ちいさなほしのうえで   作:ゲンダカ

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三章 青龍の章

 天を舞い、下界を見下す。

 地上に住む有象無象に、ときに天罰を、ときに助言を。

 それが我ら、竜種の役目。

 なんて、退屈。

「ふわあ」

 成層圏のあたりの雲に寝転がり、ふよふよしながらあくびをひとつ。

 ここからなら下界のほとんどが見える。無論、地球の裏側まで見えるわけではないので、せいぜい東アジア全域、くらいのものだけど。

「…………お、あのハーフだ。今日もカワイイなー」

 ここ一年か二年の楽しみのひとつは、日本、東京に住むエルフと純人のハーフを眺めることであった。ここ最近のあの国は差別意識が少ないのでよろしい。

 どうも、エルフの美麗さと純人の活発さが合わさると、天真爛漫な天使が産み落とされるようである。キッチリ耳が長いのも重要なポイントだ。これがなくては、いくら美人でも、いくら肌が白くても、エルフとは認められない。

 何より、常に傍に居る純人の男ととても仲が良いのが、グッと来る。恋する乙女とは、かくも麗しいものであったか。

「声が聞こえないのが難点だよなあ。近寄るわけにもいかないし」

 高嶺の花ほど美しいという。僕にとって高嶺というと月くらいのものだが、それはそれ、言葉の綾である。つまりは距離感の問題だ。触れられぬからこそ、その美しさは格別足りうるのだ。

「また妙なことを考えてませんか、青龍さま」

 ぱたぱたと側近の飛龍(ワイバーン)が近寄ってきて、近くの大きな雲に、ぱふ、と着地した。

 飛龍は僕ら竜種の下位種で、召使いというか、子分みたいなものだ。

「ん? ほら、今日もあの娘かわいいなーって」

 爪でひょいひょいと指し示す。

「どの子ですか。インドの看板娘?」

「ばかやろ、あの子は五十年前に死んだろ。東京のハーフだよ」

「トーキョー? ……ああ、あのエルフですか。まったく、元気なのはよろしいですが、好色なのも大概にしてくださいね。ただでさえ東洋の龍は西洋の竜の皆さんに嫌われているんですから」

