慶早大との試合を行った後に軽いブリーフィングを行い、後半からのMF辺りの崩れを指摘されつつもその日はすぐに体を休めるために解散となった。と言うのも、次の日は予選3回戦があるためである。
慶早大での試合で先発を務めたFWはベンチに下がり、代わりに駆や高瀬が先発で入ることになったのだが、いざ試合になってみると先陣を切って攻撃を仕掛けている駆の調子があまりよろしくないようだった。
3回戦の相手は、同じく前日の緒戦を勝ち抜いた武湘南高校。
確かに2回戦までの戦いを勝ち抜いてきただけあって、基本と言うか、基礎と言う部分ではしっかりとしたものを感じさせるが、能力値的に見ると先日の湘南高校の中島、島谷ペアの方が攻めとしての連携は良かった感じがする。
前半はどちらのチームも無得点。
駆のドリブルミスからの相手の反撃っていう流れが前半だけで3回も起きてしまっているが……正直、今の所であれば全然問題なく対処できている。
「ドンマイドンマイ。もっと攻撃仕掛けてけ」
「……うん、頑張る」
「駆、お前は元気さが取り柄なんだ。無理に頭なんて動かさなないで突っ走ってけ」
「ちょ! それって、僕がバカってこと!?」
「ははっ、そんな風には言ってないけどなぁ」
中には不満気に駆を見てる奴もいるようだが、俺に言わせてみればこれぐらいの連中相手にそこまで攻めあぐねてる時点で同罪だ。
確かにサッカーは何十分という時間はあるが、その時間内に何点もの得点を取っていくゲームではないし、互いの実力が伯仲していれば尚更だ。と、いう考えを述べてしまうと武湘と江ノ高の実力が同じぐらいだという事になってしまうが。
ともかく、俺は駆が攻めに貢献できてないことに対してとやかく言うつもりは全くない。
「ヤス! カバー!」
「ったく……早めに何とかしてくれよ……」
後半が始まって4分。
駆がドリブルを仕掛けたものの、相手のDFにボールを奪われて一気に反撃されてしまう。
それを見ていた俺はすぐに自陣に戻り、相手DFがボールを蹴った瞬間に走り出してボールの落下点へと向かう。
できるだけ相手FWの死角に入り込むように走り込み、音を立てないように近づく。
「よっ」
「なっ……いつの間に!?」
ボールを受け取ろうとしたところで奪取。
すぐに中盤の荒木先輩へと上げる。今のはすぐに奪っておかないと相手の攻撃へと選択数が多くなってしまったがために少し前に出てしまったが……1点と言う、明確な点数にする前にシャットダウンすることができたので監督も納得してくれるだろう。
しかし、駆の奴はいつにもまして攻撃の精度が落ちてるな。
何かをしようってのは分かる。以前から荒木先輩に言われていたドリブルを改善しようとしているのだろう。それは、奈々と続けている夜の訓練でもよーく知っている。欠点があるのならそれを直そうとする前向きさは褒めるべきものだし、まだ相手がそこまで強くない今のうちに直しておくってのも納得できる。
が、それは俺以外にはあまり納得できない事だろう。
実際、DFラインでゆっくりしているときに聞こえてくる中塚やその他ベンチで燻ぶっている奴らの不満。そのほとんどが最前線で動いている駆に対しての物だった。
不慣れなドリブルをするんじゃなく、裏に抜ける動きを中心に動け、と。
確かに俺もその意見には反対する気はないのだが。
――またしても駆がボールを奪われてしまった。
すぐにミスを埋めようと相手へプレスして圧をかけていく駆を俯瞰で見つつ、堀川先輩と織田先輩の合図をしっかりと確認する。
今、相手MFからすれば俺と堀川先輩の間はかなり空いている。
しかも二人だけのDMとくれば、その間を狙おうとしてくるだろう。
と、思った通りの所辺りにボールを蹴ってきたので詰めていく。油断していたために焦ってしまったところを織田先輩が奪取する。巧いこと守備が動いている証拠である。
そこから流れるように薫、高瀬へと繋がり、最後は高瀬のヘッドでのシュートを放つものの、相手GKに阻まれてしまった。
『20番逢沢に替わって17番海王寺!』
……うん? まだ一点も取ってない状態で守りを固める?
確かに駆の今日の動きはチームとして見るに堪えない物ではあったものの、それでもDFを投入する理由にはならないはず。周りの先輩も怪訝そうな表情をしているのを見るに、監督から話を聞いていた人はいないみたいだ。
真っ直ぐこっちに向かってくる海王寺先輩を見つつ、岩城監督の方をおもむろに見やる。そこには意味ありげな笑みを浮かべる監督の姿が。何気に隣に座ってる奈々も笑顔になってやがる。今お前の幼馴染兼恋人の駆はベンチに下げられたんだぞ?
