〔よく来てくれた〕
アムドゥスキアの火山洞窟へ降りたシガとアキを迎えるように、ヒ・エンが到着を待っていた。
アキはあれから何度か足歩運び、今日に話をする事を約束していたとシガもキャンプシップで説明されており、さほど驚くことではなかった。
「やぁ。傷の具合は問題なさそうだね」
〔我らの身体は強靭だ〕〔それに身を覆う加護も存在する〕
ヒ・エンは“龍族”の持つ回復力と耐久力は、元来の強靭な身体も踏まえて並ではないのだ。例え動けなくなるほどの瀕死の傷を負っても数日後には問題なく動けるほどに、強靭な身体を持つ。
「加護……とても興味のある事柄だね」
アキはキラリと眼鏡を光らせた。
〔貴殿たちも大事に至らずよかった〕〔我が標――ロガ様も心配していた〕
シガにも視線を向け、無事である様子にヒ・エンは安堵する。ヒの一族にとってシガとアキ、他二人は恩人だった。
「他の二人も後遺症もなく無事に日常生活を送っているよ。それよりも、今回の席は重要なモノであると認識してもいいのかい?」
〔もちろんだ〕〔ヒはもちろん〕〔他の一族全てが
すると、ヒ・エンは何気なくシガへ視線を向けた。シガは会話をアキに任せていたが、どうも、と会釈する。その際――
「…………」
〔案内しよう〕
「お願いするよ」
龍族の責任者達が集まるのに時間は大してかからないらしい。移動している間に全員揃うと、ヒ・エンは説明しながら先を歩く。
「アキさん」
「なんだい?」
どこかワクワクしている様を彼女から感じ取りつつもシガ自身は別の違和感を捉えている。
「本当に戦う事は無いんですか?」
「それは間違いないだろう。逆に考えてみたまえ。ここまで来て、私達を罠にかける理由があるかね? それよりもコレは本当に貴重な経験だよ。なにせ、“龍族”全ての族と会い見える事が出来るのだ。これは『オラクル』の歴史から見てもとても貴重な――」
龍族モードに入ったアキの言葉を適当に聞き流しつつ、シガは先ほどヒ・エンがこちらに向けた視線が特に気になっていたのだ。
「……ほんと、気のせいならいいけど」
ヒ・エンは、シガの『青のカタナ』を見たのである。
それは何を意味するのか、テレパイプをいつでも発動できるように、アイテムポーチの上の方に配置した。
ヒ・エンに導かれ、洞窟を抜けた二人がたどり着いたのは、薄暗い火山洞窟に慣れた目では、いささか眩しさを感じる晴天の下だった。
「ここは――」
アキとシガは真上から注ぐ光に、思わず掌で影を作って周りの様子を確認する。
〔ここは
拓けたフィールドだが、地平線が無い。草が生えている所からも大気は存在し、一定の光合成は行われているようだ。だが驚くのはその高さだろう。シガは周囲に同じ高さで浮かぶ雲の位置から自分たちがどれほどの高さに居るのか、端末で調べる間もなく理解した。
「……使えっかなぁ。テレパイプ」
キャンプシップに登録されている座標かどうかを気にする。左腕も攻撃能力は皆無。前の様な大立ち回りは出来ない事もあって、強引な離脱は想定できない。
ここから先は未知の領域だ。出来る事なら他にも同行者を増やすべきだったかもしれない。
「ふむ、初めて見る。ふはは! 何と言うことだー! これほどの場所があったとは! 興奮を禁じ得ないよ!! あはははははははははははは!!!!」
大してアキは何から手を付けていいのか迷う様に、幸せいっぱいに手を上げて興奮していた。アムドゥスキア専門の彼女の目の様子からも、新しい場所である事は明らかである。
「アキさん、アキさん。まずは本来の目的から行きましょうよ」
「ハッ! 失礼。確かにその通りだ。危うく……我を見失う所だったよ」
アキはシガの言葉に元に戻ったようだが、まるでプレゼントを前におあずけを言い渡された子供の様に、そわそわと落ち着きがない。
「それで、他の“龍族”のお偉いさんはどこに?」
