俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第45話

 江ノ高の攻撃は留まることを知らず、人数が少ない中でガンガン攻め上がり、鎌学ゴールを脅かしていたものの、前半は2点目以降得点を決めることができないまま折り返してしまった。

 それでも、織田先輩が退場になってしまったというハンデのある中、ここまで戦うことができたのは、それだけ江ノ高の攻撃力が高い事を示している。守備は、まぁ……何とも言えないが。

 

「それでは、後半は不知火君にFWとして動いてもらいます」

「……岩城ちゃん。なんだかんだ、不知火がいたから俺たちは無失点に抑えられてるけど」

「そうだぜ。織田がいない今、俺たちが攻めるにゃ不知火がDFじゃないと――」

「それでもです。自ら辞めていってしまった方々に言い訳をするためでも、ましてや物申すために不知火君をFWにするためでもありません」

 

 力強い監督の視線に、控室に集まった選手全員が黙り込んだ。

 

「この試合に、勝つためです」

 

 静寂。

 観客席から聞こえる雑音が、どこか遠くに聞こえる。

 岩城監督のこういったところが魅力の一つだろう。しっかりと締める所は締めて、緩い所で部員に愛されるような性格。それが監督の持って生まれた性格だとしても、学生時代に築き上げられたものだとしても、とても立派なものだ。

 凛とした眼差しが俺を捉える。

 

 正直、胃がキリキリしてるような感覚になるんで、そんな目で俺を見んでください。

 

 が、監督からの期待が高かったのか、後半開始早々からFWになる事が決まったのだった。

 この際、誰かしらかの反対はあるんじゃない?

 なんと思っていたものの、一切の反対も出ず。増して後半に対する情熱、やる気、勢いが増して終わってしまった。円陣を組み、荒木先輩とマコ先輩二人による掛け声で発破をかけて後半に臨むことに。

 

 どうしてこうなった。

 

『さぁ、注目の後半戦になります! 不利な状況において2対0と言う結果で試合を折り返しております! 後半戦はどのように戦ってくれるのかぁっ!! ……おっとぉ、前半で獅子奮迅の活躍を見せてくれた不知火選手がFWに、火野選手と交代で海王寺選手がDFに入ったようです!』

 

 まぁ、最初から前半はDF。後半はFWとして動くことは決まってたようなもんだから別にいいんだが。

 例の先輩方が部活を抜けていってから妙に皆の結束力が強まったような、俺のあずかり知らないところで何かがあったんだろうか? ここ最近ずっと真面目に部活に顔出してるけど、特にそんなイベント染みた事は無かったと思うんだが……

 

 後半キックオフは鎌学からのスタートとなるんだが。

 その二人の選手ってのが、鷹匠先輩と世良の二人なんだが……2人して俺の事を睨み付けてきやがる。胃に穴が空きそうになるんで止めてもらえませんかね。

 ホイッスルと同時にキックオフ。

 すぐに後ろに下げて攻撃を組み立てようとする鎌学イレブンに対し、俺は監督から前もって言われていた通り自由に動くことに。と言うわけでガンガン上がっていく。ボールのあるところ、相手がパスを出そうとする相手との間に割って入ったり。必要以上にガッツリ行動していく。

 スタミナの限界を考えないで走り続けられるってのは強みだ。

 

 前線を俺一人が走り回って鎌学を圧迫し、自陣では他の全員がしっかりと鎌学攻撃陣に対応していた。

 が、ボールを持った世良が一人走り出し、プレスに向かった堀川先輩とマコ先輩二人の守備もなんのその。ドリブルで真っ直ぐ二人を突っ切ってしまった。

 ちょっと煽り過ぎただろうか? と思わないでもない。

 そのままシュートするかと匂わせておいて、隙を見て飛び出していた鷹匠選手にループ気味のパス。呆気にとられたように対応できなかった海王寺先輩。それを嘲笑うかのようにダイビングボレーを放った鷹匠選手。

 しかし、尋常じゃない集中力で反応して見せた李先輩。

 横っ飛び、指先でボールに触れることができたものの、そのまま弾き出すことができずにボールはポストを叩いて点々とゴール内を転がるのだった。

 

『ゴオォォォル!! 2対1! 鷹匠選手、後半開始早々に反撃の狼煙を上げたぁっ!! 直前までの世良選手のドリブルも流石の一言に尽きます!!』

 

 自前のフィジカルもさることながら、圧倒的なバランス感覚、跳躍力を見せつけてくれた鷹匠選手。そして、吹っ切れたようにドリブルをしてからのループパスで味方に寄与するような動きを見せた世良。

 数において不利を強いられている江ノ高では、少々守るに厳しい相手であることは間違いなかった。それに、俺もFWになってしまったという事も踏まえてだ。

 

「……駆、次のキックオフ、俺に任せてもらっても良いか?」

「え?」

「ま、見てろって」

 

 自信満々な表情で答えて見せた俺に、駆の様子が一変した。

 一気に目の前の人物の能力が跳ね上がる。

 一体今の問答のどこに駆が覚醒するシーンがあったんだろうか。それらしいキーワードでも喋ったか?

