ちいさなほしのうえで   作:ゲンダカ

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余章 後

「―――講義、ねえ」

 つまらなそうに、黒髪の彼はぼやいた。

「いーじゃん。楽しそうだよ?」

 はしゃぐように、茶髪の彼女が声を掛けた。

「私は緊張しっぱなしですよ……。学校(ここ)に来るのも、初めてなんですし……」

 もうひとりの黒髪の彼は、不安げに呟いた。

 

 ハインツ・フォクト。

 イヴァンナ・ペトローヴナ・ロマノヴァ。

 ケヴィン・エルドン。

 あの事件(・・・・)。ダブリンのゴブリン蜂起テロの、対策部隊のうちのひとつ。陣魔法解体部隊第五分隊が再集結していた。

 無論、今日行われる特別講義のためである。

 では、なにゆえ彼らが来ているのか。

 全六分隊ある解体部隊は、その単純な戦闘能力ごとにチーム分けされていた。最も能力の優れた第六分隊から、最も能力の劣る第一分隊まで。

 本来であればより緻密に素性、経歴、能力、性格などを調べて配属するのが最良だが、今回は圧倒的に時間が足りなかった。だがその配属方法ゆえに、単純な戦闘ならばまず間違いなく第六分隊が最高の戦果をあげていただろう。

 だが、今回の任務は探索だった。長時間地下道を練り歩く、酷く地道な作業。だからこそ、戦闘能力よりも連携機能がどれだけ働くかがカギだったのだ。

 実際に、戦闘能力だけ(・・)で選ばれた第六分隊はその過ぎたる力ゆえに連携などできず、分隊は瓦解した。

 そして、その次に能力の優れた者を集めた第五分隊は、奇跡とも言っていいほどの連携をとり、全部隊で最も優秀な成果をあげた。だからこそ、今日の特別講義には彼らこそが相応しい―――というのが、人狼部隊の長を務めるジョゼフ・ハインドマンの(げん)である。

 最も、その人狼部隊の中では「第五は美男美女が揃っているから」との意見が有力とされているが。

 吸血鬼であるイヴァンナは言うに及ばず、ハインツ、ケヴィンも相当な美形である。広告塔とするには十分すぎる人材だ。

 

「ホラ、ハインツ。そろそろ着替えなきゃ」

「あ? いいだろ、これで」

「駄目だよっ。そんなよれよれ(・・・・)の格好で人前に出るつもり? ほら早くっ」

 だらだらと動くハインツを、無理矢理に着替えさせていくイヴァンナ。そのスーツも彼女が事前に仕立てていたものである。

「…………本当におふたりは、ただのご友人(・・・・・・)、なのですか?」見かねたケヴィンが口を開いた。

「え、そうだけど、なんで?」

 きょとんとした顔のままで言葉を返すイヴァンナ。ハインツも無言ながら同意している。

「―――いえ。そうでしたね。なんでもありません」

 言って、ケヴィンは微笑んだ。

 とはいえ、イヴァンナがエルフであれば、良き夫婦であったろうに―――

 そこまで考え、彼は首を振った。

 吸血鬼であるからこそ、彼女(・・)彼女(・・)なのだから。

 

 彼らが恋愛関係のようなより深い関係に発展しないのは、イヴァンナが吸血鬼であるからに他ならない……と、ケヴィンは考えている。

 そも。吸血種というのはほかの人種とは関わらない、いや、関わるべきではない人種だ。彼ら(ドラクル)にとってほかの人間など、全て捕食対象に過ぎないのだから。そんな彼らがこうやって人間社会に溶け込んでいるのは、科学技術の発展に依るものだ。

 吸血鬼用の人工血液が実用化され安定して生産、供給できるようになってから、吸血鬼達が生きた人間を襲う必要はなくなった。モノによっては「処女の血」と同等の味を再現しているとされるそれが開発されて以後、吸血鬼による他人種への被害はほぼ皆無となった。

 美味なものほど値は張るが、吸血鬼たちはそのほとんどが悠久に等しい時間を生きてきた。よって、多くが十分な財産を持っている。そうでない、金銭を持ち合わせぬ吸血鬼には、各国政府が無償で人工血液を与えるように決められている。無論、質の良いものではないが、腹を満たすには十分なものだ。

 世界がそう動いたからこそ、彼ら(ドラクル)は人類にとっての脅威ではなくなった。人々が吸血鬼との共存を望み、吸血鬼たちがそれに応えたのだ。

 他人種とは少し違うモノを主食にする変わり者―――それが現代に於ける。吸血鬼に対する世論の印象だ。

 だが。それでも彼ら(ドラクル)は、他人種と密接に関わることはしない。

 誰が言い出したのでもない。誰が取り決めたのでもない。彼らが彼ら自身に、無意識に課した制約(ルール)である。

 イヴァンナもそれ(・・)だ。ほかの吸血鬼たちと同じく無意識ではあるだろうが―――フレンドリーな態度こそ取れど、最奥までは踏み込まない。そういうふうにして、彼女も永い時間(とき)を生きてきた。

 ハインツは、まあ、単純に「そういうモノ」に興味がないだけだろうが―――

「…………仲が良いのは、よいことです」

 ケヴィンは誰に言うのでもなく、そう呟いた。

 

 

 

 講義まであと十分。

 そこで、彼女が爆弾を投下した。

「ケヴィンさんはさー、カノジョつくらないのー?」

 控え室に座るケヴィンとハインツの動きが、イヴァンナのひとことで完全に静止した。「おまえ(あなた)が言うな」と。喉元まで出かかったその台詞を、ふたりはなんとか飲み込んだ。

