俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第34話

 葉蔭学院と相模ヶ浦高校の試合を観戦したんだが、これもまた共に違った戦術を取り合う試合内容となっていた。

 

 前半、試合開始から5分と言ったところで相模ヶ浦高校が先制し、大勢の予想を覆す結果をたたき出した。観客席から見てると分かるが、相模ヶ浦は全員が攻撃に参加し、全員が防御に動くという戦術をもって葉蔭学院を翻弄していた。

 監督が言うには昔、オランダで同じような戦術『トータルフットボール』があったらしい。渦巻きのように選手全員がポジションを考えながら動いていくものらしく、当時のオランダ代表が体現していたようだが、それと同じような戦術を相模ヶ浦は取っているらしい。

 

 全員が動き、攻撃して防御するのはサッカーと言うスポーツからすれば当然の事だが、それを実現するための体力が必要になる。つまり、GKを除いた全員が試合中ずっと動けるだけの体力が必要になるってことじゃないだろうか?

 ただでさえ点数を取るスポーツで集中力も必要になるのに、それに加えて動き続けるとくれば相当の練習を積まないといけないだろう。

 

 しかし、葉蔭学院は『湘南の皇帝』こと飛鳥亨(あすかとおる)がオーバーラップからのミドルシュートで同点弾を決め、試合を振り出しに。それを受け、サイドも警戒し始めた相模ヶ浦は動きの精彩さを欠いていき、葉蔭学院の怒涛の攻めを受けることになってしまった。

 全員がしっかりと攻撃と防御に絡んだ動きを見せた葉蔭の戦術に相模ヶ浦は翻弄され続け、後半は一切攻撃に移ることはできなかったのだ。

 

 ……それにしても相模ヶ浦の選手たちは誰一人として悔しそうな表情を浮かべていない。

 監督も手ごたえがあったような表情を浮かべているし、これは、葉蔭学院を相手に戦術の確認でもしていたのだろうか。奈々の話だと相模ヶ浦は強豪校でも何でもない高校らしいし、次の大会に向けての最終調整的な試合をしたとすれば……

 

「いやぁ、何とも強かな奴らだなぁ」

「え? どういう事?」

「勝ったのは確かに葉蔭だが、相模ヶ浦は別に勝とうなんて思ってなかったんだろう。いや、勝って次に進めればそれに越したことは無かったんだろうが」

「……つまり、相模ヶ浦はトータルフットボールの動きを葉蔭学院相手に確かめてたってこと!?」

「多分ね」

 

 てか、それぐらいしかあいつらの表情を説明できるものがないしな。

 

 

 

 そして数日後。

 いよいよ葉蔭学院との戦いが迫ってきてる中、俺たち江ノ高メンバーはグラウンドでミーティングを行っていた。そんな中、もう戦術的に話すことはないのか、監督が質問をぶつけてきた。

 

「さて、皆さん。いよいよベスト4への挑戦です。そして相手は昨年度選手権予選優勝校の強豪、葉蔭学院。皆さんはこの葉蔭を相手にどんな試合をしたいですか?」

 

 そんなの葉蔭に勝つだけに決まってるじゃないですかやだぁ。

 皆がそれぞれ自分の気持ちを述べていくが、その内容もほとんどが勝ちたいとか点を取りたいとか。中塚はモテたいとか、高瀬は高さだけじゃないところを見せたいとか言っていたが、普通にサッカーをしてくれるだけで良いんだよ?

 

「それじゃあ、駆くんと康寛くんはどうかな?」

「えっ……俺ですか? 俺は……」

「そうですねぇ……」

 

 そう問われてふと思う。

 果たして俺は何か思いを抱いてサッカーをしていただろうかと。

 

「いや、難しいことは考えないでとにかく体を動かそうかと」

「試合を、楽しみたいです」

 

 驚いて駆の顔を見てしまった。

 皆も一斉に駆の事を見ていたから、駆は動揺していたが、すぐにマコ先輩と荒木先輩の餌食となってしまった。

 

「てめぇぇ!! 良いとこ持ってきやがってぇぇぇっ!!」

「おらおらぁぁ!!」

「わぁぁぁぁぁ!?」

 

 もみくちゃにされる駆の様子を見て、それをしている先輩方に呆れて笑ってしまう。

 良い所を持って行ったと言っても、これから試合をするのに良い所も何もないんだがそれは。

 

 さて、次の葉蔭戦だが……やはり相手の戦力の中で一番注目しなきゃいけないのはリベロの飛鳥の存在だろう。それ以外の選手も基本的な能力が高いだけあって、カウンターからの攻撃が特に強いように感じる。

 それ以外にもスピードスターにして技量の高い右サイドの鬼丸選手に、トップ下の真屋。そしてツートップの生沢、桂木といった3人の選手が得点に絡んでくる。守備陣は飛鳥が自ら指揮統率しているだけあってかなりの防御力を誇る。これぞ、昨年度予選優勝校の布陣だと言わんばかりの戦力である。

 

 正直、なんでこんなに高校サッカー強いの? ってぐらい強い。

 てか、鎌学もそうだが、日本の高校男児は何故こんなにもサッカーに熱中しているのだろうか……他にもバスケとか野球とかあるだろうに、この日本じゃ一番高校で盛り上がってるスポーツがサッカーときたもんだ。

 

 ――傑くんのことにしてもそれがあるから……

 ――スグル?

 ――いえ! なんでもありません……

 

 少し離れたところにいる近藤先生と監督の会話が耳に入ってきてしまった。

 この体になってから嫌と言うほど地獄耳になってしまったようで、今みたいに普通は聞こえないであろう会話も聞こえてしまう。完全にプライベートな話過ぎて聞いてしまった俺が自己嫌悪に陥ってしまいそうだ……

 

 しかし、スグル……恐らく、傑さんのことなんだろうが、その名前を聞くだけであの時の駆の様子をありありと思い出してしまう。急激に上がった能力値に、いつもの駆からでは考えられないような超絶な技術を織り交ぜたドリブルに駆け引き、自然なフェイントの数々。

 もしかすると、葉蔭戦でもあれだけの動きを見ることができるかもしれないと考えると、駆には申し訳ないがその時の駆を見てみたいと思ってしまう俺がいる。今後サッカーをやっていく中で絶対に必要になるだろう技術の多くを多用している選手を間近で見られるんだ。そんな欲を抱いてもしょうがないだろう?

 

 しっかし……暢気な顔して先輩にいじられてる駆が点を取りうる存在だなんて、誰が思うんだろうかねぇ。


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