降り注ぐ錆色の結晶は、ハドレッドの体内に蓄積したダーカー因子が物理的な効果を及ぼす固形まで凝縮したモノだった。接触による破壊はもちろん、着弾し炸裂すればその周辺は一時的にダーカー因子に汚染されるほどの密度を持つ。
クーナは
「『青のソード』、『オーバーエンド』!」
出現した『青のソード』の刀身に、大量のフォトンが通い半透明の巨刃を作り出す。そして、狙って飛来するダーカー結晶に合わせてフォトンの巨刃を接触させた。
砕き、逸らし、巨刃と錆色の結晶がぶつかり合い砕け散る。自分に当る物だけを全て処理し直撃は避けたが周囲に散るダーカー因子は防げない。砕けた破片は周囲に煙の様に停滞して視界さえも奪う程の濃度をまき散らす。
「……流石に処理しきれんか――」
ダーカー因子は無機質にも侵食する。無論、オーラル自身も高い耐性を獲得しているが現状の濃度は明らかに予想外なのだ。
じわじわと、ダーカー因子は無機質の身体を蝕んでいく。ハドレッドが扱う事で、少しはアークス側に寄った汚染抑制が成されていると思ったが、その純度はダーカーのモノとなんら遜色がない。
「っ……」
クーナも
「オーラル!」
状況を冷静に把握しつつ煙のような濃度で汚染されたオーラルの周辺へは、近づけなかったが、せめて、と危険だと声を張り上げた。
その濃度の中でも平気な様子でハドレッドが、オーラルめがけて突進していくのが見えていたからである。
キリタイ――
「…………お前にも、クーナにも、アキにも罪は無い。
キリタイ――
「できれば、正当な手順で葬りたかったが……悪かったな……ハドレッド。これで、さよならだ――」
オーラルは突進してくるハドレッドを見て現状を打破するには一刻の猶予が無いと悟っている。
封印式解除。
背に持っていた“武器の封印”が剥がれる様に解けていく。そして、ガシャ、と音を立てて背に現れた“柄”を握った瞬間、ソレを最後まで抑制していた封印式は全て停止し、その武器は解放された。
「『
オーラルが右腕で抜き放ったソレは柄のみで刀身の無いカタナだった。
不完全な武器。だがソレの様子は明らかに異質な雰囲気を醸し出し、まるで
ハドレッドが迫る。オーラルは逆に距離を詰める様に、踏み込むとすれ違い様に一閃を見舞う。その瞬間、周囲を汚染していたダーカー因子が一瞬で消失する。
見てはならないモノ、という
それは人の本能が決定的に危険な物だと悟った時が、ソレに値するからである。今、クーナは自らの経験の中でも、『見てはならないモノ』の存在を本能で理解していた。
「――――あ……」
オーラルがソレを抜き放った瞬間、一度突風が吹き抜ける様にダーカー因子の汚染は完全に消え去っていた。
そして、クーナはソレを見た――
キリタイ――
ソレから流れ出るフォトンが彼女の思考を呑み込む様に身体へまとわりつき、魂を抜き取られるかのようにフォトンが奪われていく。
「!? ッ!?」
意識が飛びそうになった所で、いつの間にか放心していたクーナは己の危機状況に気がついた。フォトンが吸われている……? 意識が失う手前まで、気がつかなかった――
「クーナ、
その声に、クーナは一度ハドレッドを見る。彼女よりも、ソレに近い位置にいるハドレッドはダーカー因子特有の錆色のフォトンが凄まじい速度でオーラルの右手に持つ武器に奪われるように吸い取られていた。
キリタイ――
ただ、オーラルはその武器を抜き放っただけで、攻撃は柄を一度振っただけ。
それも刀身は存在していないのだ。物理的な攻撃では無い。今、この場を支配しているのは、枯れる事の無い膨大な一つの
「オォォォォ!!」
ソレを直接握るオーラルは最もその影響を受けていた。右腕は制御できていない様子で膨大なフォトンを喰われ、色が黒から灰色へ変色。そして枯れる様に乾き、ヒビが入っていた。
ソレは腕から肩へ、肩からヘッドパーツの
そして、形作られるように柄だけだったソレには、周囲の最も多いフォトンである、ダーカー因子を吸収し“錆色の刀身”を生み出していた。
「鷲……ウタ――」
ただ、ソレはただ奪い取るだけでは無く、支配する為に自らの情報を装備者へ流し込むのだ。強制的に流し込まれる膨大な情報に常人ならば、さほど時間を要さずに自らの意志を支配される。
あはは――
いいぞ! 最強だ!
