ソードアート・オンライン〜白夜の剣士〜   作:今井綾菜

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例えばそれが、この世界のものでないとしても


常世

俺が一刀で戦う時、それは基本的に“天然理心流”の剣術に偏ることとなる。無論、それで対応できない場合もあるため、両儀式(母さん)から教わった剣を使うことも多い。だが、あくまで基本は沖田総司を元に、突きが主体の戦闘方法になる。それがどうした、と言われれば現状向かい合ってる相手とは相性が悪いということで。

 

ボス戦当日の朝、俺は早朝にライヒとともに最後の手合わせを行なっていた。条件は刀一刀縛りと互いに条件はあったが俺としては充実した朝になった。なにより、1人で刀をブンブン振り回すよりも全然効率がいいともいうのだが

 

手合わせがひと段落つき、互いに休憩の時に俺の視線はライヒの持つ刀へと向かった。

 

「良い刀だな、それ、一目見ただけでわかる。菊一文字もそれなりの名刀だと思うけど、俺の知ってる中ではそれとタメ張れるくらいの業物だと思う」

 

「あの……これ95層産ですけど?70層程度の素材で比べるもないだろ」

 

呆れたような声で返してくるライヒに俺も苦笑する。

正直この世界に菊一文字とタメを張れる刀などそれこそ星のようにあるだろう。だが、紅音を超える刀を俺は知らない。両儀式(母さん)が集めている刀剣類の中でも紅音を超える業物はおそらく存在しない。と俺は思っている

 

「そういえばさ」

 

話題を変えるかのように、ライヒは再び口を開く

 

「お前ってミュータント?」

 

「は?」

 

唐突なその質問に思考が停止した。

 

「じゃなかったらエイリアン?もしくはプレデターかなんかの擬態?」

 

「なんでアメコミの怪物なんだよ。失礼なやつだな。そんなのフィクションに決まってるだろ」

 

聞きたいことなんて、大体わかってる。

初めてあった時に見せた投影のことを言ってるんだろう。

その時に、機会があれば答えるとも言った。

だが、そんな遠回しに聞かれても俺は答えられない。

アレは非人間的要素(そういうもの)だから

 

「そうじゃなかったらそうだな……対人間用に開発された改造人間」

 

「ちげーよ!」

 

この問答がいつまで続くのかと霹靂し始めた頃、ライヒはついに核心を突いた。

 

「じゃあ……《死に戻り神様転生》?」

 

一瞬、その言葉に目を見開く。

だが、それこそ普通の人間ではたどり着けない答えだろう。

だから、俺は誤魔化すことでまた逃げた。

 

「あの、なあ……そんな馬鹿な話あるわけないだろ?」

 

「あ、わかった。もしかしてお前」

 

ライヒがそこまで言った瞬間、俺の中で嫌な予感がした。

そう、アレは。あの顔はいたずらを思い浮かんだときのエギルと同じ顔だ。

 

「俺は神に選ばれた転生者だ!とか名乗りたくなってただろ!あっははは。そんな三流ラノベ主人公じゃあるまいし。中二病も程々にしないと、アリスさんに愛想尽かされるぞー?」

 

「よ、余計なお世話だ!それに、アリスは関係ないだろ!」

 

「ま、俺はどうでも良いけどな。たとえお前が振られようが、二股かけようが、ね。そうそう、これは“前のお礼”だ」

 

あからさまにコートから取り出した写真が宙に舞う。

ひらひらと舞うそれをかろうじてキャッチすると、そこに写っていたのは、俺とアリスの昨日の写真だった。

 

「なっ……。こっ、これは───」

 

「『あ〜ん』、か?いやあ、暑い暑い。南極の氷が溶けちまうくらいにはあっつい」

 

「おまっ……こんなのどこで!」

 

「情報屋に張りこみ頼んで、写クリは持ち込みで依頼した。IE(イノセントエクセリア)のツートップがデートらしいので行ってみてはどうですか、ついでに盗撮なんてどうでしょうっ……てな!」