 やれやれ、なんて溜息をつく飛龍。チラッと火が混じっていた。

「いーじゃーん。他に面白いことないんだしさー」

 ふかふかの雲に寝っ転がり、ごろごろと駄々をこねてみる。

「ああもう、その巨体でごろごろしないでくださいっ。落っこちちゃったらどうするんですか。中国の主要都市がまるっとクレーターになっちゃいますよっ」

 翼をぱたぱたさせながら抗議する飛龍。

「うは、それはそれで面白いや。やってみっか」

「やめてください。青龍様は冗談か本気かわからないのが恐ろしいです」

「で? なんでわざわざ来たの。修行は?」

 仰向けに寝っ転がったまま、首だけを飛龍へと向ける。

 こいつは、飛龍から竜に格上げしてきますー、なんて息巻いて修行していたはずだ。確か千年前くらいに。

「修行は三百年前に諦めました。きちんとお伝えしましたよ、心が折れたましたって」

「ありゃ、そうだったっけ」

「そうです。もう、昔のことをホイホイ掘り返さないでください。今日お訪ねしたのは、北欧の事件のご報告です」

「北欧? 魔法大戦は終わったんじゃなかったっけ?」

 はて、と首をかしげた。やけに騒がしかった二度の大戦の後、性懲りもなくまた人類は大規模な戦争をしていたが、それも終わったはずだ。

「ええ、つい百年ほど前に和平が結ばれています。今回は別件です。アイルランドの首都で、妖精種のヒルダ・ホールリンがテロを起こしたんですよ」

「あいるらんどって、どこかいな」

「ああもう、ちょっとついてきてください。こっちです」

 ふるふると首を振り、欧州のほうへ飛び立つ飛龍。

「しょうがないなあ。あっちはあんまり行きたくないんだけど」

 ごろんと姿勢を戻し、するりと体を宙に浮かせる。

 案内役の飛龍を追い抜かない程度の速度で、長い体を波打たせた。

「どこまで行くのー」

 飛龍の横にぴったり体をつけ、声をかける。

「青龍様の縄張りギリギリまでです。トルコのあたりですね」

「トルコかあ。また遠いところまで行くね。一時間半くらいかかるよ」

「普通の竜種なら三時間はかかりますよ。さすがに青龍様は速いですね」

 そういうこいつもなかなか速い。修行の甲斐はあったようだ。

「へっへーん。翼がないから速いのだ。この速度でなけりゃあと三十分は短縮できるね。そうだ、今度アイス買ってきてよ。美味しいんだ、ドンドゥルマ(トルコアイス)

「はいはい、一応憶えておきますよ。期待しないでくださいね」

 

 

 

「およ。もしかしてあれかな」

 文字通り風を切りながら飛んでいると、怪しげなものが見えた。

「もうご覧になりましたか、青龍様。私ではまだ靄がかかっております」

「うん、煙が見えるね。もしかしてあれ、魔法学校じゃないの?」

「ええ、そうです。トリニティ・カレッジですね。元魔法学校です」

「元? 今は違うんだ」

「はい。ここ半世紀ほどで魔法学からは手を引いております」

「ふーん」

 距離が近づくにつれ、ハッキリと見えてきた。

 ぽっこりと、カレッジの中に二つの穴が空いている。

「わお、すごいなこりゃ。たかがテロでこんなになるのかい」

「首謀者のヒルダはとりわけ優秀な魔法使いでしたからね。もっとも、彼はもう魔法を使えないはずですが」

「ああ、そうか、そんなに生きちゃったのか。そりゃあこんなことしても、仕方ないね」

 僕がそう言うと、飛龍はむっとこちらを睨んだ。

「仕方なくはありません。カレッジは多大な損害を受け、殉職した警官も百人を超えています。幸い一般人に被害は出ていないようですが、妖精ひとりのエゴとして片付けるには大きすぎる事件です。何より元魔法学校で事が起きたということこそが―――」

「ああ、もう、わかった、わかったから。ボクが悪かったよ」

 カレッジ内はわちゃわちゃと忙しそうである。瓦礫を押しのけたり、埋まっている人間を助けたり。

 ふと、珍しいものを見た。

「ねえ、あれって人狼じゃない?」

「え、どれですか?」

「ほら、あそこで瓦礫放り投げてるやつとか、地面掘ってるのとか」

「―――ああ、本当ですね。それもあんなにたくさん。今回の事件、国際刑事警察機構が動いているという話ですから、もしかするとあの人狼部隊にも要請がかかったのかもしれません」

「人狼部隊か。懐かしいね、西暦より前からこっそり動いてたような」

「ええ、代を重ねながら、影に日向に活躍しておりました。とうとう国際的に動くようですね」

 人狼部隊。

 人狼の中でも選りすぐりのエリートを集めさらなる研鑽を積んだ、現代で言うところの特殊部隊である。妖精種やエルフ種などと協力することで様々な力をつけて、数千年活動し続けている部隊だ。

「フリーランスの傭兵はもうやめるのかな」

「そうでしょうね。いまどき傭兵稼業だけでは食べていけないのでしょう」

「へえ。大変だなあ人狼も」

「彼らを含めて、人類というのは生きることそのものが生きる目標ですからね。我々とは違いますよ」

「生きるために生きる、か。それ、楽しいのかな」

 カレッジでは懸命な救助活動が続いている。それを取り巻くように、世界各国の報道陣が右往左往しており、そしてそれらを眺める物見遊山がたっぷり五百人くらい。

「楽しくはないでしょう。最近はそれ以外に目標を見つけようとしているようですが、まあ、あと数世紀はかかるんじゃないですか」

「キミ、下界に詳しいくせに冷たいねえ」

 滑空しながら飛龍を見る。

「当然です。彼らを詳しく知ると、彼らを卑下したくなりますから」

 珍しく、怒りの表情をしていた。

「おおばかものですよ、あいつらは」

 

