駆が先制点を決めたというのに、何故か俺ばかりを注視してくる鷹匠先輩。
正直、なんで俺ばかりを気にしているのかわからなかった。
……多分、俺が駆にパスを出したのが気に食わなかったのだろう。
それがアシストになってるかどうかは分からないが、原因は俺だし。だが、逆にこんなにも睨まれている理由が分からない、と言うのもまた不可解な気持ちにさせてくれる。
そもそも俺が前の試合に出てる時もこんな視線で睨み付けていたのかと思い返すと、それはそれで癪に障るものがある。文句でも何でも、言いたいことがあれば言えばいいのに。
それが出来ないのが、違う高校のサッカー部としての痛い所か。
冷静になって先制点の事を思い出すと、俺がカウンター気味のロングパスを上げて駆に繋ぎ、パスを受けた駆はそのままDFの要である国松選手をφトリックで抜き去って先制点を決めるという快挙を為して見せたんだが。
それで何故鷹匠先輩は俺を睨み付けているのだろうか(白目)
「不知火……お前、さすがだな」
「いや、あれは駆が決めてくれたんで」
「そうか……ま、それがお前の良い所か」
「はい?」
「いーや、なんでもねぇよ」
リスタート直前に絡んでくれた荒木先輩のおかげで少し気が楽になった。
皆に見られているなんて、さすがに自意識過剰だろうかと思って誰にもこんな事は言えないままでいる。
先制点の起点になったからだろうか?
それとも今大会における得点王の座を狙っているのか。
どちらにしても相手チーム。敵であることに変わりない。であれば、俺がすることはただ一つ。徹底的にこの江ノ高が勝つための動きをする事だけ。それだけの愛着がこのチームにはあるし、何より先輩方……同級生たちとの想いに応えるためにもな。
『さぁ、リスタートォ!! 先制点を決められてしまった鎌倉学館、鉄壁と名高い江ノ高の守りをどうやって突き崩すのかぁっ!!』
鎌学からのリスタート。
全体的にゆっくり上がってくる鎌学のプレスには少しながら威圧感を感じる。
と言っても、一番にその圧力を感じているのは鷹匠先輩なのだが。
先制点での攻め。俺から駆へのパスからのφトリックは奇襲と言っても差し支えのない攻撃方法だったこともあり、さすがに次はこの方法は通じないだろう。と言うか、駆に対するチェックが厳しくなったはずだ。
とは言え、俺との練習でかなりプレス・当たりに対する抵抗ができるようになってきたから、簡単にボールを奪われることはないだろうけども。
駆がダメなら他のFWにパスを出せば良いだけなんだがな。
しかし……俯瞰視点で鎌学の攻めを見ているが、連携が非常にうまい。
江ノ高イレブンは個の力が高いチームだが、鎌学は同等以上の高い実力を秘めた選手で固められている。これが高校サッカーの中でも優勝候補と言われている高校の伝統的な力なのだろう。
特に、中央の縦一直線に連なっている選手。
FWの鷹匠先輩から佐伯、世良、そしてDFの国松選手。
そこを起点にして翼のように広がる布陣で攻め上がってくる様相はまさに圧巻。
と考えるなら、やっぱり先制点を江ノ高が奪う事が出来たってのは大きい事だった。
俺は鷹匠先輩に睨まれていて周りの選手を気にしてはいなかったが、世良って選手も何気に苛立たしそうな表情をしていた。
まぁ……それが俺に向いていないだけまだ良いか。
「世良っ!」
「……ちっ!」
荒木先輩とマコ先輩のプレスによってバックパスを選択した世良選手。
そのパスを受けたのが佐伯選手なわけだが、やはりこの縦のラインが鎌学の一本の太い幹になっている。
佐伯選手は、ボールをトラップすることなく一気に前線に上げてきた。まるで、先制点の起点になった俺のロングパスのようなダイレクトプレー。恐らく、いくらか以上は俺の動きを気にしているんだろうか。