 

ネタバラシが済んだとばかりに、さらに10枚にもなりそうな写真をばらまくライヒ、それを慌てて拾い上げる頃にはライヒはいなくなっていた。

 

そして、1枚目の写真の裏をチラッと見るとそこにはメッセージが残されていた。

 

『朝飯はいらないから 御影より』

 

「お前だって小っ恥ずかしい二つ名持ってるんじゃないか」

 

なんて、写真をばら撒いた張本人に告げるも、帰ってくる言葉はなかった。

 

「ソラ?何か慌ててましたが、何かありましたか?」

 

「うわぁぁぁあ!いやいやいや、なにも!何もない!」

 

正直今一番会ったらまずいアリスがよりによって 現れるとは思いもせず、あからさまに動揺してしまった。

 

「?その手に持ってるのはなんですか?」

 

「な、なんでもないから!」

 

慌てて写真をストレージにしまうが、それが更に悪手となった。

 

「怪しいですね、持ってたのは写真でしたか?」

 

アリスが凄まじい速度でアイテムストレージを開き、それを取り出した。

 

「全く、私とはアイテムストレージが共有されているというの……にぃ!?」

 

取り出したのは勿論、先ほどの写真。

それに写っているのは昨日の赤面ものの写真の数々

 

「こ、これは───だ、誰が……」

 

「多分昨日の朝の仕返し、だろうな」

 

「ら、ららら、ライヒーーーーー!」

 

その朝、アリスの怒りと羞恥の叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝から一悶着あったが、再び攻略組が一堂に集結したのは朝の10時頃、各ギルドから腕利きの鍛治師が集められ、武器や防具のメンテナンスを行い続ける。勿論、一流の職人たちばかりなのでそれなりに金は取られるのがネックだが、自身の相棒を皆それぞれ信頼の置ける鍛治師に預けるのは毎度のことだった。

 

「ソラ君、少しだけ編成が変更になった」

 

「今更?それは構わないけど、どこのパーティが?」

 

「ライヒ君のパーティだよ。本来ならアスナ君傘下のアタッカーパーティの予定だったが、彼自身を最大限に生かすためにアリシア君とのペアへ変更させてもらった」

 

「はあ!?」

 

あまりに驚きすぎて一瞬固まった。

ライヒが全力を出せる場を設けるのは構わない。

寧ろそれは攻略組にとっても好都合だろう。

しかし、それでアリシアが選ばれた意味がわからない。

 

「あくまで私の主観ではあるのだがね。彼女、アリシア君はおそらく《異双流》を得る資格を大いに持っているだろう。きっと彼女は君の剣技を習い、ライヒ君の技を学び、彼女はより大きなステージへと進めるだろう。真隣で彼の技を学ぶのは今回限りしかできないことだ。君も、彼女が心配なのはわかるが、いつまでも過保護であっては彼女自身が成長しない。子は親から旅立つものなのだよ。ソラ君」

 

その言葉に、俺が返せる言葉な何もなかった。

渋々、その編成の変更に頷く。

少し離れると、ライヒがアリシアと何やら話していた。

 

「……アリシアを頼むな、ライヒ」

 

横を通り過ぎる際に一言だけ告げてそこからは攻略組の司令塔としての顔へと切り替える。

 

「ソラ、アリシアのことなんですが」

 

「納得は、できないよ。やっぱり、危ない目にはあって欲しくない。けどさ、俺が思ってるよりもアリシアは強いんだよな。俺があの世界からいなくなった後もアリシアは戦い続けた。それこそ、紅音が霊刀と呼ばれるものに変化するまでは」

 

それまでの道のりがどれ程大変だったかは言葉にする必要はない。だが、それでも、“あの頃”の優しいアリシアを忘れられないから。俺はきっと過保護だったのだと思う。

 

「子は親から旅立つ……か。一度は経験したことだったんだけどな」

 

