圧倒的に不利な状況であったが、シガの作った流れは未だに生きていた。
シガの猛攻が止んだにもかかわらず、ヒ・ロガは警戒して行動を躊躇っている。まるで、目の前に立つ者達の動向を逃さぬように後手に回っているのだ。
「散開!」
アキの声にシガを残し、他のメンバーは二手に分かれる。
〔グォォォ――〕
「―――――」
他のメンバーを追おうとしたヒ・ロガへシガは一歩踏み出す。その“一歩”と、目の前のアークスの発する並みならぬ気迫を感じ取り、最も強大な脅威として彼から目を離せずにいた。
「怖いのか?」
『青のカタナ』は鞘に収まったまま、シガは街でも歩くかのようにヒ・ロガへ歩み寄る。彼の眼には見えていた。
まるで悪霊のように憑りつくダーカー因子。ソレはシガに対して大きく敵意を表す様に呑み込もうとヒ・ロガから溢れ出て来る。
「……オレの言葉が
漂う因子が怯む様に、近づいてくるシガから避け始めた。
「嘗めるなよ、ダーカー。意志を持つ存在を――容易く支配できると思うな」
その時、角度を取ったアキとロッティの尻尾の晶石へ射撃で、目の前の存在に気を取られ過ぎたと気がつく。
同時の攻撃。ヒ・ロガは前足を振り上げ火柱を発生させようと叩きつけた。
〔ロガ様――〕
火柱は出なかった。まるで、ソレを望まぬ別の意志がまだ残っていると察したヒ・エンは心から感情的に呟いた。
「『サクラエンド』」
目の前の
まるで名刀の一振りのように洗練された刃は、ヒ・ロガの角を傷つけ、返しのもう一閃で角を両断する。
〔グァァァ!!?〕
角を破壊した衝撃がヒ・ロガの頭部へ痛みの信号を伝える。大きく怯み、その巨体が地に伏す。
「止まっ――」
「った!!」
アキとロッティは撃ち尽くした『ガンスラッシュ』のカートリッジを切り替える。弾丸も残り少ない。しかし、晶石も未だに壊れる気配が無い。
角を破壊されて数秒怯んだ程度では、ダーカー因子を除去するキットを使う間が足りない――
「『ゲッカザクロ』」
伏したヒ・ロガの背を駆けあがり、渡って尻尾まで走って来たシガは、そのまま飛び上がって体重を乗せた斬撃を振り下ろす。
狙いは晶石。だが、寸前で集束が乱れてしまい破壊するには至らず大きく亀裂を入れるにとどまった。
「後、行けますか?」
これ以上は一度納刀しなければ。シガは鞘に『青のカタナ』を収めて射撃の邪魔にならないように跳び離れる。
「十分だ。ロッティく――」
〔コレデオワリダァァァァ!!〕
その怒りは何の怒りなのか。ただ、言えることは終わりが近いと皆が予感した事だけだった。
まるで間欠泉のように止まる事無く吹き出してくる火柱は、怒り狂ったヒ・ロガの感情を表している。それは狙ったものでは無かった。フィールドをランダムに吹き出し動ける箇所を埋め尽くしていく。
「精度は無い。足元の予兆を見極めて躱すんだ!」
アキの助言は的確だった。シガは動こうとした際に、その先の地面から火柱の予兆を視とり、その場で動きを止める。
「視界も塞がれるか……――!?」
火柱の向こう側に影がかかったと感じた時には躱せない距離までヒ・ロガの尻尾による攻撃が迫る。
「お前は動けんのかよ!!」
左腕と『青のカタナ』の鞘を盾に、フォトンを纏って出来る限り防御を固める。
それはロックベアに直接殴られた時の数倍の衝撃だった。腕力で殴る攻撃では無く、ヴォルドラゴンの体重全てを尻尾に乗せた一撃は、本来
「ぐぉ……」
一撃で飛びそうになる意識を繋ぎ止めながらも、衝撃は身体の機能を一時的に停止させる程のモノ。一度、二度地面を跳ねながら吹き飛ばされていった。
「シガ君!」
アキは止む事の無い火柱の中でシガが吹き飛ばされた様を辛うじて捉えていた。そして、シガを始末したヒ・ロガの次の標的はアキである。
ヒ・ロガはその場から動かず、首だけをアキに向けるとその口内から炎を吐き出した。
「くっ!」
火柱の上がる箇所を予測し、両方の攻撃が当らないように移動し回避する。その際に、火柱の隙間から見えた尻尾の晶石に射撃を行う。
シガの一撃が効いている。相当脆くなっているらしく、その射撃が当るとひび割れた晶石は破片となって少しずつ剥離して行く。もう少しだ――
その時、『ガンスラッシュ』に警告が走った。弾数が10発を切ったのだ。予備弾倉も既に使い果たしている。
「迷う事は無い!」
接近する。それしか、もう手は残されていない。
〔こじ開けたぞ!〕〔撃て!〕〔アークス!〕
「はい!」
反対側でロッティは、ヒ・エンによって嵐のように地面から噴き出る火柱の一部を抑え込んでもらい、晶石までの射線を確保していた。
その様を確認したアキは接近を止め、別の角度から火柱に影響されない射線を確保する為に動く。
