「りゅ、龍族同士が争ってる?!」
「ケ、ケンカですか!?」
新たにその場へ足を着けた四人は、今まで見た事の無い雰囲気にそれぞれの感想を抱く。
「その説は否定しないが……声を聞く限りではそうではなさそうだよ」
アキの足は自然と前へ。シガは『青のカタナ』の柄を左手で添え、いつでも抜ける様に
脱力を行っていた。
「え、ちょっ、先生。もしかして関わるつもりですか!?」
ただ一人だけ前に出たアキの行動にライトは動揺する。彼女の目の前には、龍族の中でも最上固体とされているヴォルドラゴンが居る。それをアキ以外の者達は肌で感じていたのだ。
相手にするべきではない。と――
「ロッティちゃん。後悔してる?」
ヴォルドラゴンから目を離さぬまま、シガは隣で同じように緊張しているロッティに囁く様に尋ねる。
「し、してませんよ。シ、シガ先輩は?」
「すっごく帰りたい」
「あはは。なんですかそれ……」
と、軽口を叩いてみるが、それでもこの場を覆う脅威はまるで薄れない。全信号が全力で発している。
『危険』『逃げろ』『今なら間に合う』と――
「説得は無駄だ、龍族のキミ」
アキの声は不思議と良く通った。ヴォルドラゴンの唸りに打消されない不思議な声色である。
〔……アークスか〕
ヴォルドラゴンと対峙しているディーニアンは立ち上がりながらその声を聞き入れる。
「彼はダーカーの侵食を受けている。もはや、自我は無い」
〔……今、貴様らに構っている暇はない〕〔去れ!〕
そんな事は無い。そう否定したくて出したような、躊躇いのあるディーニアンの口調をアキは見逃さなかった。
目の前の
「仰る通り帰りましょうよ、先生! どう考えてもソレが最善ですって!」
「賛成1」
「2です……」
「まったく、君達は。先ほどの威勢はどうしたのだ? いい加減腹をくくりたまえ。どうせ、テレパイプは不確かなフォトンの乱れで使用は出来ないのだからね」
この場へは設置されていた転送装置で行き来が可能となっている。しかし、現在はヴォルドラゴンという強力固体によるフォトンの乱れで転送が安定しない。
つまり、戦ってヴォルドラゴンを沈黙させる以外に逃げる事も出来なくなっている。
「さて、龍族のキミ。君の意見ももっともだが、目の前のソレをどうするつもりだい?」
四人が現れたにもかかわらず、ヴォルドラゴンはディーニアンを標的にしている。
〔ヒ族のロガ様は〕〔我らが標――――〕
そう。ロガ様は導きだ。ヒの一族にとって彼は光そのもの。
〔だが……〕〔同族を侵した〕〔その掟に例外はあらず〕〔掟を破りしもの〕〔カッシーナの元へ送らねばならない……〕
「カッシーナ?」
「龍族の神話の地獄龍の事です。シガ先輩」
ロッティは調べていた知識の中からシガへ説明した。
「物騒な事だね。つまるところ、終わらせるってことだろう?」
更に彼女は前に出る。そんな事はさせないと言わんばかりの行動は傍から見れば命を放っているようにも映っていた。
〔……
ディーニアンの言葉に、アキは感情的に出そうとした言葉を一度止めると、一呼吸置いていつもの事務的な口調で語り出す。
「任せろ、と言っているのだよ。コレは私たちの専門でもある。その為に、赴いたと言っても過言ではない。それに――」
これは私に課せられた使命だ。その為なら、この身が焼ける事も
ヴォルドラゴンが、ディーニアンからアキへ視線を変えた。まるで彼女の意志に惹かれた様に、意志の無い眼光が死を纏う。
「ちょーっと、前に出過ぎじゃないですか? アキさん」
更にその前に割り込む様に立ったのはシガだった。彼は先へ歩く彼女の背に、ある記憶が重なったのである。
“ごめん、シガ。わたし、急がなくちゃ――”
このまま一人で行かせれば絶対に後悔する。そう、
「
「――――そうだね。そうだったね」
後悔。そんな事で歩みを止める事が必要なのか?
