辻堂学園が勝ち上がったと聞いたその日の夜。
湘南の日比野の大砲のようなフリーキックを見たこともあり、それをうまい事実現できないかと模索をしているわけだが、良く分かったことが一つある。
俺は実際にその目で見た技術をすぐに自分のものにできると自負しているし、そういうチートだと思ってるし。頑強な肉体はどこまで昇華してしまうのだろうか(自画自賛)
しかし、そんなチートでもできないものと言うのはあってだな。体の柔軟さを生かしたぬるぬるな動きとかな。肉体の強度を利用した強引な動きとか、日比野の弾丸シュートはね……そもそも俺の肉体の方が気持ち悪い事になってるから。
そんな俺はいつもの日課になってしまった駆との夜の練習を公園でやっていた。
いつも通りパス練習やらドリブル練習をしているわけだが、前回の試合の事と、辻堂学園との試合の事を考えているのだろう駆の集中力はここぞとばかりの低さだった。いくら俺のサッカー歴が短いからと言ってこの酷さは苛立ってしまうものがある。
「おい、駆」
「え? ど、どうしたの?」
「集中できないんだったらすぐに止めるぞ」
「ぅえっ!?」
あたふたし始めた駆を見て、少し待っていたものの何も言ってこない様子を見て本当に踵を返した。こいつはこいつで練習を続けるかもしれないが、怪我をするかもしれない行為を続けられるってのも何気に腹立たしい。
どうせなら駆にも失意のまま今日の練習を終えて欲しいのだがと思いつつ、公園の入り口まで来たところで誰かの影を発見。すわ不審者か? なんて疑問が浮かんだものの、俺らもサッカーボールが無ければ非行少年の一端になる事に思い至り、しかしそれをおくびにも出さずに顔を窺った。
「……お前は、湘南大付属の、日比野?」
「あん? お前は……確か、江ノ高の不知火だったか?」
わぁお。顔を覚えられていらっしゃる。
「えっ!? ひ、日比野……?」
「久しぶりだな、駆」
「確か、幼馴染なんだっけか?」
「う、うん……小学生以来だけどね」
「そうか。まぁ、積もる話もあるだろうから、適当に飲み物でも買ってくるわ。駆、何飲む?」
「え? いや良いよ!」
後ろから聞こえてくる駆のあたふたした声を耳にしながら俺は真っ直ぐ自販機の所まで歩いて行った。
さて……何を飲もうか。
腕を組んで上下左右に視線を動かし、陳列しているジュースを眺める。
後ろの方からはボールを蹴る音と、何かしらの話声が聞こえてくるが、何を言っているのかまでは聞こえてこない。久しぶりに会った幼馴染と一緒に練習……聞こえは良いが、さっきの駆と日比野の様子を思い出すとそこまで良好な関係ではないのかもしれない。
小銭入れの中から一番大きな硬貨を取り出し、投入口に捻じ込んだ。
運動後なので適当にスポーツドリンクを二本チョイス。初対面の日比野にはやらん。
「治ってなんざいねぇよ!!」
と、スポドリを取り出している時に一際大きな怒鳴り声が聞こえてきたので急いで駆けつける。どうやら日比野はどこかを怪我していたらしいが、ブランコに座っている駆と揺れているブランコを見て、二人仲良くブランコに座っていたのだろう姿を思い浮かべると、なかなかどうして、笑えて来るものがある。苦々しい表情を浮かべている日比野の様子がさらにそれを際立たせている。
「俺の靭帯は今でも切れたままだ!」
「へぇ……お前さん、それであんな豪快なシュートを蹴れてんのか」
さすがに喧嘩沙汰になることは無いだろうが、しょぼくれた駆に代わって俺が話をしてやろう。
「てめぇ……」
「お前さんの鍛え上げられたその身体を見るに、それ相応の訓練はしてきたんだろう? 何が原因で怪我をしたのかなんて知らないが、逆それが理由でここまでやってこれたはずだ。辛い思いはしただろうがな」
「てめぇに俺の何が分かる!」
「もちろん、生まれてこの方怪我の一つもしたことがないからお前さんの気持ちなんて少しも分かりゃしないさ」
「なら部外者は引っ込んでろ!」
阿修羅みたいに深い溝を顔に刻んだ日比野は凄まじい怒声を荒げる。
不安そうにこっちを見ている駆を見ながら思う事はただ一つ。一応、夜だから近隣迷惑になっちゃうよ? ここ、結構広い公園だけど住宅街の中の一区画だし。
「が、お前さんが怪我の事について駆を責めるってのは割に合ってない行為だって事を知ってほしい」
「なんだと?」
チラと駆の様子を窺う。
心臓の位置辺りに右手を当てているだけで、不安そうな表情はしているものの何かを言って来ようとする気配は感じられない。全部、俺の采配で何とかなるか?