 

 

 トルコ上空に到着した。

「で、どうするの?」

「西洋竜の方々と情報交換していただきます。私どもだけでは少し情報が足りませんので」

「うげ。苦手なんだって、あいつら」

「そう仰られましても、もう遅いです。ほら、迎えの飛竜(ワイバーン)ですよ」

 ちょうど、遠くから大きな羽根を上下させながらワイバーンが近寄ってきていた。

「これはこれは青龍様。如何なさいましたか」

「うん、なんでも、あいるらんどのテロの情報が足りないから欲しいんだって」

 こいつがね、なんてジェスターを爪でやってみる。

「はあ、ダブリンのテロですね。何をお話しましょうか」

「では、ヒルダ・ホールリンの目的についてお願いします」

 隣の飛龍……ボクが連れてきたほう……が頭を下げた。

「かしこまりました。彼の目的は現地の人狼部隊により既に確認されております。ふたつのうち、まずひとつは、ゴブリン種に対する有害指定の解除です」

「成程、ヒルダらしい(・・・)ですね。確かに昨今のゴブリン種に対する差別は酷いものでしたから」

 うんうん、とワイバーンのふたりは頷いている。僕はよくわからないので、出来る限りよくわからないような表情をしてみた。

「せ、青龍様、何か至らぬ点がございましたでしょうか」

 僕の顔を見て、迎えのワイバーンはなにやら震えている。

「ああ、違うのです。これは『よくわからない』という表情なのです。止めどなく威厳が溢れるお方ですから、そのように見えるのも致し方ありません」

 こうやって解説されるととても恥ずかしい。なので、髭を立ててぷい、とそっぽを向いた。

「これはそっぽを向いておられます。大方、気恥ずかしいのでしょう」

 ばかやろー。焼き鳥にするぞ。

「ふふふ、東洋龍の方々は仲がよろしいのですね」

「ヨーロッパのは違うの?」

 視線をワイバーンに戻す。

「ええ、それはもう。とにかく厳格な方々ですから、こちらも気苦労が絶えません」

 キリッとしていた表情を一転させ、どんよりした顔で語るワイバーン。

「うわあ、そうなんだ。ボクもあいつら苦手だからよくわかるよ」

「青龍様、話に乗らないでください。それで、ヒルダの二つ目の目的というのは」

「それが、どうも妙なのです」

「妙?」

「妙?」

 飛龍と声が重なった。

「はい。ヒルダ殺害に立ち会った人狼及び妖精の報告によると、擬似妖精の根絶、だとか」

「な」

「ぷ。あはははは。なんだそりゃ、そんなのできっこないでしょ」

 驚愕する飛龍を尻目に、空中でころころと笑い転げる。

「青龍様が笑われるのもごもっともです。その情報は確かなのですか」

「ええ、確定情報です。妖精による音声データも録られていましたから。ヒルダ・ホールリンの目的は、ゴブリン種の差別撤廃と擬似妖精の根絶です」

「は、ははは、ふー、ふー。……ヒルダってのは、頭が良かったんだろう? どうしてそんな、途方も無いことを?」

 息を整え、僕がそう問うと、ワイバーンはいっそう顔を曇らせた。

「本人曰く、排除は難しくとも情報、技術そのものを抹消することは出来るのではないか、と。……彼が錯乱していたと考えて間違いないでしょうね」

「…………わかりました。青龍様も、よろしいですか?」

「え、うん。まあ、だいたい分かったよ」

「それはなによりです。ご用件は以上でしょうか?」

「うん、それじゃ―――」

 ばいばい、と手を振ろうとすると、飛龍が言葉を遮った。

「いえ、もうひとつ。降龍の準備をお願い致します」

