「なんだ、ただの楽器部屋じゃねぇか。別に隠すようなことじゃねぇだろ」
「いや……普通に一人で、十二種類の楽器並べて満足するって、どう考えても変じゃないですか……」
「ああ、そう言う事ね」
ワイワイして物珍しそうに楽器を触って楽しんでいる面々から、壁に向かって項垂れて座っているシガにゼノは声をかけていた。
「折角だから、全員で演奏してみないか? 丁度12人いるし」
「別に良いですけど……はぁ」
シガがテンションを下げている様子から、ゼノは流石に悪いと思ったのか気持ちを立て直せるようにフォローしていく。
「じゃあ、俺は“ベース”にするわ」
そそくさと、注目されている楽器の中でもあまり人気のない楽器をゼノは手に取った。
「なになに? 演奏するのー? じゃあ、あたしは“サイドギター”にしようかな」
いえーい、と既に形から入ってるアザナミは結構わかり辛いが酔っている様だ。
「なんだ演奏するのか? ならば俺は“リズムギター”を弾かせてもらおう」
意外にもオーザも乗り気で、ゼノとアザナミを見て自らも弦楽器を手に取る。
「私も弦楽器に――」
と、エコーも残っていた最後の弦楽器である“ヴァイオリン”を選択する。
「皆、楽器弾けるんだ。やっぱりアークスって凄いなー」
「いや、別に弾けるってわけじゃなくて。この楽器、
困ったように見てるウルクに、シガは立ち上がりながら楽器の説明をする。
「へー」
「別に好きなの取ってもいいよ。管楽器は後で消毒して片付けるから」
「じゃあ、遠慮なく“トランペット”を。あ、テオ! アンタはこれね」
ウルクはトランペットを片手に持ち、もう片手でコントラバスにテオドールを誘導していた。
「シガさん、シガさん。リサはどれが似合うと思いますかあ?」
「あ、リサさんはこれを」
シガは既にリサに渡す為に用意していた楽器――トライアングルを手渡す。
「…………ふふ」
リサは“トライアングル”を受け取ると、
「お、そうそう。そんな感じ、結構適当でも行けるだろ?」
「なんか楽しくなってきたな」
適当に叩くだけでも、それなりの音程が出る様子にアフィンもご満悦のようだ。すると、ピアノの綺麗な音色が聞こえてくる。
「先生は“ピアノ”ですか?」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと弾けるらら」
「酔ってますね」
「酔ってらい!」
次にシガ今度はフィリアとマトイへ視線を移す。彼女たちは“フルート”を興味津々に眺めていた。
「“フルート”ですか」
「シガさん。これって、結構値が張るモノじゃないですか?」
「あ、レプリカっす。
「シガはよく一人で吹くの?」
「ああ。吹いた後はちゃんと消毒しているから安心――」
と、マトイの疑問にシガは、一人で楽器を吹く変質者であると自覚し、体育座りで隅っこに縮こまる。
「変態ですよー。一人で楽器吹いてて満足してる変態です。僕はぁ~」
「ああ! だ、大丈夫だよ! ほら、皆で演奏しよ!」
マトイに手を引っ張られて渋々立ち上がると、皆、各々で楽器を鳴らして楽しんでいた。
その光景を見て、趣味でも集めていた楽器が皆を楽しませている事に自然と笑みが浮かぶ。
「よっし、はーい。皆さん、注目ー!」
一度手を叩いて、シガは注目を集める。全員の視線が向いている事を確認すると、
「その楽器に入ってる曲は一曲しかないので、あんまり楽しめないかもしれませんが――」
「いいから、さっさと始めようぜ」
前振りはいいから、と、ゼノの言葉に全員が視線を向けて来る。
「では、さっそく演奏しちゃいましょうか。それでは、ヴォーカルはマトイさんでーす」
「はい! 私がヴォーカルです! ……シガ。ヴォーカルって何?」
シガの隣で元気に手を上げたマトイは、はきはきとして役目を引き受けたが、何をするのか理解していなかった。
「はい」
困惑する彼女へ、シガは“ヴォーカルマイク”を手渡す。
「…………え?」
ようやく、この演奏団での自分の役割を理解したマトイは眼を点にして受け取る。
「大丈夫、大丈夫。これも
「そ、そうじゃなくて――」
「はい、お立ち
マトイを皆の前に残し、シガは唯一の残っていた“ドラムセット”に座った。