ロッティの放つ『ガンスラッシュ』の弾丸は晶石を着実には削っていった。そして亀裂が晶石全体に広がる。
「このまま!」
だが、そこで1マガジンが切れる。次が最後の弾倉。ロッティはカートリッジを交換しようとして――
〔!?〕
ヒ・エンがヒ・ロガが火柱の向こうから突進して来ている様を感じ取り、ロッティに飛びつくように抱え、彼女と共に回避した。巨体が凄まじい圧力を纏いながら真横を通り過ぎて行く。
「すみません……」
〔近づく以上リスクはある〕
何度も助けられ、今回も助けられた事に感謝する。次にロッティは手に持っていたマガジンが無くなっている事に気がついた。
「どこに――」
最後のマガジンは突撃してきたヒ・ロガに当って、軽く跳ね上がっていた。そして、落ちてくる。その様を火柱の隙間からアキの瞳は的確に捉えていた。
極限の集中力が、瞳に映す映像をスローで再生する。ガンスラッシュを構える。そして、音が何も聞こえず、ただ自分のやるべき事をもう一度説いていた。
私に、この引き金を引く資格はあるのだろうか? その解は――
「アキさん! 撃ってください」
ロッティの声が響く。
〔賢しいアークス!〕〔証明してみせろ!〕〔救えると〕
ヒ・ロガの声が聞こえる。
“諦めるつもりは無いんでしょ?”
シガの言葉が蘇る。
「先生……先生は間違っていません……」
無線からライトの声が聞こえて――
「私には贅沢すぎる言葉だよ……」
背中を押してくれた仲間たちの意志を宿し、引き金にかける指先に力を入れた。
アキの『ガンスラッシュ』から放たれた弾丸はロッティの手放したマガジンと晶石が重なった瞬間にマガジンを撃ち抜いた。
炸裂する弾丸を直に受けた晶石は、その硬度を凌駕する衝撃に砕け散る。その瞬間、ヒ・ロガは一度咆哮を上げると重々しく倒れ込んだ。
荒れ狂っていた火柱が止む。
自らの意志を証明する際に立ち塞がる『障害』。
ソレは“命を溶かす猛毒”か。それとも、更なる強さを得るための“撃ち破るべき壁”となるか。
“アキは走った。その足に迷いはない。
その
“彼女はダーカー因子除去キットを取出し、動きを止めたヒ・ロガへ――”
彼女自身の研究意欲は多くの犠牲を伴ってきた。彼女の研究が『オラクル』の深部に知れずと大きな影響を与え、それによって産まれるべきでなかった“モノ”も多く産まれた。
“その瞬間だった。ヒ・ロガの頭部から禍々しくダーカー因子が収束すると、内部から突き破る様に巨大な腫瘍が突出する”
罪。その言葉で彼女は己が過ちを締めくくっているが、それでもその身に降りかかる『障害』は止まらずに襲い掛かり続ける。
“「――――」”
“目を見開いて目の前の現実に足が止まった。その『侵食核』は、今まで彼女が貫いてきた意志を簡単に打ち砕いた瞬間だった。”
意志を曲げることなく貫き続けると、立ち塞がる『障害』は次第に強大になって行く。少しずつ己が限界に近づき、『障害』は己の理では
“全部無駄だった……私のやってきた事……やろうとした事全てが――”
“この
“私は何の為に……今まで――”
本当に決して越えられない壁だと認識した瞬間、人は諦めて膝を折る。そして、全てを停止する。身体も、心も、今まで貫いてきた意志も全て捨て――
“そのアキの横を影が走った。足を止めた彼女とは対照的に、ただ
“貴女は何も間違っていない。彼は躊躇いなく、”
“「時間を稼ぎます。
“そう言った。”
圧倒的な壁の前は“抗う術”はないのだ。
「フォトンアーム、出力解放100%――――」
理不尽を打ち砕く。その意志があると――
シガは迷わず、『侵食核』へ左腕を突き出した。その結末に何が待っているかも知らずに……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「“シガ”では限界だな。意図しない結末だとは思うけど、お前は気にしないよな? シオン」
「…………」
仮面をつけた白髪の男は、白衣を着た彼女の背に向かってそう告げると消えて行った。
「……私は
バキッ!!(  ̄ー ̄)=○() ̄O ̄)アウッ!
↑一週間前の私 ↑今の私
はい、次回の予告通りに終わらなかったです。ヒ・ロガ戦。じっくり書くとここまで長引くとは私も予想外でした。
しかし、それでもボス戦なのであっさり倒すのはなんか違う、と私に言い続けて、なるべく手を抜かずに描写しています。
それでいてあっさりした感じで終わらせる。小説って難しいです。
言い訳として、章タイトルの回収もしたかったですし(震え声
次話タイトル『Disease of a dragon 潜む病毒への標』