後半開始から早々に冷やっとさせられる展開になってしまったが、逆に言えば向こうのチャンスを潰すことができた。
欲を言えばこれで葉蔭の士気が落ちてくれれば良いのだが、彼らの表情を見るに悔しがっているだけで、残りの時間を悲壮に過ごそうという気持ちはないようだった。
一度こんな大きなチャンスを与えたからにはもう相手に攻撃はさせない!
……なんて大きな言葉を言えればいいが、李先輩がギリギリで弾き出してくれたボールはゴールラインを割っていた。つまり、葉蔭のコーナーキックからゲームはリスタートするのだ。
十分に葉蔭の得点チャンスになっている。
キッカーは鬼丸。守備につく江ノ高イレブンの表情には、直前のマイナス気味のシュートの軌跡が映像として残っているのか、多少のばらつきはあるものの、全員が全員緊張を醸していた。
「不知火、ここは俺が確実に守る。お前はお前の働きをしてくれ」
「了解です!」
李先輩からの頼もしい言葉をいただいた。
実際、俺じゃどうにもならなかったボールをギリギリで弾き出した人の言葉だ。信頼しないわけがない。
李先輩の強みは、明確なまでのイメージトレーニングをできる所にある。
そもそも李先輩は自分の弱い所を無くすべく尋常じゃないレベルの鍛錬を積んでおり、握力も100kgを超えているという話も聞いている。体の線が細い故の力不足を無くそうとフィジカルトレーニングを繰り返している姿勢には頭が上がらないのだが。
それを超える李先輩の強みが、先に述べたイメトレにある。
この人は楽をしようとはしないのだ。どんな時でも自分の最大限の力を発揮できるようにボールの行方、軌跡、その対処を考えている。考えることを辞めようとしないのだ。
そうでなくとも、反射神経、身体能力共に葉蔭のGKよりも高い実力に纏まっているのだが。
さて、運命のコーナーキックだが。
『鬼丸選手、どこを狙ってくるのか! ゴールを守るのは江ノ高の守護神、李選手! そしてDFには鉄壁の不知火選手が位置取っているが!?』
やはりここは一度離れたところにいる飛鳥にボールを出すのか、それとももう一度マイナス気味のシュート性のボールを蹴ってくるのか。
まぁ、流石に連続でそういうシュートを蹴ってくるとは思えないが、一応警戒だけでもしておこう。
鬼丸が動いた。
大きく蹴り上げられたボールはゴール近くを狙っており、しかしながらゴール前にいるFWおも飛び越えていった。
「なっ……」
ゴールから離れたところにいた葉蔭MFがボールをトラップ。
そのまま中央付近にバックパス。相手WF、MFが邪魔で死角になっている部分に誰かがいる。それは、上からの視点ですぐに判明。すぐに指示を出す。
「李先輩、逆サイド!」
「おう!」
『鬼丸選手からのボールを受けた白鳥選手だが、すぐにバックパスを出したぞ? そこに、おぉっと! 飛鳥選手が走り込んでいるぅ! この距離は飛鳥選手のミドルシュートのレンジだぁ!!』
「おっぉおおぉ!!」
強烈なダイレクトシュートが放たれた。
スピンが掛けられたシュートは左に逸れていく。すかさず李先輩がダイビングし、真っ直ぐに左手を伸ばす。それでも足りないとばかりにピンと張り詰められた指先が、飛鳥のシュートを阻まんとボールに触れた。
そのほんの少しがボールの軌道を変える。
わずかに軌道がズレたボールはそのままポールに直撃し、ゴールネットを揺らすことなく弾かれた。
「うぉおおぉっ!!」
そこに、相手MFの白鳥選手が走り込んでいた。
反応が遅れた堀川先輩が何とかボールをクリアしようと走り出すが、到底間に合うような距離ではなかった。必死に、全力でボールに走る白鳥選手を止められるDFが、江ノ高サイドにはいなかった。
瞬間、俺は両足に力を込め、爆発させるように真横に跳躍。そのままシュートコースを消そうとするも、白鳥選手のシュートはそれよりも早かった。
単に、この瞬間だけゴールに対する意識が、ゴールを守らんとする俺の気持ちよりも大きかったという事なのだろう。