時には必要になるのだろう。人は迷走し、そして崩れ落ちるもの。
だが、その先へ歩み出す事が出来るもの“人”なのだ。
その意志は“人の意志”。だからこそ、彼は前に出た。ソレが彼の本質で、何よりも得難いアークスとしての性質だ。
彼は真っ直ぐ目の前の存在を見ている。私は見ていただろうか? まだ、その資格があるのだろうか?
「まだ、救えるんでしょ?」
その言葉は、不確かな結論。過程の無い可能性だ。保証はない。しかし不思議とその言葉に確信を持てる。
「ああ。いいかい? シガ君。この龍族――ヴォルドラゴンは道中で出会ったあの龍族よりも比較的に
侵食核も突出していない。まだ、体内に蓄積されたままなのだ。
「フォトンの力で浄化すれば間に合うかもしれない。救える可能性がある」
「了解です。それじゃ、今までどおりに動きましょう」
『青のカタナ』が鯉口を切る。その抜刀は開戦の合図となり、ヴォルドラゴン――ヒ・ロガへ青い刃が見舞われた。
体格差。それは戦いにおいて重要な
骨格の大きさは打たれ強さに直結し、長い身体部位は攻撃距離を表している。
最も効率良く、そして……その星で最も強く有る為には体格の有無は大きな優位点であるのだ。
ただし、それは―――その戦いに
抜刀と同時に『青のカタナ』の刀身と宿ったフォトンは巨大な刃となって飛翔。ヒ・ロガの表層を浅く削り取る。
「『ハトウリンドウ』」
既に納刀を終えているシガはもう一度、抜刀。先の一撃でだいたいの感覚は掴めた。次に飛翔したフォトンの刃はヒ・ロガの鱗へ大きく傷を残す。
距離は少し近い……か。最大火力が出る適性距離が有りそうだ。
まだカタナのフォトンアーツは全て試作である為、情報の収集は怠らない。『ハトウリンドウ』……適性距離を見極めれば一方的に攻撃できる。
「扱い難度は高いが、悪くない」
再び抜刀し、刃が飛んだ瞬間、ヒ・ロガはシガに向かって突進を仕掛けていた。適性距離から外れ、『ハトウリンドウ』の与える威力は極端に落ちる。
「計画通りだ。アキさん!」
今回のパーティでの戦いにおいてのシガの役割は、前線で敵を引きつけることだ。この時点で必勝の状況に入り込んだと言っても良い。
「前線は任せる。ライト君はシガ君の補佐を! ロッティ君! 狙いを尻尾の晶石にしぼる! ヴォルドラゴンの動きを止めるぞ!」
四人は常備している通信機を耳に取り付け、離れていても通信機による時間差無しの立ち回りを意識する。
アキはヒ・ロガの動きを注視し、次に何か来るかを先読みする。突進を躱すシガは、同時に“糸”を巻きつけていた。
突進を躱されたヒ・ロガは、加速した自らの重量を強靭な脚で踏ん張ると、地面を削りながら減速している。
「流石に突進は、まともに受けられないな」
ヒ・ロガは、シガへ向き直ると再び突進しようと脚を撓め、踏み出すが――
「――――どうだ? 流石に動けないだろ?」
身体中に巻きつき、地面に張るように展開された“糸”はヒ・ロガの行動を完全に封じ込めていた。ギリギリと音を立てて“糸”は張るが、千切れる気配は無い。
「これなら!」
そこへ、ライトが雷属性のテクニック――ゾンデを見舞った。黄色い閃光がジクザクに落ちると空気が弾け、ヒ・ロガの背にある角に避雷する。更に“糸”を伝わり一点から全身に拡散して通り抜けて行った。
「先生の言った通りですね」
ヴォルドラゴンに有効なのは、氷属性のテクニックが一般的に知られている。極熱の環境に適応したヴォルドラゴンにとって極端に温度差の影響を受ける氷属性には耐性が殆どないからだ。
しかし、アキの考えは一般の会見とは違っていた。