ヒースクリフに言われた言葉がやけに頭に残る。

それを振り払うように、首を振り。意識を切り替えた。

 

「今はやることだけを見よう。この戦いに負けは許されない」

 

「勇気ある諸君。この日予定したメンバーが欠けることなく揃ったことに感謝したい」

 

いつものように始まるヒースクリフの演説、それを聞き流しながらシャガラガラの情報を頭の中で整理していく。開戦はすぐそこまで来ている。この戦いで如何に死者を出さないか、これが今回の俺とヒースクリフに求められるものだった。

 

俺は、どんな手段を使ってでもここにいる全員を守り抜かないといけない。

 

その圧に負けそうにもなるがそれを必死に抑え込める。

俺は、人の死を背負うには小さすぎる人間だ。

俺は、誰かの命を背負えるほど強い人間じゃない。

けれど、それでもやらなきゃいけない。

 

深呼吸して息を整える。

眼前を見据えると扉が開こうとしていた。

菊一文字に手を掛け、それを抜き放つ。

ヒースクリフが押した扉が開いた瞬間。

 

ライヒとアリシアが飛び出したのと同時に全員がボス部屋に流れ込んだ。

 

流石は90層後半のトッププレイヤーと言うべきか、アスナよりも早く駆け出したその速度を緩めることなく、両手の片手剣と細剣でソードスキルを繋げていく。ボスへの出会い頭の一撃(ファースト・ヒット)の効果でディレイしたところをアリシアがすかさずに《緋扇》を叩き込むが、反撃と言わんばかりの爪攻撃を割り込む形でタンク隊が抑えるとそのまま一度離脱した。

 

俺やヒースクリフは遊撃しながら司令塔の役割を果たさないといけない。俺は中央、右翼から。ヒースクリフは背後、左翼から、互いにタンク隊、アタッカー隊、遊撃隊を一部隊づつ従えて攻撃を続ける。

 

隙を見つけてはシャガラガラへ二刀にてソードスキルを叩き込むも大したHPは減らない。ファーストアタック以降、ライヒは戦場を見回し、ボスへの攻撃方法を模索しているのか攻撃へはなかなか参加していない。

 

俺はそれになんの異論もない。

実際、それだけライヒの観察眼が優れているのは俺は知っているからだ。90層後半、それも100そう間近のプレイヤーともなればここから先、さらに20以上のボスを蹴散らして来た事になる。問題は、ライヒがボスへのダメージの最効率の箇所を見つけてけれれば文句はないのだが……

 

「タンク隊、10秒後爪攻撃くるぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

指示と共にタンク隊が一斉にアタッカーとスイッチして前方に出る。ボスの爪攻撃が来るのと同時にタンク隊が盾スキルの最上位スキルである《ファランクス》を展開する。

判定はジャストガード、JGボーナスとしてキメラは一瞬だけその動きを止めた。

 

「「スイッチ!」」

 

アリシアとライヒの声と共に、アリシアが先行し刀スキルの《旋車》がボスのHPを削り、更にその後方から一気にライヒが飛び出て再びソードスキルの嵐を叩き込む。

 

ライヒが一瞬、俺を見て頷くのと同時に俺も駆け出す。

互いに無言でありながら、やることはわかっていた。

 

だが、スイッチして交錯する直前。

 

「ちゃんと狙えよ」

 

「……?」

 

何を言いたいのかさっぱりだったがそのまま駆け出し、ボスへと刀二刀にてソードスキルを叩き込む。《秋華》から始まり《百花繚乱》にて終わる連続84連撃の剣技の全てをキメラへと叩き込む。全ての剣戟の中で確かな手応えがあったのは24連撃分。そして、クリティカルエフェクトが一番大きかった部位は……

 

「攻撃する奴は()()()()()()! そこがクリティカル・ポイントだ!」

 

