いつの間にか薫と
――
当然我が江ノ島高校サッカー部もそれに参加するわけだが、それを目の前に控えた状態でベンチ入りを含めたメンバーの20人は、一泊二日の合宿のために静岡まで来ていた。
「しっかりした旅館じゃないですか……」
「実は、FCの頃からお世話になっているところで、神奈川では信じられないぐらいに安く借りられる芝生のサッカー場も近くにあるんです」
「へぇ……そりゃまた、サッカー合宿に来るだけの理由があるってことなんですね」
緑があって旅館が大きい。
こりゃ、普通に泊まりに来るだけでも良い値段を取られそうな感じは出てるんだが、サッカー部としての部費で20人分賄えんのか?
なんて疑問を抱いたりするものの、実際にこうして一泊二日できているわけだから文句なし。自分一人じゃまず泊まりに来ることのないような所だしな。
各個人に割り当てられた部屋に荷物を置いて少ししてすぐに練習開始。
一泊二日という事もあり、少しでも時間を有効活用しようという事だろう。
バスで少し揺られていた事もあって少し疲れはあるが、大したものでもなくすぐにアップを開始。今日は練習試合という事もあって、全員がやる気に溢れているように見える。
「さて不知火君」
「なんすか?」
「今日は富士宮高校と練習試合をするわけですが、どうですか?」
「そうですね……どうしましょう?」
監督が言うには静岡には強豪校が多くあるらしく、日本のブラジルと言われているらしい。
という事はシルバの様な奴がいるのか? と一瞬勘ぐってしまったものの、そこまで突出した選手はいないらしい。いやまぁ……あんな生粋のチート野郎がそんなにたくさんいてもらっても困るんだが。
しかし、静岡の選手の実力の平均とすると全国一のものらしいが。
「いやぁ、県内で練習試合をして君の実力を見られるのも困りますからね」
「ま、自分は高校からサッカーを始めたんで知らない人ばかりでしょうけど」
「それでもですよ。君の才能は確かなものだ。一度地区予選に出てしまえばすぐに君の話は広まってしまうでしょうが、それまでは戦術的にも隠していたいんです」
「そうっすか……」
監督の中での俺の評価が鰻登りどころじゃない龍登り。
少々嫌ーな表情をしてしまったのを見られたんだろう。監督は苦笑していた。初心者にかける期待値とは違うような気がする。
それに、がたい的には俺よりも海王寺先輩のほうがデカいし技術もあると思うんだが。
「こういうのはいけないと思うんですが、それも少しすれば君が追い抜いてしまうでしょう。僕は、君がこれからの江ノ高サッカー部を引っ張っていってほしいですから」
「あー……っと、まぁ……頑張ります」
「期待してますよ」
ニッコリ笑いかけてくる監督の何と純粋なことよ。
吐血してしまいそうな引き攣った笑みを返して、練習試合のためのアップを開始するのであった。
「これより、江ノ島高校と富士宮高校の練習試合を開始します。礼!」
『よろしくお願いします!』
「よーし、ガンガン点入れてくぜ!」
「そうだな!」
と、最初から意気揚々と話している相手選手陣を見ながらかるーく全体を見渡す。
すると見えてくるは相手の能力が。確かに、うちのサッカー部のレギュラーの選ばれなかったメンバーの能力と比較すると高い能力値だが……今の江ノ高レギュラー陣の平均値は相手のそれを軽く上回っていた。
こりゃぁ……俺の出番はあまりないかな。
なんて思っていると早速荒木先輩が動き出した。
「えっ」
周囲を見渡しながらドリブルしていた荒木先輩の事を侮り一人でボールを奪いに行った相手がかわされる。二人を抜いたところで薫にパス。それを飛び出していた火野先輩にダイレクトで蹴り出し、シュート。惜しくもキーパーの手によって阻まれてしまったものの、それは確実に相手選手に動揺を与えていた。
どうして薫はあの場所にボールを出したのか。
