『さぁ、フリーキックのチャンスを得た江ノ島高校! ここは当然荒木が蹴ってくるのか! ……おや? どうやらここは不知火が蹴るようだ!』
何故か魔術師と名高い荒木先輩を差し置いてのフリーキック選抜に、観客席の方でざわめきが起きているような気がするが気のせいにしておこう。さて、狙い目としてはカーブのように巻く様な回転を掛けて壁を超えるか。それとも力強く真っ直ぐ蹴ってゴールを狙うか。
距離は大体22mと言ったところだろうか。
どっちでも行ける。それは確信を持てる。チラと日比野の表情を一瞥して、笑みを浮かべてしまった。前半も残り数分。ロスタイムがどれくらいあるか分からないが、これを決めれば2点差。湘南にとっては後半の攻め方を考えざるを得なくなる時間帯になってくる。そうでなくても攻められてないのにな。
『さぁ、不知火が動いた!どこを狙ってくるのか。こ、これは!?』
さすがに欧州サッカーを見たと言っても、直接この目で見たわけじゃないから一回ですべてを覚えられたわけじゃない。が、それでも頭の中には彼等プロの技が入っている。それを再現しようとするだけで良いんだ。
力強く、それでいて回転をしっかりとかけてやればおのずとボールはゴールに吸い込まれる。大胆に狙い、そして蹴る!
豪快な音とともに蹴り上げられたボールは、しっかりと枠を捉えていた。
「止めるっ!!」
が、それはGKが跳べば間に合う所に行くと思われ、少し後ろから見ていた荒木もまたそれを感じ取っていた。同時に、相手GKは横に跳んでおり、ボールを弾こうと腕を伸ばしていた。
走り出そうにも場所が場所。仮にGKが前にボールを弾いたとしても到底間に合いはしないだろう。一番可能性がありそうな薫も小さい体を生かして相手DF陣の間をすり抜けることはできるかもしれないだろうが、結果的にはGKに止められるに違いない。
『緩やかな弧を描いてゴールに迫るボール! キーパー、しっかりと反応して――』
伸ばした左手がボールに触れた。
この時点でGKは確実に前に落とせた。そう確信をしたし、状況を見守っていた人々の大多数がそう思った。敵も味方も、誰が一番にボールに触れることができるか。それだけを考え、そして、ボールの軌道を目で追って目を見開いた。
『入ったぁ! 入ってしまったぁっ!! 不知火のシュートはGKの手を弾いてそのままゴールに転がり入ってしまった! 前半も終わろうとしているところでの追加点だぁ!』
「よっし!」
「よっしゃぁ! よくやった不知火ぃ!!」
チームの皆に詰め寄られ祝福される。
この瞬間だけでもこの部活に入って良かったと思える。いやぁ……この身体の身体能力の高さに慣れてなかったことを思い出すと今までの苦労がここで報われてる感じがするね。すぐにベンチの方を向いて左手を大きく天に突き上げた。もちろん、ベンチで待っている選手全員に対してだが、俺をこの部活に誘ってくれた駆に込める気持ちが大部分を占めてる。
理解したのかどうかわからないが、駆もこれに応えて手を突き上げてくれたのだった。
と、追加点の余韻もほどほどにリスタートをしたものの、すぐに前半終了のホイッスルが響き渡った。お互いに前半にて選手交代枠を一枚ずつ使ったが、状況は江ノ高の方が有利の状態。FWの工藤先輩が足にダメージを負ってしまったのは大きい事故だが、それ以上にこっちは2点を取り、そして湘南の主力である日比野にイエローカードを与えることができた。
後半もこのままの編成で戦うのかと思いきや、MFの八雲に代えて中塚を。薫に代えて駆を投入するらしい。と、短いミーティングの中で俺も気づいたことをぽろぽろと話しておいた。途中から入ってきた九十九選手の実力についてを。
前半で動いた走行距離が短いせいか、妙にボールの行く先々に現れる選手だなぁという印象のようだが、俺の意見から九十九選手の情報を奈々が調べ、結果やはり長距離の選手だということが判明した。まぁ、皆が俺に畏敬の念を込めた視線を送ってきたのは予想外だったが。
『さぁ、後半戦が始まります! 後半戦は湘南からのキックオフとなります。前半で2点差をつけられてしまった湘南はどのような戦術を取ってくるんでしょうか!?』
俺はもともと薫のいたポジションに入り、駆がセンタートップに入った。
監督が言うには、元々俺はDFではあるものの、初めての練習の時に宣言したようにFW以外だったら……なんて話だから、とりあえず駆がいるときは右側で頑張ってくれとのことでしたとさ。
そして始まった後半は、前半と変わらず江ノ高がどんどん攻める展開のままに進んでいった。しかし、俺は前半程がっつり攻めることはせず、全体の動きを見ながら展開をしていたので点数の変動は後半10分を過ぎたところでもまだ起きていなかった。
そんな中、湘南DFからのロングフィードによって前線までボールを持っていかれ、カウンターを食らう形になったことに焦ってしまった堀川先輩がファールを与えてしまったのだった。
距離にして約30メートル。
「あ……ご、ごめん」
「気にしなさんな、先輩。逆にファールの無い試合の方が珍しいんだ。ここは未然に失点を防いだと思って次に集中しましょうや」
「不知火……そうだね。次はあんな奴のドリブルなんて絶対に殺す殺す殺すっ!」
「ははっ、その調子です」
落ち込んでしまった先輩を励ましつつ壁の一人として立つ。
大砲と名高いシュートを身をもって体験することになるとは思っても無かったが、前半で日比野に喰らわされたスライディングを思い出すと、大丈夫だろうと思えてくる。あの時は後ろから不意にやられたが、このフリーキックはこの目でしっかりと軌道を追う事ができる。
――日比野がボールの前に立ち、ジッと江ノ高メンバーを睨み付けてくる。その視界の中央に捉えられているのは誰なのかは分からないが、ただ一つ。その気持ちが込み上げてきてつい笑ってしまう。
一層、日比野の眉間に刻まれた皺が深くなったようにも思えるが、ただただ俺は、日比野のフリーキックの威力を楽しみにしているのだった。