ファンタシースターオンライン2~約束の破片~   作:真将

75 / 100
70.Right 助手

 ピピピピピ――

 

 「――――」

 

 机に伏していた一人のニューマンは、高音で鳴り響く電子音で眼を覚まし、同時に自分が居眠りしていたことを思い出し、弾ける様に上体を起こした。

 未だ完全に覚醒しきらない頭を少しずつ立ち上げて行く。まずは最後の記憶からだ。どうして、自分の部屋では無くこんな研究室の机で眠っていたのかを思い出し――

 

 「…………! 先生!!?」

 

 この研究室の主である人間の姿を捜す様に室内に視線を巡らせる。だが、視界に目的の人物の姿を捉える事は出来なかった。

 その時、ひらりと机の端から何かが落ちた。それは眠っていた自分宛てに書かれたであろうメモ。彼は裏返ったメモを拾うと、そこに書かれた文面を頭の中で読み上げる。

 

 “やあ、ライト君。よく眠れたかな? 脳を休めている君を起こすのは忍びないと考え、自然に覚醒するまで放置する事にしたよ”

 

 「……先生が資料の整理を押し付けたんでしょ! もぅ!!」

 

 返答の返ってこないメモへ彼は愚痴を洩らす。本人が目前に居れば直接ぶつけている感情だった。

 

 “とは言っても、私の方は時間が惜しい。そう、一秒も惜しい。だからアムドゥスキアに行くことにしたよ。ああ、安心したまえ。キャンプシップで適当に仮眠はとる。流石に三徹は私でも限界だからね。では、気が済んだら戻るからそれまで資料の整理をよろしく頼むよ。食事は適当に冷蔵庫のモノを摂取していい。後、帰る時は、研究室の空調は落とすように――”

 

 「ま、またぁ!? またですか!!」

 

 あー! もー!! と頭を抱える。

 いつもの事なのだが、いつも戻ってきた時に注意するのだが、それでも彼女の現場放浪の癖は一向に治る気配がない。

 

 “ライト。最近、アキを現場(アムドゥスキア)で目撃する機会が増えている。お前の方で少しは何とかならないか?”

 

 「無理みたいです……オーラル室長」

 

 彼女の下に就いて研究を補佐する様に言われている上司からの言葉を思い出す。

 

 「はぁ……」

 

 二人の間に板挟みにされているニューマンの研究員――ライトは、とりあえず部屋の主――アキが帰ってくるまで待つという結論を出す。入れ違いになると困るからだ。

 

 待っている間、言われている事を終わらせるべく目の前の資料から手に取った。

 

 資料No.5879『アムドゥスキアの龍族生態記録』――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ふらふらと、シガは力なくメディカルセンターを歩いていた。

 

 「ふぉぉぉ……」

 

 やつれた顔に、まるで精根尽きた様な足取りは、本日行われた定期検査が原因である。

 先ほど全ての検査が終わった。そして、何故かいつも以上に血を抜かれた事で少しだけ思考能力が低下している。

 

 「…………」

 

 アレが原因か。マトイを朝送って行ったのが……

 ぼーっと魂を抜かれた様に呆けていると、近くの扉が開き、そこからマトイが姿を現した。ガーゼで腕を抑えているところを見ると、彼女も採血されたらしい。

 

 「あ、シガ」

 「おーう」

 

 ひらひらと手をかざす。マトイは患者服を着ていた。いつもの服装(ミコトクラスター)は洗濯機で回っている頃だろう。

 

 「どうしたの?」

 

 あまりに色の無いシガの様子に隣に座りながらマトイは尋ねる。その仕草に思わずシガはドキッと目をそらす。

 朝起きたら隣でマトイが眠っていたのだ。シガは壁に背を預けて毛布にくるまって眠っていたのだが、彼女も同じ毛布に入っていたである。

 

 「あのさ、マトイ」

 「なに?」

 「……ごめん。やっぱり、何でもない」

 「えー」

 

 なんか恥ずかしいし、昨日の事は無かった事にしよう。そしてフィリアさんは表面上は、この件に関しては寛大だった。

 

