それからしばらく基礎練習を続け、岩城監督から皆との練習に交じっても問題ないだろうというお墨付きをいただき、晴れて一人寂しい思いをしながら練習をすることが無くなったというわけだ。
しかしまぁ岩城監督との練習は、それはそれでためになる事が多かったから、もう少しぐらい一緒に練習を見てほしかったんだが、仕方がない。
いつもの砂浜。
人数が増えて休憩の時間も多くなってしまったなぁなんて適当な事を考えながら皆がコートづくりのためにロープやらフラッグやらを持って動いているのを見ていた時だった。
「おぉ諸君! やってるなぁっわっはははは!」
……なんか、聞き覚えのある声が聞こえてきたと思ったら、荒木先輩じゃないか。
しかも、試合の時にはスリムな体型をしていたというのに、今見てみると見るも無残なボンレスハムがお腹で熟成されているじゃありませんか!
まぁ、その体型で運動してスタミナをつけるというか心肺機能の向上を図るというならわかるんだが、どう見てもリバウンドしてしまった男性にしか見えない。
「おい」
「ん?」
「なんだその腹はぁ!」
「うわぁん! 言わないでくれぇ!」
マコ先輩が荒木先輩に後ろから襲い掛かり首をホールドし、たぷたぷとお腹を揺らしている。織田先輩も追随してお腹を引っ張ったりしてるのを見てると、なんだか緩い部活にしか思えなくなってくる。
ふと近藤先生の様子を見ると、思った通り溜息を吐いていた。
隣の岩城監督なんて苦笑いしながら奈々と話をしているようだったが、奈々はお冠のようだ。
今も何気なく飲んでいた荒木先輩のスポーツドリンクの容器の蓋を開けて中身を確認して捨てている。少し見えた液体が黒かったのと、奈々の額に漫画でしか見ないような青筋が浮かんでるを鑑みれば、恐らくコーラか何かのジュースを仕込んでいたのだろう。しかも4本くらい準備してるって、相当甘いもの好きなんだな。
しかし、練習が始まってみると良い動きをするもので、荒木先輩にボールが渡ると華麗なドリブルで何人も抜いていく。シザース、ヒールリフトにシャポー。フェイントを交えたドリブルでDFを翻弄し、駆もまた荒木先輩のドリブルには惑わされているようだった。
俺も惑わされるだろうけど、駆以上の身体能力をもってすれば最低でも抜かれることはないだろう。あとはファールを取られないようなボールの取り方をできるようになりたいが。
「行きますよ」
「不知火か……良いぜ、来てみろ」
まずは手始めに普通にドリブルをしてみる。
右に左に、砂場で動きにくいが最悪ではない。自分の足を上手く使ってボールを浮かしながらドリブルを続ける。自慢じゃないが、これだけでも結構良いドリブルだと思ってるんだが、荒木先輩は普通についてきてる。
しかし、このまま荒木先輩の体力が尽きるのを待っても良いんだが、それじゃ面白くないし個人技を自分の目で見ることができない。強引に抜こうとする相手をどういう風に止めるのか。ボールを奪うのか。それを見るのもDF力を高めるためには必要不可欠な要素だ。
「ふっ!」
「甘いぜっ!」
抜いた! と思った瞬間、荒木先輩が横から体を滑り込ませるように割り込んでくる。
確かに体は太くなって重い動きになってはいるが、それを無視できるだけの巧さがある。これは、サッカー部に所属してる誰よりも大きなものだろう。しかし、それが先輩にとって過剰なほどの自信に繋がっているに違いない。
――じゃあ、それを最初に俺が折ってしまったら先輩はどういう反応をするんだろう?
この人がこれからのサッカー部の中心になって動いていくことは間違いないし、プロでも通じてしまうんじゃないかと言う技術を持っている。だからこそ、高校生のうちに上の存在を叩き込む事も必要なんじゃないだろうか?
