意識を取り戻してすぐに瞳に映ったのは傷ついた仲間たちが更なる脅威に晒されていた事だ。
前で耐えるのは自分の役目。ソレができなかったから仲間が危機に陥った。
まだアークスで無いロッティも立ち向かったのだ。これ以上は、自分の役目を放棄するわけにはいかない。
「隙だらけだ」
アキへ剣を振り下ろしていたコ・リウへ、駆け抜けたシガは助走がつき威力の上がった飛び蹴りを叩き込む。まともに身構える事も出来なかったコ・リウの小柄な体は、空箱のように飛ぶ。
「――――」
その時、シガは侵食核を見た。恐らく、コ・リウを狂わせている元凶。体内に蓄積したダーカー因子が形となって外部に物理化したモノだ。そうする事で、更にダーカー因子を吸収するのである。
なんだ――――
壁に激突して流石に気を失ったコ・リウにシガは念のため“糸”で捕縛すると同時に、その情報が入り込んできた。
まるで透視した様に、一瞬でコ・リウの体内を蝕むダーカー因子の流れが見える。侵食核から脳へ伸びて、絡まる様に無数の神経と繋がっていた。
――――い……けるか?
左腕が自然と侵食核へ触れる。すると、今度はシガへ侵食せんと、勢いよくダーカー因子を放出した。
「おいおい。アークスを――」
なめるなよ。ダーカー――
しかし、龍族と違いアークスのダーカー因子を浄化するフォトン特性を前に、その程度のダーカー因子は脅威ではない。逆にシガは侵食核から浄化フォトンを通し、コ・リウの神経と絡まっているダーカー因子を全て
「らぁ!」
そして、芋でも収穫するかのように侵食核をコ・リウの頭部から引き抜いた。
〔どうやら、ようやく来てくれたようだ〕
「うん、僕の方でも確認したよ。龍族を蝕むダーカー因子が完全に浄化された一例が確認できた」
〔改めて感謝をしたい。私達ではこればかりはどうにもならない〕
「僕は別に何もしていない。感謝すべきは、この事態に気がついた人の可能性だよ」
〔無限に繋いでいく、可能性の海。前にそう言っていたね〕
「そうさ。人はどんな困難も超えて行ける。そして、彼らは誰かを思いやる
〔彼は、ここに来れるだろうか?〕
「自力でたどり着くのは難しいと思うよ。それに、呼ぶ時はオラクルの……“彼の眼”から逸らさなくてはならない。その辺りは僕の方で対応を考えている」
〔“星の病”“彼女の欠片”“迷い龍”。本来は存在しない多くの“意志”がこの星にも渦巻いている。それを一つずつ解決していて間に合うだろうか……〕
「なる様にしかならないよ、カミツ。それでも僕には
〔確信が? シャオ〕
「うん。だって
アキはシガが交戦している間に自分を庇ってコ・リウの攻撃を受けたライトの安否を確認していた。
打身で痛がっている以外に大した怪我がないと確認して彼の手を引いて立ち上がらせる。次にシガの状況を見る為に目を向けると彼が行っている事に驚愕した。
「――――シガ君。それは……」
「あ! アキさん! 大丈夫ですか?! 怪我とかありません!?」
おずおずと申し訳なさそうにシガが近寄ってくる。だが、アキの視線は彼の
「いや、大きな怪我は無い。他の皆も同様だ。それよりもそれは――」
アキに指摘されてシガは侵食核を持ち上げる。そして、いります? と掲げて彼女に尋ねた。
その時、物理形成の持続が困難になった侵食核は、ボロボロと崩れ始めた。まるでシガから逃げる様に煙のように漂い少しずつ散って行く――
「あ。テメ!」
だが、シガは逃がさない。フォトンの流れから的確にダーカー因子を捉えると、再び左腕を伸ばし握りつぶした。錆色のフォトンが正常な軌跡となって散る。完全に消滅した様をアキも確認する。
「シガ君。君は今自分が何をしたのか解っているかい?」
「え? 普通に侵食核を引っこ抜いただけですが……」
そこで、シガは視界の端に未だ地面に座り込んでいるロッティに気がつき、アキに断りを入れて彼女の元へ向かった。
「先生」
そのシガの背を追うアキへ立ち上がったライトも声をかける。彼も先ほどのシガの行為を目の当たりにして驚いていた。
「君も見ていたね」
「はい。シガさんの行った
アキとライトは研究者である。そして、ダーカーの事も常人以上に把握している。だからこそ、起こった事を完全に理解できるのだ。
まさか、侵食核を