 「気になるよー」

 「色々と情報が混乱しててさ。なんか、血をたくさん抜かれたし」

 

 今回の定期検査では、いつもの2倍ほどの血液を抜かれた。

 担当したのはフィリアさんだったので、最初は昨日の“マトイお泊り”のお仕置きかと思ったが、必要な事であるとオーラルさんから許可は取ってあったらしい。

 

 「あ、居た居た。シガー」

 

 おはよう、とシガを目指して歩いて来るアークスはアザナミであった。彼女は昨日メディカルセンターの仮眠室で夜を明かしていたらしい。欠伸をしながら歩いてくる様子からこれから自分の部屋に変える様だった。

 

 「おはようございます。アザナミさん」

 「ん。おはよう、マトイ。今日は検査だって、フィリアから昨日聞いててね。その分だと、結構痛めつけられたみたいね」

 

 相変わらずの楽天家である彼女は同じブレイバーの試験員である。シガにとってすれば直属の上司のようなものだ。そんな彼女は、ニッと笑って、やる気が戻らないシガを見下ろす。

 

 「いつも以上に血を抜かれまして」

 「あらら。でも、それって大丈夫なの?」

 

 血液は臓器と同じ扱いであり、規定以上の採血は違法臓器摘出が適応されている。故に明確な理由と、公共機関の許可が必要なのだ。

 

 「オーラルさんが許可しているらしいです。オレもその辺りの保護者はオーラルさんになってますし……まぁ、増血剤も貰ってるんで、少し飯食えば元に戻りますよ」

 「それは大丈夫なのね。いやー、まさか。シガが朝チュンするとは思わなかったよ」

 「ちょっ! アザナミさん~」

 「? シガ。朝チュンってなに?」

 

 焦るシガの対照的にマトイは言葉の意味を理解していないようだった。

 

 「ほ、ほら! 朝起きたら鳥がチュンチュン鳴く事があるだろ! その朝が来たぞーって意味だよ!!」

 

 当らずとも遠からずの回答だがマトイは、そうなんだー、と新しい情報を認識する。

 本当の意味を知るアザナミはニヤニヤしながら、そうなんだー、と悪戯な笑みを浮かべていた。

 

 「それよりも! アザナミさん、一体何の用ですか?」

 「あたしが来たのは、依頼以外に無いでしょ? 昨日、ちょっと気になる依頼を見つけてさ」

 「あー、せっかくですけど……ちょっと左腕(フォトンアーム)の調子が良くなくて」

 

 シガは左腕をかざしながら言う。あのリリーパの一件以来、戦闘形態にはしていないが、それでも違和感を覚えていた。

 通常形態なら、必要以上にフォトンを使わないので問題は無いが、不安定な感覚が左腕を通っているのだ。

 

 この状態はリリーパで咄嗟に発生させたフォトンの“糸”が原因だと見ている。

 

 本来『フォトンアーム』に組み込まれているのは攻撃能力のみだと説明を受けていた。

 実際に、“(エッジ)”と“(ショック)”は強力な斬撃と打撃の攻撃特性。そして後一つあるとシガはオーラルより聞いているが、ソレが“糸”だとは思えないのだ。

 

 『フォトンアーム』の持つ標準機能はフォトン特性の獲得にある。理論的な事は解らないが、“糸”が本来の機能とは別の効果で作り出されたモノであるのなら、“形”にはまらない効果だったのだろう。

 

 更に『フォトンアーム』はまだ試作と言う事もあり、形違いの能力の発言に攻撃向きの“爪”と“撃”が上手く発生できなくなるのは必然と言える結果かもしれない。

 つまり、今の左腕(フォトンアーム)は“(エッジ)”と“(ショック)”が使えないのだ。

 

 「ああ、大丈夫。大丈夫。人捜しだからさ。多分、戦闘にはならないっしょ」

 「本当ですか~?」

 「マトイさん。次の検査です。診察室へ」

 