なんて……サッカー初心者が言う事じゃないんだが、壁と言うものを知っても良いだろう。俺も昔は壁ばっかりの人生だったからぁ……
「――なっ!?」
先輩に見せてもらった技を惜しみなく発揮する。
シザース、ヒールリフトにシャポー。先輩がやった技をそのまま流用しただけだが、流石にこれを先輩の体型での動きで再現する気はないので、それなりに本気を出してドリブルを仕掛けてみた。
いとも簡単に、とは行かなかったものの、先輩を抜いてゴールを決めることができた。まさか、ヒールリフトをするところまで反応するとは思わなくてシャポーまでやってしまったが。ゴールを決めた後に先輩の顔色を窺うと、少し呆然としていたようだったが俺の視線に気づいてすぐに挑発的な笑顔を向けてきた。
俺も負けじと挑発するように口元を少しだけ釣り上げて先輩を見る。いや、見下ろすような感じで先輩を見下してみた。
「なっ、て、てめぇ……」
「さすが先輩、上手ですねぇ」
「ぐが!? てめぇ、良い度胸じゃねぇかぁ!」
「はっはっは! 抜かれる先輩が悪いに決まってるじゃないですか!」
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
高笑いをすれば先輩は頭を抱えたまま砂場を転がっている。
おっと……そんな事をすると俺の心の奥に潜んでいるドS心が火を噴き始めてしまいそうになるんだが、もっといじめてしまっても良いんだろうか。実際に奈々が先輩の飲み物(コーラ)を全部捨てるという強行をしてるから大丈夫だろう。この先輩なら、それで納得してしまいそうだ。
しかし、DVDで見ただけの技術は取り込めないが、練習すれば自分のものにするのも簡単だった。ドリブルにしてもパスにしても、シュートにしても。後はこの技術を試合の中で上手く活用しなければなるまい。
そうなってくると今度はサッカーに対する考え方とか、戦略的な面で物事を考えられるようになるのが一番手っ取り早いんだろうが、そう簡単に局面を変える様な戦術を覚えられるわけもないし周囲の部員の反対も大きいかもしれない。それに、俺自身試合中にそこまで冷静になって物事を大局的に考えて伝えられそうにないし。
それからの練習でも荒木先輩が勇敢に俺に仕掛けてくるが、俺はボールを奪って抜き去ってを繰り返した。さすがに太って動きの遅くなってしまっている荒木先輩に抜かれるほど柔な体の作りはしてないからな。
そして練習後に出来上がったのは3人の無様なオブジェクトだった。
一人は荒木先輩。いくら何でも俺に何度も良いようにあしらわれたのが響いたんだろう、両手を砂場に付けてうなだれている。
あと二人は高瀬と駆の二人だった。
高瀬は的場に足元への意識の足りなさから股抜きされてしまっていることに落ち込んでいるようで、駆に至っては俺が何度も抜いてるのに自分は抜けないのか……と自信を失いかけているところだった。
実際駆の動きからだと俺でもボールを奪えるだろう。何故かといったら、駆はフェイントをかける寸前にボールを見る癖があるのだ。だから俺は前回、織田先輩が駆のボールを奪ったように抜かれるのを阻止している。……多分、俺すら抜けなかったことも大きな
――しかし、二人の男が向かい合ってうなだれている姿ってのは辛気臭さを通り越して陰湿な何かを醸し出していた。
夜。夕飯を食べて少し歩きたくなって散歩をし始めた俺氏。
適当に夜空を見上げながらふらふらと歩き続ける。少し前に寝不足だと思っていたが、俺のチートはそれすらすぐに慣れてしまうようで、練習が終わった後はすぐに寝るだろうなぁと思っていたのに普通に夕飯を食べては勉強して、みたいな習慣をこなしていた。
その時にはすでに疲れも残っていないという最高の体を手に入れたという事ですな。
今は食後の軽い運動だと思ってるが、正直俺の胃袋にそんなの関係ないような気しかしない。
――……
そろそろ公園に差し掛かる所でボールが弾む音が聞こえてきた。
誰か公園で練習でもしてるのか? なんて軽い気持ちで眺めてみようと、公園の横の歩道から様子を窺ってみた。月明りと街頭だけで練習してる努力家は誰だろうかねぇと、一目見て誰だか理解して、悪戯心から音を立てないように一気に
「殺したぁぁぁぁぁっ!!」
「えっ!?」
「な、ヤス!?」
「ふはははは!」
いきなり堀川先輩の物まねをしながら駆の足元に収まってるボールへと勢いよくスライディングを繰り出した。地面は砂利だから普通やったら擦り傷ものだろうがそこはチート。上手いこと痛くないスライディングを繰り出すことができた。所謂、空中殺法ってやつですわ。
「なんでここに!?」
「お? なんだ、奈々と二人きりの練習を邪魔されて不満満々ですって反応しやがって。俺がいると邪魔か?」
「いやいやいや!? そそそんな事言ってないからね!?」
「なんでヤスはここに?」
あからさまに動揺してる駆を知らんぷりして俺に問いかけて来る奈々を見る。そして駆の様子を一瞥するが、あいつはあいつで不気味に悶えているだけでこっちの様子に気づいてる感じはなかった。駆のリアクションが漫画か何かの反応みたいで少し気持ち悪いと思う俺は悪くないと思う。
「いや何、家がここの近くなんだが、適当に散歩してたらボールの音が聞こえてきてな。見てみたら二人が練習してたから乱入してみた」
「そうなんだ」
「じゃ、じゃあ康寛も一緒に練習しようよ!」
「お、おう」
いきなり稼働し始めた駆の言葉が野獣先輩染みてて怖いです(白目)
「てか、お前らいつもここで練習してんの?」
「まぁ、そうだね」
「そっか……俺ん家からも近いし、偶にここで練習してみようかな」
こうして3人での練習が始まったわけだが、やっぱり奈々の運動能力は高いものだったようで、あの時のグレイマンは奈々だったんだなっていう確信もできたが、ここは何も言わずに一緒に練習をしていた。特に駆が奈々と一緒になってドリブルの練習をしていたってのが印象的で、改めて駆が努力家なんだなぁと再認識したのだった。
と言うのも、中学時代からレギュラーでもないのにシュート練習を続けていたらしく。それも苦手な左足でのシュートをだ。後輩に馬鹿にされるようなこともあったらしいが、それでもサッカーを続けられるのは、それほどサッカーが好きなのか、それともそれだけの何かを駆が抱いているかのどっちかだと思うんだが。
……辛気臭くなる話はこれで止めにしよう。
練習中、奈々の指摘を聞きながら練習する駆はどこまでもボールにひた向きで、少しづつ技術が向上していくのが傍目にもわかった。それは確かに少しづつではあるものの、駆にとって足りない部分を埋めていく姿は、俺にはどうしても眩しく見えて仕方がなかった――