「―――え、ええ」ケヴィンは大きく深呼吸したあと、なんとか口を開いた。「私はもう、そういう歳でもありませんから」

「ん?」

 ケヴィンの返答を聞いたイヴァンナは、不思議そうに彼の顔を覗き込んだ。

 それも当然だ。整った顔立ちの彼は、どこからどう見ても二十代。三十代前半……と彼自身が言ったとしても疑ってしまうほどに若々しい。その彼が「そういう歳ではない」と言うのは―――

「――――――まって。まって。ケヴィンさん、いま、なんさい」

 頭を抱えながらイヴァンナが問う。

 人狼は、吸血鬼のもと(・・)になったとされる種族だ。無論、寿命も永劫に近いほど長い。老衰で死ぬことはほぼ無いと言っていいほどだ。

 そして、ケヴィンの最も得意な事は「変化」。

 若々しい美青年(イケメン)で、変化の得意な人狼(ウェアウルフ)。つまり。

「歳、ですか。ええと、今年でちょうど八百二十になります」

「はッ―――――?」

 ボケッとコーヒーを飲んでいたハインツが、両目を見開きマグカップを床に落とした。

「ぼ、ぼ、ぼぼ、ボクより、としうえ…………」

 イヴァンナも、半ば想像はついていたとは言え愕然としている。

「ああ、すみません」ふたりの反応を見たケヴィンが、申し訳なさそうに話を続けた。「もう数百年ほどこの姿のまま過ごしていましたし、周りも私と同じ人狼ばかりでしたから、説明を忘れていました。ちゃんとお話しておかなくてはなりませんでしたね」

「あ―――う、ううん、別にケヴィンさんがなんさいだったとしても、問題があるわけじゃないし、いいんだけど……たしかに、ビックリ、したかな、はは、は…………」

 これまでより、もっと丁寧な態度で接しよう――と、イヴァンナはそっと心に決めた。

「さて。そろそろお時間ですね」

 ケヴィンが腕時計を見ながら呟いた。

「あ、ほんとだ。……ええと、どうやって仲良くしてたかってお話でいいんだよね?」

「そうだ。お前はできるだけ黙ってろ」

「う」

「学生たちから質問が来るでしょうから、それに答えていただければ」

「ケ、ケヴィンさんまで……。はぁーい……」

 

 

―― ―― ――

 

 

 午後二時。

 パーラメント・スクエアにて、特別講義の準備が進んでいた。

 魔法学校の学生だけでなく、受講を希望した外部の人間もパイプ椅子に座っている。

 普段の講義と比べると少し遅い時間で、全く違う場所。

 それもそのはず、この講義は世界中に中継されるのだから。

 人狼部隊の一員が人前に姿を晒すなど前代未聞。それこそ、先の「降龍」と同じかそれ以上の大ニュースだ。各国メディアがこぞってウエストミンスターにおしかけ、中継の申し入れをしてきたのは当然と言える。

 魔法学校側も渋々了承し、時計台の中ではなく、少し離れたこの場所で講義を行うことに決定した。

 

「あれ? マイクとか、スピーカーとかは?」

 パイプ椅子に座った修一が、きょろきょろと公園の周囲を見渡しながら誰にともなく尋ねた。

「あはは、使いませんよ」席の不要なトレスが、修一の頭の上で返答する。「場所は違っても魔法学校の授業ですから。拡声魔法を使うんでしょうねえ」

「へええ、なるほど。……トレスも使えるの?」

「う」

 トレスは短く呻いて、修一の椅子の下に逃げた。

「……使えないのか」くすりと笑う修一。「それにしても、すごい人の数だね。そんなに珍しいんだ、その、じんろーぶたい、って」

 彼の呆けた呟きに、魔法学校の学生たちが大きく溜息をついた。

「ほんっとになんにも知らないのね、シュークリーム(・・・・・・・)

「え、あ、いや、だって、僕、ただの高校生だし……、純人だし……一般人だし……あと、シューイチ、だからね? なんでクリーム……」

「こーら、シューイチもアルも喧嘩しないのっ」ユリアーナが口を挟んだ。「もう講義始まるよっ」

「喧嘩というより、修一さんがいじめられているだけだと思うわよ、ユリ」

「ふん。―――あ、ヒルゲ爺出てきた」

 アルミリアの視線の先。広場の奥に設置された壇上に、一人の老いたエルフが姿を表した。

 

 特別講義はまず、あの事件のおさらい(・・・・)から始まった

 妖精の師、魔法の名手、陣構築の最高権威、ヒルダ・ホールリン。彼が起こした、ダブリンのトリニティ・カレッジ爆破テロ。

 一般人は軽いけが人が数人ほど出ただけで済んだものの、多くの警官がその犠牲となり、カレッジもその敷地の三分の一ほどが崩落した。事件直後はその被害の甚大さからICPOを非難する声が多かったが、爆破の陣が六つも敷かれていたこと、その隠蔽の周到さ、そしてそれを少数精鋭で四つ解体出来たことなどから、非難の声は次第に減っていった。

 無論、全て解体出来るに越したことはない。だが、陣の敷かれた現場の分析に当たった魔法種がことごとく「検知はほぼ不可能」と結論づけた以上、コメンテーターたちも口を閉じるほかなかった。

 もしもICPOが動かなかったら、もしも部隊が機能しなかったら、一体どうなっていたか―――それを考えることが出来る程度には、世論もマスコミも理性を持っていた。

 更にICPOの情報公開が進み、陣魔法の対処にあたった部隊の詳細が発表されると、マスコミはそこ(・・)に食いついた。

 人狼部隊。

 神話の一端。おとぎ話の兵隊さん。夢の世界の英雄(ヒーロー)たち。実在するかどうかすら不明であるものの、世界各地に伝承として残されていた、最古にして最強の戦闘部隊。彼らがICPOに協力し、対処部隊の指揮を執った―――。

