次はいつも通りの時間になるかと……
よろしくお願いします!
『素晴らしいドリブルを魅せてくれました、不知火選手! DFからFWに変わってほんの数分で葉蔭を相手に1点を奪いました! そして、飛鳥選手を前に使った謎のフェイントの事も気になりますねぇ!』
やってしまった……
少し荒木先輩のドリブルを参考に攻めてみたんだが、本当に最後まで行けてしまうとは思ってもみなんだ。
湘南大付属を相手にしたドリブルを元に、一時的に能力値の上がった時に切れ味のあるドリブルを魅せてくれた駆を再現できないかと頑張ってみたんだが。結果的に1点、葉蔭から奪うことが出来てしまったのは良かったことに変わりないだろう。
「さすがだぜ……ここまでくると、何も思い浮かばねぇな」
「すいません。一人で決めてしまって」
「いや、まぁ……良いんだけどよ」
どこか呆れた表情を浮かべている荒木先輩だが、正直、これの元になったのは先輩と駆の二人ですからね。別に俺だけが凄い訳じゃないんですよ。
「一つだけ聞きてぇ事がある」
「なんすか?」
「さっきのドリブル……誰に教えてもらったんだ?」
「えぇと……」
何気に真剣な表情をしてる荒木先輩。いつもお調子者って感じの先輩がこういう表情を見せてくるのは珍しい事なんだが、さっきのドリブルかぁ……
「前に駆の奴が凄ぇドリブルしてたじゃないですか」
「あん? それがどうした」
「あれと同じように動いただけです」
「は?」
「だから、あの時の駆と同じような動きをすれば簡単に抜けるんじゃないかって思っただけですって」
空気の抜け始めた風船のように呆けた表情になってしまった荒木先輩を尻目に、さっきのドリブルについて思い出す。
一時的に能力が上がった駆のドリブルを基に、荒木先輩のテクニック、フェイントで相手DFを抜いていったのだ。
最後飛鳥を抜いた時に使ったテクニックは駆のものだったりする。チラと駆の表情を盗み見てみたが、呆然としたような、どことなく諦めが入った顔になっていた。
そういう表情はだらしなく見えるから止めた方が良いと思うぞ。
と言うのも、このフェイントってのが、今駆が猛練習している技だったりするのだ。未だ完璧な修得にまでは至っていない駆を見つつ、その進化前の『φトリック』を練習してみたんだが、結構あっさりと使えるようになってしまった自分に驚いたりしていた。
とは言え、駆の事だからすぐにでも進化技を会得するだろうと確信はしている。
……俺がすぐ使えるようになるんじゃないかって心配することだけが無いようにしてほしいが。
進化後のフェイントの事を奈々の奴は『φトリック・エボリューション』とか言っていたような気がする。駆も修得しているφトリックでも飛鳥には通用するだろうが、更なる強豪校を相手にするのであればとの事で、「技が進化する」という意味も込めているらしい。
どうせだから!
って感じで俺は奈々がよくやるルーレットにφトリックを追加してどーん!
とぶっつけ本番で飛鳥にぶつけてみたのだが、良い塩梅でごぼう抜きの一人にすることができたようだった。
結果を纏めると以上になる。
あとは、今俺が決めた1点を守り抜くか、一層激しく攻め立ててシュートを決めていき葉蔭を突き放すかだ。周りにいる江ノ高メンバーを見る限りでは、このままドンドン攻めていくって気概しか見えないが。
加えて、李先輩は俺が1点決めたというのに、より一層GKとしての役目を果たさんとばかりの気迫が感じられた。……もう少し肩の力を抜いても良いのよ?
「はは……いや、まぁ。あり得なくない、のか? こいつ、確か今までサッカーやったことないって言ってたはずだよな……意味が分からん」
「ま、勝ち越したんですし、これからの事でも考えましょうや」
「お、おう? そうだな」
どこか納得いかなそうな感じだったが、俺も俺で説明が面倒なのでそのまま荒木先輩を自分のポジションに移動させる。
『さぁ、後半15分と言ったところ! 葉蔭リスタートから始まります!』
と、すぐにアナウンスが入り、葉蔭選手がキックオフ。
さて、FWとしての仕事をするのは良い物の、本職DFとしてはしっかりと守備にも貢献していきたいところ。1点目と違うのは、俺含めDFは3人もいるということだ。
この体になってからスタミナが無尽蔵なんじゃないかと思えるほど動いてくれるから、無駄にコートの端から端までダッシュしてても問題無し。むしろ、湘南の時に出てきた九十九選手が超サッカーうまい選手みたいな感じ。
不知火という選手を敵に回すと、如何に面倒な選手かお分かりいただけたであろうか(ナレーション風)
「中塚ぁ! しっかり鬼丸チェックしとけやぁ!」
「はいぃぃぃっ!?」
またしてもボーっとしている中塚に指示を出す。
しっかり自分で動いてくれませんかねぇ……(呆れ)
と言うか、一度味方ゴールが危ぶまれるような事になってるんだから、そこらへんは学習していってもらいたい。まぁ、あのバカっぽさも中塚の良い所なんだが、長所短所で言ったら短所なのかな?