――相手キーパーが左利きだってことを練習中に確認したんだろう。それを確認するのはFWとして必要なのかは分からないが、こうしてシュートを決める際には重要な判断材料になる事は確かだろう。
薫はうちのFWとしてしっかりと活躍してるなぁ……少し前までMFでやってたから戸惑いもあるもんだと思ってたが、順応するもんだ。それに、小柄ってのも一つの武器になってるしな。
試合開始から10分。
荒木先輩からパスを受けた火野先輩が放ったシュートが左隅に決まり、1点を先取。
これまで一度も危険なミスを犯すことなく進めている試合は良い感じの内容だった。
しかし、1点取ったことで油断したのか、ちょっとしたパスミスを狙われボールを奪われてしまった。そのまま二人の相手FWが上がってくる。
能力値を確認、どちらもFWに適した能力だが、うちのスライディンガーこと堀川先輩の必殺っ仕事人は抜けそうにない。
それでも二人。一人で突撃をかましてくるわけじゃないから抜けると判断したんだろう。
俺は……動かない。堀川先輩の動きを確認しながら、突撃してくれる相手FWを見据える。
「余裕こきやがって!」
「実際、余裕だからな」
「てめ! 何だとぉ!」
軽いフェイントで抜こうとする相手に足を伸ばし、迷わずボールだけを奪取。
「なっ!?」
「よ、っと」
大きくボールを蹴り出し、それを受けたのは火野先輩。
胸でトラップしたボールをそのまま荒木先輩にバックパスしていた。
前半も40分と言ったところで、2点目。追加点を得ることに成功した江ノ高はそのまま勢いに乗って波状攻撃とも呼べるシュートを続けたものの、さすがに3点目は奪うことはできずに前半を終えた。
随所に惜しい所はあったし、荒木先輩がしっかり痩せていたら3点以上点数を取れてたかもしれないがな。
後半からは駆や高瀬がFWとして参戦。俺は海王寺先輩と交代してベンチで待機していた。
「康寛! 前半お疲れさま!」
「おう、奈々。ありがとさん」
手渡されたスポーツドリンクで喉を潤す。
FWとMFの活躍のおかげでそこまで大した運動量じゃなかったのはとても嬉しい。多分、後は試合の後に全員でブリーフィングをして終了だろう。簡単なお仕事ですな。
「康寛は、試合に出るのは二回目でしょ? どうだった?」
「どうも何も、前半しか出てないから何とも……それに、あまり動いてないしなぁ」
「でも、決定的な所で全部カットしてたよね」
「ま、相手もこっちを侮ってくれてたからな、簡単に奪えたよ」
実際、江ノ高は無名ってこともあるし、しかも荒木先輩のあの体型を見て舐めてかかってた相手だからな。
「康寛もFWでやってみたかったんじゃないの?」
「いやぁ……シュート練習中だし、ここぞで点を決められないFWはさすがにまずいだろ?」
「まぁ、そうだけど……」
「やってみたくもあるが、練習でもう少しシュートが決まらないと皆の足を引っ張っちまう。それは勘弁だ」
「そっか」
そのままゆっくりと後半を眺め、駆が1点を取ったことで嬉しそうにしている奈々の様子を見ていた。リア充爆発せよと、呪文でも唱えてしまいそうだ。
俺のポジションであるところで奮戦している海王寺先輩も、その体格を生かした守備で相手を抑えている。その動きを一番に見つつ、全体の動きを見る。荒木先輩の足技はもちろんの事、全体を見渡したパス回しを見せる織田先輩。中心で巧いパス回しをするマコ先輩を見て技を吸収していく。
こうやってベンチで観戦するのも悪くないなと言ったところで後半も終了。
ミドルからのシュートを織田先輩が決めたことで4対0。完勝も完勝と言うほどで、監督が満足そうに頷いていた。
その後は予想通りのブリーフィングを受け、夕食をたくさん食べる。
その際、奈々から減量を命ぜられている荒木先輩の厳しい食事制限を目の前で見せられたり、男子多数による女子風呂の覗きが発生したりと結構なイベントがあったらしいが、そのころ俺は普通に寝てましたとさ。
何故か織田先輩が覗きの犯人になっていたみたいだが、合宿はつつがなく過ぎていくのだった。