 にわかには信じがたいニュースであった。ICPOが公式声明として発表しても、各種メディアは責任を軽くするための虚言だと断じ、街行く人々も疑問を呈した。信じたのは、おとぎ話を信じる子どもたちくらいのものであった。

「おおかみさんだ」「ほんとにいたんだ」「かっこいい」

 そう口にする子ども達と、白い目を向ける大人たち。

「――――私も、つい数時間前までは、その『疑問』を呈する側でした」壇上に立つ教師、ヒルゲ・ピールスが真剣に語り続ける。「しかしながら、警察機構の発表は紛うことなき真実でした。西暦より以前より、ときに人類の敵として、ときに人々の味方として、歴史の裏を、世界の隅々を歩み続けた彼らは実在した。彼らは人狼としての弱点故に、その存在をひた隠しにしていたのです。もっともなことですが―――」

 

「…………人狼の弱点、っていうと、ええと」

「銀よ」修一の呟きにアルミリアが反応した。「純粋な人狼は少量でも銀が体内に侵入すると、そこから肉体が溶けて死に至る。だから、人狼をサクッと殺りたいならボケっと街中でも歩いてるところに銀の針でもナイフでも刺してやって、『暗殺』するのが手っ取り早いの。人狼と正面切って戦っても勝てるわけないし。だから人狼は、自分がウェアウルフだとバレないように正体を隠すの。あの手この手を使って、ときには妖精の眼すらもごまかして」

「…………そんなこと、できるの?」

「できるんでしょ」そう自分で言っておきながらも、アルミリアは信じがたいように眉を寄せる。「でないと、人狼部隊なんてとうの昔に見つかってるでしょうし。数千年も正体を隠せるっていうんなら、それくらいはやってなきゃおかしいわ」

 頷くアルミリアとヨセフィーナを見て、修一もそうか、と納得した。

 

「―――では、本日の特別講師の方々です。どうぞ」

 ヒルゲがそう言うと、壇上に三人の人間が姿を現した。

 黒いスーツをスラリと着込んだ、痩せぎすの男エルフ。

 ゴスロリチックな服を着て日傘をさす、純人のような少女。

 グレーのスーツに身を包んだ、背の高い純人のような男。

「陣魔法解体部隊第五分隊の皆様。自己紹介をお願いします」

 ヒルゲの言葉を聞いて、まず最初に出てきたエルフがしぶしぶと口を開いた。

「……ハインツ・フォクト。第五分隊。インターポールドイツ支部魔法課所属。エルフ。ここの卒業生、…………です」

 続いて、日傘の少女が手を上げた。

「はいっ。イヴァンナ・ペトローヴナ・ロマンブッ……ロ、ロマノヴァですっ。長いから、イヴァって呼ばれてます。こんな見た目ですけど、吸血鬼やってまーす。よろしくっ」

 楽しげにピースをする彼女と裏腹に、会場には不穏な空気が流れた。

 なにせ、今は午後二時、真昼時。太陽が真上からさんさんと降り注ぐ夏の広場に、日傘一つで立つ吸血鬼―――。この学校の関係者ならば、十分にその恐ろしさ(・・・・)が理解できるからだ。

 見るからにか弱く、見るも麗しいその少女の、恐ろしさ。

 だが、三人目の発言で、その空気も一変する。

「――――ええと、どうも、はじめまして。人狼部隊所属(・・・・・・)、ケヴィン・エルドンです」

 背の高い彼の言葉。

 その言葉に嘘はない―――なぜかはわからない。だが、会場に居る全員が……修一も含めて……その言葉を心の底から信じた。

 人狼部隊は実在した、と。

「この度はお招きに預かりまして、光栄の至りです」ケヴィンと名乗った彼は、ざわつく会場に怯むことなく話を続けた。「本来であれば部隊長が来るべき場ですが、さすがにまだおいそれと姿を現させるわけにもいきません。ですので、本日は私が代理としてこの場に立たせていただいております。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 人狼のそのイメージとは裏腹に、彼は丁寧な口調でそう語った。

 

「あのひとが、人狼……」

 ぽつり、修一が呟く。

「……すましてる(・・・・・)けど、さっきの吸血鬼(ドラキュリーナ)以上のバケモノじゃないの、アレ」

 アルミリアも、つい口を開いていた。

「そうねえ。こうして実際に目にしてみると、ふつう(・・・)の人狼さんとは違います」

ふつうの人狼(・・・・・・)?」ヨセフィーナの呟きに修一が反応した。「人狼が、普通にその辺に居るみたいな言い方だね」

「ええ、居ますよ。彼らは獣化しなければ純人と何ら変わりませんから、その多くが純人のふりをして生活しているのですよ。妖精にはすぐにわかりますが、彼らは平穏を求め、そう暮らしています。悪さをするわけではありませんから、私達も基本的に干渉しません」

「ふうん……」

「人狼さんは、力持ちで、働き者ですから、とてもお役に立っていらっしゃいますよ。インターポールでも随分と前から人狼さんが働いておいでですし。人種としては珍しいほうですが、妖精と同じように、世界中のあちこちで活躍していらっしゃいます」

 へえ、と感心する修一と、常識だと白い目を向ける学生たち。

 

 無論、それに構わず講義は進む。

「では、ここからの進行はケヴィン様にお任せします。どうぞ」

「わかりました」頷いて、ケヴィンが一歩前へ出る。「まずは私どものより詳しい来歴を―――と言いたいところですが、残念ながら時間は限られておりますので、本題へ参ります。

 異種族間の連携。この時代では、確かに難しいことです。我々人類は、数百年、数千年という長い長い時間を経て、ようやく相互理解という段階へ片足をかけました。しかし、未だに差別や偏見が色濃く残っているのも、また事実です。今回のゴブリンたちのテロこそ、まさにその最たるものでしょう。

