俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第26話

 試合は奈々とミーナを中心に進んだと言っても過言じゃないだろう。

 それだけあの二人の活躍は大きなものだったし、そもそもあの二人で合計点数の半分以上を得点してるというんだからお互いにとって怖い選手であることに違いない。

 

 最終的に試合は6対5で終了した。

 全くもってこれが女子サッカーの試合なのかどうかも疑わしい点数だが、正直、この二人の能力が突出しすぎてたせいで日本、フランクフルトともに守備陣が機能してなかったが、彼女たちの実力を一笑するだけの実力を兼ね備えてしまった攻撃陣を止めろってのがそもそも厳しい話なんだが。

 ちなみに、今回の試合で勝ったのはなでしこジャパンだ。

 夜の練習が実になったのか、それとも最初からこれだけの実力を隠し持っていたのか。他の女子をテクニックで圧倒し、身長差をものともせずにドリブルで攻め上がっていく奈々の姿に男性観客陣は舞い上がっていた。

 

「じゃあ俺は行くから」

「え? でも、久しぶりだし一緒に話でも」

「分かってんのか? 俺たちは2週間後に敵同士としてぶつかるんだ。そんな相手とどうして仲良くお茶なんかできる?」

 

 美島の活躍を見れて嬉しかったと呟き、そのまま帰ってしまった。

 

「彼、膝をやってるんだね。しかも手術痕が一回じゃない」

「膝って……もしかして十字靭帯?」

 

 確かに日比野は膝を怪我してたみたいだ。

 それも日比野のステータスの一つとして理解できた。

 薫が言っていたように何度か手術をしているらしい。が、それであれだけ強力なシュートを蹴ることができるんだ。それ相応の努力をしてきたに違いない事も確かだ。

 

「ま、日比野の言ってた通りあいつとは敵同士。次のコマに進めるのは片方のチームだけなんだ。そう考えれば今あいつと仲良くしすぎるのも酷だ。情が移ったりなんかしたら大変だぞ?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「あいつは気にしてなかったんだ。俺たちは俺たちにできることをするしかない。そうだろ?」

「う、うん」

 

 こうして駆に語り掛ける俺の姿を傍から見たらおかんかっての。

 俺は拙僧でも修行僧でもないぞ? しかしながらここにいる面子の倍以上の人生経験をしてきて、二度目の高校生を満喫してる俺だからこその言葉か……なんか、爺臭くなってきたような気がするのは俺だけか?

 

「てか、そんな事より駆よ。少し気になってたんだが」

「え?」

「お前、日比野の相手できるのか?」

「……どういうこと?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべる駆に、俺は少し呆れてしまった。

 

「お前が昔あいつに怪我させたんだろ? だから、またピッチの上でDFに付かれたときに強引にシュートに行けるかって聞いてんだ」

「そ、それは……」

「お前はFWなんだ。点を取りに行ける所で行かなきゃメンバーとして選ばれなくなるんだぞ?」

「分かってる! ……多分、大丈夫だと思う」

 

 また俺がFWとして動くかもしれないってのは言わなかった。

 ただ、駆の表情に影が落ちてる事に気づき、バンバンと肩を叩いて気を紛らわせることしかできなかった。試合は、俺たち江ノ高の先がかかってるけど、駆にはかなりのトラウマになってるかもしれない。もし、また駆が試合中に同じようなシチュエーションを作ってしまったら、もしかすれば駆はサッカーができなくなってしまうかもしれない。

 

 ……正直、こればっかりは俺がどうにかできる問題じゃないし、誰かが手助けしてやることもできない。

 チラと奈々を一瞥し、握手して互いに称えあっているように見えるミーナがそこにはいた。より代表選手に近い奈々と、それを見る駆。この先、こいつは間違いなく奈々の存在に焦ることだろう。なにせ、彼氏彼女の関係になるかもしれないんだ。全くその目すら見えてない自分じゃセブンは……なんて考えるかもしれん。

 

 ――青春してますわぁ。

 

 

 

 それから一週間。

 俺たち江ノ高は湘南に勝つために練習に励む事になるのだが、この間のなでしこジャパンの活躍があってからと言うもの、俺たちの練習中に部外者が訪れてくるようになり、結構な数の部員が練習に集中できないでいた。

 

 織田先輩がマコ先輩にからかわれているのを見つつ、チラと奈々を見てみる。

 確かに、こうして見てみると奈々は結構可愛い。と言うか、前世でもここまで可愛い女子を目の前にするのは初めてかもしれない。そしてサッカーができるという体育系美少女ときたらもう、それなりにファンが付いても可笑しくない。

 

 ……かく言う俺にもちょっとした変化が起きてるんだが、どうしたら良いんだろうか。

 この年になって初めて、今日、下駄箱の内履きの上に手紙が置いてあった。所謂ラブレターというやつだ。

 いやぁ……さすがに目を疑ったね。

 今までこういう経験をしたことが無かったのと、そもそもそういう風に見られているなんて思ってもみなかったし。

 

 しかしながら、俺は告白を断ってしまった。

 ラブレターに記載されていた通りの場所に行き、出会った女子は別のクラスの子だったけども、普通よりも可愛いと思う。でも、断った。どこか、俺の心の中で線引きをしているような、自分でも分からないんだけど、ただ……

 

「あれ、こんなところでどうしたの康寛」

「奈々か……いや、少しうなだれてみたんだ」

「あはは、何それ」

 

 部活に参加せずに体育館横の出入り口の前で黄昏ている所にやってきた奈々。

 一応、奈々もマネージャーだからサボってるのがばれるのはまずいんだが、理由は何とでもなるだろう。ラブレターを貰った、なんて言ったら後が面倒になりそうだから一言も喋らないがな。

 

「康寛は、湘南に勝てると思う?」

「いや、勝つでしょ」

「凄い自信だね……」

「俺がDFをやるんだ。なら、日比野にだって一点も取らせないぜ」

 

 正直、あいつの大砲フリーキックだろうが俺のDFからは逃れられないな。

 ただ真っ直ぐ宙を舞ってくるだけのボールを止められないわけがない。威力は凄いが、言ってしまえばそこまでの物だからな。シルバみたいな超絶なテクニックを持っているわけじゃないんだ。それなりのDFはできるみたいだが……

 

「ふふ……でも、康寛だったら本当に無失点で行っちゃうかもね」

「他の奴はどうだか知らんが、とりあえず日比野のあれ(・・)は何とでもなるな」

「……ふぅん。康寛がそう言うんだったら大丈夫なんだよね?」

「お? あんなんどうってことないぞ。俺なら普通に止めれるね」

「じゃあ、私から監督に伝えとくね」

「まぁ、俺から言っても良いんだけど……よろしく頼む」

「うん、わかった!」

 

 そのままサッカー部が練習に使っている校庭へと走っていく奈々は、一度振り返り、練習にちゃんと来いと一言だけ残して去ってしまった。今日ばかりはそんな気分になれないんだが、釘を刺されちゃしょうがない。

 

 ――いつの間に俺も青春をすることになってしまったんだか。

 人生、ままならんもんだなぁ。


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