『さぁてやってまいりました神奈川県ブロック予選最終戦。江ノ島高校対辻堂学園!』
さてさて。
ついに予選最後の戦いを迎えることになったわけですけども。
試合相手は予想を反して勝ち上がってきたダークホース。辻堂学園。
本来の予想試合相手の全日大付属――去年のベスト8を降したその実力は侮れないだろう。
昨日辻堂学園の名前を聞いたとき、そもそもサッカー部に所属してるほとんどの部員がその名前を知らなかった事を鑑みるに、相当な努力をしてきたんだと思う。そして、その時に鑑賞した試合内容もまた驚きを持ったものだ。
――30メートルを超える超ロングスローイン。
湘南、日比野の大砲フリーキックにも驚いたが、それは蹴りによって生まれた力技。
しかしながらこのスローインは体の使い方。下半身から上半身への力の流動。腕の振り方から手首のスナップまで。様々な要因を掛け合わせた技術と言っても過言じゃないだろう。
見た感じはただのヤンキーにしか見えないが、完全にアップを済ませてきている様子を見て油断ならないことを再認識する。
しかしだ。
そんな彼らと言えど付け込むところはある。
確かに、彼らはかなりの努力をしてきたんだろう。スタミナはかなりの数値として目に見えているし、体の作りもガッシリしている。薫が3人かかったところで蟻と象みたいな差を感じるし。
でも、ドリブルに関する数値はそこまで高くない。
超ロングスローインをする
辻堂学園が無名だったことを考えると、辻堂の監督がかなりの名監督なのか、選手たちの努力が全日大を降した理由だろう。まぁ、全日大が無名の辻堂学園の事を侮っていたかもしれないっていう疑惑もあるが。
「不知火君」
「監督……どうしたんですか?」
「この試合、君にはかなり動いてもらうことになるでしょう。それに、もしもの時は」
「僕がFWとして動けば良いんですね?」
「……よろしくお願いします」
申し訳ないような表情を浮かべる監督の姿に、少しお道化て見せたくなった。
「監督、もしあの
「そ、れは……分かりました。君の全力でやってみてください」
「了解!」
ビデオではそれなりに。
本物を見たら、俺はそれをしっかりと再現できるだろうか?
――いや、今の俺なら何でもできる。見せつけられたんだったら、俺もあいつらに見せつけてやれば良い。
心の中で何度も反芻する。何度も、何度も。
視界に大量の文字が浮かび上がってくるぐらいに、自信を体中に漲らせていく。
自己暗示。
何もそんなことをしなくても問題なく俺の体は見たものを再現してくれるのかもしれない。
でも、それじゃあいけない。何かがそれを許さなかった。
全て自己満足かもしれない。それでも、俺は
彼らの生き甲斐と向き合ってみたかった。
そうでもしなければ俺は自分を嫌いになってしまうかもしれない。そんな気さえした。
――全力で、サッカーを楽しむ。
そのために、俺は
「ヤス……僕、頑張るね」
「あん? なんだいきなり。今まで頑張ってなかったってか? お?」
「ぁいや!? そんな事ないよ! でも、ヤスには練習に付き合ってもらったし、それで結構巧くなったような気がするから……この試合で、僕は絶対に点を決める」
前を向く駆の様子を見て、フッと力を抜いた。
「いやいや、そもそもお前さんは控えだろうが」
「ま、まぁ、そうなんだけどね」
同じように意気込んでる人を見て、自分の今の状態を見直すことができた。それが駆ってのもなんか笑えて来る話なんだが。
『キックオフ! 本日の試合は江ノ高のキックオフから始まります』
さて、中央に置かれたボールが蹴り出されてキックオフ。
前半は江ノ高のキックオフで始まったが、マコ先輩が保持しようとしているボールに目掛けて相手FWが一気に詰め寄った。しかも叫びながらのプレッシャーに驚いたマコ先輩はボールを後ろに戻してしまう。
いきなりの叫び声に実況がラフプレーでしょうか。なんて言っているがそんなことは無い。示現流という剣術の一つにある『二の太刀いらず』は有名だが、そんな示現流には他にも
漫画などではよく「チェスト!」なんて吹き出しをつけられているが、実際には「キエッー!!」と叫んでいる。これによって、より自身の力を発揮できるだけでなく、その声量で相手の動きを一瞬でも止める作用が発揮する。
彼らはヤンキーにしか見えないが、よほど相手の監督の戦略性が優れているのだろう。