 ……ヒルダ・ホールリンは、誰もが認める悪行を犯しました。許されざることです。彼の大魔導師たる立場に関わらず、それは糾弾されるべき罪科です。しかしその背景には、長く続くゴブリン種への人種差別がありました。彼の真意は別にあっても、その言葉に多くのゴブリンが耳を貸し、賛同し、手を貸したのは真実です。その点のみ、その一点のみに於いては、私のような亜人種といたしましては、同情の余地があると考えてしまいます。

 テロに参加したその半数のゴブリンは、アメリカの出身でした。皆様もご存知のように、アメリカは特に『有害指定』の厳しい国です。それに反発するゴブリン種が多いのは至極当然のことでしょう。無論、ヒルダらテロリストの行いを擁護するつもりはありません。……ですが、『有害指定』は確実にやりすぎ(・・・・)であると主張します。これは、人狼部隊全員の意見です。

 純人(ヒューマン)にも、耳長(エルフ)にも、血鬼(ドラクル)にも、人狼(ウェアウルフ)にも、どの種族にも一定数の犯罪者は存在します。もう、子鬼(ゴブリン)だけが悪いなどという時代ではない。ヒルダ・ホールリンの口車に乗るようで癪ですが、それでも、有害指定の緩和、もしくは撤廃―――これらは、異種族の相互理解をすすめるうえで避けて通れぬ課題であると主張します」

 広場に居る全員が、彼の長い「主張」に聞き入っていた。

 古来より、純人種と亜人種は相容れぬものだった。

 裏を返せば、亜人種同士の関係は良好だったのだ。

 だからこそ、妖精種をはじめとした多くの亜人種は、かねてよりゴブリンの待遇を改善するように幾度となく進言していた。

 だが、過去の歴史に於いてゴブリンたちが悪さをしてきたのもまた事実。純人は彼らを特に恐れたのだ―――その見た目から。

「他種族を蔑んでおきながら、何が相互理解でしょう。何を連携できるというのでしょう。我々陣魔法解体部隊第五分隊が成果をあげられたのは、互いの人種ではなく、互いの内面を重んじたからです。能力を尊重し尊敬し、足りない部分を補い合ったからです。今回の議題は、根底から間違っている。『異種族間の連携』など、元来何も難しいことではないのです。自らと同じ人種の人々と接するように、ほかの人種の人々とも接すれば良いだけです。理解し、信頼し、行動する―――それだけです。たったの、それだけのことなのです」

 彼は、真剣な表情でそう言い終えた。

 

 会場からまばらに、拍手の音が立ち始めた。

 ぱらぱらという音は、だんだんと纏まっていく。

 次第にその音は大きくなる。

 ついには、大喝采へと変わっていった。

「―――ありがとう、ございます」当のケヴィンは、面食らったように固まっていた。「てっきり、『バカヤロウ』とも言われかねない……と思っていたのですが。いえ、中継の向こうや、今後のことはまだわかりませんが……。それでも、私の―――いえ、人狼部隊の言葉に耳を貸してくださったこと、心より感謝致します」

 深々と礼をする彼に、会場からより一層大きな拍手が巻き起こった。

 魔法学校主催の特別講義だからこそ起きた奇跡のようなものだ―――と、ケヴィンは思った。これが純人の前でのスピーチなら非難轟々だったろう。ゴブリンを含めた異種族と日頃から親しくしていた彼らだからこそ、こうして受け入れてくれたのだ、と。

「長話をしてしまいました。……あ、いえ、講義、というものなら、こうして長話をするのがあたりまえなのでしょうか? ……さて、最後にひとつだけ、この場をお借りしてのお知らせがございます。

 人狼部隊の、インターポールへの正式加入が決定しました。以後、我々人狼部隊はインターポールからの情報を得て、世界各地で行動を起こします。しかし、彼らからの指示を聞いても、彼らからの指図を受けることはありません。インターポールが人々を脅かすとあれば、我らは躊躇うことなく彼らに刃を向けましょう。……ということも、インターポールの方々に納得していただいた上での発表です。これまでよりも人狼部隊の活動がわかりやすくなるでしょうが、大きな変化はないはずです。

 ということで、これで私と、人狼部隊からの話はおしまいです。ここからは皆様からのご質問にお答えしていこうと思います。機密に関すること以外でしたらお答えできますので、今回の一件についてでも、私たちのことについてでも、なんなりとご質問ください」

 

 

 ケヴィンはそう言ったものの、会場の老人たちからの質問はほぼ全て「人狼部隊の機密」に関わるものばかりで、彼はひたすら申し訳なさそうに「お答えできません」と繰り返していた。

「つまんなーい」

 はー、と大きなため息を吐くユリアーナ。

「そうねぇ。こんなに人狼さんばかりへ質問していても埒が明かないと、分からない人たちではないでしょうに……」

「仕方ないんじゃないかな、ヨセフ」ヨセフィーナの言葉を聞いたアルベルトも、やれやれと首を振りながら口を開いた。「珍しいなんてもんじゃないだろう、彼。人狼部隊の一員、なんて。少しでも情報は欲しいだろうさ。……まあ、もうちょっとばかり空気を読んで欲しいところだけれど」

「―――よっし、シューベルト、出番よ」

「へ?」

 アルミリアは明らかに違う人物の名を呼んだが、修一は彼女が呼んでいるのは自分のことだと即座にわかった。この状況にも随分と慣れてきたらしい……などと考える暇もなく、アルミリアが話を続ける。