アキの代わりにシガがヒ・エンと話を進める。
〔もう、皆来ている〕
「ん?」
「ほう」
三人を囲む様に、様々な形の結晶がいつの間にか周囲に浮いていた。
「こ、これは……! 一体なんなのだ!? なんなのだー!!」
「アキさん! ちょっと落ち着いて!!」
どういう原理で浮いているかも定かではない結晶の群にアキの好奇心は
〔友よ〕〔そう〕〔
結晶の一つから聞き覚えのある声が、アキを落ち着かせた。
「その声は、ロガ君だね?」
ヒ・エンは自然な動きで片膝をつくと、自らの一族の標の発言を聞いていた。
〔エン〕〔案内〕〔ご苦労であった〕
〔お言葉を受けたまりました〕〔ロガ様〕
〔我がヒの族を救ってくれた二人の戦士よ〕〔出来る事なら〕〔他二人もこの場に有ってほしかったが〕
「二人はそれぞれ事情があってね。私たちだけでは不足かな?」
アキは冷静にあの時の二人――ライトとロッティの事を告げる。ライトは実験室で資料をまとめており、ロッティは学生生活に戻ったとの事。今回の席には二人は各々の都合で立ち会うことが出来なかった。
〔いや〕〔そう言うわけではない〕〔此度はコの族も参加している故〕〔出来るなら当事者全て揃うことが望ましかったのだ〕
「それはこの問題に本格的に向き合ってくれると言う事だね?」
シガは二人の会話を着いて行けず、とりあえず理性を取り戻したアキに任せる。周囲に漂う水晶からは見られている様な視線はあまりいい感じはしないが我慢するしかなさそうだ。
「見世物みたいで嫌だなぁ」
〔すまぬな〕〔今回は星全体に関わる事態故に〕〔皆〕〔貴殿たちの能力を知っておきたいのだ〕
「能力?」
〔そう〕〔ヒの族は認知しているが〕〔他の族は貴殿たちが我々にとって〕〔協力に値する戦士かどうかを見極めたいらしい〕
「見極めって――」
その時、アキとシガの上空に影がかかった。最初は雲が陽を隠したのかと思ったが――
「!? アキさん!」
いち早く気付いた声にアキは跳び退き、シガも同様に横へ転がる様に警戒する。
近くの高台から跳びかかって来たのだろう。シガとアキを分けるように、剣を振り下ろしてきたソレは次の呼吸に既に動いていた。
シガへ標的を定めた様子で、高速で間合いを詰めると彼の胴を薙ぐ為に剣を振るう。
〔…………〕
二人を襲撃したのは隻眼の龍族。その手に持つ剣は確実にシガの胴を二つに割るつもりで振り抜いていた。
しかし、シガは『青のカタナ』の柄を右手で握り、僅かに鞘から覗いた青色の刃で隻眼の龍族の剣を受け止める。
「――――ったく……どーなってんのか、説明はあるんだろうな?」
納得できる答えを用意しているのか。嘆息を吐きつつも、シガは剣を受けたまま、『青のカタナ』を鞘から吹き放つ。
『青のカタナ』は漂い出る青色のフォトンを収束させ、高い切れ味を持つ青色の刃を造り出していた。
滑る様にゆっくりと抜かれている刀身が、止めている隻眼の龍族の剣の刃へ切り込みを入れ始める。
〔……ほう?〕
隻眼の龍族は自らの剣が断たれる程の切れ味を察し、咄嗟に剣を引いて後ろに下がった。同時にシガは『青のカタナ』を抜き放つ。
〔反った刀身と〕〔幅の狭い
陽の下でも淡く発光する『青のカタナ』を見て、軟な作りに見える武器が、自らの
「てめぇの剣も良い剣だ」
シガも不敵に笑って隻眼の龍族の剣を見定める。抜刀で剣を断つつもりだったのだが……思った以上早い判断と、
〔我が名はコ・リウ〕〔貴殿らの戦士としての裁量を審判させてもらう〕
隻眼の龍族――コ・リウは盾と剣を構え、シガへと相対する。
「別にそう言うのは嫌いじゃないぜ。実にシンプルで解りやすい。けどな――」
シガも中腰で納刀し、溜めるように腰を落すと『青のカタナ』の柄に手をかける。
「向かって来る以上は、腕一本は覚悟してもらうぞ」
オリジナル展開のコ・リウ戦です。
次話タイトル『Communicate 御前仕合』