俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第09話

 しかし……荒木先輩が入って一気にチームの雰囲気が変わったなぁ。

 

「雪蔵! マコのフォローだ!」

「薫、右スペースにこだわらなくても良い、もっとスペース埋める動きをするんだ!」

「公太、お前はパス出してからの戻りが遅すぎる!」

 

 今まで個人個人で動いていた各人に指示を出し始め、俯瞰視点から見てわかるほどあったスペースが小さくなり、相手にとってはボールの出しどころが無くなったように思えるだろう。

 

 それにして、的場とか中塚に的確なアドバイスを出しているのに、どうして俺には何も言ってくれないんですかねぇ……もしかして、最初にピッチに入ってきたときに声をかけてきたのが最初で最後なんですかね? もしそうだとしたら悲しいんだが。割とマジで。

 

 中央付近で動いている俺とは対照的に、どんどんボールを持っている相手に集中していく味方。それに焦ってパスを出していくが、次第に荒くなっていった所を狙い、マコ先輩がパスカット。

 いきなりのチャンスに、味方も相手も走り出した。

 マコ先輩から的場へ、そして的場から中塚へとボールは渡り、そのまま左サイドを上がっていくのだが、何故か駆がいつものポジションから離れた場所にいてパスの要求をしていた。いつもの駆なら、もっと前で、それこそダイレクトでもゴールを狙えるような位置でボールを受けようとするはずだが……?

 相手ディフェンダーに詰め寄られた中塚は、しょうがないとばかりに駆へとパス。それを足元に納めることなく前へとトラップし、そのまま走り出す。確か、ラン・ウィズ・ザ・ボールっていうドリブル技だったはず。

 そのままドリブルでもするんだろうか? と思ったが、チラッと確認した荒木先輩の表情を見て、おそらく何か意図があっての事だろうと判断する。

 

 さて……何をするか教えてくれ。

 

 後ろから味方が近寄り、キーパー合わせ3人の相手は駆に詰め寄っていく。

 いやいやいや……そろそろヤバイんじゃないか? と思い始めたところで短い気合が一声。ゴールまでは距離はあるが、振りぬかれた右足から放たれたミドルシュートは真っ直ぐに宙を飛んでいき、あわやゴールかと思ったが相手キーパーが寸前で弾き出してしまった。

 

「すっげ……俺もシュート練習してみようかな」

 

 今更ながらに、俺がシュートをしても入らない理由はそもそも練習をしてないからだろう。駆はトラウマがあってサッカーを辞めていた時期があったらしいが、中学の頃にシュート練習に没頭して今のあれを身に着けたらしいし……

 今日もシュートを蹴ってみたが、経験が足りてないのかボールを蹴るインパクトの瞬間に少し力を抜いて(・・・)しまっているからなぁ。それが癖にならないうちになんとか形にしなきゃ(使命感)

 

 その後のコーナーキックからのこぼれ球も駆はミドルシュートを蹴り出していた。少し甘い精度だったが、その威力は右足でのシュート以上で、ちょうどディフェンスしていた沢村先輩の腹に当たって大きく弾け飛び、当の沢村先輩は体勢を崩して尻もちをついてしまっていた。

 

 それから少しして、俺からのパスを受け取った荒木先輩はそのままシュート。今まで駆が蹴っていたミドルよりもさらに距離のあるロングシュートを、ゴールから少し離れて守備をしていたキーパーの位置を確認してから蹴りこんでいた。惜しくもバーの少し上を掠めていってしまったようだったが……もしや、こうやって相手ディフェンダーを前におびき出してるのか?