「叩けんのか?」
「結構練習したので無問題です。それじゃ、皆! 準備はいいかー?」
慌てるマトイ以外はノリノリで返事をしてくれる。楽器を持つ各員の目線に曲名と歌詞がバーチャル映像で浮かび上がった。
シガはマトイへ落ち着く様にジェスチャーし、彼女も覚悟を決めたのか、一度深呼吸して呼吸を整える。
「それじゃ、登録曲『Our Fighting』! 行ってみようか!」
始まりの音程を取る様に、シガはクラッシュシンバルを、三度リズムよく打ち鳴らし、ソレが合図で演奏が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
桜の舞い散る夜。知り合いと夜桜の下で勝負事をしているオーラルは、ふと、夜空を見上げた。
「むむむ。むぅ。おのれぇぇ」
目の前に座る、角を生やした親友は盤面を見て腕を組み怪訝そうな顔をして盤面を見ている。
「また、“待った”か?」
既に5分以上も長考している彼女へ、オーラルはどこか楽しそうな口調で尋ねた。
「まて! むむむ。ここが、こうだから……こうで……ここだ!」
パチリ。と気味の良い音を響かせて、打たれた一手を本人は会心のモノだと満足する。
「どうだ! これは凌げまい! かかっ!」
「ふむ」
と、次にオーラルが片手で、パチリと駒を打った所を見て彼女の表情は、みるみる不貞腐れていく。
「おっと、流石に気がついたか? “詰み”だ」
「お……おのれぇぇー! 止めだ、止め! “ショーギ”は止めだぁ!」
ちゃぶ台返しの様に、盤面をひっくり返す。オーラルは飛び散った駒を無くさないように全て拾い上げると“やれやれ”と、アイテムポーチに仕舞った。
「次は“とらんぷ”で勝負!」
「お前は毎日が楽しそうだな」
と、オーラルが持ち込んだ原始的なゲームに興味津々な、この星の神様。彼女を見て彼は呆れる様に穏やかな雰囲気を纏う。
「それはそうじゃ。自らの星、自らの故郷に居て楽しくない事があるものか」
バサッと扇子を開くと、立ち上がり見下ろせる景色の全てを瞳に映す。
「この星に生れ落ちて妾は誇りに思う。ゼロ、お主もそうであろう?」
「…………もう、“家族”と呼べるほどの絆は残ってはいないがな」
既に解散も当然の部隊。それでも、未だに活動しているのは、まだ何も
『ブラックペーパー』の本来の目的。それは『オラクル』の秩序を護る事が第一優先
「失っただけだったな。結果として――」
「お主はいつも気づくのが遅すぎるからのぅ。だから失ってから後悔する。誰よりも力を持ちながら、ソレを有効に使えんのは愚者のする事ぞ。お主は愚者ではあるまい?」
オーラルは驚いたようにその言葉を聞き入れると、思わず
「フッ。まさか、お前に悟される日が来るとはな」
「馬鹿にするでないわ!」
桜舞う月夜。オーラルは彼女との会話に知れず内に救われている事を自覚していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
演奏を二回三回、繰り返し、休憩がてらにアフィン達の撮った、アークスのPVを全員で見て盛り上がった後、アルコール組が酔いつぶれ始めたので、パーティはそこで解散する事になった。
「いやー楽しかったわぁ。またやろう! あはは!」
「アザナミさん。流石に酔ってますね」
「あたしはいつもこんな感じだよ! あはは!」
「くー……」
まぁ、アザナミさんは前を向いて歩く事は出来るので大丈夫だろう。
フィリアさんは、アザナミさんの肩で死んだようにぐったりしているが、眠り上戸らしく、このままメディカルセンターの仮眠室へ連れて行くらしい。
「マトイ。二人から目を離すなよ。メディカルセンターまで絶対に送り届けてくれ」
「め、目を放すとどうなるの?」
「その辺りで看板を抱えて朝を迎える事になる」
「それは大変だね!」
手に力を入れて、まかせて! と意思表示するマトイ。彼女に任せておけば無事に帰還できるだろう。
「ちょっと、飲み過ぎちまったか」
「自己意識を制御する事も大切だ! それこそがハンターとして大切な――」
「あー、俺が言うものなんだが、面倒な奴酔わせちまったな」
ゼノは酔っていても意識ははっきりしているらしく、オーザを見て気の毒そうに呟く。
