「あー、オーラルさん。遅い……」
惑星ナベリウスに修了にて降下する前日、最低限の訓練を終えたシガは、オーラルより一つだけ武器を買ってやると言われていた。
場所は中央の広場。ここなら、どこに居てもお互いに発見できると言う事から待ち合わせに選ばれたのである。
「やっぱ、結構なお偉いさんなのかね」
シガは、オーラルが単なる『オラクル』の科学者と言う事しか知らない。しかし、ソレにしては戦闘訓練を一通りこなしたり、詳しい知識を持ち合わせていたりと、多くの方面で高い実力を発揮できそうな高度なステータスを持つアークスだ。
器用貧乏と言えば、聞こえは悪いのだろうが、それでも、その全てがかなりの高水準であると、必要な事を教わっていて理解できる。
眼を覚ましてから三週間。
「にしても、けしからんのぅ。うへへ」
道行く、女性アークスを見ながらそんな事を口に漏らす。フォトンをより強く体内に取り入れるには肌を晒すのが一番であるらしい。その情報もあって、アークスの大半の人間は露出の高い服装をしているとの事。アークス万歳!
しかし、直接外敵と戦う事も考えられており、一概にフォトンを取り入れる為に特化した服装は防御面で不安が残り危険との意見もある。薄着なら、それで良いと言うわけではないらしい。
「しかし、女性アークスは、ファッションも兼ねてる、か。アークス目指して本当に良かった」
シガは、オーラルに説明された時の言葉を口に出して呟く。
こうして、堂々と眼前を通る美人、美少女達を眼の抱擁として眺められるのも、アークスの特権であると喜んでいた。
“……待っていた”
そんな声が、目の前の雑踏より鮮明に聞こえた瞬間だった。時間が停止したかのように、視界に映る全てが“止まった”のだ。
「ん? んんん!? え? 何だこれ?」
一瞬、何かの見間違いかと思ったか、確認する様に降ろしていた腰を上げて確認する様に広場の中央に歩く。
大型モニターも、ビジフォン端末も、近くで座って隣人と話しているアークス達も、思わず転んでしまった子供も、全てがその瞬間で停止していた。
「なんだ……こりぁ――」
ようやく日常に馴染そうだったのだが、ここに来て急に不可解な現象に巻き込まれてしまった。オーラルさんに連絡を、と端末を取り出すが、何を押しても反応が無い。
「……待っていた」
背後から語りかけてくる感情の無い無機質な声。唯一、動いている者の声にシガは反射的にそちらを向いていた。
「否、この表現は認識の相違がある。待たせてしまった……だろうか」
そこには、眼鏡をかけた白衣の女性が唯一、シガへ語りかけて来た。
「これは……なんだ? 君は――」
「わたしの名は……シオン」
「シオン?」
シガは目の前の聡明な美人に聞き返す。
穢れなく、澄んだ声色は思わず聞き入ってしまう程のモノだ。しかし、そこに“感情”の一片も見当たらない事から、相変わらず非現実の中に居るのだと、それだけはハッキリと認識していた。
「わたしの言葉が貴方の信用を得るために幾許かの時間を要することは理解している。それでもどうか、聞き届けてほしい」
「……すみません。意味が解らないんですが……」
いきなり時間が止まると言う、ファンタスティックな現象の中、シオンと名乗る女性が現れ、意味不明な事を呟いているのだ。いくら美人とは言え、警戒するのは当たり前である。
「わたしは観測するだけの存在……貴方への干渉は“行わない”。そして“行えない”」
「はぁ……」
流石のシガも、そのような返事をするのが精一杯だった。美人は大歓迎だが、電波ちゃんはちょっとNG。
「だが、動かなければ道は潰える。故にわたしは……あらゆる偶然を演算し、計算し、ここに残す」
と、シオンが何か光るモノを手に持っていた。差し出す様にシガに向けられる。
「――――」