「小学生以来のお前さんは知らないだろうが、こいつは兄貴が亡くなったとき、同じくこいつも怪我をした」
「なんだと?」
「どの程度の怪我かは分からないが、少なくとも病院に入院するほどのものだし、前にサッカーの試合をしているときにピッチ上で倒れたって話も耳にした。となると、結構な怪我だったと思うんだが」
「……本当か、駆」
手を胸に当てたまま、駆は辛そうな表情を浮かべている。
少し震えている腕。手のひらは胸をギュッとつかんで離さない。
「う、うん……ふぅ……僕は、兄ちゃんと一緒にいるんだ」
そこから語られる駆の怪我について。
居眠り運転に突っ込まれ、兄貴である傑さんはその時脳死に。目の前にいる駆は心臓に鉄パイプのようなものが突き刺さると言う大怪我も大怪我を負ってしまったという。
九死に一生を得ることになった駆は、傑さんの心臓を移植してもらってその怪我を乗り越えることができたそうだ。
思わず心臓を一撫で。
さすがにここまで大きな話になるとは思ってなかったぜ。
これには阿修羅日比野も唖然とした表情を浮かべている。逆によそよそしい関係にならなければ良いなと思わざるを得ない。こんな結果にしてしまったのは俺のせいなんだが。
「そう、だったのか……さっきは怒鳴ったりして悪かったな」
「ううん。日比野だって僕の怪我の事は知らなかったんだし、しょうがないよ」
「だが、そんな話を聞いたところで俺は試合で手を抜いたりなんかしないからな」
「うん! 僕も、全力で日比野と……湘南と戦うよ!」
がっちりと固い握手を交わす二人。
そんなに見詰め合っちゃって……腐女子が見たら感激しそうなワンシーンだな(白目)
そもそもまだ試合相手と決まってるわけじゃないのにお互い自信満々な様子ですね。
「まぁ、そのためにはしっかり練習してレギュラーとして出られるようにしないといけないんだけどな」
「ちょっ!? それは言わないで!!」
「……ハハッ! 良かったよ。今日お前らと話せて。これで心置きなく試合に臨める」
「日比野……」
踵を返す日比野を見て、俺も少し前に帰ろうとしていたことを思い出した。
しかし、こうして二人の仲を取り持つことが出来たんだから、これで良かったのかもしれない。変にいざこざを残したまま試合に臨んで後々喧嘩沙汰にでもなったら大変だからな。この二人だけの問題じゃなくて二つの高校が出場停止になってしまう可能性すらあるし。
「それじゃあ、またな、駆」
「うん! 試合、うちが勝つから!」
「フッ……なんだそれ。勝つのは俺らに決まってるだろ」
大砲フリーキッカーの日比野が公園から去っていく。
……さっきから何気に気になってたことが一つあるんだが、反対側でこっちの様子を窺ってる感じの奈々はどうしたんだ? 普通に入ってくればいいのに。まぁ、さっきまでの二人の様子を思い出すと途中で割って入ってたら逆効果になってたかもしれないから、そのままで良かったのかも。
「あれ? そういえばヤスって帰るんじゃなかったっけ?」
「お? お前、それは俺に帰って欲しいって言ってんのか?」
「え、いやいや! そんなことないよ! もう少し僕の練習に付き合ってくれると嬉しいかなぁなんて……」
「ふは……まぁ、そこまで言うんだったら練習に付き合ってやらんことも無いぞ?」
「ホント!?」
「ただまぁ、明日の朝は絶対に起き上がれない程度まで練習してやるけどな」
「えぇっ!?」
とりあえず、気が済むまで駆の特訓に付き合ってレベルアップをしておこう。
このままFWのレギュラーを落とされて湘南戦で選出されることがありませんでしたってことにならないようにな。