「へ」

「なんと、降りて頂けるのですか。それは大変ありがたい。実に四十年ぶりの降龍でございますね」

「え、いや、え?」

「前回の降龍で、半世紀に一度は執り行うと決めましたしね。丁度良い機会かと思いまして」

「それはそれは。場所はどちらになさいますか?」

「やはり、ダブリンのカレッジが良いでしょう」

「かしこまりました。では、少々お待ち下さい。準備を整えて参ります」

「ええ、よろしくお願いします」

「あ、うん、よろしくー……」

 来たときとは裏腹に、ばたばたと慌てたままワイバーンは遠ざかっていってしまった。

「…………ねえ、またやるの、アレ」

「ええ。やっていただきます」

 ふん、と鼻息を鳴らす飛龍。

「マジかあー……」

 はあ、と溜息をつく僕。

「あちっ、青龍様、火が混じってましたよ、今」

「しらないやい」

 

 

 

「久しぶりじゃないか、青いの」

「……ひさしぶり、ファフニール」

 僕がそう言うと、雲に座る大きな翼の竜は首を振った。

「よせ、その呼び方は。下界の奴らがつけたあだ名だろう」

「そうだね。ボクも、青いのに青龍って呼ばれてるし」

「ん? 何がおかしいんだ。お前が(Azure)(Dragon)って呼ばれるのは当然だろう」

「あのね、アオをブルーって訳すのは極東の日本くらいのものなんだ。本来『青竜』っていう龍は緑色なんだよ」

「へえ、で?」

「…………別に、何も」

 ファフニールがふん、と火炎を吐いた。

「さっさと行ってこい。降龍は何度もやってるんだろう」

「まあ、そうだけどさ。何回やっても、慣れないものは慣れないよ」

 がふ、と、挨拶代わりに短く火を吹き、ファフニールの元から離れた。

 下の雲に向かって、一直線に落下する。

「青龍様。どうか道々、お気をつけ下さいませ」

 ごうごうと音を立てる風の中、どこからか追いついてきた飛龍が話しかけてきた。

「大丈夫だよ。危ないことされそうになったらすぐ帰ってくるし」

「はい。私は上空に待機していますから、何かあればこちらを視てくださいね」

「うん。いつもどおり、だよね」

「そうです。よろしくお願い致します」

 するりと、落下する軸から飛龍が離れた。

 そろそろ雲を抜ける。

「えーと、三角形に、青い炎、だったね」

 腹に力を込め、三方に向かって青い炎を放つ。これが降龍の合図だ。

 

 降龍。

 科学技術の発展は、人類を新天地(フロンティア)へと運んだ。

 そこは深海であり、山頂であり、洞窟であり、宇宙だった。

 純人は皆、こぞってその未開拓地を開拓していった。

 その結果、エルフを始めとした多くの亜人種は純人種の存在を無視できなくなり、やがて純人と亜人の共存が始まった。

 だが、竜種は、その共存が始まるのがとても遅かった。

 なにせ、空の上だ。地球と宇宙の境目をふわふわしている僕達のことを知っているのは、本当にごく一部の亜人種のみだった。

 純人が竜種を確認できるようになったのは、宇宙開拓に手をかけたあたりのときだった。

 そのころにはもう、飛行機のパイロットによる竜種の目撃例が後を絶たなくなっていた。

 これは、双方にとってマズい事態だった。竜がほんとうにいるのなら、純人は宇宙へなど行けない。また、純人がロケットに乗って地球を離脱しようものなら、誤って竜種がそれを粉々にしてしまうかもしれない。あるいは、しびれを切らした純人たちが、僕達に戦争を仕掛けてくるかもしれない。