ライヒのその言葉を聞いたアスナが誰よりも早くボスの懐に潜り込み、細剣ソードスキル《オーバー・ラジェーション》を発動させる。細剣ソードスキルの中でも屈指の連撃数を誇るソレは一つとズレることなく、ライヒの口にした弱点へ叩き込まれる。それにより、シャガラガラの膨大なHPの一本目が2割(・・)も減少した。

 

アスナ自身が検証し、証明して見せたところでライヒのその言葉は真実となった。ならば、と攻略組全員の考えは纏まる。

 

開戦から2時間、的確に弱点をついた攻撃を繰り返すことで三段あるHPゲージの1段を削ることに成功したのだった。

この時点で、既に普通の攻略とはかけ離れているが、これならばイケる。きっと全員がそう思ったその時だった

 

▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」

 

一際大きな雄叫びと共にシャガラガラは思い切り床を踏みつけた。その踏みつけの振動でエリア全体が揺れ、そして───

 

 

───二本の巨大な石柱が頭上から、落下して来た。

 

「───な、に?」

 

シャガラガラは落下して来た《ソレ》を無造作に掴み上げると、一瞬だけその口元を狂気すら感じされるほど、歪ませた。

それと同時に、掴み上げたソレをよりにもよって無造作に振り回し始めたのだ。

 

冗談ではない。

これほどまでに強化されたコイツのパラメータであんなもの振り回されればそれこそ[即死]ものだ。アインクラッドのダメージ計算には勿論、質量も関わって来る。あいつのめちゃくちゃな筋力パラメータで石柱なんていう武器を持たせればどうなるか、など考えるだけでも怖気がする

 

制限があるのか、部屋の中心からは動かないがそのかわり俺たちも無闇に攻撃はできない。

 

どうするべきか、と考えていたところでライヒが近くに寄って来る。

 

「おい、今こそアレ(・・)の出番じゃないか?」

 

ああ、普通に考えればそうなるだろう。

だから、俺はアレを秘匿し続けた。

 

「聞いてるんだろ。この状況でお前の小さなプライドに拘ってる暇があるわけないだろ」

 

プライド?そんなもの俺にはない。

大体、全ての人間からの嫉妬や怪奇の視線に耐えられるなら、俺はとっくにアレを使って攻略してた。

 

「いい加減に───!」

 

「出来るわけないだろ」

 

つい、口からこぼれたソレにライヒは呆れたように俺を見る。

だけど、ソレでも構わない。俺は、そんなに出来た人間じゃない

 

「俺は、俺には出来ない……っ。攻略組全員の……この世界全てからの恨みや妬みなんて、俺一人で背負えるわけがないだろ!」

 

「じゃあ大事な仲間にでも背負ってもらえばいい」

 

「それこそできない。たった十数人で6000人以上の憎悪に耐えられるとでも?そんなものの先は言わなくても、わかるだろ……」

 

「そんなの、俺だってわかる。それじゃあどうするんだ? 入り口も塞がれたみたいだし、転移結晶も使えなくなってる。お前の大事なものとやらがあれにペチャンコにされるのも時間の問題だと思うけどな。選択肢なんてあってないようなものだろ」

 

もはや言い合いにすらならない言葉を互いに掛け合う。

ライヒは俺のアレを使えば状況の打破は出来るから使えという。対する俺は身勝手な理由でアレは使わないと言い張る。

どちらが正しいといえば、誰もがライヒと答えるだろう。

それでも、誰がどう言おうとアレは使えなかった。

 

「なぁ、お前なら」

 

「俺なら、なんだよ」

 

もはや呆れたを通り越して見損なったと言わんばかりのライヒの声音に、俺はそれでも言葉を続けた。

 

「ライヒ、お前だったら。この状況をどうやって打破する。お前だって、“ここ”では何かを隠してるだろ。お前にだって“何か”あるはずだ。全部ひっくり返せるような何かを」

 

「まあ、ねえ……」

 

ライヒは未だ暴れ続けるシャガラガラを横目に見てため息をついた。

 

「───いいよ。なんとかしてやる」

 

「出来るのか?」

 

「まあ、ね。でも、《代償に命を削る》羽目になる。お前は俺を犠牲にするって知りながら自分の都合を優先させることになるけど……《本当にいいのか》?」

 

本当にいいのか?

