俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第35話

 さて、やってまいりました葉蔭戦。

 準々決勝になるこの試合、俺はいつも通りスタメンでの出場になる。

 最初はいつもの通りDFとして動き出すわけだが、今日はFWになることなくDFに集中せざるを得ない試合内容になるのではないだろうか。相手の中心選手である飛鳥はリベロだし、どちらかと言えばDF寄りの選手であることには変わりないだろう。隙があればオーバーラップするのは当然の事とはいえ。

 

 さて、ホイッスルもそろそろという時間帯。

 相手のFWとMFに注目してみる。やはりと言うか、スピードに自信があるだけあって、速度の数値が高い鬼丸だが、それ以外の選手も軒並み能力が高い。うちの高瀬は運動能力と背の高さを買われてスタメンとして出場さえしているが、向こうは列記とした実力主義だというのが分かる人員の選出をしていると思う。身長が少し低くとも能力が高い。そういう選手をしっかりと起用しているのが葉蔭の強みであり、優勝候補としての誇りなのかもしれないな。

 

 と、試合開始のホイッスルが鳴り響き、前半は江ノ高からのスタートで始まった。

 荒木先輩がボールを中央で持ち、ゲームメイクしていく。そんな中、サイドから飛び出たのが薫で、味方の動きに合わせての動き出しはいつもの薫以上のものが感じられる。

 そこから相手DFをフェイントで躱し、中央ゴール前に飛び出した火野先輩に合わせてボールを上げたと思いきや、その奥から飛び出していた高瀬にクロスが飛んで行き、完璧なタイミングでヘッドを合わせ、一気にゴールネットにボールを突き刺したのであった。

 

「が、しかしだ……」

『いや……オフサイドフラッグがあがっていた! 残念! ゴールならず!!』

「なっ!」

 

 しっかりとポジション修正をしていたのだろう。

 ヘディングシュートをされていたにも関わらず焦ることなくボールの軌道を目で追っていた相手DF陣を見て、やはりと心中で愚痴る。まだ俺がFWとして活躍するような展開にはなってないが、これは今までの高校のサッカー部とは一味違った守り方であることには違いない。

 そもそも、高校生が意図してオフサイドトラップを仕掛けられるものなんだろうか?

 いや……それだけの特訓をしてきましたっていうのは分かるんだが、にしたって。にしたって今の動きにはあまりにも無駄が無さ過ぎて何とも言えない。それもリベロの飛鳥がDF陣に指示を出していたように見えたが。やはり、葉蔭は一番飛鳥を注意しなければならないな。

 

 葉蔭のゴールキック。

 さっきの守備を見て少し動揺しているうちのFW陣だが、一応今のところは問題ない。が、いつも以上に薫の動きが悪い。いや、攻め自体の動きは悪くなかったのだが、守備に関わる動きを全くしないのだ。今までも同じような感じだったが、今日と言う日に限って最大限の動かなさである。

 相手MFからFWへとボールが移っていく。

 江ノ高よりも丁寧なボール回しだが、これも大体が飛鳥の指示によるものが大きいのだろう。DFの要だというのにいつでもボールを受けれる位置を取っているってのが凄ぇや。FWからMFへ、MFからFWへ。伝統校の流れをしっかりと継いで来た言わんばかりのパス回しだが、その一つ一つの動きに迷いは無いし、キレもある。セオリー通りの動きだが、ボールが飛鳥に回った瞬間、セオリーという枷が無くなったような動きを見せ始める。

 

「……!」

「ちぃ!?」

 

 江ノ高のMFが死角になって見えないかと思いきや、オーバーラップを始めたFWにパスを選択した飛鳥。正直、俺と同じように全体が上から見えているんじゃないかと言わんばかりの前線へのパスだった。

 それを堀川先輩が追っているのを見て、しかしギリギリ追いつけないであろう事も分かっているので、真ん中から上がっているFWに照準を定めてポジションを変える。いつでも反応出来るところまでポジションを修正し、飛鳥の動向を見守ることに。

 今の飛鳥の動きは、今の俺が全体の動きを上から見下ろしているのとほぼ同じように全体をみているからこその動きなのだろう。実際、そういう動きをピッチに立ちながらできるのだから流石としか言いようがない。

 そうしてオーバーラップを仕掛けるであろう選手を気にしていると、本当にそのFWにクロスが上がった。

 

「ふっ!」

 

 FW目掛けてあげられたボールを一気にヘッドで打ち返す。

 ギリギリのポジションにいただけに相手も反応しきれず、または俺のヘッドに驚いてか、その場から動けずにいた。そんなFWに関係なく試合は動いている。弾き飛んだボールはハーフライン近くにいた薫の足元に収まり、そのまま一気にドリブルを開始した。

