〔“ヒ”より報が入った。
シガとアキが浮遊大陸に案内される少し前、隻眼の龍族――コ・リウは龍族の“長”からの言葉に呼び出された命を受けていた。
〔カッシーナにての邂逅と言う事でしょうか?〕
〔カッシーナは遠く、間に合わない族もある。場所はテリオトーにて対談を行う事とする〕
〔その判断に“コ”は弊害はありませぬ〕〔“ヒ”も同意見でしょうが〕〔他の族と標たちは納得するでしょうか〕
〔簡単には行かない事は承知だ。元より、最初から知らぬ者を受け入れるのは難しいだろう〕
〔では〕〔この件は“ヒ”と“コ”が少しずつ〕〔龍族へ浸透させると?〕
アークスと過去に交流があったと言う事例は、今では廃れた事柄だった。寧ろ、現在では衝突の方が多く、敵としての意味の方が各族には強く根付いている。
〔それには及ばない。他の族にも、アークスに協力を求めるに値する者達であると証明できればいい〕
〔しかし〕〔簡単にいきますまい〕
龍族は生まれながらにして戦士なのだ。自らの意志と誇りを持ち、敵となる存在と対峙してきた。だからこそ、今まで敵として認識していたアークスに対して考えを改めるなど、よほどなキッカケか、納得できる
〔リウ。君に戦ってもらう〕
〔今日に来るアークスとでしょうか?〕
〔そう。龍族でも最上位とされる君が戦い、渡り合える存在であると他の族に証明する事が出来ればキッカケにはなる〕
〔ですが〕〔手を抜くと言う事はあまりに――〕
〔その必要はない。リウ、君には本気で戦ってもらう。手を抜けば他の“標”には見抜かれてしまうし、誰も納得しない。あくまで本気で戦ってもらわなければならないだろう〕
〔それでは“証明”とはならないと思います〕
龍族全体でもトップクラスの実力を持つ戦士であるコ・リウを相手に出来る存在は、アークス側でも類稀な存在であるのは事実だった。戦士としての質は龍族もアークスもほとんど差はない。
コ・リウは下手をすればアークス側が無残に負け、他の族の考えが変わらない可能性を考慮して進言した。
〔そうなるかもしれない。しかし、そうならないかもしれない〕
〔意味を図りかねます〕
〔彼らもまた戦士、と言う事だ。だからこそ無様な結末にはならない〕
互いに決して歪む事の無い信念があるのなら、戦いの勝敗は関係なくとも、戦士の誇りを持つ“族”の者達は分かってくれるだろう。
〔今一度、共に歩むべきなのだ。我々とアークスは――〕
〔フ〕〔腕一本とは……大層な妄言だな〕
コ・リウはシガと相対し、先ほどの発言を聞き思わず失笑してしまった。
侮っている訳ではない。ただ……いや、やはりとしか言えないのだ。目の前に立つ“ヒの族”を救ったアークスの能力はこのコ・リウには到底届いていない。
「強さが勝利に繋がる訳じゃない。それを試してみるか?」
対するシガは、コ・リウの失笑を冷静に受け止めて、静かに心を燃やしていた。
中腰に構え、『青のカタナ』の鞘に左手を添えて右手で柄を握る。身体の向きは半身。敵に対して身体の見える面積を減らす事で、攻撃の選択を制限する。
〔……良い集中力だ〕〔隙がない〕
だが、それでもまだ未熟。隙のない構えを持つ事は戦士として必須の条件である。問題は動きの中で無駄を減らせるかと言う事――
〔
コ・リウが間合いを詰める。右腕に持つ盾を前に接近。その威圧は壁が迫ってきていると錯覚する程のモノだった。
ドンッとぶつかる手応えをコ・リウは感じたが、次の瞬間、弾かれたのは盾を持った手の方だった。
何が起こった?