その言葉に含まれた意味合いは強かった。

お前が、俺にさせるのは文字通り命を削るものだ。

身勝手な都合で他人の命を削り、自分たちを助けて貰って。

もしそれで、罪悪感すら感じないなら、お前はそういう人間だとそう問われた気がした。

 

それを全て承知の上で、俺は頷いた。

 

「頼む、俺たちを助けてほしい」

 

再び、ため息をつく。

 

「まぁ、ここ数日のメシ代くらいは働いてやるよ。それなりに美味かったし」

 

そうして、眼前のシャガラガラを見据えたライヒが飛び出そうとした瞬間

 

「待ってください」

 

それを引き止めたのはアリシアだった。

 

「もう少し待ちましょう。そうすればパターンが変わるかもしれません」

 

「それはないな」

 

「なんでそう言い切れるんですか! ライヒさんはきっと全部知ってて……自分を犠牲にすればいいって思っているんでしょう! そんなのはダメです、ですよね先輩!」

 

きっと全部聞いてて、アリシアはもう少し待とうと口にしたんだろう。自己犠牲、それをライヒに強いた俺にアリシアへ返せる言葉は何もなかった。

 

「アリシア……俺は」

 

そこまで口にするとライヒが口を挟んだ。

御託はいい。さっさと始めるぞ。そう思わせる口ぶりだった

 

「はあ……こんなとこでケンカするなよ。大丈夫だから。別に死にはしないから。ただ、ちょっと()()()()()だけだから。それなら誰も()()()()()()()()だろ?」

 

ライヒの全力、つまり《異双流》の全開はヒースクリフの口ぶりからして『システム・アシスト』を駆使した戦闘方法。しかし、それをヒースクリフのように防御のために一瞬使うわけではなく、全力で戦うことに使うとしたら。それは脳へのダメージが計り知れないことになる。

 

だから、死にかける。という言い方をしたのだろう。

ライヒもライヒでひどい嘘をつくものだ。とライヒへ向き直った瞬間。ライヒのやったポーズに俺は目を見開いた。

 

少しだけ笑ってピースのサインを俺にやってみせた。

それは、そのサインは……

 

「……ユウ、キ?」

 

「───じゃあ、後は任せた」

 

言葉とともに一気に駆け出したライヒを集中的にシャガラガラが狙い始める。迫り来る石柱を踏み越え、飛び越え、やがてライヒを濃桃色(ディープ・ピンク)のライトエフェクトが包み込む。

 

神速の世界の中で、ライヒが縦横無尽に駆け回る。

的確に縫合跡を切り裂きながら《空中を蹴る》。

何度もなんども《宙を蹴り》やがて辿り着いたのはシャガラガラの頭上、そこにおそらく100にも及ぶ連撃を叩き込む。

まさに、一瞬の光景ではあったが、シャガラガラのHPバーは既に2本目の残り1ドット、しかし、そこでライヒが纏っていたライトエフェクトは霧散する。それと同時にシャガラガラはライヒを吹き飛ばすも、最後の最後に放った《龍爪》が最後の一ドットを吹き飛ばした。

 

ライヒは垂直に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

ライヒの行ったスキルに騒然とするも、シャガラガラが脱皮をするために放った咆哮に全員が再び意識を集中させる。

 

「ライヒ……お前」

 

吹き飛ばされたライヒの元に駆け寄ると、頭痛を押さえ込みながら、息を整え、なんとか声を出そうとしていた。

しかし、それは出来ずにライヒは震える手を動かして俺とアリシアにサインした。

 

俺が狙われるのは時間の問題だ。だから、お前たちは逃げろ

 