「あんたはあのジジババどもとは別ベクトルで空気が読めないでしょ。……はーい、はーいっ。しっつもんでえーーーすっ」

 修一の抗議の声に耳も貸さず、アルミリアがケヴィンへと叫んだ。

「――――あ、はい、ええと……そこの、金の髪のエルフの女性。なんでしょうか?」

 彼女の声の大きさにたじろぎつつ、ケヴィンがアルミリアに質問を許可した。自然、会場全体の視線が彼女とその周囲に向かう。

「ホラ、拡声魔法ならかけてあげたから。何でもいいわ、質問しなさい。……なんとなれば、あたし秘蔵の『ユリアーナ恥ずかしフォトコレクション』、分けてあげるから」

「ちょっ、アル、なにそれ―――――」

 慌てるユリアーナ。だが、アルミリアの言葉を聞いた修一はもはや止められなかった。彼は颯爽と席を立ち、すう、と息を吸い込んだ。

 

「―――――――――好きな食べ物は、なんですか」

 

 

 

―― ―― ―― 

 

 

 会場は静まり返った。

 いや、凍りついた、と言ったほうが正しい。

 限られた貴重な時間のなかで、この小僧はなんてつまらないことを訊いているのか―――学校の老人たちは皆、頭の中でそう叫んでいた。

 しかし、壇上の彼らは違った。

 今日初めて、第五分隊員たちは笑っていた。

 

「――――失礼。好物、ですか。それなら私どもでも、お答えできますね」

 ケヴィンは、嬉しそうにほほえんでいた。

「私は人狼ですから、無論肉類は好物です。それ以外ですと……そうですね、たまにしか頂く機会はないのですが、ザッハトルテは大変に美味であると思います。あれは確かに、私の好物と呼べるでしょう」

 彼は努めて穏やかに、それでいて楽しげに自らの好物について語った。

「では、次にイヴァンナ様。……ああ、ハインツ様、彼女に拡声魔法を」

 ケヴィンにそう言われ、ハインツはしぶしぶと左手の指をぱちんと鳴らした。

「―――あー、あーー。やったっ、これ、ボクももう喋っていいんだねっ?」

 イヴァンナは自分の声が広場に響くのを確認して、嬉しそうにくるくると日傘を回した。

「ええと、好きなものっ。そりゃあもうたーくさんあるんだから。木苺のタルトでしょ、マカロンは……何味でも好きっ。ゴディバのチョコも外せないよねー、中でもやっぱトリュフかな、トリュフチョコ。パフェだと、生クリームたっぷりのプリンパフェが一番っ。意外とラスクなんかも好きで――――」ぱちん。

 いくらでも語ろうとする彼女の目の前で、ハインツが左手の指を鳴らした。拡声魔法が切れるどころか声を出すことすらできなくなったイヴァンナが、右隣に立つハインツをむう、と恨めしげに睨みあげる。

「ははは、ありがとうございました、イヴァンナ様。では最後にハインツ様、何か好物を教えて下さいませ」

「あ? 俺もかよ……」

 ハインツは、恥ずかしげに頬を掻いた。

「あー………………、ドライフルーツ?」

 彼がそう口にした途端、隣に立っていたイヴァンナが傘を放り投げて笑い転げた。声こそ出ていないが、大変な笑いようであることは一目見るだけで明らかであった。

 

 そうして、会場の空気は変わった。

 修一の質問を切っ掛けに、学生たちから多くの質問が出るようになったのだ。

 

「人狼さんはお魚も食べますか?」

「ええ。私も、私以外の人狼部隊員もよく食べますよ。骨が強くなりますからね」

 

「こんなに良い天気なのに、外に立っていて大丈夫なんですか」

「うんっ。しっかり日焼け止め塗ってるから、ホントはこの傘もいらないんだー。でも、それだと吸血鬼らしくない、傘を使え、ってこのハインツがうるさいもんだからしぶしぶ使うことにしたけど……いやあ、このハインツが、まさか、こんなにカワイイのを用意してくれてるなんて思わな――――」ぱちん。

 

「実技のテストで、詠唱をよく噛んでしまうんです。何かいい対策はないでしょうか……?」

「知らん。―――いで。痛えよ、イヴァ。あー、とりあえず、落ち着け。その辺の壁にでも地面にでも頭ぶつけりゃ落ち着くだろ」

 

「皆さんの得意な魔法は?」

「言っても良い範囲ですと…………料理、ですかねえ。よく意外だと言われるのですけれど、手作りでも魔法でも、だいたいの国の料理を作ることが出来ます」

「え、魔法? アハハー、ボクムリー。身体強化くらいかなあ」

「……………嫌がらせ系」

 

「ドラキュリーナさんとエルフさんは仲が良さそうですね。おつきあいとか――」

「してねぇよ」

「食い気味の即答ですか……。さすがに、イヴァンナ様がかわいそうですよ……」

「知るか」

 

 

 講義は、その穏やかな雰囲気のままに終了した。

 魔法学校講師の面々は苦々しい顔を浮かべていたが、学生や一般参加の人々、第五分隊員たちはたいへんに満足げであった。

 TVのインタビューを受けた一般男性はこう答えた。

「これでこそ相互理解だよ」

 会場には、少なからずゴブリンも集まっていた。

 彼らからの質問にも、第五分隊は笑顔で応じた。

 ゴブリンたちはただそれだけでも、十分に嬉しかった。

 ケヴィンの演説も、心を震わせるものだった。

―――これならば、世界も動くかもしれない。

 そういうふうに、彼らは感じていた。

 

 

―― ―― ――

 

 

「…………ねえ、ユリ?」

「ん。どうかしたの、ヨセフ」

 会場を後にし、学校へ戻る途中でこっそりヨセフィーナがユリアーナに声を掛けた。

「そ、その……ひとつ、お願いがあるのだけれど……」

 おずおずと、申し訳なさそうに話すヨセフィーナにユリアーナはたじろいだ。明らかに、ヨセフらしくない。

「な、なに。サインでも、ほしかった?」

「い、いいえ、そうじゃなくて……。―――その、連絡が、あって」

「連絡?」

 修一たち一同も、二人の会話にこっそり耳を傾けていた。

「……えっとね。イェシカ姉さんが……来てる、みたいで」

「―――――え、」

「それで、その、少し、顔を見たいのだけれど…………」

「も―――――」

 一同が、すう、と息を吸った。

「もっと、早く言え―――――っ」

 今日初めて、彼らの心がひとつになった。

 