ヴォルドラゴンも心臓も持ち、体内に体液が流れる生物である。
鱗の下には皮膚が存在し、更にその下には神経が、更にその下には臓器も存在する。脳から流れる身体を動かす為の
無論、その効果は身体を痺れさせる程度のモノだが、殺さずに動きを止めると言う目的の現状では、有効な手である事は確かだった。
「ロッティ君、あまり近づかなくていい。距離を保ったまま、尻尾の晶石を破壊する。それで完全にヴォルドラゴンの動きを止まる」
「はい!」
ヴォルドラゴンの尻尾の先端は鱗が生えておらず、その箇所は感覚神経がむき出しになっている。それは周囲の温度や、死角に居る敵との間隔を測ったりするために使われ、鱗に覆われていれば分からない様々な事柄を把握するための重要な感覚器官なのだ。
その弱点と成り得る器官を護る為に、鉱物を混ぜた伝達性の高い結晶で覆っている。その晶石が壊れればその衝撃で神経が直に外気に晒されて一時的に意識を失う。
更に新たに晶石を作り出す動作を優先する為、その間、完全に動きを止める事が出来る。
「シガ君は引き続き拘束しておいてくれ。ライト君もその補助を頼む」
アキはヒ・ロガの側面に回り込むと、『アルバブラスター』を構え、精度の高い射撃で晶石を狙い撃つ。
ロッティもアキとは対面側に回り、射線に入らないように角度を取って撃って行く。
一度動きを止めてしまえば、後は今回持ってきているキットで、ダーカー因子を取り除く事が出来る。侵食核が出る程に因子が根付いてしまえば手遅れだが、今ならまだ有効だ。
「っと――」
晶石に攻撃を喰らい続けて、ヒ・ロガは抜け出そうと力を入れる。ミシミシと“糸”の繋がっている箇所は音を立てて気軋むが、ライトの『ゾンデ』を受けて上手く力が入れられずにいた。
その場に居る誰もが、アキさえもこのまま弊害なく目的に達せると確信した。だからこそ、次の可能性を見落としてしまった。
一瞬、“糸”が緩んだ。シガがそう感じた時には、既にソレを阻止する手は間に合わない。
「マジか!?」
ヒ・ロガはその場で、地の岩盤を水面から水中へ潜水する様に潜って行ったのだ。その動作は緩慢だが、アキはソレを見落としていた事に自らの汚点として深く刻む。
「全員! レーダーを警戒! ヴォルドラゴンの動きを――」
アキの声と共に、四人の目の前に出現したモニターにはヴォルドラゴンの位置が記されていた。何をするのかは全く読めない。
だが、どこから出て来るかは瞬時に分かった。
「――――先生!!」
地面が煮立つように、アキの足元が音を立てる。ヴォルドラゴンはシガよりも手数を稼いでいた彼女に標的を変えていたのだ。
「しまっ――」
死が吹き出て来る。地中で鉱石の鎧をまとい、質量を増したヴォルドラゴンの突出は地中が爆発で吹き飛んだと言っても過言ではない威力をアキに与えていた。
死を覚悟した。真下にヴォルドラゴンの反応を足の裏から直に感じたアキは次の動作に移る事も出来なかった。
しかし、その死が訪れる刹那に身体が引っ張られギリギリで、死の枠から抜け出す。身体に巻きつく様に伸びる“糸”。シガが彼女を引っ張ったのである。
「――――すまない、シガ君」
シガはフォトンの流れがアキの足元に強く集まった事で、そこから出て来ると判断し、数瞬だけ先んじて動く事が出来た。
「気にしないでくださいよ。役得なので」
引っ張り、抱き止めるようにアキを支える。そして、ヒ・ロガがこちらを狙って突進してくる初動を視たシガは、左腕を前に突出し、掌を開くと“糸”で再び拘束する。だが――
「あれ?」