言わんとしていることはおそらくあってると思う。

だが、こうなるように頼み込んだのは俺だ、ならばライヒが動けるまでアイツを止めるのは俺の役目だろう

 

「バカ言え、あとを頼んだのはお前じゃないか。少し休んでろ、あの忌々しい翼、切り落としてくるから」

 

そして、ライヒと俺を睨みつけているシャガラガラを見る。

脱皮したのとともにもともと醜悪だった見た目に悪魔のような翼が生えていた。今までのようなパワー型ではなく速度特化の脱皮後の形態、というところか

 

意識を切り替える。

紅音を納刀し、菊一文字だけを構え、駆け出す。

 

「あの翼を叩き斬る。全員離れろ!暴れまわるぞ!」

 

タンク隊が構える盾を足場にしながらシャガラガラの上に乗ると当然のことながらシャガラガラは暴れまわる。背中の異物を排除するために飛び回り、走り回り多彩な手を使って俺を振り落とそうとする。

 

「───直死」

 

瞳が瞬時にして黒から蒼へと変化する。

同時に俺の視界には世界全ての[死]が線となって可視化される。その中でたった二つ、際立って大きい死が目に観えた。

 

「堕ちろ」

 

継ぎ接ぎの両翼を一刀の元に斬りふせる。

空中で飛び回っていたシャガラガラは頼りの翼を失い、地面へと落下する。

落下したシャガラガラに振り落とされ、俺も地面を転がりダメージを受けるが空中に居られるよりはずっとマシだった。

 

落下したシャガラガラはといえば高度からの落下でスタンしている。

 

それを見た攻略組は再びシャガラガラへと総攻撃をかける。

俺はグランポーションを口に含みながら、菊一文字の耐久度を確認する。

 

300/1500

 

戦闘が開始してから数時間、武器の耐久度も限界のところまで来ていた。下手をすれば折れてしまうが紅音もそろそろギリギリだった。

 

「この戦いの間は持ってくれよ……」

 

祈るように口にして駆け出そうとした瞬間、漆黒と純白が通り過ぎる。ライヒが迫り来る神速の拳を片手剣でいなし、そこをすかさずスイッチ、アリシアの放った《絶空》がクリティカル・ポイントに叩き込まれ、そのHPを大きく減少させる。

 

「ライヒ……もう、大丈夫なんだな?」

 

「異双を使えるほどの集中力は残ってないけど……まあ、やれる」

 

未だに顔をしかめているライヒが心配になるが、ここで引っ込んでろと言えるほど俺も腐ってない。

 

「じゃあ、無理はしない程度にな」

 

「わかってる」

 

そして、先に飛び出す。

普段なら隣にライヒが並走していたであろうが、それが今回はない。今考えれば一人でこうして走るのは久しぶりだった。いつもはアリスやキリト、アリシアが隣にいる。けど、今回のパートナーであるライヒをこんな状態にしたのは俺だと身をもって知ることになった。

 

少しライヒに気を回しすぎたことでシャガラガラの爪振り下ろしをガードし損ねた。菊一文字と爪がぶつかり合い、甲高い音と共に刀身が真ん中からへし折れた。

 

一瞬ではあるが手に何持たない状態の俺は完全に無防備だった。そこに逃すまいと空いたもう片方の腕が振り下ろされる。それが意図するのは死、だろう

 

だが、その凶腕が振り下ろされることはなかった。

後方から青色のライトエフェクトを纏ったライヒがシャガラガラの攻撃をキャンセルしたのだ。その勢いのまま発動したままの《ファントム・レイヴ》の連撃を叩き込む。的確に爪の脆い部分を叩き、破壊する。それに怯んだシャガラガラが三歩程後退した

 

「おい、大丈夫か?」

 

「ダメージはない、けど武器がなぁ」

 

実際、菊一文字程の名刀を失ったのは痛い。

紅音も今に限っては耐久値がかなり危ないから使いたくない。

だからといって投影はおおっぴらには使えない。

 

