惑星ナベリウスへ、コード『DF』の調査に降りたオーラルとレギアスの発見したのは一人の青年だった。
胴体には臓器に達するほどの深い切り傷が二か所。左腕は肩から千切れたように切り取られており、現在も見つかっていない。全身には血の気が無く、体温もかなり危険な状態だった。
死体。と言っても、なんの遜色も無いほどの外傷を追っていた青年は、アークスシップに運び込まれると同時に、メディカルルームの奥にある集中治療室に運び込まれた。
そして、手術室に運び込まれて8時間後、手術を担当したオーラルは真っ赤に染まった白いエプロンのような手術着を着たまま術式を終えて出て来る。
「オーラルさん」
その彼を、出迎えたのはアークスの医療班に所属している看護婦――フィリアである。表のメディカルカウンターの責任者でもある女性だった。
「フィリアか。何の用だ?」
手術室にはオーラル以外の人員は一人もいない。基本的にはフォトンを活性化させる事で大概の怪我は瞬時に対処できる。しかし、稀にこのような重体で、フォトンの取り入れも出来ない患者の為に、自動による手術マニュアルも存在しているのだ。
「手術は終わったのですね。運び込まれたのは青年だと聞きましたが……」
「生きている。
「ただ?」
少しだけ誤魔化す様に言葉が止まったオーラルにフィリアは何気なく尋ねた。
「血液の低下によって、脳の一部に障害が残るかもしれん」
と、点滴と呼吸器が取り付けられた移動式のベッドに運ばれていく青年を見ながらオーラルは呟く。
「彼、左腕を失っていたと聞きましたが」
「ああ。それに怪我の影響か、フォトンの蓄積率も異常なほどに低い。アークスとしては活動できないだろうな」
オーラルは、惑星ナベリウスに居た青年を“アークス”だと判断していた。
左腕の欠落だけでも危ういと言うのに、フォトンの低下まで引き起こしているのなら、
“助けて……”
「――――」
手術から3日後に青年は眼を覚ました。体中に付けられた管は、原始的に足りない体液を補充してくれている点滴と呼ばれる処置であると認識する。
身体中が痛い。まるで自分の身体では無いかのように、身動きが取れない。
「……くっ……」
それでも、何とか上半身だけを起こすとそれだけで息が上がった。
「ここは……」
ピッピッピッ。と継続的な心電音と、清潔な空間。口元の呼吸器を外そうとして気がついた。
「――――左腕が……」
無い。呼吸器は両手で簡単に外せるのだ。だからこそ、いつもの様にあるハズの左手を使おうとした。
「……マジかよ……なんだ? こりぁ――」
残った右手だけで剥す様に呼吸器を取り外すと本当に左腕が“無い”事を実際に触って確認する。
「……どうなってんだ?」
見覚えの無い空間。無くなった左手。重傷の身体。何があったのか、覚えて“いなかった”。
「ここは……どこだ? オレは……誰だ?」
鏡に映った、黒髪と
「貴方は、三日も眠っていたんですよ?」
「あ、そうっスすか」
意識を取り戻したと言う報告を受け、青年の病室へ元へフィリアは赴く。一つは容体を知る為と、出来る事なら何があったのかを教えてほしかったのだが、
「すみません。記憶喪失って奴みたいです」
青年が困ったように後頭部に手を当てて言う。フィリアと共に立ち会っているオーラルは、少なくとも嘘はついていないと判断していた。
「名前は覚えていないか?」
「はぁ。それもよく解りません」
「オーラルさん。救出した時に、彼の持ち物とかは何か無かったのですか?」
オーラルは、彼を発見した時の事を思い出す。持っていたのは、少量の回復薬とアークスID。そして、一つのカタナ――
「IDならある。こちらで身元の調査をするために借りていた」
と、一枚のIDカードを差し出す。顔写真は抉れるように欠けており、分かるのは名前と所属シップだけだった。
「第二シップ所属アークス。名前――シガ」
青年はソレを読み上げて、何かを思い出したのか真剣な表情をして見ている。
「何か思い出したのか?」
「え? んー、全く」
脈絡なし。と青年は客観的な雰囲気でIDをオーラルへ差し出す。
「なぜ返す?」
「ん? ああ。見覚えが無かったもので、つい……これって本当にオレのなんですか? 写真の所が欠けてるのに……」
「お前の着ていた血まみれの衣服から出て来たんだ。今、アークス内で行方不明者の報告は出ていない。十中八九、お前のだ。シガ」
名前を呼ぶと、少しだけ嬉しそうに青年は微笑を浮かべる。
「何か思い出しました?」
その様子にフィリアは問う。
「あ、いえ。なんか……意外と簡単に記憶を取り戻せそうなので」
反射的に感じた嬉しさは、名前を呼ばれた事によるものだと本人は考える。
本来なら、記憶を失えば、消極的になり何事も疑いを持って慎重になろうとするものだ。無論例外はあるのだが、対外は産まれたての子供の様に“頼れる者”に依存しようとする。
だが、青年――シガは、視野を広く持ち、見える者全ての物事を客観的に捉えていた。オーラルとしては手間がかからないのは良い事だが、その一方で本当に記憶喪失かどうか疑いたくなる。
「……あ、すみません。ちょっと頭痛いんで、寝ていいですか?」
神経もかなり図太いようだ。いつの間にかペースを完全に掴みとられていた。
「また来る。それまでに、せめて歩けるようになっておけ」
と、オーラルも彼を患者扱いする必要は無い事いと判断し、後はフィリアに任せて病室を後にした。
間違いなく、記憶喪失だった。
自分で酷いくらい実感している。左腕を失い、死んでいてもおかしくない程の怪我を負い、挙句にアークスでありながらフォトンまで失う始末だ。
この境遇に納得の出来る理由があるのなら、それで良い。だが、解らないのである。
「……オレは、誰なんだ?」
頭痛が治まり、深夜の病室で眼が冴えたシガは天井を見上げながら呟く。
自分を見失うとは……まさに、この事だ。もし、誰かを助けに行く途中で、記憶を失ってしまっていたら? オレは何も知らずに、その“誰か”を見殺しにしてしまっているのかもしれない。
“助けて……”
「――――またか」
反射的に身体を起こす。この程度は、意識を取り戻してから簡単に行えるようになっていた。
断続的に聞こえる“誰か”の声。行かなくてはならない。
「……ッ」
その時、
大木が生える小さな広場。そこに彼女は後悔するように頭を抱えている。話しかけると、驚いて振り向いた。
「……ナベリウスか」
記憶は無かった。“ナベリウス”という単語も何なのか解らない。だが、自然に単語が出たのだ。
絶対に忘れない為に、“破片”だけが記憶に残された様に――――
定番の記憶喪失系主人公です。オリキャラを混ぜるにあたって、主人公自体にも謎を用意するには、これしか方法が無かったので、記憶を失わせました。もちろん、辻褄が合うように、設定は練っているので、全然無問題です。
次回は、六芒均衡の彼が、シガと接触します。