 

 

「ヨセフ。イェシカさんはどこにいるの?」

「ええと……ホールリンの研究室みたいね。今日は第五分隊の皆さんの控え室になってるらしいわ」

「え……それ、あたしたちまで行っていいの?」

「いいんじゃないかしら。姉さんはOKだって言ってるわよ」

「―――ヨセフの姉さんがいいって言ってるならいいんじゃないの?」

「アル……」

 ユリアーナとヨセフィーナのやりとりに、アルミリアが口を挟んだ。

「実際、私も興味あるもの、あの三人。美形揃いでキャラ濃いし、あんなのと関わるチャンスなんてこの先ないわよ。ジェシーとシューマイは? 行く?」

「僕はアルに賛成だよ。人間関係は広いに越したことはないからね」

「…………うん、みんな居るならいいけど。でも、僕、修一だからね、アルミリアさん。覚えよう?」

 アルミリアは修一の言葉に頷きもせず、ヨセフィーナに「行きましょ」とだけ言って歩く速度を上げた。

「―――うーん。キミとアル、仲が良いのか、悪いのか」

「…………悪いでしょ……」

 はぁ、とため息をつく修一の肩にアルベルトが手をかけた。

「いやいや。あのアルが純人の男の子とここまで話すなんて、そうそうないことだよ。少し前までは軽蔑してたくらいだからね。少なくとも、興味はあるんじゃないかな」

「そうなのかなあ」

「そうだとも。僕が保証しよう」

「……はは。そりゃ、心強いや」

 そんなことを言いながら、彼らもアルミリアの後に続いた。

 

 

 

―― ―― ――

 

 

「―――――姉さんっ」

 研究室へと続く階段を登りきるや否や、ヨセフィーナが珍しく大きな声を上げた。

「ひさしぶり、ヨセフ。……うん、立派になったじゃないの」

 扉の前に、ヨセフィーナの姉、イェシカが浮かんでいた。

「そ、そう、ですかね。ふふふ。……姉さんは、お変わりないようで。安心いたしました」

「あら、ありがとう。ええ、あたしはなにも変わってないわ。ご覧のとおりね」

 言って、彼女は空中をくるりと舞った。

「ええ、そうでしょうとも」

 言って、彼女は心から嬉しそうにほほえんだ。

 死地を経ての、姉妹の再会。

 小さな妖精たちは、互いにその喜びに浸っていた。

 

「それで、姉さん。どうして本部ではなく、こちらに? まだテロの事後処理も残っているはずじゃ……?」

「あー、それとは別件。わざわざこの部屋(・・・・)を使ってる時点で、察しはつくでしょう?」

「あ―――そう、でした。……………そう、です、よね……」

「こらっ」暗い顔を浮かべる妹を、イェシカが小突いた。「顔を上げなさい、ヨセフ。これはおめでたいことでしょう」

「で、でも―――つらい、ですよ、きっと」

「ふん。あいにく、貴女の姉はそこまでか弱くないのよ。貴女なら知っているでしょう、ヨセフィーナ」

「っ―――――」

 イェシカがそう言って聞かせても、彼女の顔は一向に晴れなかった。

「…………ま、心配してくれるのは嬉しいけど。まったく、そういうところは相変わらずねえ」

「…………はい。まだまだ、未熟です」

「未熟、ねえ。…………貴女はどう思うのかしら、ユリアーナさん?」

 急に名を呼ばれ、ユリアーナの体が跳ねた。せっかくの姉妹の再会を邪魔すまいと、修一らと共に階段の影に身を潜めていたのに、気づかれていたとは。

「え、ええと……ぜんぜん、未熟なんてこと、ないよ、ヨセフは」おずおずと身を乗り出しながらユリアーナが口を開く。「いつも、助けてくれるもん。宿題わかんないときとか。ヨセフも自分の勉強、たくさんしてるし。一緒にいて、その、すごく、楽しいし」

「修一さんは? ユリアーナさんのボーイフレンドとして、どう?」

 イェシカの声に、今度は修一の体が跳ねた。このひとは一体どこまで見抜いているんだろう―――などと考えながら、彼はユリアーナの隣に並んだ。

「僕は…………魔法なんてよく知らないし、妖精だって、ヨセフのことくらいしか知らないから、なんとも言えないけど……でも、なんていうか……すごく、立派なのはわかるよ。その―――すごく、優しくて、頼りになるっていうか。いつも、余裕があって、気を配ってくれるから」

「…………ですって、ヨセフ?」

「あ、う、ああ……」

 顔を真っ赤にしてふるふると身悶えする妹を、姉は意地悪そうな目で眺めた。

「も―――もうっ、姉さん、もうっ―――」

「あーはいはい、からかいすぎちゃったかしらね。ごめんごめん」言葉とは裏腹に、彼女はくすくすと笑っていた。「さ、せっかくなんだからみんな中に入って。さっきの三人が勢揃いしてるわよ」

 彼女が階段へ声を響かせると、アルベルトたちも気恥ずかしそうに姿を現した。

 イェシカはそれを確認すると、ぱちんと指を鳴らして部屋の扉を開いた。

 

 

 

「いらっしゃいませ。お話は伺っております。イェシカ様のご令妹様ですね。お姉さまにはたいへんにお世話になりました。隊長も……まあ、口には出しませんが、心より感謝しております」

