俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第36話

 目の前の飛鳥を抜いてやろうと意気込んだのは良いものの、これでもし俺が飛鳥を抜くことができなかった時の事を考えると恥ずかしすぎる。真面目な顔してこんなことを考えてる俺ですが、一気に飛鳥を抜き去る。

 ……ためのフェイントをしただけで、つい反応してしまった飛鳥を無視してシュートを選択。いきなりの行動に反応しきれてない飛鳥を横目に、一気に左足を振りぬいた。

 

「っけぇ!」

「くっ……」

 

 飛鳥から少し離れたところを回転をかけて蹴ったおかげか、超人的な反応でボールに食らいつこうと足を出した飛鳥だったが触れることは出来ず、そのままボールはゴールを目指してとんでいくのだった。

 

「っつぁっ!!」

 

 ここで好セーブをして見せた相手GKだったが、低めに飛んで行ったボールをピッチの外に弾き飛ばすことはできず、ゴール前にボールはこぼれてしまった。通常、そういったボールを奪取されないようにGKが確保に動くのだが、如何せん飛び出してしまったGK。加えて、ゴール前に落ちてしまったボールを確保できるだけの余裕はGKにはなかったのだった。

 ここぞとばかりに駆け寄る味方に、クリアせんとボール目掛けて走る相手DF陣。

 

 ――ふと、駆の姿が目に映り込んだ。

 全力でボールに向かって、真摯にひた向きにひたすら駆け寄る姿。まさに、シュートを決めんばかりの様子が、この目に映っていた。

 

「は……?」

 

 瞬きをした後には駆の姿なんてどこにもなく、ボールの行方を決めようと走っている敵味方の様子があるだけだった。チラッとベンチを見るとハラハラした表情で江ノ高の動向を見守っている駆の姿が。

 ……もしピッチに立っているのが駆だったら、ってのを俺は幻影として見てしまったのだろうか? それにしても、随分と駆の事をかってる(・・・・)んだなと苦笑してしまう。と、その間にボールに追いついた葉蔭DFがボールを大きくクリア。俺がいるサイドの方、頭上を大きく超えていき、そのままラインを割ってしまう。

 

『おぉっとぉ!? 江ノ高、早くも選手交代だぁ!!』

「なっ!?」

 

 表示された番号を見て薫が驚きの声を上げた。

 

『7番的場に代えて20番逢沢だぁ! いやぁ、的場選手の出だしの動きはとてもキレのある良い動きをしていましたが、ここでの交代には何か作戦でもあるのか!?』

「なんで……」

 

 と、気落ちした表情を浮かべながらベンチに下がっていく薫の後姿を見ながら、そりゃそうだろうなと心中一人ごちった。

 高瀬、火野先輩と、三人中二人がDF的な動きをしていたのにも関わらず、それを関係ないと言わんばかりにFWに限った動きをしていたからな。まぁ、それでも今日の薫の動きはいつにもましてキレが良かっただけ、どれだけ交代まで時間をかけるかと思ったが……岩城監督はそれ(・・)を許さなかったらしい。

 緩い先生にみえて、その実厳しく見る所はしっかり見ているのだから、今後岩城先生が監督を務めている間はメリハリのある部活動が続いていくんだろうと予期させてくれる。

 

「えっと、よろしくね、ヤス」

「ああ、頑張ってくれよ」

「うん!」

 

 憶測の域を出ることは無いが、あの時見えた幻影がただの願望からなるものじゃないような気がしていた。薫には悪いが、もし薫じゃなくて駆だったら……なんて考えてしまう。それだと最初薫が見せた攻撃は無かったものになってしまうが。

 

 リスタートは江ノ高から始まる。

 薫のことは残念だったが、この試合を勝てば次も試合はあるんだ。その時心機一転して江ノ高サッカーの戦術にのめり込んでほしい。駆がポジションに入ったこともあり、早速リスタートしようと……あ。

 位置的にMFがボールを投げるんだろうが――

 

「沢村先輩、ここは俺に任せてもらってもいいですか?」

「不知火……分かった。頼む」

「はい」

 

 ボールを受け取りスローインの体勢を取ろうとしていた沢村先輩に声をかけ、スローインを譲ってもらう。まだ均衡しているため、少しスローインに時間をかけても審判に注意されることはなかった。まぁ、そこまで時間もかけては無かったってのもあるが。

 