「行くぞ!」
いや、これは単に鷹匠先輩のフィジカル、テクニックを信頼した上での攻撃。
つまるところ、鎌学の基本的な攻撃スタイル――トマホークが火を噴こうとしていた。
真っ直ぐに伸びるパス。飛び出す鷹匠選手。一気に駆け上がり、ゴール前でボールを受けようとしていた。
「しゃぁっ!!」
「なっ!?」
そんな鷹匠先輩をよそにマークをせず、前で一気にジャンプ。
大きく飛び上がった俺は、鷹匠先輩の驚く声が聞こえてくるほどの跳躍力でロングパスをカット。ヘッドでボールを落とし、そのまま織田先輩にパス。さすがに黙ってトマホークさせるほど気の良い奴じゃないんでね。
『おぉっとぉ!? 不知火選手、驚異的な跳躍力でパスをカットォ! 鎌学の攻撃をシャットアウトだぁ!! これが、江ノ高サッカー部が鉄壁と謂われている由縁だぁっ!』
「てめぇ……」
煽る煽る。
おかげで俺が後ろから鷹匠先輩に声を掛けられる事になってしまったじゃないか。
心身滅却。火もまた水の如し。
適当な事でも考えておけば目の前の脅威から気を逸らすことぐらいはできるだろう。両目を瞑って南無阿弥陀仏と、心中呟いておくが、俯瞰視点でしっかりと現状の把握程度の事はしておく。これで油断してくれるんだったら安いもんだ。
スムーズに攻め上がった江ノ高だったが、いざ前線にパスを出したら佐伯選手と国松選手に阻まれパスをカットされてしまった。そのまま鎌学サイドの攻撃に。
駆や火野先輩が果敢にボールを奪おうと競り合おうとするが、巧い具合に直前でパスを出されたり、体の小さい駆のフィジカルの弱さでボールを奪う事ができなかったりと、個人技での差が出ていた。
だからこそ、試合開始直後のロングパスからのφトリックがうまい事得点に結びついてくれたんだが。……さすがにもう油断はしてないか。
そんなこんなでまたしても鎌学の攻撃。
江ノ高が攻めあぐねている感覚が強い。
が、前半開始早々に鎌学から得点を奪う事ができたのは、江ノ高イレブンには大きな心の余裕になっているはず。対して鎌学は、実力的には向こうの方が上だと言う自信からか、冷静さが感じられる。まだ前半だという時間的な余裕があるからこその冷静さなのだろう。
――ピーーーーッ!!
『あぁっとぉ!? 織田選手、ここでファール、イエローカードだぁっ! この位置でのファールは少し厳しいかぁっ!?』
「なっ……」
全体を分析していたところで織田先輩がファールを取られてしまった。
相手は世良選手。攻め上がろうとしていたところをプレスしに行った織田先輩だが……ここで見ていた分にはファールになるとは思えない。故意……自分から倒れてファールを狙いにいったのだろうか?
「審判、今のは明らかに彼が自分から倒れて!」
「ダメだ、織田君! それ以上は!!」
――ピーーーーッ!!
『あーーっ!? なんと、ここで二枚目のイエローカードだぁ!! ここで江ノ高、チームの要である織田選手が退場になってしまったぁ!』
……は?
呆然とした表情を浮かべる織田先輩と、それを見て笑み浮かべる世良。
笑みと言うのは、かなり彼の事を良く見ようとしている。それほどまでにあくどい笑みに思えた。
……冷静に考えると、相手の戦力を削ぐのは戦いにおいて基本中の基本ではあるが。だからと言ってそれを臆面もなく堂々と顔に出す世良の表情を見ていると腹立たしさが前に出てくる。
「こいつぁ……納得いかねぇなぁ」
「あん?」
不審げな表情でこっちを見てくる鷹匠選手だが、もう遠慮はしない。
相手にも、味方にもだ。一切合切の遠慮をしてたまるものか。
飄々とプレイを続行する世良に、悔しそうに顔を歪めながらもピッチの外に歩いて出ていく織田先輩。二人の対照的な表情を見て、その思いを固めるのであった。