
「ナイスヤス!」
そこには兵藤先輩が走りこんでいて、康寛のパスは綺麗に足元に収まっていた。
フリーで走りこんでいた兵藤先輩はそのままシュート。それを三上先輩は止めきれずにゴールとなってしまった。
兵藤先輩の走り込みも良かったけど、それ以上に康寛の活躍が華々しい感じだった。
「セブン……」
「駆、気を付けて……康寛を初心者だなんて思わないで、本気で仕掛けるよ」
「セブン……分かった」
――それから私と駆の二人で康寛に当たった。
さすがの康寛も二人がかりには苦戦しているようで、ドリブルではなくパスを主体とした動きにシフトしていた。康寛ぐらいの動きだったらドリブルですぐに抜けそうな感じはするけど……
「どうでしたか、不知火君は」
「監督」
「不思議な感覚がしませんでしたか? 実際に私が相手にしたわけではありませんが、グレイ君にしてみれば、まるで自分が目の前にいるような感覚だったのではないかと」
「そう、ですね……一瞬、自分の姿が鏡に映ったみたいに見えました」
「それが本当であれば彼は、練習の最中、それも目の前で見ただけの技術を吸収しているようですね。まるでスポンジ……いえ、砂漠に水を吸われるよう」
「ありえない」
ポツリと、言葉が漏れた。
今までに感じたことのない恐れのような、嫉妬のような。色んな感情が一つに凝縮されて零れ落ちたみたいだった。全ての技術が吸い尽くされる。今までに感じた事のない現実。ゾッとする感覚が背筋を滑り落ちた。
それこそ、女子と男子、性別の違いがあって良かったと思ってしまうほどに。普通であればその才能を褒め称えるべきなのだろうか?
「ま、まぁ、これは単に私の想像であって、現実味がある内容ではありません。彼が未経験者だとして、それほどの才能ある生徒が我がFCに入ってくれた事を純粋に喜びましょう。そして、彼という存在が逢沢君の成長を促すことを祈りましょう」
「……そう、ですね」
初めて感じた恐怖。
それはあるけど、それと同じくらいに感じる……康寛の限界がどこにあるのか。駆とはまた違った期待を。未だにピッチで笑いあっている駆と康寛を見ながらそう思うのであった。