「えーっと……アレだ。召喚すれば?」

 

少し焦り気味にそう提案してくるライヒにほんの少し笑う

 

「残念だけど、耐久値はオリジナルの半分未満だしな。コッソリやるにしたって、限度がある」

 

「あーもう、わかったわかった。特別だ、これ使え」

 

呆れたような声のままライヒは紫色の鞘に収まった刀を放り投げてくる。失われた菊一文字の純白の鞘の代わりに紫色のその鞘を腰に下げ、その刀身を抜き放つ。

 

───妙にしっくりくる。なるほど、こりゃ確かにかなりの業物だ

 

手に馴染むその感覚を噛み締めながらボスを見据える。

残りHPはラストゲージの半分ほど、おそらく俺とライヒの次の攻撃で決着がつく。攻略組の面々は疲弊しきっているが、戦いをやめない。これ以上長引けばうっかりミスの一つでもやらかすかもしれない。それで死人を出すわけにはいかなかった。

 

「なあソラ、二人で行こうぜ。この間、敗走した借りをまだ返してなかったろ?」

 

「奇遇だな、俺も同じこと言おうと思ってた」

 

互いに駆け出すタイミングは同じ、次に来るボスの攻撃はアイコンタクトで頷く。

 

「ソラ、噛みつきが来るから俺が受ける」

 

「わかった」

 

襲いかかる顎をライヒが《ホリゾンタル・スクエア》で迎撃し、ノックバックしたところを《東雲》、重ねるようにライヒが短剣・体術複合スキル《シャドウ・ステッチ》で追撃

 

互いに肩が触れ合おうかという距離で剣技を発動しているにもかかわらず決して一撃たりとも当てることはない。まるで、今までずっと一緒に戦って来たかのような錯覚すら覚えるほどに

 

「次で決めるぞ、併せろよ。ライヒ」

 

「勘弁してくれ───よっと」

 

俺が右から、ライヒが左から。

今互いに出せる全力を放つために構えを取る。

 

片手剣六連撃奥義ソードスキル《ファントム・レイヴ》

カタナ五連撃奥義ソードスキル《散華》

 

計11連撃の剣技が吸い込まれるようにシャガラガラにヒットする。互いに最後の一撃をその身体にはなった瞬間。数時間に及び猛威を振るったキメラはその動きを停止させ、一瞬だけ収縮して爆散した。

 

c()o()n()g()r()a()t()u()l()a()t()i()o()n()

 

その文字がフィールドの中央に大きく浮かんだ瞬間、大きく歓声が上がり、場が沸き立つ。

 

ようやく終わったと、安堵した瞬間、隣にいるライヒが0と1のベールに包まれていく

 

「意外と早かったけど……サヨナラかな」

 

その言葉で事情を知っていた俺は言葉の意味を察した。

 

「なあ、もう少し居られないか?一晩とは言わない。1時間くらいなら……」

 

せめて、謝りたかった。

俺の身勝手な行動のせいでライヒに辛い思いをさせたのだから、せめて美味い飯でも食わせてから別れたかった

 

「無理だな。別にここに来たのも帰されるのも俺の自由じゃないし。まあ、飯代くらいは働いたってことで勘弁してくれると助かる、かな」

 

ライヒがどこかを探しているような気がして、俺はアリシアを手招きする。ものすごい速度で駆け寄って来たアリシアにライヒは苦笑しながらも声をかけた。

 

「アリシア、時間がないから手短に言う。お前のおかげで俺はここで多少は頑張れた。師匠の真似事だけど……それなりに楽しかった」

 

「私も、です。貴方のおかげで、私もまだまだだって分かって……教えてもらったことは忘れません」

 

「そっか。じゃあ、置き土産を残すとしますか……」

 

ライヒが手元を操作するのと同時に借りていた刀がライヒの手に収まる。そして、それをアリシアに手渡した。

 