「責任もって対処してくださいよ」
「ハンターなんて邪魔なだけ。邪魔邪魔」
と、横から“ハンター”という単語に強烈に反応したのは、マールーだった。彼女は酔いつぶれてしまっていた為、リサが肩を貸していた。
「何を言うかっ! ハンターこそ、至高の選択! 全てのアークスはハンターであるべき――」
「偏見よ! 前に出て、射線も遮って! うろちょろうっとおしいし! リサも迷惑してるでしょ――」
「リサは、前に出れば“事故”で済ませられるので大歓迎ですけどねぇ。ふふふ」
物珍しい教導官三人の話は、それぞれの趣旨が強烈に作用した結果となった。まぁ、アルコールで酔っているのでまともな思考状態ではないが。そして、それ以上は言い争うことなくハンターとフォースの責任者二人は仲良く隅の下水でリバースしてる。
「仲良さそうで何よりです」
「オーザは俺が送って行く。エコーはマールーとリサについて行ってやってくれ」
「ていうか、ゼノ。あんた、オーラルさんの依頼溜まってるでしょ? 共同依頼は帰って来る前に片付けないといけないってわかってる?」
「わかってるって。うっせぇな……」
「行く時はちゃんと声をかける事」
「へいへい。それじゃーな、シガ。またパーティやろうぜ」
「じゃあね、シガ。今日は楽しかったわ」
ゼノ、エコー、教導官三人へ手を振って見送る。五人はなんやかんや言いながら歩いて行った。
「それじゃ、俺も帰るよ」
「あんまり遅くなると未成年は補導されちゃうからね」
「それって、アークスには適応されないんだけどね」
「そうなの!?」
「夜間の任務もあるからね。真夜中に歩き回ってて報道される事は無し」
ウルクは驚きに目を見開く。いいなー、夜更かしし放題じゃん! と楽観的に捉えていた。
「ま、未成年の護衛は現役アークスが引き受けるってよ。な、テオドール」
「え! あ、うん。そうだね」
「はは。じゃあ、送ってもらおうかな。アークスさん」
「送ってやれ。アークスさん」
と、シガとウルクに視線を向けられてテオドールは恥ずかしながらも笑みを浮かべている。最初の暗い思考は今回のパーティで少しだけ改善されたようで何よりだ。
「でもまだ、ちょっと心配なんで、アフィンも一応ついて行ってやってくれない?」
「ていうか、俺も同じ方向だから途中まで一緒に行くよ」
「よろしくなー」
「どれ。これから戦争だな……」
皆が帰ってから、改めてパーティ後の惨状を受け止めて、シガは片づけを開始する。
まずは管楽器を消毒容器に入れて噴射消毒。次にアルコールの瓶を廃品回収の為に隅に集めて……おっと台所も悲惨な事になってるぞ。うーむ、この辺りは明日でいいか――
その時、テーブルの上に置いてある端末が鳴った。相手はアザナミさん。通話では無く、メールだった。
『言質、とった。三人から。片付けの手伝い。派遣』
「おお」
あの状況で三人からブレイバー承認の言質をとったのか。ていうか、メール内容が辛うじて感が凄い。最後の気力を振り絞って打ったんだろう。ん?
「片付けの手伝い? 派遣?」
最後の二つが気になった。なんのこっちゃい? と首をかしげていると、インターホンが鳴る。
「はいはーい。誰か忘れ物――」
と、パーティの誰かが忘れ物でも捕りに来たのかと思って扉を開けると――
「あ、シガ。その……片付けの手伝い……いる?」
マトイが扉の前に立っていた。
宴会編はそろそろ終わりです。楽器の演奏は12人だったので、この12人に選定しました。最初はアフィンの代わりにヒューイを入れようかと思ったのですが、彼は六芒均衡であることもあったので、ちょっと遠慮させました。
次はリリーパへ任務に行った六道と、宴会その後の話です。もうちょっと続きます。
演奏楽器/担当↓
シガ / ドラムセット
マトイ / ヴォーカルマイク
ゼノ / ベース
エコー / ヴァイオリン
アフィン / ティンパニ
フィリア / フルート
リサ / トライアングル
オーザ / リズムギター
マールー / グランドピアノ
アザナミ / サイドギター
ウルク / トランペット
テオドール/ コントラバス
次話タイトル『Clean up 片付け』