 

「向井、10番チェック!」

「おうっ!!」

 

 薫の動きに連動して上がり始めた荒木先輩にDFをマークさせ、当の本人、飛鳥は一気に駆けだしたのだった。一番近くにいたDFを薫に走らせ、本人はゴール前に真っ直ぐ走り出すとは……攻められてるとは思えないぐらい冷静に状況を考え、判断で来ている。それが『皇帝』という渾名を付けられる要因になっているのだろうが……ホント、高校生とは思えないほど戦略が完成されてますわぁ。こういう奴のIQがどれぐらいあるのかテストを受けてもらいたいものですな。

 

 一切DFに参加しなかった薫だが、さすがに攻めになると能力をしっかりと発揮してくれた。俊足、とまでは言えないものの、全速力でドリブルする薫。先ほどと同じようにサイドから上がっていく薫を止めるべく相手DFが立ちふさがろうとするものの、これまた同じようにフェイントをかける薫。

 葉蔭イレブンだけあって二度目はないと言わんばかりに食らいつくも、しっかりと攻勢に出ていた織田先輩が薫からパスを受けたのだった。火野先輩、マコ先輩、荒木先輩、高瀬と、一気に攻勢に出た江ノ高イレブン。これにはさすがの飛鳥も守備するのに指示を出し続けるのは困難になったんじゃないかと表情を見てみればそんなこともなく。淡々と自分の仕事をこなしていますと言わんばかりの顔をしていた。

 

「不知火!」

「はいっとぉ」

 

 攻めに転じていたはずの江ノ高ではあるが、オフサイドトラップやらを警戒して攻めあぐね、一旦息を整えるためにDFである俺の所までボールが回ってきたのだった。

 

 さて、上から全体を見てみると、江ノ高イレブン全員がいつでも攻めに転じられるようなポジション取りをしているものの、それをしっかりとカバーできるようにDFを配置している飛鳥もまた、いつでもカウンターできる位置を確保しているようだった。

 ただボールを持っているだけの俺に対して誰も突っ込んでこないってことは、それなりに俺の事も警戒しているらしい。……まぁ、何だかんだ点数決めてきてる俺が警戒されないなんてことは無いと思うけどねー。客観的に考えても。

 

「動かないんだったら取らせてもらうぜっ!」

「無駄ぁっ!」

 

 足元のボールを奪いに来た相手を躱すのにフェイントを仕掛けたものの、無駄にネタを挟んでしまった。時間は止められないが、俺も止められませんよって俺は言いたかったのかもしれないね(爆)

 さて、恥ずかしい事を思いつつも一気にピッチを駆けあがる。

 DFの俺がそんな簡単に持ち場を離れる様な事をしても良いのかと思われるかもしれんが、そう簡単に俺からボールを奪える奴もいないと思うし、ある程度の距離だったら全速で走れば奪え返せそうな気もするからな。……まぁ、俺からボールを奪えるような奴が足遅いのかっていう疑問もあるが。

 

「いかせないっ!」

 

 このまま俺一人で突貫してやろうかと思い始めたとき、目の前に現れた飛鳥。

 早くも飛鳥と俺の一対一のシチュエーションが出来上がってしまったわけだが。油断なく構えているつもりであろう飛鳥に対し、俺は笑いかける。もちろん心理戦を仕掛けに入ってます。

 

「かかって来いよ」

「ふっ……そんな安い挑発には乗らない主義なんだ」

「なるほど……が、逆にお前からじゃ俺に仕掛けられないってだけじゃないのか?」

「言ってくれるっ!」

 

 仕掛ける。

 

 と思ったが、ただのフェイントだったらしく、俺の出方を見ようとしていただけなのかもしれない。飛鳥の場合、個人技もかなりのものだから油断できない。荒木先輩のようにトリッキー、ファンタスティックに魅せるのではなく、実直に、堅実にボールを奪ってカウンターをしてくると言った方式を取っている。

 だからこそ、技で抜き去ったところで自信を無くすわけでもなく。その考え方、プレイスタイルを学ばせてもらえるってのは良い事だ。

 

 さて……さすがにこのまま動かないってのは試合的に面白くないだろう。

 いっちょ、俺から行かせてもらいますが、しっかりと学ばせてくださいよ?




気付いたら全話PVが百万を行ってて、お気に入り件数も三千を超えてるっていうね。
確かにこのssを続けて半年以上になりますけれども。ここまで伸びるとは思ってもいなんだ……ご愛読、ありがとうございます。これからどこまでこのssを続けられるかわかりませんが、これからもよろしくお願いします!

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