痛い……痛いよぉ……
殺す! 殺すぞ! 貴様ぁ!
皆殺しだ――
憎い……
ウタは? ウタじゃない!
父上……私を愛していないのは解っている……
隊長。オレ、好きな人が出来たよ――
解っている。だが……それでも
「だから今は――――」
瞬間、
故意にフォトンの流れを肩口で停止する事で、フォトン潤滑へ支障を起こし、塞き止められたフォトンは一瞬で膨張。結果、右肩から二の腕以下のパーツが弾ける様に吹き飛んだのだ。
「オーラル!」
その声に、まだクーナが声の届く範囲にいると認識。そして、ハドレッドに意識と視線を向ける。倒すまでは行かないが相当弱っているが……
オーラルは現段階でハドレッドよりも目の前で、自らの外れた右腕が握ったままのソレの方が危険であると判断を切り替える。
砂の大地に錆色の刀身で突き立つソレは、現段階で史上最悪の武器。こうなっては惑星のフォトンは制限なく食い尽くされてしまうだろう。
キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――
まるで、それだけが自らの行使する物事であるように、その貪欲性に制限は無い。ダーカー因子のみならず、周囲のフォトンを全て吸収していた。ハドレッドの空間転移を抑制する空間隔離ドームが、フォトンの減少により機能を維持できず効果を消失する。
「――――」
この場の脅威を肌で理解していたハドレッドは、周囲の空間拘束が解けたことで即座に転移を行って空間に消えた。
「ハドレッド!!」
クーナは逃げた造龍へ思わず声を張り上げる。だが、オーラルは下手に動く事を、手をかざして静止する。そして、目の前で天に上る程のフォトンの軌跡を生み出しながら、膨大なソレを引っ張り上げていた。
「全て吸い上げるつもりか!?」
10年前に、この星に封印された膨大な力。目の前の大地に突き立つ武器はソレに気がついたのだ。このままでは惑星が滅ぶだけでは済まない。
アレが復活する――
「……クーナ、お前は離脱しろ」
“ジェネシス”がいない以上、単体でアレを止められる奴は“六道”意外に
「拒否します。今のアナタの状況では、まともに立ち回れるとは思えません……」
お互いに冷静だった。オーラルはクーナへ離脱する事を告げ、クーナはオーラルの状況から何をするにしても補佐が必要だと感じている。
周囲のフォトンを喰い尽くすような吸収力が最も意識を向いているのは地下のアレだ。せめて、武器の意識を一瞬でも逸らす事ができれば――
「なら……オレがどうなろうと、お前は絶対に生きて帰れ。結果をカスラに伝え、今後の対策をとれ」
「…………」
「命令だ。いいな?」
「……はい」
これは、奴の為に取っておいた切り札だったんだがな。まだ試作段階だが……今の損傷した身体の状況で耐えきれるかも解らない。だが再び
「――――
まさに、自らの存在を賭してこの場で出来る最善の選択を取ろうとした瞬間だった。
ウタ――?
ソレの意識が地下から別のモノに向いたのである。その時間は僅か数秒にも満たないモノだったが、オーラルはその瞬間を逃さなかった。
「――――六点結界『結灰陣』、発動!!」
六点に設置していた空間拘束する為の結界装置を発動する。本来、その装置の役割はハドレッドを拘束する為のモノだった。だが、もしもの事態を考えてオーラルは別の封印式を発動する為に改良しておいたのだ。
六つの光の柱が、貪欲にフォトンを貪るソレを囲う様に空へ伸びる。
特殊封印式が最大結束する起点はオーラルの右腕。
光の帯がフォトンの吸収をものともせず、錆色の刀身に巻きつく。次々に、飛来する六つの光の帯によって錆色の武器は完全に光に包まれた。
「空間拘束! 反転!」
そして、光が直視できるほどの光量になると、先ほどの“膨大な滅び”を連想させる力が嘘の様に消え、周囲は静寂に包まれていた。
だが、ソレが夢では無かったと証明する様に、封印された錆色の武器が、一つの小さな光となって目の前に浮いていた――
決着です。謎の武器に関しましては、本作オリジナルのヤバい武器です。
次は、戦い後のオーラルとシガの話となります。
次話タイトル『Born from those who're seeking 意味のある敗北』