「ロッティ。これではダメよ」
「え? ど、どう言う事ですか!?」
学園地区。アークス研修校の教諭室に呼び出されたニューマンの研修生――ロッティは提出したレポートを担当教諭から渡し返されていた。
「貴女の提出テーマは『ダーカー汚染によるエネミーへの影響』だったわね? けれど、このレポートはナベリウスとリリーパの情報が多い。アムドゥスキアは調べきれなかった?」
「え……はい……なんと言いますか……アムドゥスキアの情報はあまりなくて――」
追及を逃れるように情報不足の理由をロッティは語る。
「今回の
ロッティの提出したレポートは、資料や既存の情報でも解るものなのだ。そこに彼女独自の考えがまるで見えなかったため、教諭は注意しているのである。
「調べる事は必要だけど、今回はどれだけ自分の足で“視た”かが重要なの」
大まかに言うなれば、別に丁寧に課題をまとめる必要はない。評価の大きな箇所として、自分の眼で見て、感じて、そしてこれから自分たちが歩く世界がどんなところなのか。それを知るための課題なのだ。
「ナベリウスとリリーパはもういいわ。特に情報の少ないアムドゥスキアを退出し直しなさい」
「失礼します……」
ロッティは、期限を数日だけ貰ってレポートの再提出を言い渡された。人見知りの激しい彼女は、アークスに依頼するにしても中々話しかける事が出来なかったのだ。
だから、資料室や現役アークスが残している情報を見合わせて、期限までレポートをまとめる事が出来たのだが、どうしても手の届かなかったところを指摘されてしまった。
アムドゥスキア。
ロッティはふらふらと力なく中庭へたどり着くと手ごろなベンチへ座り込む。
しかも期限は短い。となれば実際に自分自身がアムドゥスキアに
唯一頼れそうなアークスである兄は、リリーパの依頼で手一杯と言った事もあり、頼み難い。手伝ってはくれるだろうが……できるなら自分だけの問題として片づけたいのだ。
「アムドゥスキアかぁ……」
アークスに手伝ってもらう際の依頼料は、学校側の負担としてくれるので気にする必要はない。しかし、ロッティにとって見知らぬ人間に話しかけること自体が高いハードルなのだ。
「お、ロッティ。どうしたんだ? ため息をついて」
校内にある中庭のベンチに座っていたロッティはため息をついたところを、数少ない顔見知りの先輩であるデューマンのイオに見られてしまった。
「先輩。こんにちは」
「どーも。なんだか元気ないな。なにかあったのか?」
二人はあまり進んで他人と交流を取ろうとする性格では無かった。故に気が合い、こうして顔を合わせる度に会話をしている。ロッティにとっては兄に続いて気を許せる相手だった。
「はい。ちょっとレポートの再提出を言われまして……」
「おれもあったよ、
懐かしむイオは、この性格から自分の頃もだいぶ苦労したと記憶している。ちなみにイオは既にアークスとして活動する事も決め、卒業まで学校には出席するだけでいい。
本来はクラスも決まった研修生は、必要な課題と出席数が規定内なら、すぐに卒業扱いとしてアークスとして修了検定を受けても良い。
しかし、イオが活動するクラスは少し特殊で、正式に認証されるまではまだ時間がかかるので、まだ学校に通っているのである。
「なるほど、アムドゥスキアか。あの惑星は、好き好んで歩き回る奴はいないからなぁ。前に見た資料ではアキってアークスが個人的に情報を開示してるらしいけど、そっちは調べた?」
「はい。けど、専門用語が多くで解読に時間がかかりすぎまして……」
結果としてそっちは諦めた情報だった。しかし、今となってはそんな事も言っていられない。出来る事はやって行かなければ期限に間に合わないのだ。
「なら、おれの方の
「先輩の知り合いですか?」
「ああ。他のクラスに比べれば色々と安定しないトコもあるかもしれないけど、問題は無いと思う」
と、そこでイオは再び考えて、やっぱりやめとこうか? と言うがロッティとしては全く知らない人に頼るよりは、
「ぜひ、お願いします。先輩」
「仮説の範囲だったが最悪の方向へ事態は動いている……か」
アキは数日前に持ち帰った“アムドゥスキア”の鉱石の性質による分布の一年前と現在を見合わせて、ある事に気がついていた。
「どうしたんですか? 先生――」
資料を運んでいたライトは、近くに資料を置きつつ研究結果に訝しげな様子を浮かべるアキを珍しく思いつつ問う。
「ライト君。直ちにアムドゥスキアに
「え……前に帰って来てから一週間も経ってませんよ!?」
無断で消えない所は前回の事件を見直してくれたのだとライトは思ったが、この突発的な行動は直ったわけではなかったらしい。
「惑星の危機だ。今回の調査で裏を取ってアークスに報告する。となれば、こちらも無事に帰還する為に戦力が必要だな――」
ボディ・イメージ。
それは、自分自身の肉体を知る能力の事である。『自分の身体がここにある』『こういう状態』という事を意識的に把握する事であり、人はコレが十分に発達していない。
この機能が著しく低下、又は低迷すると金縛りを起こしたり、思った通りに自分の身体を動かせない症状が現れたりする。
「―――――」
シガは自室で義手を着け、窓を閉め切り、照明は全て落していた。
暗転した室内の隅にはケースに入れられて片付けられた楽器が存在しているが、それでも十分な広さが確保できている。
「…………」
“糸”が使えるようになってから、神経を研ぎ澄ませばフォトンの流れを目視できるようになっていた。これは左腕を着けている時だけに視える能力で今では意図的に視界に捉える事が出来る。
少しだけ集まっているフォトンの塊に左腕を伸ばす。
『触覚』。自分の輪郭と周りとの相対的な感覚。左腕に感覚は無い。その為、“掴んだ““掴む”と言った判断は接続部から伝わる肩への圧力でしか認識できない。
とれる――
己の眼で神経の通らない左腕が確かに触れていると認識する。そして、目の前の吹けば散ってしまいそうな程にささやかなフォトンの塊を左手に納める事が――
「―――ッ……」
出来ずに散ってしまった。力の入れ方が若干強すぎたようだ。
『固有覚』。筋肉それぞれの力の入れ方を調整する感覚である。日常で扱う物は自動で圧力を調整してくれるので壊す危険は無いが、その際にいつも他人の腕のような錯覚を感じてしまう。
「……まだ“他人の手”だなぁ」
しかし、最初に比べてだいぶ制御下に置く事が出来ている。今はそれだけでも良しとしよう。
窓やカーテンを開けて、昼間の光と空気を閉め切った室内に通す。その時、連絡用の端末が鳴り響いた。着信の相手は――
「はい。ああ、どーも。はい。良いですよ。今すぐ行きます」
電話の来た相手からの情報で、キリッとシガは真剣な表情を作ると上着を羽織り、『青のカタナ』を装備する。
そして、待ち合わせ場所であるショップエリアへ向かった。
感想を載せてくれてるキーロフさんの勧めで、ロッティを関わらせました。オラクルには『学園地区』なるものが存在し、そこで一般教養を受けているようです。
次話タイトル『Tell those who 伝人』