「この刀は……?」

 

「固有銘は『恋紫』。まあ、俺はもう使わないしあげるよ。うまく使えばきっと役に立つ」

 

アリシアに別れを告げて今度は俺の方へと向きなおり

 

「楽しかったよ。いつかまた、戦ろう」

 

今まで見た中で一番幸福そうな顔で70層攻略の英雄ライヒはその姿を消した。

 

 

 

 

***

 

あれから数時間後

 

「みんな、ライヒのこと覚えてないんだな」

 

ギルドホームの庭に設置していたテーブルを囲み、アリシアと語り合う。その視線は互いに月を写して

 

「私は、忘れません。ライヒさんがいた証はこの子なんですから」

 

冷たい風が頬を撫でる。

そんな中、ライヒから託された『恋紫』を抱きしめるアリシアを見て一つ頷く。

 

「ごめんな、頼りない先輩で」

 

「……攻略の時の話、ですよね?」

 

「ああ、俺にはライヒの命を削らせない選択肢もあった。けど、俺は勝手な理由でそれを選べなかったんだ」

 

一人つぶやく言葉をアリシアは無言で聞き続ける。

 

「本当に情けないよ。なんとかできる力を持っておきながら、それを使うべき時に怯えて使えない。ライヒに言われたよ。『そんなに一人で背負うのが辛いなら、大事な仲間にも背負って貰えばいい』ってけど、俺はそれを選べなかった」

 

「私も、同じです」

 

静かに口を開いたアリシアに今度は俺が黙る番だった。

 

「私も、先輩と同じ力を持ってるのにライヒさんを守るために使えなかった。私はライヒさんを助けたいのに自分が嫉妬や恨みの目で見られるのが怖かったんです」

 

でも、と決意を新たにしたアリシアの瞳は俺の目をまっすぐに見つめていた。

 

「私は今日のライヒさんの戦いを見て思ったんです。自分を顧みないでその力を使える人こそ、英雄って呼ばれるんだって」

 

だから、とアリシアは言葉を続ける

 

「私は誰かの英雄になりたいです。たった一人でいい、胸を張って私は誰かの英雄だって言えるようなそんな人になりたいんです」

 

その言葉は思ったよりもストンと胸に落ちた。

それは、きっと昔はずっと思ってたことで。

でも、いつしか忘れられてしまったものだった。

 

「私にとっての英雄は先輩とライヒさんです。だから、私の目標はお二人と並べる人になること。覚悟してくださいね?先輩。私、今まで以上に頑張っちゃいますから!」

 

花の咲くような笑顔でピースをするアリシアにユウキと重なったライヒが重なった。色々な言葉が出て来そうになったけど、ただ一つだけ言えることがある

 

「ありがとう、ライヒ。俺たちに出会ってくれて」

 

こうして俺たちとライヒの物語は幕を閉じる。

彼が残した思いは彼を慕った大切な後輩へと受け継がれた。紫色の刀身に、桃色の刃の刀は必ず、最後まで彼女を助けるだろう

 

 

 

 

 




半年以上続いたコラボ編もこれで最終話となります。
去年の8月頃からコラボしていただいたアクワ様。
長い間、本当にありがとうございました!

今回のコラボ編で一番驚いたのはアクワ様がソラの心情をかなり深いところまで理解されてたところでした。大きな力を持つがそれを使いこなせるだけの力量やその力を使った際の周りからの感情に耐えきれないと未熟なところが多いのです。
そして、50層編で登場したソラの後輩、アリシアにも活躍の場を与えていただけ、そしてアリシアに託された技術と《恋紫》もこの先活躍させていただきます!
ライヒ君という存在のおかげでソラ、アリシア両名は成長できたかなと作者自身思っております。
改めて、アクワ様お忙しい中コラボさせていただきありがとうございました!

そして読者の皆様、これからもアクワ様の『虚ろな剣を携えて』共々『白夜の剣士』もよろしくお願いいたします!

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