ソードアート・オンライン〜白夜の剣士〜   作:今井綾菜

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Ver.アリシア(中〜下)

「ああ、ちょうど食事を摂ってるところだったのか。店員さん、僕にも同じものを」

 

彼が近くにいた女性の店員さんに注文すると女性は顔を真っ赤に染めて足早に厨房へと去っていった。

 

「そういえば、どこかで見たことがあると思ったらアーデルハイト家のご息女じゃないか。君が、ソラの傍付きになるのかな?」

 

「はい。アリシア・アーデルハイトです。光栄にも学年次席のソラ先輩の傍付きに指名していただきご教授願っている身です」

 

軽く問いかけられただけなのに、自然と背筋がピンと伸びる感覚に襲われる。彼が目の前に、その場にいるだけなのに普段何かを教わる時の何倍も緊張する。

 

「そっか、ソラの傍付きは大変だろう?こいつ、なんでも完璧にこなしちゃうから。もう来た時にはやる仕事が残ってないんじゃないか?」

 

「あはは、それは……そうですね。その代わりと言ってはなんですが他の子達では教われない様なことを沢山教えていただいています」

 

「へぇ……ソラはこんなに可愛い傍付きの女の子にどんなことを教えているのかな?」

 

ジト目で彼に見られたソラ先輩は飲んでいたお茶をそっと置いてため息をひとつ付いた

 

「普通にお菓子作りとか料理とかですよ。先輩だって俺の作ったお菓子とか食べたじゃないですか」

 

「まあ、何せ僕の毎日の楽しみだったからね。掃除を自分で終わらせておけば後輩の作った美味しいお菓子を食べながらティータイムを共にできる。理想の先輩と後輩の関係じゃないか」

 

「そのおかげで他の先輩方には変な目で見られられてましたけどね」

 

「他は他で僕には僕のやり方がある。僕は後輩とのコミュニケーションを大切にしたかったんだって卒業の時に言ったじゃないか」

 

ソラ先輩と彼が話している中に入れない私はただ、2人の話を聞くことしかできない。

だけど、そうだったのか。

ソラ先輩が私とのコミュニケーションを大切にしてくれるのはこの先輩の傍付きだったからなのだろう。

この2人の話を聞いていれば互いにどれだけ信頼関係があったのかなど簡単にわかってしまう。

私も、ソラ先輩とはこういう信頼できる関係になりたいと思ってやまない。

 

そして、いずれ私が上級修剣士になった時も先輩から教わったことの全てを私の後輩に伝えていきたいと

 

「じゃあ、この後は久しぶりに一試合行こうか」

 

「いや、今日は安息日だから鍛錬は禁止じゃないですか」

 

「それは学院のルールさ。今の私はペンドラゴン家の次期当主で学院で僕が最も強いと思う相手に手合わせを願いたいだけだよ。なに『鍛錬』ではないからアズリカ先生も納得してくれるさ」

 

「……俺、この後はアリシアと街を探索するつもりだったんですけど」

 

ちょっと乗り気ではないソラ先輩とやる気満々のアルトリウス卿。乗り気ではないソラ先輩には本当に申し訳ないと思うが私は先輩の本気で戦っている姿を一度見たいとも思っていた。

 

「えと、私はソラ先輩の戦っているところ見てみたいです。何より私がこれから学ぶ中で目標になりますから」

 

私がそう言ったことでソラ先輩は大きなため息を1つ吐くと渋々頷いた。

 

「それじゃあ、いつも通り『実剣』で『寸止め』ですね。神聖術やそれぞれの流派の奥義、秘奥義までは使用可能ということでいいですか?」

 

「うん、それで行こう。僕はこの後一度、僕の武器を取りに行くから合流は1時間後、修剣学院の決闘場で。“今の”君の全力を僕に見せておくれ」

 

「また決闘場がめちゃくちゃになるまでやるつもりですか」

 

「お互いに決着が着かなければそうなるかもね」

 

いつのまにか届いていたサンドイッチを完食して私たち全員のお代まで支払ったアルトリウス卿は店から出て行った。それに続くようにソラ先輩も立ち上がる

 

「アルトリウス先輩と試合か……アリシア悪いけど、直ぐに学院へ帰ろう。手続きは先輩がやってくれるから俺は俺の準備をしないと」

 

私はそれに頷いて先輩と共に学院へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後、ソラ先輩とアルトリウス卿の決闘が学院中に知れ渡ることになり、ギャラリーは既に上級修剣士を始めとする生徒で一杯になっていた。

中にはキリト先輩やユージオ先輩と同級生のロニエとティーゼも先輩たちと一緒に来ていた。

 

「これは何事ですか」

 

