ソードアート・オンライン〜白夜の剣士〜   作:今井綾菜

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祝鳴

 

長い間、何かを追いかけていた気がした。

 

きっとそれは俺自身の戦闘スタイルのことを言っているのだろう。延々と己を理解せず、身に余る剣技を持って相手を打ち負かす。気づかぬ間に、それが普通になっていた。

 

ライヒと剣を合わせて、それを実感した。

その身に染み付く剣技を、自分専用に、自分が動きやすいように洗礼された無駄のない動きを目の前にいるプレイヤーが行なっていた。

 

そう、俺はただ。その剣を使う宮本武蔵や沖田総司(だれか)に憧れていただけだった。

 

俺のもつ剣技の支配者(ソード・オブ・ルーラー)は一度見た剣技を扱えるようにはなるがそれを本人の究極まで極めることはできない。俺が扱えるのは《識っている場所》までに限るのだ。その先を得るには自分を知り、自分の限界を超えねばならない。それに気がつかなかった。

 

「クソッ、手練れェ!」

 

「そっちこそ、な!」

 

そう、俺はわざと技を合わせることが今までなかった。

1つ1つの歯車が個別に動き続けるデタラメな戦闘方法。

それで全てが解決してきたからこそ、俺はそれでいいと確信し続けていた。そう、例えるなら行動の全てがそれぞれの特徴を主張する協調性のない戦い方。

 

刀を振るいつつもそれを考え続けてしまう。

結局、俺は身に染みたデタラメな戦い方をなかなか変えられない。いや、違う。変えようとしないのは俺自身だ。

 

菊一文字を一閃し、瞬間的に距離を取りつつも納刀する。

 

「───我が心は不動、しかして自由にあらねばならぬ」

 

改めて思う、オレは一体誰なのかと。

 

宮本武蔵か───否

 

沖田総司か───否

 

柳生但馬か───否

 

佐々木小次郎か───否

 

彼と、ライヒと剣をあわせるたびに自問自答を繰り返す。

俺が今まで信じてきた剣が全て彼に捌かれ、落とされ。今まで積み上げてきたと思っていたものが瓦解していく。それ故の焦り、それがここで出てしまった。

 

「即ち是れ、無念無想の境地なり」

 

相手が俺より格上の相手だと判っていながら焦りとともに出た剣技の発動は止められない。宝具と化している剣技は俺の意思とは関係なくこの身体を動かし続ける。

 

「剣術無双、剣禅一如」

 

放たれた必殺の一撃は、瞬間的に現れた大剣───両手剣によって防がれた。それも、地面に突き立て武器によってダメージを全て肩代わりさせるという方法で

 

「そんな受け方が───」

 

「危なかった……マジで危なかった……。俺の性格(スキル上げ中毒)に感謝だわ……」

 

そう呟きながらも瞬時に《両手剣》を消し去り、片手剣と細剣に持ち変えると一度呼吸を整えるライヒを見て唖然とする。やはり、俺よりも格上。流石は90層後半100層目前の攻略組の力は伊達ではない。怪訝そうな顔をしたまま口を開く

 

「あの居合の型は《新陰流》……か?」

 

彼の口から出たそれに心底驚いた。

瞬間的にライヒを見る目が険しくなる。

剣技に宿る《柳生但馬》が彼を見定めるように俺の体を使って睨みつける。

 

「『ほう?何故そう思った?小僧』」

 

俺ではない誰かが口を開いたことに俺自身ですら驚く。

俺の意思とは全く関係なく、柳生但馬(それ)はライヒを見続ける

 

「何故って、そんなの俺にもよくわからない」

 

その言葉を聞いた柳生但馬(だれか)は一瞬で俺の中から消えて行った。そして、何かを考え始めたであろうライヒが突然頭を抱えて蹲ってしまう

 

異常すぎるその痛み方に少し心配になるが俺もそれどころではない。一瞬、たった一瞬だが確かに俺は俺ではなくなった。剣技を扱った。この剣技を極めた柳生但馬(だれか)に体を乗っ取られた。こんなこと今まで一度だって起きなかった。特に今よりも他人の剣技を真似ていた前回でこそ起きなかったナニかが今起きた。余りにもあり得ないその状況を強引に忘れるように首を振る。

 

「そう、か。そうだった、のか」

 