もう少しだけドリブルの精度が上がれば、自分の足の速さを生かすこともできるってのに。知ってるか? 今は葉蔭の鬼丸選手がスピードスターなんて言われちゃいるが、単なる足の速さじゃ中塚が一番速いんだぜ? 無論、チートの俺は論外として。
スタミナもかなりのもんだから、DFとしての技術を磨けば相手から「うっざ……」と思われる良い選手になれるに違いない。
「お前は行かせん!」
「く……」
FWゆえにDFよりの高いポジションで守備についているため、飛鳥へのチェックが簡単になった。これで相手は意表を突いてくるような動きをしない限りボールを出しづらいに違いない。
しかし葉蔭の皇帝と呼ばれるだけあって、静かに俺の死角に入り込もうとしたり、左右に体を動かしたり視線で味方のいるであろう方向を見たり。何としてでも俺の事を出し抜いて点に絡む動きをしようとしている。
しかし相手が悪かった。
いくら死角に入り込もうが俯瞰視点で飛鳥や葉蔭選手がどこにいるか分かるし、フェイントをかけられたとしても無反応でやり過ごせる。実際に動き出したときに合わせてやれば良いだけだしな。
そうこうしている内に、織田先輩と海王寺先輩でボールを奪っており、葉蔭サイドはシュートを蹴ることもできないうちに守備に専念するはめになったようだった。
こうなると飛鳥もDFに集中しなければならないが、今江ノ高で一番得点を決めてるのが俺だから、そうそう他の選手に意識を割くこともできんだろう。
が、さすがは葉蔭イレブンだけあって、飛鳥以外の選手もかなりの奮戦をしていた。
荒木先輩のテクニックにはMF二人がかりで対応し、偶に飛び出す織田先輩のミドルはGKが前にパンチング。そこに俺が走りこもうとするわけだが、飛鳥とDF二人がかりでチェックにかかってきた。
しかし、俺ばかり対応していると……
『こ、ここに逢沢選手が走り込んでいたぁ!! 不知火選手の対応に追われて生まれた空白のスペースを見逃してはいなかったっ!』
「な……!?」
「今度こそ決める!」
今の今まで姿を消していた駆が、ここぞとばかりに飛び出した。
江ノ高で一番得点に対する嗅覚が優れているのはこいつだからなぁ……ここぞと言う場面の未来予知でもできるんだろうか?
GKとの一対一。
俺に付きっきりだった飛鳥が慌てて動き出す。
それと同時に俺も走り出し、もし前に弾かれたときに飛鳥よりも早くゴールに押し込めるような位置を決め打ちする。
2点目、ループシュートで決められた事が頭にあるのか、あまり飛び出さないGK。あと少しでボールをトラップできるところまで走り込み、一気にシュートの体勢を取った駆。距離があるとはいえ、ワントラップでもしてしまうと飛鳥に追いつかれると思ったのか、それとも――
「いっけえぇぇぇっ!!」
振り上げられていた左足を一気に蹴り切った。
真っ直ぐ、ゴールネット目掛けて飛んでいくボールは、ちょうどGKの顔面の高さだった。走り出していた飛鳥だったが、足を伸ばすこともできない距離だった。
一直線の白線の残像と共に飛んでくるボールを防ぐため、GKは顔の前に両手を出した。懸命に飛鳥がGKの近くまで駆けている。前に弾くだけで良い。
ボールが、GKに触れた。
『ゴ、ゴオォォル!! 江ノ高、これで3対1!! 逢沢選手が押し込んだぁ!』
「や、やった……やったぁぁああっ!!」
「よくやった駆ぅ!!」
駆のシュートは確かにGKの手に触れ、防がれたかに思われた。
走り込んでいた飛鳥ですらそう思っていたことだろう。
が、駆のシュートはGKのガードを何のその。前に弾かれることなくそのまま後ろに飛んで行ったのだった。当然、GKの後ろにはゴールネットが。
GK真正面という精度の甘さを見せてしまった駆ではあったものの、華奢な体からとは思えない、威力のあるシュートを放ってくれた。その結果、また抜きを恐れたのだろう、少し腰を落としながら駆のシュートを対処することになったGKは、その威力を殺し切ることが出来ず後ろにこぼしてしまったのだった。
内心気落ちしているであろう葉蔭イレブンに、気勢十分な江ノ高イレブン。
残り20分弱と言ったところでの失点は、彼らに大きな傷跡になったようだった。