ファンタシースターオンライン2~約束の破片~   作:真将

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9.Matoi 君が後ろに居たから

 救助艦は、普通のキャンプシップとは別の所に着港する。

 その場所は、メディカルセンターが特に近い専用の区画であり、他にも負傷者が居たのか雑踏と指示で騒がしくなっていた。

 

 搭乗していた医療班の者達は、道中もずっと眼を覚まさなかった少女を、寝台車にのせて治療室へ連れて行く。精密検査の後に特に異常がなければ、一般病室に連れて行くとの事らしい。

 

 少女の件で、シガとアフィンは医療班の人間から詳しい事情聴取を受ける。

 見つかったのはどこか、倒れていた時の状態、何か他に変わった事が無かったか。

 シガとアフィンは、視たままを詳細に伝えた。

 仮面を着けた襲撃者と、ゲッテムハルトと言うアークスが助けてくれた事。その口伝は、数時間ほど続き、ようやく解放された時には、心身共にくたくただった。

 

 

 

 

 

 「帰って来た……」

 「帰って来たな……」

 

 シガとアフィンは、アークス・ロビーのゲートカウンターの横に設置されたベンチにて、腰を下ろして意気消沈していた。

 

 「いろんな事が重なったとはいえ……無茶苦茶疲れたなぁ」

 「オレも流石に……道行く女性の素晴らしい露出を眺める気力もない」

 「いつも、そんな事をしてるのか……?」

 

 二人はだらしなく椅子に身体を預けて、楽な姿勢を取っている。

 最初の惑星降下。ダーカーの襲撃。謎の少女と謎の仮面の襲撃者。なんかヤバそうな、ゲッテムハルトさん。シーナさんは地味に胸が大きかった。

 

 「あの前髪を上げれば、絶対美少女だと思う。なぁ、相棒(アフィン)、お前はどう思う?」

 「何を言いたいのかさっぱりなんだけど……」

 

 とにかく、一日で体験するにはあまりにも濃い物事が重なり過ぎた。本来なら、何も考えずにマイルームに行き、死んだように眠りたい。しかし、左腕(フォトンアーム)を酷使したので、その件をオーラルさんに報告するのが最優先だ。

 

 「とにもかくにも、お疲れ」

 

 アフィンが拳を向けてくる。シガは拳で、こつんと軽く合わせた。

 

 「そう言えば、左腕(フォトン・アーム)の件は、アレで良かったのか?」

 

 状況説明時に、シガの持つ普通とは違う兵装の左腕(フォトン・アーム)の事は、なるべく伏せていた。アフィンは無言で話を合わせてくれたのである。

 

 「おう。悪いな、嘘に付き合わせる形になっちまって。担当者から、なるべく口外はするなって言われてるもんで」

 「なら、なんでおれには話してくれたんだ?」

 「そりぁ、友達だからだろ」

 

 考える必要もない。アフィンは良い奴だ。だから、重要な機密の可能性である左腕の事は包み隠さず話すべきだと思っている。とは言っても、戦闘形態を見られた以上は誤魔化し様がないと思ったのも事実だが。

 

 「あの子はメディカルセンターに預けたんだろ?」

 「知り合いの看護スタッフに、診てもらっているよ」

 

 少女が運ばれるときに、担当医は誰になるのかと聞くと、身元不明の患者は基本的にフィリアが担当するらしい。

 

 「なら安心だな」

 

 そう言うと、アフィンは立ち上がった。このままダラダラ時間を過ごすのは良くないと思ったようだ。

 

 「とりあえず、おれはこのままショップエリアをぶらついて帰るよ。またな」

 「おう。なんかあったら連絡してくれぃ」

 

 手を上げて去っていくアフィンへ、軽く手を振って視界から消えるまで見送ると左腕を見る。

 

 オーラルさんからは、最初は惑星に降りた時のフォトン濃度と、ソレを装備している者の幅を検出する為に、どうしても極端な性能になってしまうと言われていた。だが、より多くの情報(データ)が集まれば、シガに最も適した義手になり、最も信頼できる武器なるとも説明されている。

 

 高望みはしない。左腕(フォトンアーム)が無くては、アークスとして活動さえ出来ないのだから、少しずつ前に進んで行こう。

 

 「……つまり、お前も産まれたばっかりか。一緒に強くなっていこうぜ」

 

 新しい左腕に、そう呟いていると、所持している端末に通信が入る。相手は、フィリアさんからだった。

 

 『シガさん、ですか?』

 「どうも、フィリアさん。どうしました? 骨折した指はもう治してもらいましたけど……」

 

 不本意で傷つけた怪我は、既に感知している。その事だと思っていた。

 

 『いえ、その件ではありません。貴方がナベリウスにて保護した女性が、つい先ほど目を覚ましました』

 「! 本当ッスか!?」

 