 ヨセフィーナが部屋に入るなり、人狼(ケヴィン)が深々とお辞儀をした。

「え、あの、ええと……は、はい、姉が、お世話になって……」

「ケーヴィーンー。やりすぎ」

 イェシカにぺしぺしと頭を叩かれながらも、彼は一向に態度を変えようとしない。

「いえいえ、本当に、貴女が居なければどうなっていたことやら。であれば、ご家族であるヨセフィーナ様にも―――おや?」

 部屋に入ってきた面々に目をやったケヴィンが、そのなかのひとりに目を留めた。

「え」

 修一、であった。

 

「あ――――――っ。あの子だっ、ええと、好物くん(・・・・)っ」

 本棚の向こうからひょっこり顔を出し、ついでにダッシュで入り口へ駆けつけてきたのは、上着を脱いだ吸血鬼(イヴァンナ)だった。

「こ、好物くん……?」

「いやー、ホント助かったよー。お偉いさんったらこわーい質問ばっかなんだもん。このまま終わるのはヤだなーってヒヤヒヤしてたところに、キミのアレ(・・)でしょ。めっちゃくちゃ面白かったよっ」

 戸惑う修一に構わず、薄いブラウス一枚のイヴァンナはその手をぶんぶんと縦に振った。

「え、わ、あの、え………」

 色白、美人、吸血鬼、白い肌、巨乳、いいにおい、きれいなかお、きれいな瞳、巨乳、やわらかな手、やわらかな表情(かお)、やわらかそうなおっぱ―――――

「ゴルァッ」

「へぶっ」

 そこまで言葉が浮かんだ修一の脇腹に、ユリアーナ(ガールフレンド)の拳が突き刺さった。

「―――不可、抗、力…………」

 ふらふらとうずくまる修一と、きょとんとするイヴァンナ。そして、固く握った拳をふるふると震わせるユリアーナ。

「―――イヴァ」やれやれとイェシカが声をかける。「怒ってるデミエルフちゃんがヨセフの雇い主(マスター)、ユリアーナさん。で、今悶絶してるのがそのボーイフレンドの修一さん。今のは貴女が悪いわね……。修一さん、見るからに女性への耐性無さそうだもの」

「ボク? なんで?」

 手を握っただけだよ、と言うイヴァンナが、唐突に本棚の向こうへ引っ張られた。

「―――ああ、ありがと、ハインツさん。そのまま、もうちょっとイヴァをおさえといて」

「おう」

 棚の向こうから聞こえるイヴァンナのむー、むー、という声。それを無視して、ケヴィンがまた口を開いた。

「―――ええ、あのときの質問には大変救われました。お答えできません、の一点張りではなにも面白くありませんから」

「は、はあ、どうも……」

 空気が読めなかっただけです―――という一言を、修一はすんでのところで飲み込んだ。

 

 

「さて、私たちの紹介は……今更かしらね」

 部屋に入ってきた学生たち一同……修一、ユリアーナ、ヨセフィーナ、アルミリア、アルベルト、トレス……を眺めるイェシカ。

「こちらの紹介が必要でしょう、姉さん」

「それもそうね。じゃ、こっちにいらっしゃい」

 言って、彼女は本棚の向こうへふわふわと移動した。一同もその後を歩く。

「あっ、もうお話していいのっ?」

「まだよ、イヴァ。皆さんの紹介が終わってから。……ここまでお喋りの好きな吸血鬼は初めてだわ、まったく……」

「むふーん」

 部屋は応接室のようになっていた。大きな木の机と、それを挟むようにさらに大きなソファが二つ向かい合うように置かれ、その片方にイヴァンナとハインツが座っている。イヴァンナは先程とは違い上着を着ており、修一(とアルベルト)は少し安心した。

「改めまして。お初にお目にかかります、皆さま。イェシカの妹、ヨセフィーナ・ホールリンです。この度は師弟ともども、大変お世話になりました。心より、感謝致します」

 ヨセフィーナはソファの上にちょこんと降り立ち、丁寧に礼をした。

「では、私のお友達たちを簡単に紹介します。こちらが私の仮雇い主(マスター)、ユリアーナ・バッヘム。半耳長(デミエルフ)で、現在魔法学校卒業前の社会研修中です。そして彼女の横の純人さんが、研修先のご子息、橘修一さん。彼は……本当に、ただの純人ですが、非常に心の優しいかたです。日本人らしい―――と言えば伝わるでしょうか。

 それから、ここの一年生のアルミリア・ヘルメリウスとアルベルト・イェッセル。純エルフのアルミリアとユリアーナは昔から付き合いのある友人同士で、アルベルトは珍しい魔力持ちの純人です。そしてなにより、純人嫌いのアルミリアを陥落させたやり手(・・・)です」

 その瞬間、ヨセフィーナの頭上からアルミリアの鉄拳(てれかくし)が振り下ろされた。が、ヨセフィーナはそれをひらりと(かわ)して言葉を続ける。

「そして最後に、新入生のトレス。名前持ちのフェアリーです」

 ヨセフィーナの後ろで、どうも、と頭を下げるトレスを見、イェシカの目がきらりと光った。

「彼女に関しては、あとで姉さんと相談が。……よろしいですか、姉さん」

 

「不要よ」

 イェシカはきっぱりと言い捨て、トレスの前に立った。

「妹から話は聞いてる。歓迎するわ、トレス・メロウ。貴女が今日からホールリンの家に入ることを、三代目ホールリン当主として許可します。師は―――私もヨセフも、しばらくここには戻れないか。当面の間はケニー・ホールリンに任せます。彼女は実技の授業の講師をやっているはずだから、知っているわね。……これでいいかしら、ヨセフ」

「…………はいっ。姉さんは話が早くて助かります」

 こくりと頷くヨセフと、何が何やら、という表情を浮かべながらも、とりあえず喜んでみるトレス。そして、あんぐりと口を開ける魔法学校の面々。

「ふえー……急になにかと思ったら、妖精の弟子入りかあ。長生きはしてみるもんだねえ、ボク、初めて見たよう」

「そりゃそうだろうよ、普通人前じゃやらねえ」

「新たなホールリンの当主に、新たな家族ですか。いやはや、これは目出度(めでた)い」

 第五分隊の三人も、珍しそうに、嬉しそうにそのやりを見ていた。

「…………?」

 唯一。

 修一だけが、完全に置き去りだった。

 