 前線を見る。

 ゴールまで距離にして約35メートル。

 ここから見える高瀬、火野先輩、駆……全員にDFが付いていた。その全員に対応することはできないだろうが、シュートを撃ち込まれても防げるような位置に飛鳥がいた。ゴールを背に、その双眸はしっかりと俺の姿を捉えていた。

 

 一瞬、江ノ高FWに視線がいった。

 

「っけぇ!!」

 

 その一瞬で、俺は一気にボールを振り被った。

 

『不知火のスローイン! ……こ、これは!? まるで辻堂学園の金選手のようなスローインだぁ! 一直線に真っ直ぐ、そして力強くゴールまでボールが飛んで行くぅっ!!』

 

 飛鳥の視線が俺に戻った。

 江ノ高FW陣が動き出す。少し戸惑っている感もある動きだが、しっかりと自分の役目を果たそうとしていた。その中で一人だけ違う動きをしている奴がいた。

 

『ボールは一直線にゴール前まで飛んで行ったぁ! ゴール前には長身の高瀬選手に江ノ高のエース火野選手もいるぞぉっ!? 一体誰がこのボールをシュートまで持っていくのか!!』

「俺だぁっ!」

 

 スローインはオフサイドに関係なく受け取ることができる。

 葉蔭DF陣もそれをしっかり分かっているようで、飛鳥の指示のもと各DF、MFがそれぞれ江ノ高オフェンス陣に張り付いていた。クールな表情で支持を飛ばす飛鳥だが、内心どんな事を考えているのだろうか?

 

 一気にゴール前に躍り出た高瀬が大きくジャンプ。

 189センチメートルが精一杯跳躍。江ノ島タワーと渾名を付けられるだけあって流石の空中戦を見せてくれる。葉蔭DFも懸命に飛び上がるが、頭一つ以上差がついていた。俺もそこに合わせてボールを投げたわけだが、バスケをやっていただけあってさすがの跳躍力を見せる高瀬には驚きを隠せない。

 無論、自分の事は棚に置いといて。

 

 ギロチンのように振り下ろされたヘッドから繰り出されたシュートは、しかしギリギリでGKに弾かれてしまった。ゴール前に落ちたボールを目掛けて敵味方駆け寄ろうとするが、それよりも早くにボールに駆け寄る一人の選手。

 

『こ、ここに逢沢選手が走り込んでいたぁ!!』

 

 誰もが呆然と駆を見ていた。

 交代早々、DFに張り付かれて活躍できそうにないと思われていたのだろうが、ここと言う場面でしっかりと結果を残してきた奴だけあって嗅覚が半端ない。

 

「決めるっ!!」

「くっ!」

 

 駆がそのままダイレクトに蹴ったボールに相手GKは動くことはできなかったが、反対側でDFをしていた飛鳥がボールに飛びついた。差し出された右足がシュートを阻み、そのまま大きくクリアになるようにボールを蹴ったのだ。

 

「っしゃぁぁっ!!」

「な、にっ!?」

 

 その蹴り出されたボールを、俺のヘッドが捉えた。

 スローインと同時に走り出し、DFとしてはあるまじき行為だとは分かっていたものの、一気に前線まで駆けた。そのせいでDFは堀川先輩一人しかいないことになっているが、駆の近くまでくればボールが来るんじゃないかと言う単純な疑問を解決すべく前線まで走り込んだのだが、直感はそのまま正解へと繋がった。

 右足を伸ばした状態の飛鳥に、いまだ動くことができないでいる相手GKを尻目に、俺は勢いよく頭を振り下ろした。鈍い音とともに打ち落とされたボールはネットに突き刺さり、その勢いのせいか止まることなく回転を続けていた。

 

『ゴオォォォル!! 試合もそろそろ折り返しに差し掛かろうという場面で、江ノ高の頼れる男が決めてくれました! 1対0、ついに試合の均衡が破られました!!』

「……」

 

 一見冷静な表情でこちらを見ている飛鳥だが、少しだけ口角が歪んでいる。二度も攻撃を連続で防いだというのに、最後の最後でありえないヘディングを見せつけられた飛鳥選手。いやぁ……1点奪えましたからな。ここからは俺はDFに集中してれば良いんとちゃいます? 全部駆とかに攻撃任せてDFに集中してれば決められることないんとちゃいますぅ?

 

 ……さて、葉蔭イレブンがそんな簡単に試合を終わらせてくれるんだろうか?




ここまでの読了、ありがとうございます。
しばらくしたら人物紹介なるものを投稿したいと考えております。
原作キャラも含め人物関係等紹介出来ればと考えてます。

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