騒ぎに駆けつけたアズリカ先生は対面するソラ先輩とアルトリウス卿を交互に見て1つ深いため息をつく

 

「また貴方達ですか。ソラ上級修剣士、アルトリウス・ペンドラゴン卿」

 

「お久しぶりです、アズリカ先生。今日は正式に学院へ申請をした上での決闘なので、何も違反することはなかったと思います」

 

「そういう問題ではないんですけどね。正式な決闘である以上、私に止める権利はありません」

 

半ば諦めたように生徒に紛れていくアズリカ先生を2人と共に見送り、私は2人の中央に着く

 

「それでは、これよりソラ上級修剣士とアルトリウス・ペンドラゴン卿との決闘を行います。形式は実剣での寸止め、剣技に問わず神聖術の行使も可能とします。お二人とも、間違いはありませんか?」

 

私が先ほど聞いたルールを宣言すれば2人は無言で頷いた。

 

「それでは両者、抜剣を」

 

ピンと張りつめた空気の中、ソラ先輩が漆黒の刀身に紅の刃を持つ『紅音』を抜き放つ。

 

それに対して、ギャラリーから先輩を嘲笑するような声がちらほら聞こえてきた。

 

「やはり田舎者ともなればまともな剣を用意することもできないのでしょうな?」

 

「そう言ってやるな、ソラ上級修剣士にもかのペンドラゴン卿とあれでやりあえると確信しているのだろうからな」

 

一際大きく聞こえた嘲笑の声に私は一気に不快感を強める。それは対戦相手であるアルトリウス卿も同じことだった

 

「まったく、ソラの剣技を見たこともないのによくも言えるな」

 

小声で呟かれたそれにソラ先輩は苦笑するだけだった

 

「あの2人に関しては今に始まった事ではないですから、気にしていたらキリがありませんよ」

 

「そうなんだろうけど、一年間君の剣技を目の当たりにした僕には君を馬鹿にする言葉はただ不快だよ」

 

そんな短い会話を済ませたのと同時にアルトリウス卿はその手に持った鞘から黄金に輝く剣を抜きはなった

 

「『エクスカリバー』をこうして見るのは2回目ですね」

 

「この剣を抜いたのは過去に父上とソラの2人だけだ。それも2度も抜いたのは君が1人目だ。誇るといい」

 

「それは光栄ですね。今度こそアルトリウス先輩を超えてみせますよ。アリシア、試合開始の合図を」

 

「君は合図をしたら直ぐに少し遠くに離れていてくれ。近くにいたら危ないよ」

 

その言葉に頷き、私は少し距離をとって右手を高く上げた

 

「それでは両者、構え」

 

再び静寂が場を包むのを感じた瞬間、その手を振り下ろした

 

「試合、開始!」

 

その言葉を放った瞬間、私から2メルほど離れた場所で鉄と鉄のぶつかり合う音が響いた。

 

2人の距離は10メル以上あったというのにその距離を一瞬で詰めて戦闘を開始したのだ。

 

一瞬、怯んで動けなかったがここにいては危ないと判断してキリト先輩達の方へと向かっていく。

 

 

「あぁ、アリシアもこっちに来たのか。ユージオにも言ったけど君もこの戦いを目に焼き付けておくんだ。ソラのやつかなり本気で戦ってるぞ」

 

キリト先輩のところにたどり着いた私は2人の戦いを見て平々凡々な言葉しか口にできなかった。

 

「……すごい」

 

まさに、本当の死合い。

恐らく、この人界において最高峰の決闘だろう。

絶え間なく振るわれる『紅音』と『エクスカリバー』は黒と黄金の軌跡を描き続ける。

それにそれを扱うものもその軌跡に釣り合うほどの剣の腕を持った剣士だ。

 

互いに狙うのは首や心臓、それがダメなら腕や足、だがその全てが悉く、互いの剣によって弾かれていく。

鉄の響き合う音だけが場を支配し、濃密な闘気がヒリヒリと肌に叩きつけられる

 

両者は一歩も引かず、それでいて互角のようにも見える。

しかし、それはあくまで私たちの主観でしかない。実際は恐らくソラ先輩が押されているのだろう。強く、それでいてしなやかで、的確な『エクスカリバー』の斬撃は間違いなくソラ先輩を追い詰めていた。

見た目はほぼ互角、しかし、決着はすぐに決まるだろう。そう思った時、剣は同時にぴたりと止まった。

 

「ソラ、そろそろ準備運動はすんだかな?」

 

「先輩こそ、ウォーミングアップは終了ですか?」

 

その2人の言葉にこの場にいる全員が驚愕した。

あれだけの剣戟があれだけの戦いが全て準備運動に過ぎなかった。

私でさえ、一瞬2人が口にしたことを理解できなかった。

 