 実際、今までよりも少し前のポジションで守備に付き始めた相手を見て、今までの早急な攻めの意味が何となく理解できたような気がした。

 

 と、ここまでの説明だと俺が中央でボーッとしているだけのように思えるが、一応中央付近で動こうとする相手の妨害をして荒木先輩の動きを支援しようとはしているよ? なんたって、どれだけ力を籠められようが一対一だとビクともしない肉体ですから。

 

『ボールは沢村を介して右サイドの勅使河原へ!』

 

 相手がボール回しをしているところに中塚が猛然とダッシュ。

 ちょうどパスの間に入り込むような形になりパスをカットした中塚は、中央にいた俺へとすぐにボールを渡してきた。

 

「ヤス!」

「よし、行け駆!」

 

 パスを受けた駆はそのままシュートの体勢を取ろうとし、それを未然に防ごうと相手が詰め寄るが、ここで駆が後ろにいた荒木先輩へとバックパス。その荒木先輩もまたロングシュートを匂わせる様な動きを見せるが、それに釣られて詰め寄った相手二人をフェイントで躱した。

 その瞬間、俯瞰での視点で駆が動き出したのを確認し、また、相手ディフェンスとキーパーの間に大きなスペースが空いてるのもまた理解することができた。つまり、駆はそこに走りこもうとしているのだ。

 そして、オフサイドギリギリと言ったところで、相手ディフェンスの間を縫うように蹴り出された一筋のパス。

 

『抜けた抜けたぁっ! 会心のキラーパスがピッチを切り裂く!』

 

 抜けだした駆のすぐ傍には織田先輩もいたが、得意のラン・ウィズ・ザ・ボールで一気に置き去りにしてキーパーとの一対一という状況を創り出してしまった。さっきから何度も繰り返していたシュートは、この時のためだったんだろう。

 

「あああぁ!」

 

 勢いよく振りぬかれた右足によってボールは宙を舞い、真っ直ぐにゴールネットへと突き刺さったのだった。

 

『ゴォォォォォォル!! FC、後半も残り10分というところでなんとこれで4対2! そして、このゴールを決めた1年生の逢沢駆はなんとハットトリックを達成しました!! そして、この絵にかいたような美しいゴールを演出したのはこの人、10番、荒木竜一だぁ!!』

 

 何ということでしょう。

 いきなり試合で3点も決めましたよこの子ったら。

 皆に囲まれて祝福されている駆と荒木先輩のもとへ駆け寄り、俺も輪の中に紛れ込む。どさくさ紛れでゴスゴスと脇腹を突きつつも祝福する。まさか、出場人数もギリギリのチームにここまで追い込まれることになるとは夢にも思ってなかっただろう相手チームの監督も、流石に呆然とした表情をしていた。

 しかし、そんな監督とは対照的に織田先輩や沢村先輩などは闘志に燃えた目でこちらを見ていた。いや、もしかしたら駆か、もしくは荒木先輩の事を見ているのかもしれない。このままで終わってやるか! なんて感じさせるくらいのやる気をその目に灯していた。

 

 ――それから俺たちFCとSCは、最後の最後まで気力、体力ともに底を尽きるまで戦い抜いた。残り10分でのゴールを決めてからのSCの動きがこれまでと変わり、全員が守備に、そして攻撃へと参加するサッカーを繰り広げ始めた。

 一度、コーナーキックから沢村先輩へのパスを止めたものの、意地と言わんばかりの根気でボールを奪取した織田先輩からのパスを受けた沢村先輩がロスタイムにて1点を決めたものの、FCのキックオフとなったところでホイッスルが鳴り、試合は終わった。

 的場のシュート、駆のオーバーヘッド、織田先輩のヒールパスにのっぽ君の守備……俺も俺で皆の動きを見ながら様々な動きを学び(・・)ながら守備やらパスで貢献していた。

 

「やった、勝った! 勝ったぞ!」

「ああ、俺たち……ついにSCの奴らに一泡吹かせてやったんだ!!」

 

 先輩達が互いに喜びを分かち合っている中、一人倒れている選手を見つけてしまった。

 この試合の立役者である荒木先輩だ。それを見て慌てて駆け寄っていく織田先輩であったが、一目見た瞬間にそれは怪我などによるものでないと理解した俺は、少し笑ってしまった。

 

「荒木! ど、どうした! 大丈夫か!?」

「腹……」

「何? 腹がどうしたって!?」

「腹、減った……」

「……こいつ」

 

 一度は肩を持った織田先輩だったが、流石に今の一言に呆れ、ゴミを落とすように荒木先輩を地面に落としたのだった。なんだか締まらない最後になってしまったが、俺の初めての試合は、4対3でシュートの乱打戦になったものの、最終的には勝利をもぎ取ることができたのだった。


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