「何も思い出さないか?」
「……ごめんなさい」
オーラルは、フィリア立会いの元、マトイの診察に出向いていた。診察と言っても、単に彼女が本当に記憶喪失かどうかを調べる名目での接触である。
「……精神的なショックが原因だろう。あれから、頭痛や、
シガが頻繁にそう言う目に合っているので、彼女にもその症状が出ているかを確認する必要があった。
「普通の事なら覚えています。常識や、言葉も全てマトイさんは、ちゃんと理解できていますよ」
フィリアの補足にオーラルは
「フォトン
これはアークス……いや、【六芒均衡】に匹敵するほどの素質だ。検査で出たフォトン適性の数値は、通常状態でもかなり高い。戦闘になればフォトンが活性化し、現状の2倍ほどまでに膨れ上がるのだ。つまり、マトイは必然と、戦う事に特化した特性を持ち合わせている。
「やれやれ、前途多難だな。お前も、シガも」
「え?」
シガも、という言葉にマトイは反応して驚いた。
「アイツから聞いてないのか? 彼も記憶喪失だ。お前よりも重症でな。死ぬ、ギリギリで救助された」
「え……いえ……」
彼のそんな様子を感じる事は微塵も無かった。自分を救出したのは、彼とその仲間だったと聞いているだけで、その他は何も聞いていない。
「…………」
そのマトイの様子を、表情に至る……全てにおいてオーラルは虚偽を測定する。
一言を聞き入れる度に、思考を用いて表情を作るのなら、基本的に特徴的な動作が読み取れる。記憶喪失が虚偽ならば、自身でも気づいていない動作が確認できるのだが……
マトイは、シガの事を本気で心配する表情を作っていた。シガと自身の名前だけは覚えていたとの事で、彼の名前を何気なく使って揺さぶったが――
「……そういうことか」
オーラルは誰にも聞こえない程の小声で呟く。
彼女は間違いなく、記憶喪失だ。裏が取れてしまったのだから、こればかりは認めるしかない。
「と、なると。今後だが……」
アークスの中でも頂点に立つと言われる【六芒均衡】並みのフォトンを持つ彼女。となると、無論上層部が黙っていないだろう。下手をすれば、強制的にアークスとして現場に駆り出される可能性もある。
それだけ、此度のナベリウスにダーカーが出現したと言う事態は重い現状なのだ。戦力は一つでも多い方が良い。
「……オーラルさん」
フィリアは、彼の決断を待っていた。
「フィリア、この
「いえ、オーラルさんだけです」
本当にオラクル全体の事を考えるのなら、ここで彼女という、戦力を無視するのは得策じゃない。
だが……
40年前も、造龍計画も、そして10年前も――
「マトイ」
「はい……」
目の前にまた、在るのだ。持つべき責任を果たさなくてはならない――
「君は、今後フィリアの指示に従い、記憶を取り戻す事を最優先に考えると良い」
「オーラルさん!」
フィリアは嬉しそうに声を上げる。彼の決断は、マトイの存在を隠蔽する事に決めた様だった。
「フィリア、マトイにかかる金銭面的な事は
「わかりました」
「あ……あの!」
と、話が良い方に進んでいく中、マトイが声を上げる。
「そこまで……してもらうわけには……」
「何を言ってる? そこまでするのが当たり前だ。身内も定かじゃない、記憶喪失の人間を無責任に放り出せる訳がないだろう?」
「でも……」
「不満なら、一日でも早く記憶を取り戻せ。そのためには、日常生活を重ねるのが一番だ。記憶を取り戻して、全てを思い出して、ソレからでいい。借りを返すのはな」
「……はい」
強く紅い瞳を作る彼女を見て、芯から強い子であるとオーラルは安堵すると、カルテを返す様に手渡す。
「フィリア、後は任せる。検査は定期的にやれ。ただし、フォトン適性の検査は適当で良い」
「わかっています」
「それと、シガには金銭面の援助の事は言うな。アイツはガタガタうるさいからな」
そう言いながら、オーラルは立ち上がると病室を出て行く。これからマトイの診断書を偽装して、上に報告しなければならない。
「ふふ。はい、承知していますよ」
「……オーラル」
マトイはもう扉の向こうに消えそうなオーラルに聞こえる様に声を張り上げる。
「ありがとう」
「……気にするな」
唯一、向けられた彼女の笑顔だったが、オーラルは振り返る事はせずに、そのまま出て行った。
「……今回で確実に殺すしかないな……」
メディカルセンターの出口に向かいながら、オーラルは決して揺るがない意志で、そう呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シガは、ロジオの依頼として、惑星ナベリウスの森林エリアにて、複数の原生生物と交戦していた。
正確な依頼としては、森林エリアをくまなく散策することであり、
だが、広い森林エリアをくまなく回るのに無事に行く方が珍しい。案の定、幾つかの原生生物の縄張りに入り、群による攻撃を受けていた。
「二匹目っと」
なるべく囲まれない様に動きつつ、各個撃破して二匹目。前に出会った猿型の
「切れ味も悪くないし、ソードに比べてだいぶ軽い」
シガは、試験武器であるカタナを右手で振りながら、軽い動きで立ち回り、既に二体を斬り伏せていた。
ウーダンの毛皮さえ斬れなかったガンスラッシュと違い、カタナは一刀で豆腐を切るかのごとく切れ味を生み出している。攻撃力に特化している武器とアザナミさんから説明を受けていたが、これ程に差があるとは思いもしなかった。
「これなら、一人でも十分行けそうだな」
前は攻撃力不足から、トドメはもっぱらアフィンに任せていたので彼の負担が大きかった。今度組む時は、前よりも楽に戦闘をこなせるだろう。
と、三匹目を斬ったところで、他の原生生物たちは逃げ出していた。自分達では叶わないと判断したのだろう。
「助かるよ。オレは弱い者いじめが嫌いなんでね」
シガも鞘にカタナを納める。フォトンの伝達性も、前とは比べ物にならない程だ。オーラルさんはいい仕事をしてくれている。帰ったら、もう一回礼を言っておこう。
「そう言えば、使いそびれちゃったな」
出来るなら、カタナ系のフォトンアーツも試してみたかった。こっちは初体験なので、試作型と言ってもワクワクしている。
「フッ、まだ、コイツを使う程の“強者”がおらぬか!」
独り言を言ってフラグを立てて見るが、遥か上空をアギニスが鳴き声を発しながら通り過ぎるだけだった。
「…………さて、奥に行くか」
急に恥ずかしくなって、誰にも見られていない事を幸運に思いつつ先を目指す。
「よーし、調子出て来たし! お姉ちゃん頑張っちゃうぞー!」
「パティちゃん。それは追われて逃げながら言う台詞じゃないからね?」
そんな若い女声が聞こえて、足は当然の様にそちらへ向かう。
そう言えば、あっちはまだ調べて無かったなー、と適当な理由を作り、少し駆け足に丘を越えると声の主たちを捉えた。
「難儀な相手が来ちゃったよー!」
「だから、むやみやたらに寝てる所を突くのは止めようね」
そこには、追いかけてくる緑色の車輪から逃げる様に双子姉妹のアークスが走っていた。
マトイさんの生活資金の関係が不明だったので、今回はこういう形をとりました。
一方シガは、ちょくちょく関わるかもしれないので、彼女達と接触させます。
次話タイトル『Information person パティエンティア』