俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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久し振りの閑話(0.5話)
少し構成としておかしなところがあったら申し訳ない……
よろしくお願いします!


第38.5話

 不知火がFWに移動した。

 それだけで葉蔭イレブンに緊張が走った。

 DFとしての実力もさることながら、FWとして動けば必ずネットを揺らしてきたその決定力を警戒していた。その存在を一番警戒しているのは葉蔭をDFの一人として支え続けている飛鳥であった。

 

 後半も10分と言ったところで同点に追いつくことが出来たのは、正直運に寄るところが大きかった。あそこで葉蔭の実力で、と言いきれないのはやはり。

 チラとFWとして出てきた選手を一瞥する。

 長身で体格良し。それでいて俊足で反射神経も優れている。よく全体を見渡せていて、優秀なDFの鏡ではないだろうかと思うほどの人物。それが不知火だった。

 

 ……そもそも、高校に入るまで知られていなかった選手だった。

 話に聞く限りでは、高校からサッカーを始めたらしいが、実際にはどうなのかはわからない。あそこまでのテクニックを見せつける選手が、今までサッカーをしたことが無いなんて話をどうして信じられるだろうか?

 

(いや……それよりも、今は目の前の(試合)に集中しよう)

 

 先制された時のような予測のできない動き。

 あれが二度も三度も続くわけがないと自分に言い聞かせ、リスタートに集中する。

 

 ……あの1点目の動きに動揺させられたのは事実だった。

 ロングスローから走り込んで来てクリアに合わせられる。パスとして蹴り出しただけあって、それなりの衝撃が首にいっていてもおかしくないというのに、さも当然とばかりにシュートを決め、先制点にしてしまったのだから。

 

『さぁ、後半10分に差し掛かろうというところ。リスタートは同点に追いつかれてしまった江ノ高ですが、選手交代でどういう結果へ導いてくれるのかぁ!』

 

 江ノ高からのリスタートで始まったが、そのボールを受けたのはFWに移ったばかりの不知火だった。すぐに荒木に渡してゲームを作っていくのかと思いきや、前線で一人、ボールを持ったまま佇んでいた。

 その立ち姿は、以前荒木が湘南大付属相手に一人でドリブルを仕掛けたときのような雰囲気を漂わせている感じがする。

 それだけの技術を持っているだろうし、油断できない相手だということも理解している。が、それがブラフであるという可能性も考えられないわけでもない。……(不知火)の場合は、一体どっちだ?

 

「奪ってやるぜ!」

『さぁ、ボールをキープしたままの不知火選手に対してFWの桂木選手が仕掛けたぁ!!』

 

 サイドには鬼丸もいる。

 これで不知火がどう動くかでこれからの対応を考えなければならない。

 FWとは言え、葉蔭(うち)のイレブンの一人として選ばれているだけあって基礎の部分はしっかりしている。だから、そんな簡単に抜かれるなんて事は無いと思うが。

 

「なっ!?」

『不知火! ボールを奪いに来た桂木を難なくかわし、そのままドリブルだぁ!』

 

 離れた位置からでもわかるほど綺麗な動き出しだった。

 ……いつだったか、あんな動きのする選手を見たことがあるような感覚に陥ったが、そんな実力のあるやつだったら今の今まで名前が出てこなかった意味が分からない。

 

「真屋! 鬼丸! 二人でチェック!」

「はいっ!!」

 

 その後ろでは大月が控えてる。

 俺もいつでもプレスできるような位置取りをする。不知火のいる位置から、大月の体を使って少しでも意識が逸れるように死角に入り込む。

 そのまま真っ直ぐドリブルを仕掛けて来れば奪えるように集中する。また、荒木にバックパスを出しても対応できるようDFラインを操作する。声には出さず、指を使って周囲のDFに指示を出していく。

 

『二人に囲まれてしまった不知火! 後ろからは荒木選手が上がっているぅ! サイドには逢沢選手が上がっていて、少し後ろには兵藤選手も走り込んでいるぞぉ!?』

 

 二人のプレスが厳しくなる。

 これはさすがにパスで対応してくるだろう。

 

 ――そう思った時だった。

 

 一瞬、不知火に誰かのビジョンが被った。

 その姿を認めた瞬間には全身に鳥肌のような、ゾワッという感覚が走っていた。

 チラと逢沢のいる方向を見た不知火に釣られる様に真屋が体を動かした。それに合わせるように動き出した不知火は、走り出そうとし、そこでもまた一つフェイントを混ぜる事で簡単に真屋を抜き去ってしまった。

 それでもまだ鬼丸が追っている。

 俊足の鬼丸は不知火の動き出しに一瞬動揺してしまったものの、何とか追いすがろうとする。

 

(左かっ!)

 

 一瞬視線が左を見たのを見逃さなかった鬼丸は、自分の感性を信じるままに足を出した。不知火はその方向にボールを出そうとしていた。このままボールを奪い、すぐに攻撃に移る!