不思議と、ソレを手に取っていた。不思議な状況下で、得体の知れない人物から渡されるモノ。本来なら受け取る様な行動は起こさない。しかし、彼は受け取らねばならない、と自然に身体が動いていた。
「偶然を必然と為す。その現象をマターボードという」
「マターボード?」
シガは聞き返すが、シオンはその問いには答えなかった。
「わたしは……観測するだけの存在。貴方を導く役割を持たない。だが、マターボードは貴方を導くだろう」
「一体、何がどういう意味なんでしょうか?」
なんだか、無自覚の内にとんでもないモノを託された気がする。
「わたしの後悔が示した道が……指針なき時の、標となることを願う」
「後悔……?」
その時、再び走馬灯が走った。
煙を上げる都市。むせ返る様な嘆きに、オレは叫んでいる。湧き上がる怒りの他に、絶対に変わる事の無い強固な意志が混ざり合い、渾身の一刀を振り下ろして――
「ッ……」
頭痛によって、走馬灯は中断された。額を抑えて荒くなった呼吸を整える。
「貴方のその思考は正しく正常である。わたしもそれを、妥当だと判断する。しかし――」
彼の様子を見ても、シオンは淡々と続けていた。まるで、今しか時間が無い様に少しだけ焦っている様にも聞こえる。
「わたしはそれでも貴方を信じている。彼女を救おうとしてくれた、貴方を」
「……何?」
「わたしは貴方の空虚なる友。どこにでもいるし、どこにもいない――」
気を失いそうなほどの頭痛に頭を抑えながら、なんとか意識を繋ぎとめて彼女に問う。
「待て……待て! どういう事だ! オレの事を……君は知ってるのか!? オレが何者で……何があったのかを――」
次の瞬間、時間が動き出していた。
「――――」
シガは少し離れたベンチで座っている。確か……シオンと名乗る女性と話した時は、広場の中央に居たハズだ。
雑踏が動き出している。大型モニターから宣伝の音が聞こえ、ビジフォンの広告が切り替わる。転んだ子供が泣いて、母親が助け起こしていた。その様子を座っているアークスは隣人と何事かと視線を向けている。
「夢……?」
「シガ」
と、座っている所にオーラルが現れていた。待ち合わせの時間から30分遅れての到着である。
「オーラルさん……?」
「少し会議が長引いてな。遅れてすまん。顔色が悪いようだが……大丈夫か?」
「……大丈夫ッスよ」
「本当か? 無理はするな。明日はアークス研修修了だ。安全な惑星とは言え、原生生物の居る場所に行くことになる。体調は万全にしておけ」
「大丈夫ですって」
「なら、行くぞ。武器を安く譲ってくれる知り合いを知っている」
オーラルは、さほど追求せずに歩き出す。気を使わせてしまった事に、シガは苦笑を浮かべながら立ち上がると、改めて、シオンと話した広場を見やった。
「…………」
夢? いや……違う――
広場に背を向けてオーラルの背に続く。その手には、
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その歩いて行くオーラルとシガを見下ろす視線がある。
場所はショップエリアの三階。“彼”に言われて、ここからシガを見る様に言われていたのである。
“救出したアークスの事は聞いているだろう? 最近、お前が攻撃した標的の中に、奴が居なかったのかを確認してほしい”
“それが、わたしを呼んだ理由ですか? わざわざシップを越えて”
“ああ……。奴の傷は『マイ』で付けられたモノだった”
“……貴方は『マイ』の調整に関わっていたのでしたね。その上での判断ですか?”
“見覚えがあるかどうかだけでいい”
“もしあったら?”
“こっちで処理する。場合によっては、お前に再度任務を出すかもしれん”
「…………見覚えはありませんね。貴方の勘が外れるとは……珍しい事もあるものです」
次はナベリウスに戻ります。少しだけ、奴も登場。
次話タイトル『Voice of life 命の声』