惑星リリーパ。
シガたちが演奏をしている同時刻、任務に赴いているフーリエは、今まで見た事の無い施設を歩いていた。
灰色で、機能を停止したように寂れた通路は、原始的な砂漠が地上に広がるリリーパには不釣り合いな文明跡である。
「リリーパにこんな所があるなんて……」
「目ぼしい入り口は全て塞いで、一部だけ閉鎖し他に知られないように徹底的に管理していたからのぅ。じゃが、このモフモフ族は、知っておったようだ」
「リリーパ族です。六道さん」
フーリエよりも背が高く、体格も良い六道の肩に乗って行く方向を指差して遊んでいるリリーパ族の子供は、彼に懐いているようだった。
「六道さんが、彼らと仲が良いなんて知りませんでした」
「よく、リリーパには来てからのぅ。特にここは、オーラルに言われて度々入っていた。その時にケーキをくれてやったんじゃが、それ以来、まとわりつくようになった」
「うう……羨ましいです」
リリーパ族からすれば、六道は美味しい食べ物をくれる存在の様に映っている。だが、よく餌をやっていたのは別の部隊員で、餌付けをしていた
だが、それは……もう絶対に見る事が出来ない光景だった。幸いなのは、彼らが人の言葉をしゃべれない事。もし、龍族のように言語が翻訳できたら始末されていてもおかしくなかっただろう。
「オーラルさんの仕事って事は、やっぱり『オラクル』でも重要な任務なのでしょうか?」
トコトコついて来るリリーパ族達によって軽いパレード状態になりつつある現状。フーリエは本来の任務に興味を示す。
「今後の“アークス”に必要な事でのぅ。いずれ、
興味本位で、フーリエの後をついて来るリリーパ族は、りーりー! と異を唱える様に声を上げていた。
案内人として、リリーパに詳しいフーリエに同行の依頼を出した六道は、彼女と共に人工的な足場を歩いていて行く。
「この場所は『オラクル』の方で、まだアークスが侵入するには危険だと判断されていたのですか?」
「まぁ、平たく言えばそんな感じじゃな。一番の理由は、人の出入りが増える事で、見るべきでない事も
「? どういう事でしょうか?」
「そろそろ、手が足りなくなってきた、と言う事じゃよ。フーリエ」
砂塵の舞うリリーパの特徴的な砂漠とは違い、機械的で人工的な通路と広大な空間は地下に存在する施設だった。
その入り口は今まで固く封じられてきたが、目の前を歩く六道が言うには、それも限界になってきているのだと言う。
「ま、細かい事はあまり気にせんでくれ。納得はいかんだろうが、その内公式に説明があるわい」
彼は、この坑道には定期的に“掃除”に来ているのだ。
そのおかげで、今までは【若人】に詳しい位置を特定されずに凌げていたが、数日前の『サンゲキノキバ』によって、封印している“アレ”を刺激してしまった。その所為で、因子が外に漏れだしてしまったのである。
結果、漏れ出した僅かながらの因子で【若人】が嗅ぎ付ける可能性を懸念して、無人で居るよりはアークス達に解放する方が防衛意識は高くなるとオーラルは判断した。六道がここに来たのは、もう一度だけ“奴”を押さえつける為である。
「やれやれ。“ジェネシス”が対応していてくれれば楽だったんじゃがのぉ」
「ジェネシスって何かの装置ですか?」
「ん? いいや、ワシの同僚じゃよ。現在行方不明でな」
「無事に見つかると良いですね」
気を使ってくれるフーリエとは対照的に六道は、ジェネシスは戻らないと、どことなく悟っていた。
「ここじゃな」
そんな会話をしていると六道は目的の地下へ続く特定の扉の前に辿り着いた。
それは巨大な鋼鉄の扉。周囲の機械的な技術よりも、更に高度な技術が使われている事が決定的にわかる程のオーバーテクノロジーである。
「これは――」
その扉を無意識のうちに索敵していたフーリエは、自分では到底理解できない材質や、機構が使われている事しか理解できない。すると、
「!」