 そんな事態を打開する策が、降龍だった。無闇な戦闘が発生する前に、先に和平を結ぶのだ。

 その際選ばれたのは、竜種の中でも一番目撃例が多く、なおかつ何度か人類と顔を合わせたことのある龍。

 それが、僕だった。

 要するに僕は、一番純人に近い龍だったのだ。

 注意力散漫で、好奇心旺盛。

 竜種イチとも言われるうっかり小僧は、西暦二〇一六年に地球の大地へと降り立った。

 その際降りたのは、個人的に一番好きな国、日本だった。

 この国は、いい。数百年も島の中にひきこもって独自の進化を遂げたくせに、他国の文化を何でもかんでも吸収する順応性を持っている。真面目で個性がないのが玉に瑕だけど、そういう欠点も好きなのだ。

 それに、日本という国は龍に対して好意的だ。欧米諸国はドラゴンといえば悪者、と言う扱いなので、降りたが最後、やっぱり戦争になりかねない。

 日本のどこに降りるかは凄く迷ったのだけど、やっぱりこの国の象徴である富士山に降りることにした。具体的にはその近くにある湖だ。

 いきなり大きな声を出すのも悪いので、さっきやったように青い炎で三角形を作って、その中をくぐり抜けるように湖の上へ降りた。僕を最初に見つけたひとの表情は、今でも覚えている。すごい間抜け面だった。

 その後、僕に戦闘の意思がないこと、ただ対話しにきただけだということを出来るだけ小さな声で伝えると、日本のお偉いさんが続々と集まってきた。小さな声で喋っていたつもりだけど、みんな耳を塞いでいたっけ。

 そして、だんだん、なんだか面倒くさくなったので、僕たちは君達に関わらないけど、基本的に味方だよ、みたいなことを言ってさっさと帰った。

 そのあと、竜のことに関していろいろと名前をつけられたらしい。さっきのファフニールとか、青龍とかがそうだ。青い龍だから青龍。マチガイだーって指摘したいけど、まあ、仕方ないかな。日本語としては正しいのだし。

 降龍、という名前をつけたのも、日本のどこかの誰かさんだった。無駄に厳かな雰囲気でありかつ、「交流」とかけているあたりがなんだか面白くて、東洋の龍たちは降龍という言葉を使うようになった。

 それにしても、月日が流れるのは早い。前の降龍からたった四十年くらいのはずだけど、その間に下界ではパソコンとかスマートフォンが出来て、今では擬似妖精なんてものができている。

 アレが出来たときは凄く欲しかった。飛龍に買ってきて、と何度も頼んだけれど、その度に断られた。ちなみに今でも凄く欲しい。

「ふわあ。……あ、緊張してあくび出ちゃった」

 話す内容はさっき覚えさせられた。万一忘れたら、さっきの飛龍を視ればいい。いわゆるカンニングペーパーの役割をこなしてくれる。

 地面が近づいてきた。既にカレッジ内から人狼が他の人種を避難させている。

 さすが、人狼。

 機転が利くし、力も強いし、あの種族はなんとも頼もしい。

「御苦労である、人狼諸君」

 がふがふと火を吹きながら、地上へ着地した。

 

 

 

 ちょうど真昼。日差しがまっすぐ芝生を照らしている。

「よ、いしょ、と」

 上から見て一番広い広場に降りた。わりとスペースに余裕があるので、ぺったり地面に伏せることが出来る。

「こんにちは、青龍様。此度もご足労頂き、ありがとうございます」

 人狼のひとりが、僕の顔に近寄ってきた。

「その言葉はこちらも言いたいものだ。人狼よ、今回の働き、まことに見事であった」

 僕が出来るだけ怖そうな声でそう言うと、黒髪の人狼はとても驚いたようだった。

「まさか、私どもが右往左往するさまを、空からご覧に?」

「応。特に貴公は人狼部隊の頭としてよくやった。陣を二つ壊せなかったのは確かに痛手だが、貴公が指揮を取らねば一つとして破壊することは出来なかっただろう。米国での偵察など、地道な活動があったが故の成果であろうな」