『ゴ、ゴォォオオオオル!! 後半10分に差し掛かろうというところで、葉蔭学園、ついに江ノ高に追いついたぁっ!! そして、これが江ノ高の今大会における初失点となります! 葉蔭が、鉄壁のゴールにシュートをねじ込んだぁぁっ!!』
伸ばした足は、確かにボールに触れていた。
が、あくまで足先しか触れることができなかった故に、シュートそのものの威力を消しきることができず、結果的にゴールの中を転々と転がっているボールを見る羽目になってしまった。
しっかし……今まで無失点で来ていただけあって、今回の失点ってのは結構悔しい。思わず、拳を形作っている左手に込める力が大きくなるぐらいに。
「すまない、不知火……俺のせいだ」
「李先輩、いや、これは先輩だけのせいじゃぁないっす。俺も、あと少しで止められましたし」
「それでもだ。シュートを止めるのはGKの仕事だ……次は、必ず止める」
背後にゆらゆらと気炎が立ち込めて見える。
葉蔭イレブンを睨み付けるように目に力を籠め、グローブを付け直すその様はまさに必殺仕事人のそれを彷彿させる。
……といっても、この世界に同じようなシリーズがあるかどうかは不明だが。
皆の表情を見るが、まだ1対1という事もあってか諦めたような表情をしてる奴はいなかった。逆にやってやろうという意気が見える荒木先輩やマコ先輩。静かに闘志を燃やしていそうな冷静さを見せていた。
『おっと、ここで江ノ高は選手交代だ! 交代する選手は……19番、高瀬選手と海王寺選手が交代だ! こうれはもしや、不知火選手がFWになるのかぁっ!?』
「不知火、監督からの指示だ。FWとして、全力で葉蔭に当たって来いとのことだ」
「……了解っす」
「お前が
俺が一番前で、駆がサイドにか……
あいつの場合は、相手DFの一瞬の隙をついて消えたかのようなポジション取りをする奴だから大丈夫だろう。逆に、
一瞬の隙を見つけて攻めに転じ、しっかりと点を取る。
……まさにFWの鏡じゃないですか(真顔)
『高瀬選手のポジションに不知火選手が向かっていきます! 彼がFWとして活躍した試合は数少ないですが、その全ての試合において驚くべき結果をたたき出しております! 果たして、葉蔭相手にどこまで動きを見せることができるのかぁ!?』
「あー……」
興奮気味に話す放送席の男子に辟易するというか、恥ずかしくて観客席の方を見れないわ。何気にうちの両親が仕事の休みを取って見に来てるらしく、それを加味して一層その方向が見れないと言うか。
何も考えず真っ直ぐピッチの真ん中を見ているというのに、大体両親のいる所が分かるんだからたまったもんじゃないが。
確かに自分が親になって自分の子供が何かしらの競技で活躍してたらうれしいのかもしれんが、さすがにそれを子供の立場からしたら恥ずかしいというか。意識してしまうという感覚があるんだな。
と、徒然と考えてるものの、結局のところFWとしての仕事をしなければいけないわけだ。
今回、葉蔭学園とFWとして試合する上で特に実感している事が一つある。それは、やはり飛鳥選手の存在だ。
彼自身の実力が高い事は周知の事実であるが、その最たるものがポジション取りにある。自分自身のポジション修正は当然の事、常に味方のポジション指示を出してはシュートコースを消したりパスカットをしたりと、考え続けるサッカーを行っている。
技術的な物を見取りできればなぁ。とは思っていたが、今回は戦術的な部分を吸収できるかもしれない。例えば、味方の位置を考慮して敵の死角に入ったりなんてね。
が、残りの時間はFWとして動くことになるから、その技術を俺が使う事はあまりないだろう。どうせだったらドリブルで正面突破しますから。
そういう死角を利用したりする技術は駆が駆使した方が良いだろう。体格的にも、すんなり相手の体の陰に隠れられそうだしなぁ……俺だと少し体を小さくしないと隠れられそうにない。
「じゃ、もう1点取りに行きますかね」
「不知火……しっかり走り回らせるからな」
「荒木先輩。……どんどんパス回してください。勝つんで」
「へっ、流石の自信だな。期待してるぜ」
「了解っす」
さて、残りの時間。飛鳥選手の裏をかいて何点奪取できるだろうか?