※旧約聖書『エゼキエル書』21章16節より
「酷い有様だね」
マリアは、ゼノ達が【仮面】と交戦を始めた時に受け取った救援要請を受けて、現場へ赴いていた。
ゼノとエコーは、救護艇と共に現れた調査員に、場の状況から何があったのか事情聴取を受けている。
「いい。わたしが聞くよ」
マリアの参入に調査員は一度敬礼すると、テレパイプで帰って行った。その場には、三人だけが残される。
「色々聞きたい事はあるけどね、ゼノ坊」
「姐さん。その言い方は止めてくれって」
ゼノはアークス内でも、レギアスに並ぶ大物であるマリアに対して、昔ながらの呼び方が未だ変わらない事を恥ずかしがった。
「真面目な話さ。この雪に着いた血は理解できる。運ばれた、
重傷者一名。その報告を聞いて、マリアは“凍土”へ引き返す事を選んだのだ。
「でも、こっちは流石に理解に苦しむね」
マリアは血に染まった雪から、目の前の光景に視線を移す。
本来は、少し山形の丘が存在している地形だった。しかし、地形データとは大きく現状は異なる。
まるで何か巨大なモノが通り過ぎたように、抉られた丘は、“丘”と言う事さえ分からなくなる程に消滅していた。ソレは反対側の下り坂まで到達しており、向こう側の景色が拓けて良く見えている。
「一番威力のあるランチャーを使ったってこうはならないよ。一体、何があったんだい?」
地形を変えるほどの衝撃があったのは事実。問題はソレがどのようにして起こったかという事だ。
全てのアークスの武器には、基本的にエネミーを討伐するだけの出力しか使えない様に制限が施されている。その理由として、使い慣れた武器を長く使い続ける者たちに、自らで武器の性能を熟知した上で、許容範囲内で制限を解除する事を許可されているからだ。
無論、そのような改造を自身でする場合は、試験や実技などをパスして資格を得なければならない。しかし、それでも制限解除は強く法律で制限されている。
例外として、その制限が段違いに外れているモノが『創世器』。
そして、今現状にある、地形を変えるほどの攻撃力は『
「……シガの左腕だ」
ゼノは、彼女は信用して包み隠さずに起こった事を説明した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「容体は!?」
「出血がかなりひどいです。途中、救護艇内でも、何度かショック症状を起こしています」
アークスシップのメディカルセンターに運び込まれたシガの意識は無く、現地から搬送してきた付添いの救護員がフィリアに引き継ぐために、どのような処置と症状が出ているのかを説明していた。
「意識はありません。しかも、なぜか傷口のフォトンの活性化が行われず、未だ脇腹の傷は開いている状態です」
「研究部のオーラル室長に連絡を。シガさんの手術は彼が担当しました。何か分かるかもしれません」
フィリアは台車を押しながら、最善の判断を下す。シガの脇腹には、強く包帯が巻かれて少しでも出血を押さえている様だが、それでも止まらず真っ赤に染まっていた。
そして緊急処置室の扉を開けて中に入った時、
「! 心停止!? ショック状態です!」
ピー、と心音が停止した事を告げる音が響く。
「心臓マッサージを準備! 急いで!」
手際よく補助看護師がAEDを用意し、即座に使える様に起動する。
「脇腹の傷を押さえて! 1、2、3!」
ドンッと重い音と共に、シガの身体はビクンと一度だけはねる。しかし――
「もう一度! 1、2、3!」
止まった心臓は動かない。それどころから、AEDの衝撃で脇腹の傷から溜まった血が出てきてしまう。
「フィリアさん、これ以上は――」
「駄目! もう一回――」
「状況はどうだ?」
そこへ、オーラルが駆けつける。先ほど連絡したにも関わらずかなり早い到着だった。
「近場に用事があってな。それよりも――」
オーラルはシガの様子を見て、瞬時に判断する。
「AEDの電圧を今の半分にしろ。傷口はフォトンを直接流し込んで止血する。同時に輸血の準備だ」
「は、はい!」
補助看護師は、的確な指示に迅速に動く。一分一秒を争う時なのだ。
「オーラルさん」
「フィリア。お前が不安な顔をするな。シガは死なん。こんな所ではな」
フィリアがAEDを持ち、オーラルは傷口にフォトンを流し込む。そして、
「――――ハァ……」
三度目の心臓マッサージで、シガの心臓が規則正しく動き出した事に、フィリアは安堵の息を吐いた。
「まったく。人騒がせな奴だ」