 

 駆が少し驚いたような表情になった。

 

「お前、不知火か」

「ぇあ? あ、あぁ……で、お前は誰だ?」

「ハハ! 別に良いじゃないか。俺は、お前とサッカーがしてみたかったんだから」

「――そう、か」

 

 今ので確信した。

 やはりこの状態の駆は駆じゃない。

 駆じゃない誰かが乗り移っている。転生なんてかましている俺にしてみれば、何が起きても可笑しくはないという持論を持っちゃいるが。

 まさか目の前で二重人格らしき症状を見せつけられることになるとは思っても無かった。

 大体、この症状はサッカーをしてる時、それもかなり限られた局面でしか出てきてない。練習じゃ一回もこんな姿を見たことなかったし。でも……試合中と言っても今までに何度かぐらいしか見たことが無い。じゃあ、なんなんだ?

 個人としては面倒な問題ごとを抱えているなと思わざるを得ない状況なんだろうが、本人に何も影響がない所とか、能力値が一定時間劇的に上がるところはチームとしては歓迎するべきなんだろうか。悩ましいところだ。

 

『さぁ、1点差になってしまった江ノ高! この後、どういった攻めを見せてくれるのか!?』

 

 キックオフ。

 俺が蹴り出したボールをそのままキープし、中央に佇んでいる駆。

 まるで取ってくださいと言わんばかりの立ち姿だが、目の前に躍り出た鷹匠選手は一切手を出そうとしていない。その間、俺は敵陣を切り進んでいく。当然、相手からのマークが2人ついているが。

 

「お前……ホントに駆か?」

「……ふ」

 

 ふと見た駆の背後には、うっすらと気炎が立ち込めて見えた。

 いつもの駆からは考えられない変わりように、さすがの鷹匠選手も戸惑っているようだ。ふと佐伯の事を見てみるが、どうやら彼も同じように驚愕を目に張り付けていた。

 

「駆!」

 

 横から荒木先輩が上がっていく。

 それに合わせて出されたパスは、予備動作の小さいもので、目の前で守りについていた鷹匠選手も反応できないほどのものだった。

 

「しゃぁっ!! 不知火、行けぇ!!」

 

 そんなパスを待っていましたとばかりにダイレクトパスで蹴り出す荒木先輩。

 相手MF、DFが数人固まってる中を貫くボールは、守備している鎌学イレブンを嘲笑うかのように真っ直ぐ縦に切り裂いていく。

 当然、相手DFが足を出して止めようとするものの、本当にギリギリのところで足先が届かない。

 

「いかせるかぁっ!!」

 

 足元に収めたボール。

 その直後に横からプレスをかけてきた世良。

 そして、佐伯選手も寄ってきていた。なんだったらDF全員が俺に視線をよこしてきてる感じがする。いや、選手だけじゃなく、監督も観客も、そのすべてが俺に視線をよこしている感覚に間違いはないだろう。

 一瞬、駆からの視線を感じた。

 

「う、ぉぉっ!!」

「なっ!?」

 

 世良も佐伯選手も気にしてないとばかりにシュート体勢。

 まだゴールまで30m以上ある。正直、ここからシュートするなんて馬鹿げてると思う。そりゃフリーキックで蹴るならわかるが……

 振り上げた足を一気に振り下ろす。いきなりのシュート体勢に驚いていた世良は、真偽半々ぐらいだろうが、一応手を下げ、DFとしての動きを見せたのだった。

 

『おぉっとぉ!? これはどうしたことか、不知火選手! ボールを蹴り損じてしまったかぁっ!?』

 

 鋭く足を振り下ろし、蹴り上げられたボールはゴールのある方向には飛んで行かず、右斜め上に飛んでしまう。一瞬戸惑った相手DF陣は、一拍開けてボールに迫っていった。唯一、佐伯選手だけは動かずに俺の動向を見守っていたようだが。

 地面に落ちたボールは、強烈なスピンによって俺の足元まで戻ってきた。

 ちなみに、シュート体勢から俺はすぐ世良の横を通り抜けて前に進んでいた。

 その足元にピタリと収まったボール。が、一人動向を見守っていた佐伯選手が前に飛び出てきた。行かせないとばかりのDFをするため、慎重さを前に押し出しているような守備の仕方だが――

 

「行けぇっ!!」

「え!?」

 

 足元に収めたボールを一気に蹴り出す。

 スピンが掛けられたボールが俺の足元に収まるところまで想像していたであろう佐伯選手には驚きを隠せないが、さすがにここからのパスは予想できなかったか。

 ボールは真っ直ぐにゴール付近まで飛んでいき、鎌学DF陣の死角を縫って飛び出た駆らしき人物がボールを受けたのだった。

 

「駆、決めろぉ!!」

「……くそぉ!」

 

 そんな駆の前に立ったのが国松選手。

 他のDFの誰一人として反応できていない中での守備。

 理論よりも直感で動いていますとばかりの飛び出しは、さすがに俺にもどうすることもできなかったが。

 

 ボールを受ける寸前で、駆の能力が元に戻ってしまってた。

 は?

 と、気の抜けた吐息が口から漏れた。

 言わずもがな、俺の反応だ。国松選手を前にして突如として能力値が戻ってしまった駆は、ボールを足元に収めることはせずラン・ウィズ・ザ・ボールで一気に斜め前に。

 急な方向転換についていくことできなかった国松選手は体勢を崩してしまう。

 正念場。GKとの1対1の場面を作り出した駆は、振り上げた右足を力強く振り下ろしシュート。精度が少し欠けたシュートは、しかし相手GKはギリギリのところで指先が届かなかった。

 

『ゴォッォオル!! リスタート間際、一瞬の出来事でした! たった数分の間にこんな事が起きると誰が予想したでしょうかぁっ!!』

 

 3対1……リスタートから約2分の出来事だった。

 不敵に笑う駆。

 今俺は、駆がどっちの人格を表に出しているのか分からなかった。


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