まるで爆発した様に盾突を弾かれた。コ・リウは身体が開き、大きな隙を晒す。
「ハンターにも見られる技術だね。こればっかりは、フォトンを使わない“龍族”には理解できないだろう」
アキはシガの行為を冷静に分析して感嘆する。
盾がぶつかる際に、鞘に纏うフォトンを同じようにぶつけて相殺以上の衝撃を相手に与え返したのだ。
ハンターのソードの様な幅の広い武器なら比較的容易だが、カタナの鞘に同じ効果を持たせて発動させるのは相当な技量を要するだろう。
『青のカタナ』が鯉口を切る――
「『サクラエンド』」
神速の抜刀による二斬が、完璧なタイミングでコ・リウに見舞う。だが――
「――――」
〔……この状況で笑うか〕
コ・リウは斬撃によって僅かに後ろに下がりながらシガの表情を見て呟いた。
「――――笑ってる?」
シガは自分の表情に気づいていなかった。今までは必死で、必死に、駆け抜ける事しか考えていなかったのだ。しかし、今の状況は――
「――――ああ、そうか。お前は、オレより強いんだな?」
極限状態による窮地からの脱出ではなく、今まで培った技を持って超えるべきであると――
〔手加減をするつもりはない〕
刹那、シガは『シュンカシュンラン』で、コ・リウへ高速で接近すると『青のカタナ』を突き出していた。奇襲を狙った一撃だったが、読んでいたコ・リウは盾を横から割り込ませて、『青のカタナ』の軌道を逸らす。
先ほどと逆――今度はシガが横へ武器を逸らされて、刺突はバランスを崩してあらぬ方向へ身体が直進する。コ・リウは流れるような動作で追撃。短く跳び、シガをめがけて剣を振り下ろす。
二の太刀。シガは『シュンカシュンラン』の二太刀目の振り上げを合わせて、振り下ろしてくる剣と相殺させた。
「くぅ……」
しかし、砲弾でも正面から受け止めた様な衝撃を含んでいた剣によって、『青のカタナ』は弾き返された。
〔ハァ!!〕
着地したコ・リウは、怯んだシガに間を置かずに更に斬撃を重ねる。その一撃も、大きく弾かれる程の威力を持つ。シガのは『青のカタナ』で受けるが身体ごと大きく弾じかれて反撃の隙をつかめない。
〔ヘア!!〕
コ・リウの追撃にシガは納刀する間もなく受けるしかなかった。辛うじてその重剣を受けて行くが、受け損じれば『青のカタナ』が破壊されてしまう。
〔シャア!!〕
重剣の連撃によって、よろけて膝を折りそうになったシガの様を見て、コ・リウは深く踏み込むと、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
その一太刀はシガの肩口から通り抜け、脇腹を抜けた――
ように観ている者達の目には映った――
「――――」
〔ここでも笑うか〕
シガが膝を折った様に動かしたのは、バネを作るため。シガは袈裟懸けに振り下ろしてくる剣を、横へ飛び退くとコ・リウの右側へ躍り出る。
「『カザンナデシコ』」
右手を返して左手を添え『青のカタナ』を斜め下から振り上げる。溜めはないので最大の威力では無いが……それでもこの一閃は今までで最高の代物と自負できる――
コ・リウは咄嗟に盾を出し、その一閃を受ける。
フォトンによる伸びた刀身は、盾にぶつかりその硬度に止められるも、それは一瞬。次の瞬間には容易く盾を両断し、その先に居るコ・リウも斬った。
〔流石はアークスの武器だ〕
コ・リウは盾で受けると同時に捨て、身体を逸らして『カザンナデシコ』の範囲から外れていた。そして、その切れ味に称賛を送る。
「そうでもないさ」
シガは『青のカタナ』を納刀する。
〔なんと……!〕
〔コのリウの盾が断れるとは――〕
〔何者だ?〕〔あのアークスは〕
御前試合を見ている他の族の“標”たちは、現状に驚愕していた。それほどに、コ・リウの盾が断たれた事は信じられない物事なのだ。
『龍族』の持つ“剣”と“盾”はただの武具ではない。
剣は牙。盾は鱗。まさに、その盾を両断されたという事態は、その身を断たれたに等しい事なのだ。
加えて、コ・リウは龍族全体でも最上の戦士。彼と対峙した者達ならば皆知っている。本来ならコ・リウの盾は彼の技量も相まって、傷をつける事さえも難しいとされている事を。
「流石だね、シガ君は」
そんな同族間のどよめきの中、アキは盾を斬ったのはシガ自身の技量であると悟っている。
アークスの武器は、総じて使用者のフォトンによって大きく性能が変わる。シガの持つ『青のカタナ』は、まだ情報を集めている段階の試作武器。
既存の武器よりも出力の安定性は低いが、技量によって大きく性能が偏る事は十分に考えられるだろう。問題は、ソレを引き出すほどの技量を持っているかどうかだが――
「武器と君の技量。二つが揃って、その一撃が生まれたのだ」
だが……武具の片方を失った程度では埋められないモノは埋められない。
〔リウ。君の判断を問おう〕
その場にて最も強い発言権を持つ“長”が尋ねる。
〔問題ありません〕〔盾を失っただけです〕
納刀し、まだ終わらないと感じているシガへ、コ・リウは剣だけを持ち再び対峙する。
戦いにおいて武器は重要な要素だ。鈍でも技量を伴う事で切れ味を補う事は出来る。逆に武器によって実力の差を埋める事は可能だろう。だが――
〔それに頼りすぎると言う事は〕
己が限界を晒したのと同じだ。
次で御前試合は決着です。シオンとオーラルの邂逅があります。
次話タイトル『Settlement 勝利の代償』