 と、頭に浮かんだビジョンは、しかし不知火が足元でボールを止めたことで消え去ってしまった。真屋があっさりと抜かれたことで少し焦りもあった鬼丸は、不知火の視線の動きに簡単に惑わされてしまったのだ。

 

(てか、こいつ全くボール見てねぇっ!!)

 

 全くと言っていいほどに足元を見ることのないテクニックは、とてもじゃないが高校生からサッカーを始めた初心者の域を超えていた。

 無理矢理腕を伸ばし、強引に不知火のドリブルを止めようと試みる。

 何とか不知火のユニフォームを掴むことが出来た鬼丸。ファールになる、という考えもあったが、このまま不知火にドリブルを続けさせるわけにはいかないという、どこか脅迫染みた思いもまた、込み上げていた。

 

「しゃぁっ!!」

「なっ!?」

 

 しっかりとユニフォームを掴んだはずだった。

 それを、一瞬も速度が落ちることなくドリブル突破されてしまった。意地での抵抗は、しかし全くの障害にもなっていなかった。その事実に呆然としてしまう鬼丸だったが、飛鳥の指示を受け、再びボール奪取のために動き出すのだった。

 

(二人があっさりと……これは、彼の実力を疑うことができないな。このままだと大月一人だと抜かれるだろう。その後の不知火が通るであろうコースは――)

 

『一気に敵陣を駆けていき、すでに3人を抜いた不知火ぃ! このままゴールまで行ってしまうのかぁ!!』

 

 パスを出す雰囲気を出しながらそのまま真っ直ぐドリブルでFWとMFを躱していく不知火の様子を見ている飛鳥には、その姿に違う人物が映し出されていた。

 それは、彼が今の自分を形作ったとも言えるような衝撃を受けた相手――逢沢傑の姿だった。

 

(そんな、馬鹿な)

 

 ふと、その弟である駆の方を一瞥する。

 見られているという感覚が無いのか、不知火の方を見続けているようだった。

 その姿が、何かを待っているかのような雰囲気で。そのすぐ近くにはDFの稲葉もいる。鬼丸だってしっかりと後方で待機している。

 

 何も心配することなんてない。

 ただ目の前まで迫り来つつある不知火の事だけに集中するべきだ。

 しかし……何が起きるか分からないのがスポーツだ。

 

『不知火! 4人目も抜いたぁっ!! 残るは「皇帝」飛鳥とGKだけ、このまま本当に一人で行くのかぁ!?』

 

 大月も抜かれ、ついに、自分の前にまで躍り出てきてしまった。

 ほぼ一対一の状況。相対しているだけで伝わってくる不知火からのプレッシャーは、まさに傑のものと相変わらずと言った様相で。

 体が震えるような感覚、背中に冷や汗が流れているんじゃないだろうかと思うほどの緊張だった。

 

「……っ!!」

「お前で、最後だっ!」

 

 一気に抜きにかかろうと動き出す不知火。

 その足技は、まさに荒木と同じような。いや、もしかすれば荒木よりも早い動きかもしれない。右に、左に。ボールは一向に止まる様子は見せない。だと言うのに、ぴたりと足に吸い付くような動きで惑わそうとして来る。

 パスか、シュートか、ドリブルか。一瞬でも見逃すことが出来ない。

 

 ――来る!

 

「おぉ!」

「くぅ……」

 

 その素早いボール捌きに何とか付いていこうとする。

 右からドリブルで突破しようと動き出した不知火に、少なからず怒りが沸いた。

 今までの選手ならいざ知らず、俺までもドリブルで突破できると思うなよ!

 そんな恥辱も入った様な想いのままに、体を割り込ませようとする。

 

「うらぁ!」

 

 流れるような動きで不知火が背中を見せてきた。

 回転――ルーレットか!

 恐らく、右に抜けていくと思わせ、そのまま左から抜こうとして来るに違いない。不知火一人が少しだけ突出していたこともあり、近くにはパスを受けれるような味方もいない。

 ここでボールを奪い、一気に反撃に移れれば。

 

(ここだ……な?)

 

 ボールの行方を、見失ってしまった。

 ただの一瞬で。今までずっと不知火の足元から離れることのなかったボールが、ただの一瞬で消えてしまった。

 

『ぬ、抜いたぁぁっ!! 不知火、飛鳥をも抜き去り、5人もごぼう抜きだぁ!!』

「なっ!?」

 

 驚き、後ろを向く。

 過ぎ去っていく不知火の背中。そして、その足元にはしっかりとボールが納まっていた。一体、どうやって……

 

 

 

『ゴォォォル!! 江ノ高、2対1! リスタートからたった2分で不知火が決めてくれました!』

 

 

 

 少し飛び出していたところ、緩いループシュートを決められ呆然としているGK(岩本)を一瞥し、不知火の背中を見る。

 その背中に映って見える傑の幻影に、ただただ呆然とするしかなかった。




え……?
閑話のくせに話が進んでるって?

私じゃこれ以上の事はできなかったんだ(白目)

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