「不知火、監督から伝言だ」
「はい? なんすか?」
「お前が逢沢の代わりにFWをしろ、と」
「は? あいや……はぁ?」
「俺に聞かれても分からんが、すぐにリスタートするんだ。早くポジションに付け」
「は、はぁ……わかりました」
皆に怪訝な視線を向けられたまま、俺はゆっくりと駆のいたポジションまで上がっていく。
『おーっとぉ! これはどうしたことだぁ!? 江ノ島高校、FWの逢沢を下げてDFの不知火を上げてきたぞ!?』
味方からも驚愕の視線を送られてることに相手は疑問に思ってるに違いない。
そも、高校からサッカーを始めた奴がDFとして登録されてるのに、この拮抗した状況でFWとして出てくるなんて……とまぁ、こういう考えを持っていても可笑しくない。
実際、相手FWは憎々し気な表情で俺に視線を送ってきやがる。俺はノンケ、熱心に見つめられてもその気持ちには応えることはできません(白目)
「おい、不知火」
「荒木先輩……」
「ひじょーに認めたくはないが、お前だったら俺の本気のパスを受けられるだろう。だから、やれ」
「えぇー……まだポッチャリしてる先輩に本気って言われても納得できんのですが」
「ぐぅ!? まぁーたお前はそうやって俺のアイデンティティを責めてきやがるのか」
「ですが、まぁ、何とかやってみますよ。あいつも見てることですし」
ふとベンチにいるであろう駆の方を見る。
そこには、代えられてしまった事を悔しそうにしている駆の姿が。そしてそれを心配そうに見つめる奈々の姿。
……あれ?
俺、あいつが成長してくれる事を願って頑張ろうと思ったんだが、なんだろう。この無気力感は。顔から表情と言う表情が削ぎ落ちてしまいそうだ。
相手GKのゴールキック。
大きく蹴り出されたボールは自陣まで届いたものの、織田先輩な絶妙なポジショニングにより一気に奪取することに成功。サイドにいるマコ先輩に渡り、中盤にいる荒木先輩から一気に俺の所までパスが回ってきた。
「てめぇ……DFの癖に」
「そりゃ、俺からボールを奪ってから言うこったな」
「舐めんな!」
挑発し、意気揚々と仕掛けてきた相手FWをシザースで躱していく。
それからMFが二人来たものの、視線で相手の重心をずらして一気に抜き去る。もう一人は切り返しからの股抜き。ボールに進行方向に来るようなスピンを掛け、股抜きで一気に走り出す。
3人抜きしたところで相手DFが集まりつつある。
「不知火!」
後ろから荒木先輩の声がかかる。
ドリブルのスピードを落とし、ボールを止める。同時に相手DFが寄ってきたところで誰もいない左にボールを蹴り出す。
「はぁっ!?」
荒木先輩の怒声が聞こえるが、予想外の蹴り出しに相手DFも溜まらず足を止めてしまっている。
が、これは強烈なスピンのかかったボール。
声が聞こえたと同時に走り出していた俺の足元に綺麗に収まったボールを蹴り出し、DF陣も抜いていく。
相手GKを見る。
焦ったような表情の相手GK。ゴールとGKとの位置を確認し――
「いけやぁっ!」
「な……」
左足を一気に振りぬいた。
監督に教わった蹴り方。ボールを足のインサイドで蹴ることで回転をかけることができる。相手GKの右側を通り過ぎたボールは完全にゴールポストの枠を外れていた。驚いた表情を浮かべていた相手GKもこれには少し安堵したのか、口元が少し緩んでいる。
しかし、強烈な回転によって弧を描き始めたボールを見て驚愕に顔を歪めた。
まったく動くことなくボールを眺めるだけの相手GK。ぱさっと軽い音を立て、ボールはネットを揺らしたのだった。
『ゴ、ゴーーーーール! 何というシュートでしょうか! ペナルティーエリア外から放たれたボールは大きな弧を描いてゴールネットを揺らしたぁ!!』
「なん……だと……」
「決まったぁ」
内心、ホッとする。
綺麗に回転がかかった事と、均衡状態だった場を動かすことができたこと。
何気に監督に期待されていたような気もするんで合わせて結果を残せて良かった。現状、後半20分程度。あと1、2点は取れる気がする。もしかすればそれ以上に。
「おい、すげぇじゃねぇか!」
シュートが決まったことで祝福してくれるチームメイト。
中にはDFの俺の活躍を驚いている先輩も多くいたが、意外にも荒木先輩はキラキラした表情を浮かべていた。
「荒木先輩」
「俺もお前みたいに良いとこ見せねぇと。ま、今度は俺のパスでアシストでもしてやるよ」
「了解です」
何故か得意げな感じで腕を組んでいる先輩を無視し、チラッと駆の様子を窺う。
真剣な表情でこっちを見ているその視線は、交代させられたことを悔しがっているようにも見えるし、何かを掴もうとしているようにも見える。
「先輩……俺、あと2点は取りますよ」
「は? ……ハハッ、良いぜ、やってみな」
「パス、任せましたよ」
その何かを掴めれば、駆はもっと巧くなるに違いない。
その手助けをするために、俺もたくさんの技術を吸収していこう。
その日、残り25分の試合にて2点を決め、他にも荒木先輩がミドルシュートを決め4対0で試合を終えることができたのだった。