 シガは、疲労も忘れて思わず立ち上がった。無事だった……オレのしたことは無駄じゃなかった。

 

 『ですが、あの……』

 「……何かあったんですか?」

 

 朗報も束の間、珍しく歯切れの悪いフィリアの口調に、何か別の問題が発生したのではと、勘づく。

 

 『ここでは説明し辛いので、お疲れでしょうが。一度、メディカルセンターの前に来てもらえないでしょうか?』

 

 

 

 

 

 とは言っても、目と鼻の先だ。シガはそのまま、正面のロビーを横断すると、ちょっとした階段を上がってメディカルセンターに顔を出す。

 

 「お疲れ様です。初任務、ご苦労様でした」

 「あー、労ってくれるのは嬉しいですけど……色々あり過ぎて、己の弱さを実感中です」

 「ふふ。天狗になるのが一番危険だと、言われているので謙遜するのが丁度いいと思いますよ」

 「そうっスかねぇ」

 

 フィリアに連れられて、メディカルセンターの病棟に足を踏み入れた。

 清楚な床や天井。足が不自由な患者の為に、壁には手すりがあるなど一般的な施設である。3週間前は、ここが家だったので何だか懐かしく感じた。

 

 「故郷に帰ると、こんな気持ちか」

 「病院が故郷って方は、ある意味重傷ですけどね」

 「記憶喪失なんだから、仕方ないでしょ!」

 

 入院していた事もあり、フィリアとは頻繁に話しをしていた。その関係から、彼女の事は母か姉の様に慕っている。今現在では、オーラルに並んで最も信頼できる身内の一人だ。

 

 「それで、保護された子って何者だったんですか?」

 

 シガは、呼び出された件はその事だと思っている。ナベリウスの現地に倒れていたのだ。高官の身内か、はたまた、仲間と逸れたアークスか。そのどちらかの可能性が高いだろう。

 

 「それが、ほとんど喋ることも無くて。それに、記憶を失っているみたいなんです」

 「え?」

 

 そんな会話をしていると、個室の病室へたどり着いた。自分の時も個室だったなー、と昔を思い出しつつ入ると、中のベッドには一人の少女が身体を起こして座っている。

 

 幼い表情と長く穢れの無い白い髪。全体的に細身の身体つきは、一度も戦った事が無い様な脆弱さを感じた。服は患者服を着ており、どこか儚げで、全てにおいて不安を感じている様子を醸し出している。

 

 「…………シガ?」

 

 少女は、入室した彼を見て、一言だけそう呟いた。

 

 「? シガさん、名前を教えたんですか?」

 

 フィリアは、少女がシガの名前を口に出した事で思わずそう尋ねる。だが、シガは少女の姿を見た時から固まっていた。

 

 高速で思考が流れる。

 映像が壊れたフィルムの様に飛び飛びに脳内を駆け巡り、ノイズの入った映像や音が、雑音となって次々に走馬灯(フラッシュバック)となって、今まで一番の情報が流れ続ける。

 

 “任務だ。その標的を殺して、所持している武器を回収しろ”

 “いつから、オレは……こうなっちまったんだろうな……”

 

 「……ガさん? シガさん?」

 「あ、ああ。すみません。何でしたっけ?」

 

 フィリアの声で我に返る。今まで一番長い走馬灯(フラッシュバック)だったにも関わらず、不思議と頭痛は無い。

 

 「救出時、彼女に名前を教えたんですか? 確か、貴方とパートナーの証言では、発見時に、彼女は意識を失っていて、それは今まで目が覚める事は無かったんですよね?」

 「そうですよ」

 

 名前を教えるどころか、会話した事さえない。こうして、目を合わせるのも今が始めてだ。

 

 「あたまの中に……聞こえてきたの。わたしは、マトイ」

 

 少女が自ら名乗った名前。フィリアは手がかりとして、その場で検索を始めた。

 

 「君は……マトイ?」

 「うん……そう」

 

 なぜか、無意識に彼女へ問いた。そして、彼女は否定せずに笑みを浮かべて答えてくれる。その表情に、

 

 「そう……か……」

 「データベースとの一致件数……無し。少なくとも、アークス内に登録情報はありませんね。生体パターンはアークスと相違ないので、原生民とも考えられない……シガさんはどう思います――! どうしたんですか!?」

 「え?」

 

 シガは、眼から涙が流れている事に、ようやく気がついた。なぜなのか解らない。ただ、彼女が生きていてくれて、心から嬉しいと言う感情が溢れて止まらなかったのだ。

 

 「あ……れ? ハハ。オレって意外にも、涙もろいのかも」

 