その時、扉の隙間から漏れ出る煙のようにフーリエへ、錆色のフォトンがまとわりついて来る。それは、少しずつ濃くなり、その最も濃度の高い扉付近から、大顎を空けて向かって来る“何か”に呑み込まれそうに――
「フーリエ。
六道の言葉に、ハッとフーリエは意識を取り戻した。周囲には錆色のフォトンも、迫っていた不気味な“何か”も消え失せていた。
「……六道さん。私、怖いです」
人の部分の持つ恐怖心を極端に刺激された事で、フーリエは扉より先に進む事を躊躇ってしまう。あの先には絶対に行ってはならない。行けば、絶対に戻って来れない。そう思ってしまう程に本能的に確信できる。
「まぁ、お前さんには最初からここに待機してもらう予定だったからのぅ。おっと、ティラノサウルスはここでリタイヤか」
六道は、いつの間にか肩に乗っていたリリーパ族の子供が少し離れた物陰から扉の様子を伺っているパレードの群に混じっている事に、かっかっか、と笑う。
「ティラノサウルス?」
「あのちっこいモフモフ族の名前じゃよ。かっこいいじゃろ?」
「なんというか……そのネーミングは色々と誤解しそうになるのでやめた方が良いと思います」
呆れるフーリエに、六道は一度不敵に笑みを浮かべると、踵を返して扉に近づいて行く。その後にフーリエもオドオドしながら続いた。
「何と言ったかな。ワシにも解らんが、この扉は“ふとなー”の技術で造ってあるとか」
「ふとなー?」
「なんか、そんなニュアンスの……まぁ、忘れたわい。とにかく確実なのは、この扉より向こうにいる奴は、絶対にこっちには来れんと言う事だ」
だが、扉の向こう側に行くためには一度開かなくてはならず、向こう側から帰る為にこちら側から開けてもらわなければならない。
「フーリエよ。
六道は慣れた様に、扉の隅にあるパネルに手をかざすと、パスワード用の入力画面とキーが滑り出て来る。
「六道さん。本当に入るつもりですか?」
「当然じゃろう。その為に来たんじゃから」
まったく臆することなく彼は操作する。そして、認証を終えると空気が抜ける音を立てて、扉が開いた瞬間――
その隙間から噴き出る様に錆色のフォトンが、火事現場の煙のように吹き出た。そして意志を持つように、こちら側に広がって行く。
「六道さん!」
フーリエは思わず『ランチャー』を取出し、リリーパ族は更に離れたところまで逃げて行った。少しずつ錆色の濃度が高くなっていく。その様は、さっき見た幻覚と類似して――
「喝!!!」
六道の発声一つで全て掻き消えた。そして、戦闘状態にセンサーを切り替えたフーリエが見たのは、ただの発声に乗せられていた“フォトン”だった。
その、ダーカー因子を中和するアークス特有のフォトンによって、錆色の煙は相殺され、ソレを上回る威力によって強引に消し飛ばしたのである。
それは、本来は“武器”を使う事によって発生する現象だが、六道は武器も無しにソレをやってのけたのだ。
「やれやれ。今から相手してやるわい。それじゃ、フーリエよ。帰る時は通信を入れるから通信機の電源は切らずにな。なに、一時間ほどで済む」
そう言って、まるでピクニックでも行くかのように六道は扉の向こう側へ入って行く。それと同時に、重い音を立てて扉は閉まると、仰々しくロックが動き、最後に半透明の膜の様なフォトンによって表面がコーティングされた。
「……本当に何者なんですか~」
どっと疲れたフーリエは少し扉から離れた場所にある手ごろな廃材に腰を下ろす。その彼女のまわりに、リリーパ族も集まり、六道の帰還を共に待つ事になった。
「別にいいのにさ。今日は皆、お客さんだったんだから」
シガは、片づけを手伝うと言って戻ってきたマトイに、気にしなくていいと告げた。目的は達成できたので、後はのんびり片付けるつもりだ。
「私が手伝いたいの。迷惑かな……?」
彼女は困ったような眼と上目づかいで懇願してくる。それは反則ですよ、マトイさん。この彼女を断れる人いるの?