「ふむ。やはりと言うか必然だな。ダーカー因子は全て消え去っている」
アキは気を失っているコ・リウを簡単に診察する。体内のダーカー因子が全て体外の侵食核として出現した事で身体のダーカー因子は全て消え去っていた。
「恐らく、侵食核は脳に繋がっていた。理性を奪い、狂わせるには最も有効な部位だからね」
脳と同調し、受けるダメージも直結していたハズだ。
既に手遅れの状態……だからこそ、
「もし、そうだとすると。シガさんの行為は途方もない事になります」
侵食対象の体内神経と直結する侵食核は一度出現した状態で切除するには神経の同調を一つずつ丁寧に
それは乾草の中から針を見つける作業を何兆回と繰り返す行為に等しい。それをシガは一瞬で行い、
「シガ君を同行者に選んだのは完全に偶然だが……彼を選んでよかったよ」
アキはロッティに申し訳なく謝罪しているシガに視線を向ける。その彼女の眼は今までは諦めるしかなかった事が
その後、アキ達はその場で少しだけ態勢を整えてから再び出発した。先ほどの交戦で他の龍族が来る事も考え、本格的に休憩するのは少し移動してからと言う事で皆納得する。
気を失ったコ・リウは少しだけ外傷の治療を施しておいた。眼を覚ますか、他の龍族に発見されれば無事に生還できるだろう。
「あ、あの……」
「ん? どうしたのロッティちゃん。もしかして、乗り心地悪い?」
「い、いえ! そんな事は無いですけど……重くないですか……?」
「軽い軽い。気にしなくていいって」
シガは己が役目で先頭を歩いていた。たが、その背にはロッティを背負い、器用にマグマに浮いた岩を飛び渡って行く。
「いや、仕方ないって。そもそも、君をそんな目に合わせたオレが悪いんだし、このくらいは当然だよ」
シガは出発の際に、ロッティに声をかけたが彼女は立ち上がる事が出来なくなっていた。怪我は何も無いが、いわゆる腰が抜けた状態だったのである。
「で、でも! わたしが要るんじゃ先輩戦えないんじゃ……」
自分を背負った状態では上手く動けない。それは誰が見ても明らかだが、シガは特に問題だと思っていなかった。
「その時は降ろせばいいし、少なかったらアキさんとライト君に任せればいいよ」
「は、はぁ……」
少し傾斜のある地形を歩いて登り、アキが先行して状況を探ってくれている。狭い道なので上にも注意すれば敵を見落とす事は無いだろう。
研修生であるロッティの負担には、パーティーリーダーでもあるアキも気にかけていた。彼女はロッティに帰る事を提案したが、途中で投げ出す事を考えていなかったロッティは大丈夫だと告げて残る事にしたのである。
「…………」
そして、自分の足で立てないと分かった時は死ぬほど恥ずかしかった。言っておいて移動からいきなりこの体たらく。シガは背負う事を特に気にしていなかったが、ロッティとしては今の状況は穴があれば入りたいほどの羞恥心に駆られている。
「シガ先輩は――」
「ん?」
ロッティはシガだけに聞こえる様に声を出した。
「なんで、そんなに強いんですか?」
もし、もう一度あの敵と戦えと言われて立ち向かう事が出来るだろうか? 正直な所、わたしには無理だ。仲間がいるのなら何とか向えるかもしれない。けど、
ダーカー因子に侵食された、ただの龍族が
「オレは別に強くないよ。アークスにオレなんかよりも強い人は沢山いる」
「『六亡均衡』って方たちの事ですよね?」
「おおっと、結構大きい所を言うね。確かに、『
オーラルさんなら皆をあんな状況に陥らせないし、ゼノ先輩なら気を失うなんて事は無いだろうし、ゲッテムハルトさんなら有無を言わさずに嬉々として撃破していただろう。
オレは、どれも出来なかった。ただ、無様に敵に意識を奪われて、挙句に助けられたのだ。これが一人だったら既に死んでいる。
「君に助けられた。アキさんとライト君にも。だから君を運ぶのはオレに出来る助け方って事で」
「……やっぱり……シガ先輩は強いです」
その声は誰にも聞こえない程に小さなものだった。
それは、彼の強さを見て、自分の弱さを見つめ直し次に繋ごうと決めた彼女の意志が言葉として出たのである。
“乗り越えなければならない壁。それは人それぞれだと思う”
イオ先輩の言っていた事の意味が少しだけ分かった。わたしもいつか、こうやって誰かを背負える日が来るのかな?