 と、奥から看護婦がマトイの姿を捜して訪れる。マトイは一度返事をして立ち上がった。

 

 「…………シガ。無理はダメだよ」

 

 左腕の事を察したマトイは、完調では無いシガの様子を察していた。無理は良くないとその言葉を言い残す。そして、手を振って看護婦の後に着いて行った。

 

 「まぁ、マトイもああ言ってるし、どうする? やっぱ止めとく?」

 「アザナミさんはどうなんですか?」

 「あたし? ああ、ちょっと二日酔いでさ。頭が痛くて」

 

 

 

 

 この依頼を二日酔いのアザナミさんに任せるわけにはいかなかった。

 まったく……二日酔いなら、もっと依頼は期限の長いモノをもってきてくれればよかったのに、この依頼は今日中に受けなければならないモノだった。

 

 試験クラスである以上、出来るだけ受けた依頼は達成して行きたい。そこらへんが、妙に不真面目なんだよなぁ、アザナミさん。

 

 とは言っても、シガ自身は出来る事が依頼と実技試験(コレ)しかないのも事実なので、その手の作業は出来るだけ肩代わりするつもりである。

 

 「ああ、良かった! 依頼を受けてくれたアークスの方ですよね!」

 

 一通りの装備を整え適当に食事を済ませたシガは、ショップエリアにて依頼人である、ニューマンの青年と顔を合わせていた。

 

 眼鏡をかけて辮髪(べんぱつ)という少し特徴的な髪形。法術職(フォース)であり、慌てた様子は依頼に余裕がない雰囲気をかもしだしている。

 

 「どうも。シガって言います」

 

 それでも挨拶は最低限の礼儀。シガの自己紹介を受けて、ライトも慌てて畏まる。

 

 「申し遅れました。僕はライト。研究者です」

 

 研究者と言う言葉に、ロジオやオーラルの印象を受けるが、二人に比べてどこか知的な雰囲気が欠けている気がする。どっちかと言うと助手的な印象が強い。

 

 「アキ博士の助手をやっていまして」

 

 依頼人が研究者と言う事はアザナミさんの情報から把握している。だが、懸念が一つあるのだ。

 

 「今回の件は人捜しって聞いてますけど」

 

 そう、研究者の依頼が、人捜しと言うのは様々な裏を想定せざるえない。寧ろ、人捜しにかっこつけた、なんか人には言えない実験とかさせられるかもしれない。心してかからなければ!

 

 「そうなんです! 先生が行方不明なんです! 一週間も連絡が取れなくて……アークスでも個人探索の資格を持っているので、一人でフィールドワークに行かれちゃったみたいなんですよ!」

 「…………え? 本当に人捜し?」

 

 しかも、助手が上司の捜索を依頼すると言う、なんとも情けない状況だ。連携が全く取れていない。本当に研究室の上司と部下なのだろうか? 人の事言えないけど。

 

 「はい。依頼の話に戻りますけど……先生を捜してくれないでしょうか!」

 「別にソレは構わないですけど。本当に人捜しだけ?」

 「? そうですけど……」

 「本当に?」

 「はい」

 

 なんだか、アザナミさんが持って来た依頼だから、一癖も二癖もあると想定していたけれど、杞憂に終わりそうだった。

 

 簡単に内容を把握すると、捜してほしい人物は“アキ”という研究者。

 あのクソ暑いアムドゥスキアの火山洞窟に通いつけているとの事で、ライトが言うには今回もそこに居る可能性が高いらしい。

 シガ自身も“アキ博士”と言う人物にも純粋に興味が出ていた。

 

 「一体、どんなおっさんだ?」

 

 予想としては、無精ひげぼーぼーで眼鏡をかけたおっさん。又は、ハゲで眼鏡をかけたおっさん。

 そのどちらかだろうと思っていた。




シガとしては博士というのは男性に多いイメージをしています。作中でもオーラルやロジオと言った研究者しか邂逅していないこともあり、アキも彼の中ではまだおっさんをイメージしています。
 次は六道の次の任務と、アムドゥスキアへシガは降ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。