「わかった、わかった。じゃあ、オレは楽器を片付けるから、こっちの宴会の片付けをよろしく」
「任せて」
やる気満々のマトイに宴会部屋の片づけは任せて、楽器部屋の清掃を再開。
最初の管楽器の噴射消毒と乾燥が終わっているので、ケースに戻して次の管楽器の消毒を開始する。
その間に、弦楽器も丁寧に手入れをしてケースに直す。トライアングルは……適当に拭いて錆びないように乾拭きもキッチリしてケースへ。と――
「おっと、これは焼き増しして皆に配るかな」
次に目に入ったのは今回のパーティに集まった面々で楽器を持って撮影した集合写真。これは画像で送るよりも、現物の写真で出した方が思い出深く感じてもらえるだろう。
「よし、これで後は直すだけだね」
この管楽器を噴射消毒すればこっちの片づけは終わり。さて、マトイの方は――
「お、結構進んでるね」
やりたい放題散らばっていた皿はテーブルの隅に重ねられており瓶も同じように寄せられていた。そして、マトイはテーブルを拭いている。
「お皿は台所で良かった?」
「いいよ」
どうせだし、もう洗っておこう。
シガは台所に向かうと、置かれている大皿を手に取ってスポンジに洗剤を着けて慣れた様に洗っていく。ちなみに義手側にはゴム手袋をはめて、出来るだけ水に濡れないように気をつけている。
「義手は濡れるとダメなの?」
横から残りの皿を持って来たマトイが生身では無い左腕の事で尋ねてくる。
「別にそう言うわけじゃないけど、なるべく長く使っていきたいからね」
水中での活動も考えられているとオーラルさんからは聞いており、今の所、過負荷による機能停止以外では、強制的に故障したような事は起こっていない。
「……シガは片腕で不便に感じた事はないの?」
「ん? まぁ、義手が無かった最初は、色々と出来る事が出来なくなって大変だったけどね。一番ショックだったのは、ボタンを一人でかけられなかった事と、紐が結べなかった事かな」
最初は大変だった。だが今となっては人並みの生活が出来ている事もあり、不自由だった事はいい思い出だ。おかげで、両腕のありがたみを知ったのである。
「届くところにも手が伸ばせるようになったし、本当にオーラルさんには感謝しかないよ」
前を向いて進む事が出来ているのは、間違いなく
「……シガはどんどん先に行っちゃうんだね」
「マトイ?」
「私は、自分の事も思い出せない。それが一番大事な事なのに……今が続けばずっといいって思うの」
シガと違って、マトイは多くの者達に護られて日々を過ごしている。それでも自分に出来る事は最大限努力しているし、記憶を取り戻すのも諦めたわけではない。
「思い出したら……全部壊れちゃうんじゃないかって……ごめん。変な話をして」
「不安になるのは解るよ」
洗った皿を乾燥機に治めながらシガは続ける。
「オレもそうだった。それに、今でも一人の時に考える事がある」
度々過る、記憶の断片。まるで割れたガラスの破片だ。組み合わせる事が困難な、ガラスのパズル。ピースを一つ一つ吟味していては、永遠に本来の自分を取り戻せない。
だからこそ不安なのだ。何か、大事な使命を帯びていて、ソレが疎かになっているのではないか? その所為で、誰かが苦しんでいるのではないか? 一人の時、時折そう考えてしまうのは必然だった。
「けど、今やってて間違いのない事がある」
そう。絶対に間違いない事――それはアークスとして歩く事だろう。
「その時の為に、ちゃんと伸ばした所に手が届くようになっておけば、良いんじゃないかなって」
「伸ばした所に……手が届くように?」
「オレは――そうだね……大切な場所を護りたくて、その為に必要な力に手を伸ばしてるかな」
今日の様に、皆で騒いで、笑う場所。それが彼自身の帰る場所だと思っている。だが、まだソレを護るだけの力はまだ無い。それに届くどころか追いついてさえいない。まだまだ、目指す頂は遠いのだ。
「私も届くかな?」
と、マトイは何か思いついた事があったらしく、思いつめた様な言葉を口にする。
「もちろん。それは誰でも同じだよ。オレに限った話じゃない。誰だって手を伸ばす事も出来るし、届かせる事だってできる」
「うん……でも、シガはあんまり無茶しないでね」
「はは。まぁ、アークスとして活動する以上は、ある程度は覚悟してるよ」
「……そう……だよね……わ、私、残りのお皿持って来るね。――わわ!?」
その時の表情を見られたくなかったマトイは、テーブルに残された残りの皿を取りに行こうとして、足元に自分で置いた瓶に躓いてしまった。そのまま、盛大に転んで――
「っと、まぁ、ね。こんな感じで、手が届く様に――」
咄嗟にシガは左腕を伸ばし、倒れそうになったマトイの手を取った。だが手慣れな態勢では以上の力の入れようがない。そして、左腕では強く転ばないように勢いを殺す事しか出来ず、そのまま倒れ込む。
「痛てて……マトイ、大丈夫――」
と、なるべく考慮したが、下敷きにしてしまう形となった転倒にマトイの安否を気にして――
「あ……」
彼女に覆いかぶさっていた。
お約束。モンハンのキャラ紹介に絵を追加したので拝見をお願いします。
次はシガ側と六道側の続きです。
次話タイトル『D-Arkers busters 六道武念とクーナ』