二人の先輩のように、強くなって――
「ん?」
「うっ……」
アキとシガは、ある異臭に気がついて進行を停止した。だが、考え事をしていた背のロッティと、最後尾を殿として歩いているライトは気づいていなかった。
「こっちかな?」
アキは異臭の方向から脇道を見つけるとそちらへ入って行く。
「あ、ちょっ、アキさん――」
「先輩。もう歩けるので降ろしてもらって大丈夫です」
アキを追おうとしたシガはロッティの言葉に先に彼女を降ろす。そして、異臭のする脇道へ遅れて向かった。
その先には異臭の正体が居た。
表面の皮膚がグスグズに崩れて骨がむき出しになっている龍族の遺体である。それも戦って果てた様子は無く、ただ倒れてそのまま死に至ったような態勢で腐食だけが進んでいる。
「殆ど原形は留めいていないが……龍族の遺体だ。どれ」
アキは慣れた様にゴム手袋をはめると腐食している遺体を調べ始めた。
「気持ち悪い……」
思わず戻しそうになったシガは何とかこらえる。そしてライトも三人へ追いつくと、その死体を目の当たりにして表情を変えた。
「ううぇぇぇ。先生……よくさわれますね」
手袋をはめているとは言え、直に触れる感触は消えないだろう。加えて凝視する事が出来ない程に崩れた遺体は眼を背けても当然の代物となっている。
「まったく、君は何年私の助手をしているのだ? 私の研究対象は生きるものが優先対象だよ。終わったモノに興味は無い。
理的に、研究の線引きを独自の価値観で決めているアキは、終わっているのであれば大した弊害は無いらしい。
戦いで
「あの、アキさん。わたしも見させてもらっていいですか?」
「ん? ああ、手伝ってくれるなら歓迎するよ。だが、流石に触る際は衛生面を気にかけてこれを着けたまえ」
アキは興味に駆られて覗いて来るロッティに予備のゴム手袋を渡す。すると、ロッティは当然のように着けた。触るつもりらしい。
「どれ、内臓は――」
「これが脳ですねー」
「狂気の光景だ……」
美女と美少女が平然と腐乱死体を漁っている。状況を間違えればホラー映像に視えなくもないだろう。
「うわっ、うわわわっ……うえぇぇ」
「ライト君、うるさいよ。興味があるのかないのか、スタンスをはっきりさせたまえ」
「ロッティちゃん……平気なの?」
「アムドゥスキアの事を調べていた時に、龍族の身体機能に興味が出たんです。それで実際に見てみたいなー、と」
「タフだね。うっぷ……」
向こうに行ってます。とアキに告げてシガとライトは口を押えながら脇道から離れた。
「……やはり、予想通りか」
一通りの検死を終えて、アキはコ・リウの戦闘も思い返し確信を得たようだった。
「何か分かったんですか?」
「うむ。内部組織を調べた結果、ダーカーの侵食度が極端に高い。恐らく体内に蓄積したものだろう」
「龍族の方々は――あ!」
ロッティもアキに言われて気がつく。龍族とは戦える戦士なのだ。だから、ダーカーの侵食が早いのだ。
「基本的に、ダーカー因子はアークスのフォトンによって浄化される。逆に言えばそうする事でしか浄化できない」
戦う事の出来る龍族は脅威と見なしたダーカーを
撃破された際にまき散らすダーカー因子。それをアークスなら自然と相殺する事が出来るが、龍族にその耐性は一切無いのだ。
「塵も積もれば山となる。アークスの有無を拒否している龍族には致命的な事だ。この“病”は
その病は、
「じゃ、じゃあ。どうすれば……」
「幸いにも
その後にアークスを受け入れたとしても、その間にもダーカーの侵食は進んでいく。事態は悪化するばかりだ。
「だが、進まなければ何も始まらないのも事実だな」
これが使命であると言い聞かせるようにアキは呟く。今、この事態に気がついているのは自分だけなのだ。絶対に伝えなければならない。
「あ……終わりました……?」
遺体の検死を終えたアキとロッティはシガとライトの元へ戻る。二人はマグマに向かってリバースしていた。
どうやら、先ほどの死体で嘔吐を
「しばらく、肉料理は食えそうにありません……」
「ボクも……うぇぇ」
「まったく、二人ともしっかりしてくれたまえ」
「あはは……」
呆れるように腕を組むアキ。戦闘での勇敢さが嘘のように弱っている二人を見てロッティは苦笑いを浮かべた。
遺体です。流石にリアルだと18規制になるのでほと程に描写しました。
シガを吐せました。普通は吐くと思ったので、例外は作りません。彼は完璧超人ではないのです。
対してロッティはかなり平気そうに描写しました。もともと、彼女の依頼には侵食核持ちのエネミー討伐が主な内容なので、そういうのに興味があるのかなー、と思っての結論です。
一部謎の二人による会話を出しました。これもEP2の伏線です。
次は、ようやくEP1-5の終盤戦へ突入します。
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