 涙を袖で拭う。強い感情から流れただけだったようだ。

 そんなシガを心配しつつも、今はマトイの方が優先であると、フィリアはベッドの横に立ち、彼女と同じ目線で意思疎通を行う。

 

 「ねぇ、マトイちゃん。あなた、どこから来たのかしら? どうして、あの星にいたの?」

 

 と、この場で何よりも安心できる声色だったのだが、意外にもマトイは、フィリアよりも、その後ろにいるシガに助けを求める視線を向けていた。

 

 「……う…………あの……」

 

 その様子に、フィリアも慌てて離れる。

 

 「ああっと、怖がらせちゃった? ごめんなさい、他意は無いの」

 

 その様子に、シガはベッドの横の椅子に座ると、幾分か警戒心が解けたような表情になった。

 

 「フィリアさん……やっぱりオレってモテる!」

 

 キリッと親指を立ててフィリアに振り向く。

 

 「何言ってるんですか。とは言っても、シガさんに懐いている感じですね」

 「なんていうかこう……オレから溢れる、親切心って奴を感じる人は感じてくれるんだよ。うんうん」

 「なに、馬鹿言ってるんですか」

 「あれ? だんだん、オレの扱いが雑に……」

 

 そんなわけないでしょう? と迷いなく否定されて少しだけ落ち込む。

 

 「それよりも、彼女に心当たりとかは、ありますか?」

 「いや、アークスになっても、人とは数える程度しか会って無いですし……」

 

 せいぜい、オーラルさんやアフィンが常識的な交流だ。他は、3週間の研修で世話になった教導官の人たち。後は、強烈な印象を感じたのは、ヒューイとゲッテムハルトさんくらい。

 悲しいかな、女性との関わりは今の所、フィリアさんとシーナちゃんだけ(シーナちゃんに至っては、知り合いですらないが、向こうが知ってたら、それは知り合いだよね!)。

 

 「それに……オレだったら、絶対に身内を見殺しにするような事はしませんよ」

 

 それは女でも男でも関係ない。仲間が危機に瀕していたら、迷いなく飛び出すだろう。今日の様に……

 となれば、彼女(マトイ)との接点は――

 

 「たぶん、失う前以前の記憶だと思います。どこかで、会ってたのかもしれない」

 

 それは身内の娘か、また妹か、それとも本人か。しかし、肝心の記憶をお互いに失っているのだ。今は確かめようがない。

 

 「…………」

 「…………」

 

 無言でも、なんとなくだが、彼女とは切れない繋がりがある様に感じた。お互いを詳しく知らなくても、今はソレで十分かもしれない。

 

 「シガさん。アナタにはアークスとしての活動もこれからありますし、これから多忙になるでしょう」

 

 惑星ナベリウスにダーカーが現れた事は、全てのアークスシップに知れ渡っている。その為、多くのアークスにナベリウスに関する様々な任務が言い渡されるだろう。

 

 「よろしければ、この子の世話は私に任せていただけませんか?」

 「………………」

 「なぜ、無言なのですか?」

 「え? やだなぁ、フィリアさん。オレが何かやらしいこと考えてたと思いますか? こう見えても、紳士なんですよ? アハハ」

 

 この三週間の付き合いで、フィリアはシガの性格は重々承知している。何かと女性の姿を追っている、健全な男子であった。しかし、少しも隠そうとしない所は、ちゃんと正してあげないといけないとも思っている。

 

 「何かあったら、いつでもシガさんに連絡しますから」

 

 どうやら、マトイはフィリアの元で世話になることに決まったようだ。これからの事を考えると確かにそれが良いかもしれない。

 彼女の健康美な身体を毎日拝めないのは、残念に他ならないが。

 

 「今、何考えてました?」

 

 おっと、あぶね。番人(フィリアさん)の前で、そう言う事を考えるのは、やめておこう。寝て居る内に去勢手術をされかねない。

 

 「それじゃ、オレは帰りますよ。寄る所もあるので」

 「オーラルさんのところ?」

 「はい。義手を見てもらおうと思って。ちょっと無茶しちゃったんで」

 

 二度の解放。特に二度目は、制限を外して過剰出力(オーバーパワー)で行使したのだ。それに、今後の活動も考えて、1か0かの性能は少しだけどうにかできないか、相談もしたい。

 

 「あ……シガ……」

 

 去ろうと、椅子から立ち上がると不安そうな表情で、マトイが視線を合わせてくる。

 

 「怖い感じが、するの……気を付けてね」

 「おう。ありがとな」

 

 安心させる様に、優しく微笑みを返すと、軽く手を振って病室を後にした。




マトイさんの登場です。救助されたばかりなので、患者服で、病室での邂逅としました。次の登場ではロビーに出します。

次話タイトル『Next steps 次の歩み』

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