輸血の処置を施した後で、オーラルはシガの緊急手術を行う為に手術室へ。例の塞がらない傷は前例があるので、今は完全に処置が出来ると告げた。
数時間後。術式を終えたオーラルが手術室から出て来ると、そこにはマトイが座って待っていた。
「……まだ起きていたのか?」
時刻は、シップ内で言う所の深夜を回っている。基本は24時間でアークスは活動しているが、一般市民に合わせて、深夜の時間帯は光量をロビー全体でも落すようにしていた。
マトイが、いつもなら眠る時間に起きて待っていたのはシガの事をフィリアから聞いたのだろう。
「オーラル……シガは――」
「手術は問題ない。低下した体温も点滴と輸血で二日もすれば元に戻る」
無事である事に、マトイは、ほっと胸をなでおろす。
ここまで重体になった理由である“塞がらない傷”は、ダーカー因子によるフォトンの減少だった。高濃度のダーカー因子を直接体内に取り込んでしまった為に、アークスのフォトンと相反作用が起こり、一時的に
現地で完治させるのは難しいが、治療法は既に確立されている上、設備が整っていればさほど危険な症状ではない。
「だが、意識はいつ戻るかはわからん」
心臓は動いていても、運ばれた時には意識を失っていた。原因として極度のショック状態が強く作用しているのだろう。
放出する出力に応じて体力の消耗も大きい。その反動が、致命傷を負った直後に重なり、今回は命取りとなってしまったのだ。
「そんな……」
その時、移動の準備が終わったシガが、手術室から台車に乗せられ、呼吸器や点滴の繋が繋がれた状態で運ばれていく。
「…………」
「フィリアには言っておく。気が済むまで着いててやれ」
返事をする間もなくマトイは、運ばれてゆくシガの後を追っていった。
意識を失った人間を目覚めさせるには、身体を揺らしたり、外部からの声が最も良いとされている。しかし、それは……本人に目覚める“意志”がある場合の話だ。
「フォトンは……意志の力か――」
「驚いたね。まさか……あんたから、そんな言葉が出るとは」
そのオーラルへ背後から声をかける者がいた。
「マリアか。何の用だ?」
「あんたとアタシの仲だ。まどろっこしいのは無しで行くよ」
マリアは、心から真相を尋ねる様に、そして決して逃げる事は許さない気迫を纏いつつこの場に現れた理由を告げる。
「シガの左腕。まだ試作のようだけど、何を目指しているんだい?」
「…………」
「『創世器』にも匹敵する攻撃力。ソレだけで警戒に値する。しかもそれが、一個人の“趣味”で造られたモノなら、尚更ね」
「より良き世界となる為に、総長の意志を尊重する意味もある」
オーラルの言葉にマリアは、ハンッ、と笑う。
「奴の事は重々承知さ。だけど、あんたがそっち側だとは思わなかったね」
「犠牲者が必要だ。だが、ソレは【六芒均衡】や、その辺りにいるアークスでは成り立たない」
「あの子の経歴は調べた。身元無しで記憶喪失は、都合が良いって事かい?」
「誰だってそうだ。死んだと認識していた方が動きやすい。“彼女”もそうだろう?」
オーラルの発言は、例に上げた何気ない一言だったが、その言葉はマリアの怒りを僅かに突いてしまったようだ。
「本当にあんたが
「言っておくが、分の悪いのはお前だ。
「十分承知さ。この場で、『創世器』を抜くほどアタシも馬鹿じゃない。けど、一つだけ言っておくよ」
これ以上話していると、本当に殺し合いになると察したのか、マリアは背を向けて去り際に言い放つ。
「シガやサラに手をかけたと判断した時は覚悟する事だ」
「記憶に留めておこう」
マトイは、シガの運ばれた病室で彼の手を握っていた。しかし、力を返してくれる様子は無い。
「シガ……またお話しできるよね? わたし……待ってるから」
あなたは、わたしを見つけてくれた。助けてくれた。ここに居ても良いと……笑顔で言ってくれた。
「…………」
シガは眼を閉じたまま何も返さない。
今、力の無い彼の手を握るマトイだけが、彼が笑って話しかけてくれる事を祈るように心から強く願うように語りかけていた。
今回でEP1-3は終わりです。シガはガンガン怪我をしてますけど、これは精神的にまだまだ未熟であり、更に格上の敵とばかり戦っている為、無傷で潜り抜けるのが難しい為です。
オーラルはオリキャラなので、敵でも味方でもどっちでもいいんですよね。にしても、マリアはEPではイベントが少なくて空気になりやすいなぁ。結構この人好きなんですけど。
次は用語紹介IIIです。