「じゃあ」

 

「そろそろ」

 

「「本気で行こうか(行きますよ)」」

 

その言葉と共に2人の姿が掻き消えた。

そして、次に剣がぶつかり合う音がしたのは2人がいた所よりも10メル以上離れた場所

『紅音』と『エクスカリバー』がぶつかり合うたびに僅かに、ほんの僅かにだが空気が揺れる。

 

もはや目視できない速度で振るわれる剣に誰も口を開くことなどできない。振るわれる神速の剣は先ほどとは比べ物にならないほど甲高い音を響かせて打ち合う

 

「強くなったじゃないか。だけど、まだ切り札があるだろう。さあ!君の本気を見せてくれ!」

 

「ありがとうございます。それじゃあ、行きますよ!」

 

ソラ先輩が大きく飛びのいて次に口にした言葉に私は目を見開いた。

 

「システムコール……」

 

神聖術をついに切ってきた。

私はいまだに一度も見たことのない先輩の神聖術。

先輩は過去に『俺は神聖術の使い方が人とは少し違ってね』なんて言って見せてくれなかったものを遂に開帳した

 

聖句を唱え終えるのと同時にソラ先輩の身体に雷がまとわりついてきた。

 

私はそれが何の効果があるのか理解できずに疑問に思った瞬間、バチッと一際大きな音を立てて一瞬にしてアルトリウス卿との距離を詰め、斬りかかる。だが、アルトリウス卿はそれを何もなかったかのように『エクスカリバー』で防ぐ。

しかし、一度防がれた瞬間、再びバチッと音を立てて先輩が搔き消える。そして今度は背後から、防がれれば右から、今度は左から前から右から後ろから左から縦横無尽に駆け回り防御に回るアルトリウス卿を追い詰めていく。そんな高速移動の中、再び神聖術の聖句を唱える声が聞こえる。それも高速移動と共に攻撃をしながらである。

 

次に現れたのは先輩の左手に握られた氷の刀だった。

それを目視した生徒たちは一瞬で騒然とした。

私たち生徒にとっては神聖術での造形は超高度なものの一部だ。いいや、生徒でないとしてもそれを出来る人は少ない。そもそも、氷を作るのだって初めは水のエレメントを複数の神聖術を組み合わせて作らなければいけない以上、その芸当は一般的には不可能に近いものだった。

確かに、やろうと思えば出来る人はいるのだろう。だが、それを出来る人の名前を上げろと言われれば私たちは公理協会の最高司祭様としか言えないはずだ。

 

それを、私たちは目の前で見ている。

本来なら神聖術の授業の教材として欲しいくらいのものだが、それは尋常ではない強度で『エクスカリバー』に叩きつけられる。二度、三度、四度叩きつけても折れないその刀は確かに先輩の武器として機能していた。

 

戦闘が始まってから30分。

先輩の二刀とアルトリウス卿の『エクスカリバー』は激しい攻防を続けていた。

 

ソラ先輩の二刀での『秘奥義』でさえもアルトリウス卿は辛うじて防ぎきる

 

私たちはその戦いに魅せられていた。

ソラ先輩の二刀流という未知の剣技に私もいずれ到達したいとそう思わされ始めていた。

 

しかし、決着というものは意外とあっさりくるもので

ソラ先輩の二刀に慣れ始めたアルトリウス卿が持ち直し、一気にソラ先輩を圧倒し始める。

 

だが、それに負けじと再び全身に雷を纏わせた先輩とそれを迎撃したアルトリウス卿は互いの剣を喉元にあてて引き分けという形に収まった。

 

状況が理解できた瞬間、ギャラリーからは一斉に拍手が湧き上がる。この先、もしかしたら二度と見れないほどの決闘だ。それほどの価値のものを私たちは目の当たりにした。剣士としての頂点、超高度な神聖術の使用。私たち修剣士が目指すべき姿をこの日見ることができたのだ。

 

 

 

 

 

「ありがとう、ソラ。今回の安息日は本当に有意義なものになった。それにタルトまで作ってくれるとは本当に先輩思いのいい後輩だね」

 

あの後、私とソラ先輩とアルトリウス先輩はソラ先輩の使う部屋でお茶会を開いていた。

その中で、私はアルトリウス卿から僕も先輩呼びで構わないよなんて言われたので名前の後ろに先輩をつけることになった。

 

部屋での話し合いなんていうのは他愛のない雑談で主に侯爵家の実質当主となったアルトリウス先輩の愚痴ばかり聞かされる羽目になった。いずれ私も同じ道を辿ると考えると頭が痛くなるが今は考えないようにしておこうと思った。