これだけラフプレーをしそうに見えるのだから、さらに叫び声をあげることできつい当たりをされるんじゃないか? なんて疑問を本能的に抱いても可笑しくない。見た目には悪いが、実際にこれでファウルをもらっている枚数が今までで一度も無いんだからさすがとしか言えない。
織田先輩がパスを受け、前にいる荒木先輩にパス。
足元でトラップし、そのままドリブルをしようとしたところ金のスライディングを受け、ボールを転がしてしまい、荒木先輩はそのまま転んでしまった。その行為に火野先輩がファウルの抗議をしているみたいだが、金の足は完全にボールにいっていた。ちょうどトラップして足からボールが離れた瞬間を狙ったんだろう。ファウルは認められず、そのまま試合は続行。
相手MFにボールを奪われ、そのボールを取りに行こうとした13番坂本がプレッシャーをかけに距離を詰めるが、ボールを足に当てられコートの外に出してしまう。まだ自陣にいた俺は速攻でゴール前まで戻る。一気にゴール前まで詰めてきた相手FWのすぐ側まで駆け寄る。
金がボールを持った。
『なんでしょうか……辻堂学園の選手もそうですが、江ノ高のDFだけじゃなくMFまでもが自陣の後ろまで下がっています。これには一体何の意味があるのでしょうか?』
実況の言葉も当然なんだが、これは金が何をするか分かる奴にしか分からない事。
まさか、約35メートルのスローインをできるなんて普通の人は思わないし、見たことも無いだろうから。
『金選手のスローイン! ……え? こ、これは、まさか……まさか一気にゴール前まで来てしまうのかぁ!?』
綺麗なフォームから放たれたボールはそのまま真っ直ぐゴールまで宙を舞う。
ちょうど俺が付いているFWに向かって一本の軌跡を描いて飛んでくる。
「しゃぁっ!」
「なぁっ!?」
相手FWよりも頭一つ分大きく飛ぶことで、ボールを軽々とヘッドでクリアする。
――もし江ノ高から点を奪取したいんだったら、俺を何とかしないと点数は取れないぞ?
なんてカッコつけてみるものの、クリアされたボールはまだ味方のコートの中を点々としており、江ノ高はまだ安心できる状況になかった。
が、それを堀川先輩がスラインディングでクリアしてくれた。
「ナイスクリアです!」
「ふんっ! 何とかクリアできただけだよっ!」
ツンデレ乙です。
見た目からして完全にオタクっぽい堀川先輩だけども、そのスライディング技術は確かなものがある。尊敬すべき先輩の一人である。
さて、相手のコーナーキックから攻撃が再開されたものの、ゴール前まで飛んできたボールを紅林先輩がキャッチ。DFの俺へと戻された。
「上がれぇっ!!」
「なにぃ!?」
俺の怒号で一気に味方が上がり出す。
それにつられて動き出すあいてDF陣と、俺に向かって真っすぐ突っ込んでくる相手FW。
「おらぁぁぁっ!!」
ヤンキーのようなしかめっ面から放たれる怒声は確かに心身ともにくるものはあるが、今の俺はチート製。つまり無双が可能と言う事。
それに加えて相手のドリブル技術とディフェンス技術はそこまででもないから、一気にドリブルで二人を躱す。それでも組織的に俺に詰め寄ってくる相手MF陣だが、ここで俺は急ブレーキをかけ、一気にシュートの体勢に。
「おっらぁぁぁぁぁぁっ!!」
自陣から放つ超ロングシュート。
常人からは考えられない脚力で放たれたボールは一本の白い線を宙に描き、真っ直ぐ飛んでいく。
途中、相手DFが足を延ばしてボールを止めようとするものの、ボールの勢いに負けて足を弾かれてしまう始末。しかし、それによってボールの軌道は変わり、ゴールから外れてしまう。そのままゴールネットの横を通り過ぎたボール。
それを見て一つ息を吐く。
これだけの長距離シュート。入らなくて当然だとは思っていても残念だった。
歩き出す俺以外に動くものはなく、ふと疑問に思って周囲を見渡した瞬間沸いた歓声に心底驚いてしまった。
「さっすが不知火だな! あんなロングシュート持ってるなんて知らなかったぜ!」
「いやいや、これぐらいだったらどんどん蹴っていきますよ」
「おう! 期待してるぜ!」
マコ先輩の言葉を皮切りに他の味方選手も声をかけてくる。
相手の金がこっちを睨んできているが、俺もそれに応える形でのロングシュートだったし……彼は俺の事を脅威に思ってるのかもしれない。
彼らがどう思ってるからは知らないが、同じサッカー選手の一人としてこの試合に臨もうと思ってる。
「油断してみろ……そしたら、今日も俺はハットトリックを決めるからな?」