「……いやはや、そこまで視ておられるとは。龍の眼というのは聞きしに勝るものですね」

「故に我らに嘘偽りは通らぬ。肝に命じておくことだ」

「は」

 すっと礼をする人狼。きびきびした動きは、見ていて気持ちが良い。

「此度の一件、貴公らの掴んでおらぬ情報も、我らは掴んでおる。だが、それを明かすことは我らの理に反する故、貴公らの手で明かして欲しい。だがまあ、この件はこれ以上発展することはないであろう。貴公ならば次の情報、そう、東洋の魔法使いすら見つけてみせるであろうな」

「そう出来れば何よりですが、何分、情報が少ないもので」

「人狼が弱音を吐くとは、余程堪えておるようだな」

「ええ、それは、もう」

 人狼の顔には疲れが見て取れた。たぶん、ずっと情報を洗っていたのだろう。

「妖精よ。お前も良くやった。そしてこれからも、この人狼との働きを期待しておる」

 しゅるり、と、人狼の傍に金髪の妖精が実体化した。

「あ、ありがとう、ございます」

 ふわふわと浮いたまま、礼をする妖精。

「―――この一件に関して、竜種として言うことは何も無い。が、事が事だ。あわや人類史の分岐点となるところであった。それ故、此度の降龍を行った。我ら竜種は人類とともに在る。その事を、我らと貴公らに再確認させるためである」

「はっ、そのお言葉、確かに受け賜りました」

「うむ。では、次の降龍までしばしの別れである。我らはいつでも、貴公らを見守っている。よしなに」

 礼をしたままの人狼に、鼻をこつんと当てる。驚いた人狼が後ずさったのを確認して、脚に力を込め、地面を蹴った。

 体が浮いてゆく。

「敬礼っ」

 見れば、人狼部隊が隊長の後ろに勢揃いしていた。長の号令と共に、僕に向かって敬礼を向けている。

 ちょっと嬉しかったので、がふがふと火を吹きながら派手に空へと戻っていった。

 

 

 

「お疲れ様でした、青龍様」

 降りたときに乗っていた雲にたどり着くと、飛龍が出迎えてくれた。

「うん、ただいま。人狼と会えたから、今日のは楽しかったよ」

「ええ、そうでしょうとも。上から視ていても、青龍様がウキウキしてらっしゃるのがひしひし伝わって参りました」

「そ、そうかな。なんか恥ずかしいな」

「それに、今日の降龍は素晴らしかったですよ。竜種としての威厳、しっかり示すことができていたと思います。ただ、最後の、よしなに、っていうのはちょっとヘンですよ」

「あ、やっぱり? でも使いたかったんだ。よしなにー、よしなにー」

 言葉に合わせて首を横に振ると、なんだか楽しくなってきた。

「はあ、そんなところだろうと思いました。……では、そろそろアジアへ戻りましょう」

「えー、疲れたよ、僕」

「何を仰るんです。このままここに居ると、西洋竜の皆様のご迷惑になりますよ」

 飛龍の言葉は、暗に『このままだと面倒なことになる』と言っている。

「はあ、わかったよ。じゃあ今度、ぜーったいドンドゥルマ(トルコアイス)買ってきてね」

「ええ、その程度安いものです。十年と経たぬ間に用意してご覧に見せましょう」

「…………龍としても、十年は、さすがに長いな。せめて五年」

「私共ワイバーンも多忙ですから」

「むう」

 一足先に、飛龍は雲から飛びたった。

 もう一度だけ、足元の下界を視る。

 救助活動は再開され、さっきの黒髪の人狼はまた、司令室であるホテルへと戻っていく。

「…………頑張ってね」

 ひとりごちて、その場を後にした。


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