形成された“糸”はその身体を抑えきれずに千切れて散る。質量が増えた事で重量も増し、先ほどまでの“糸”では強度が足りないのだ。
今度はアキが動くと、シガを抱えて横に飛び退き突進を躱した。
「あの鎧は多くの鉱石を含んでいる。重量も本来のものより二倍近くになっているハズだ」
姿形が変わって見える程の質量を纏ったヒ・ロガの鎧は、先ほどとは別物の性能を携えている。
立ち上がったアキに手を引かれてシガも立ち上がる。その時、閃光が光った。
ライトが『ゾンデ』を放ったのだ。しかし、雷は鎧の表層を滑る様に流れ落ちて、ダメージは殆ど受けていない。
「ライト君! もうゾンデは効かないぞ!」
車と同じだ。鎧が
シガは戦闘力の見直しを測った。
攻撃力はさることながら、その防御力に磨きがかかった。拘束はおろか、こちらの攻撃が殆ど受け付けなくなっている。
「だが、弱点は存在する」
絶対に鎧に覆う事が出来ない感覚器官――尻尾の晶石。それが今となっては唯一の
「あの晶石ですか」
「そうだ。あれを破壊すれば動きは止められる」
だが例え動きを止めたとしても、あの分厚い鎧越しに、キットは使えるか? それだけが問題点だ。
突進から停止したヒ・ロガへシガは向かっていく。効かずとも攻撃を与えて、こちらに注意を引きつけなければならない。
自分の役割をこなす。それぞれがそのように動けば必ず勝利に繋がるハズだ!
翼を広がった。ヒ・ロガは大きく鎧に覆われた翼を広げると、大きく上下させる。その風圧にシガはそれ以上近づけず、咄嗟に“糸”を出すが拘束が間に合わない。
アキ達も飛行を阻止しようと攻撃を行うが、鎧に全て阻まれて高々と頭上に舞い上がる事を許してしまった。
その動作は何気ない飛行。だが、シガは飛び上がったヒ・ロガに対して、凄まじい悪寒を感じ取っていた。
次の瞬間、シガの身体は燃え上がる。いや、燃えると言う現象を更に通り越し、身体の端から侵食する様に火の粉になって骨も残さずに灰塵と消えて行く。残った右眼が周囲を見ると、皆も同じように灰塵となって空間へ消えていた。
「うお!?」
まるで夢を見ていたように、意識が切り替わると自分の身体を見る。何ともない……。メンバーの様子も確認する、皆は飛び上がったヒ・ロガを注視していた。
それは、シガの本能だけが視た、必然に近い“
「何をするか分からない。皆、ヴォルドラゴンから少し距離を取ろう。幸い、高速で飛行する様子はなさそうだ」
アキも初めて見るヴォルドラゴンの行動に、次の手を決めあぐねていた。あの巨体で落下してくる? それとも上から火球を吐いて来る? どちらにせよ、距離を取っておけば何をするにしても遅れる事は――
「いや、アキさ――」
すると、上空が少しだけ明るくなった。それは、滞空しているヴォルドラゴンが自らの鎧を一点の熱エネルギーに集めており、それが淡い光を発して――
「全員! 走れ!!」
そこでシガ以外の三人もようやく察した。あの攻撃はマズイ、と――
それは人が持つ必然とした防衛本能だった。彼らは襲い掛かる脅威に対して、最善に護る手段を取った。
炎が落ちる。
全てを灰塵と成す、死の炎がフィールドを埋め尽く――――
今回の描写を考える上でヴォルドラゴンと再度戦いました。物語上はかなり上位の敵のようですが、慣れたアークスの前ではただの作業と化してしまいます。
バータが有効ですが、今回のパーティーにバータ使いは居ないので、生物としてゾンデも有効だと科学的に見て見ました。
最近執筆中に聞いてる曲→https://www.youtube.com/watch?v=OlUV1M_yVI8
次話タイトル『Break through 突破者』