 

「ソラは修剣学院を卒業したらどうするんだい?」

 

「あー、特には考えてないんです。キリトとユージオには整合騎士っていう明確な目的があるので2人が騎士になるのを見届けたら特にやることはないんですよね」

 

「まぁ、君なら恐らく整合騎士になれるだろう。それがダメでもこの町の軽い騎士団になら卒業してすぐにでも入れると思う。でも、道に迷ったら僕のところに来るといい。卒業する前から考えていたんだが、君を手放すのは“私”としても惜しい。ソラほどの有能な秘書官から僕は大歓迎だよ」

 

軽く先輩をスカウトしているアルトリウス先輩をジト目で睨む。学院の中では私たちは学院の卒業生と後輩という立場だが、外に出れば私たちは同じ爵位の当主と次期当主という立場になる。

 

だとすれば、私がソラ先輩を欲しいと思うのは当然のことで、私からすればソラ先輩がいてくれた方が仕事だって安心して出来ると思うのだ。

 

「まあ、それに関しては君の後輩ちゃんが許してくれなさそうだけどね」

 

「……?アリシアが?」

 

不思議そうな顔で私の顔を覗き込んでくる先輩に1つ、ため息を吐く。本当に、人からの好意に鈍い人ですね……いや、隠しているつもりなのでバレても困るんですが

 

「いいえ、なんでもないですよ。ソラ先輩」

 

「……?変な奴だな」

 

「ははは、まあ時間はまだまだあるんだ。頑張るといいアリシアさん」

 

乾いた笑いと一緒に応援されて私は頷くしかできなかった。

 

アルトリウス先輩はそのあと、手に持ったタルトの入った箱を大切そうに持ったまま学院から去っていった。

 

私もそろそろ寮に戻らなければアズリカ先生に何を言われるか分かったものではない。

 

「それでは、ソラ先輩。また明日からもよろしくお願いします」

 

お土産に持たされたルームメイト分のタルトを持って先輩の部屋から出る

 

「はい、お疲れ様。悪いね、せっかくの安息日だったのに」

 

「いえ、今日は本当に勉強になりました。私の目指すものも、今日はっきりと見据えることもできたので」

 

先輩は一瞬呆気にとられたような顔をしたが、またいつものように笑って

 

「そっか、じゃあ明日からは神聖術も教えてあげるから」

 

「はい!お願いします!」

 

そうして、私は先輩の部屋を去る。

そして、ルームメイトの子とともに先輩からもらったタルトをいただきながらお茶を飲み、談笑をしながら忙しなかった1日は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルトリウス・ペンドラゴンですか、人界大戦の折に一度だけともに戦ったことがありましたが、彼は確かに真っ直ぐで清廉な剣を扱う人でしたね」

 

「はい、それに神聖術が当時人界最高峰だったアリス様ならお分かりになると思いますが氷の造形術はほぼ禁術に近いもので、それを難なく扱う先輩に畏怖すら覚えました」

 

思い出せば思い出すほどあの時の鮮烈な記憶が蘇る。

先輩の技量を全て継承した時に私も使えるようになったが『ソニックモード』と呼ばれるあの雷を纏い、文字と通り雷の如く神速の移動を可能とする先輩の編み出した神聖術にあの氷で剣を造形する『氷の剣製』は人界大戦で私が戦った時も切り札にしたほどだ。

 

「私は光のエレメントを収束しての砲撃を使っていましたがアレですらかなり精神をすり減らしたというのに……それにソラはその技を一度も私に使わなかったのです」

 

「……そうなんですか?」

 

「ええ、侮られていた……ということはないでしょう。今思えばあの時のソラの剣は私を倒すためではなく救うための剣でした。決して傷つけず、それでいて打倒しようという……あの剣に破れれば私とて負けを認めざるを得ませんでしたし」

 

「先輩はそういうのは得意ですからね。決して傷つけず、相手に負けを認めさせる。私は何度も経験しましたからわかります」

 

悔しそうなのに、それでいて嬉しそうなアリス様の顔を見て私も思わず微笑んでしまう。

 

「ああ、私の話は今はいいんです。これは後で話しますから、それよりも次の話を聞いてもいいですか?」

 

「ああ、はい。次は少し時間が経過して半年くらい先の話なんです。変わらずに私は先輩との日常を過ごしていたのに、私の行動でそれが崩れてしまった。あの日の出来事」

 

「私が、ソラを連行したキッカケになったあの事件ですか」

 

「はい。ことの始まりは、私のルームメイトがどうやら傍付き錬士として仕えている先輩にいじめられているという情報を聞きつけたことだったんです」

 

あの日は、雨の強い。夏の日のことでした。

 


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