 

 

 第五分隊の今日の予定は、先程の特別講義のみ。明日は各種メディアのインタビューや人狼部隊のICPO正式加入の会見など、予定がみっちりと詰まっているが、今日はもう、いわばオフである。

 というわけで、こうしてのんべんだらりと談話に暮れても、なんの問題もない。

 

 イヴァを巻き込んでまたババ抜きを始めるユリアーナたち。

「アルベルトくんはいつも笑ってるから、ジョーカー持ってたとしてもわかんないねー……」

 アルベルトの手札を睨みながらぼやくイヴァンナ。

「イヴァさんも似たようなものでしょう」

 彼女の言葉を聞いても、アルベルトは変わらずニコニコと笑う。もはや彼に限らず、イヴァンナが吸血鬼であることに対して誰も恐怖を感じていなかった。

 

 ケヴィンは修一のデミフェア「ジェシー」とゆっくり話し込んでいた。

「私の名付け親は、黒髪で赤い瞳をした人狼様でした。事件当日、イェシカ様と同じ部屋で過ごしていたようなのですが……」

「ははあ、なるほど。ええ、誰かはわかりました。おそらく、ジョゼフです。彼は……残念ですが、今ここには来られませんね」

「……そうですか。名付けの件、是非、直接お礼をしたいと思ったのですが」

「では、私の方からお伝えしておきましょう。彼の気まぐれでついた名を大事にしていただいているようで、私も嬉しいです」

「もちろん大切にいたしますとも」

 

 そして、こっそりと話を続ける妖精三人。

「そう言えば姉さん、修一さんのデミフェアに名を下さった、ダブリンのときの旦那様(マスター)は何処に?」

「ぶん殴るわよヨセフ。―――アイツはドイツで仕事中。それが終わっても次、次、次の次。仕事は山積みよ」

「はあ、随分とお忙しいのですね」

「そりゃそうよ。ニュースでも流れてる通り、犯人のうち、いちばんマズいのがひとり見つかってないんだもの」

「ああ……そうでしたね。見当もつかない―――ということですか」

「……………………いいえ。見当はついてる」

 イェシカは、自らが左腕に着けた小さな金の腕輪(バングル)を睨みながら、ぎり、と歯ぎしりした。

「底抜けのお人好し。前代未聞のロクデナシ。その上逃げ足の早いサル。だから、アイツをこきつかってるの。アイツ以外じゃ手に負えないわ」

「それで、鞭打ちながら働かせていると」

「ええ。すぐサボるんだもの、あのバカ」

「あらあら、まるでお嫁さんのような―――あ、すみません、すみません。調子に乗ったのは謝りますから、ここでそんな術は、あ、ほら、ダメです、お部屋、壊れます」

 

 ハインツは、アルミリアと向かい合ったまま、紅茶を嗜んでいた。

「……………………」

「……………………」

「……………………」もぐ。

「……………………」もぐ。

 なんとなくコイツとは意見が合う気がする―――互いにそう感じ、彼と彼女はひたすら無言でドライフルーツをつまんでいた。

 

 

 かくして、縁は結ばれた。

 

 

「あははー、シューくんよわすぎー」

「…………イヴァさん、やっぱ、いつも笑っててわっかんない……」

 

 

 出会うはずのない彼ら。

 

 

「そうですねえ、こちらのスーツには、やはりこの革靴が合うでしょう」

「なるほど、さすがはケヴィン様。シュウイチ様に負けず劣らぬセンスです」

 

 

 出会うべくして出会った彼ら。

 

 

「じゃー、ちょっとマーメイドやってみてよ、トレス。すっごいんだって?」

「こっ、ここで、ですか、イェシカさん……。さすがに恥ずかしいですよう……」

 

 

 万象に意味があるように―――

 

 

「……………………おいしい」

「……………………だろう」

 

 

 この出会いにも、意味はあるのだろう。

 

 

「ところでユリちゃんは、シューくんのどこが好きー? 顔、綺麗だよねえ、シューくん。体つきもいいしー」

「ぶ、ぶば、ばばば……」

「おや。ユリアーナさん倒れちゃったけど、大丈夫かい、シュウ」

「大丈夫じゃないかなー。…………げ、またババ……」

 

 

 数百年後の鬼札(ジョーカー)

 それは既に、彼女の手に渡っているのだから。

 

 

 

 

―― ―― ――

 

 

 

 知らず、涙がこぼれていた。

 知らず、座り込んでいた。

「……………………ネイジー?」

「…………あ、」

 デミフェアが、名を呼んだ。

 彼女は、我に返り涙を拭いた。

「ショックだったかい。……面白いと思ったのだけど、見せるべきじゃなかったかな」

「う、ううんっ、そんなことない。すごく、うれしかった。……父さん、いい人たちと合ってたんだ……」

 彼女の父、マックを逮捕したのがTVに映る彼ら第五分隊であるという情報は、既に彼女の耳にも入っていた。マックが捕まったとき、ひどく衰弱していたというので、ICPOによほどひどい目に遭わされたのかと思ったが……それをしたのは、きっと、ヒルダのほうなのだろう。

 あの会場には、彼女と同じゴブリンも居た。質問もしていた。それに対して、三人ともほかの種族となんら変わらぬ返答をしていた。

 特別蔑むこともなく、特別敬うこともなく。

「……そうか。なら、良かった」

 そう言って、デミフェアは姿を消した。

 

 

「――――――――――父、さん」

 知らず。

 彼女は、そう零していた。


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