頭を抱えながら何か納得いったような顔のライヒが何かを口にした。

 

「ライヒ?」

 

問いかけて、それに答えるように顔を上げたライヒは何か決意に満ちたような。そして、欲しかった答えを得たようなそんな顔だった。

 

「ソラ。最初に謝っておくけど……俺はライヒの《偽物》だ。本当の意味でお前とは戦えない」

 

一瞬、その言葉を理解できなかった。

だが、《ニセモノ》なのは俺だって一緒だろう。

二度に渡る生を終え、その果てに今の俺がいる。

一番初めにいた《両義蒼空》は既にいなくなってしまったのだから。

その果てに借り物の力を振りかざす俺が《ニセモノ》でないのなら……いや、違う。俺を認めてくれる人たちがいた。

例え、借り物の力でも。

例え、借り物の技でも。

そして、《ニセモノ》の体でも。

それを認めてくれた人たちがいた。

(両儀蒼空)《俺》を認めてくれた人たちがいた。

だったら、彼らが認めてくれる限り俺は《ホンモノ》でいられる。君が《ニセモノ》だというのなら。俺が君という存在を認めよう。心に刻み込もう。

 

「いいや、お前は本物だ。事情はわからないけど、こうして剣を重ねているお前は、俺にとっても周りにとってもライヒっていう本物のプレイヤーだよ」

 

「まあ、その通り。厳密に言うと、俺は今此処にいる瞬間に限って本物でいられる」

 

「それで、どうするんだ?早くしないと時間がなくなる」

 

そう、言葉の通りもう時間がない。

俺とライヒの頭上にあるカウントは既に残り5分を切っていた。

 

「そうだな、それじゃあ───Let`s play up.(遊ぼうか)

 

そう告げたライヒから明らかに今までとは違う雰囲気が溢れ出す。殺気、殺意、それらとは違う。いや、不確か感覚ではあるが───楽しんでいる?

不確かなそれに、俺は腰に差していた紅音を抜刀して二刀状態になる。それと同時に、ライヒが動いた。

 

「来い───《ナハトムジーク》

 

「───なっ!」

 

走った速度そのままに、さっきの両手剣を手元に呼び出す。

上段からの叩き潰し、両手剣使いなら誰だってやるそれをほぼ、何もなく完璧な助走から速度を殺すことなくやってきた。

 

それを両手の二刀で受け止める。所謂《2Hブロック》先ほどライヒもやっていたように、受け止めた瞬間、その重さに驚いた。

 

───その両手剣、《ナハトムジーク》は余りにも重すぎた

 

一撃、防いだのが俺の失態だった。

それに続き、二撃、三撃と力尽くで叩きつけてくる。

余りのその重さに、重心が崩れ始める

 

「何を……そんな重たい剣、見たこともっ!」

 

「たりめーだ。そもそも70層程度じゃ、コレの素体も手にはいらねぇし」

 

しかし、ライヒとて超人ではない。

元々、ダメージディーラー構成なのだろうが《両手剣》が主武装でない時点で幾ばくかの隙が生まれる。それにこの重さなら隙だって生まれやすい。そこを的確に見定め、攻撃をしようとも

 

「そこっ!」

 

「はいガード、悪いけど大剣だって使い込んでないわけじゃないんだわ」

 

余りの的確な《キャンセル&ガード》に舌打ちする。

どちらにせよ、ライヒは《異双流》を使いこなすために数々の武器種をマスターしているのだろう。主武装が《片手剣と細剣》と言うだけで、それ以外も使いこなせるってことだろう。

 

これ以上ここにいるのは不味いとガードし、再び剣を持ち上げたところで後ろへ下がる。それと同時に《両手剣》が物凄い勢いで回転しながら飛んできた。

 

避けてもいい。だが、それでは後ろの観客たちに被害が出る。HPが減るわけではないが、危ない思いはさせたくない。

《眼》を使ってもいい。だが、ライヒの戦闘手段であるスキルの有用性をここで欠けさせるわけにはいかない。

 

残されたのはそれを防ぐと言う手段だけだった。

迫り来る《ナハトムジーク》を受け流すように地面へ叩き落とす。

 

───だが、それを狙っていたライヒは既に俺の目の前にいた。

 

両手が空いていたライヒは体術スキルでブーストされた状態で俺の首を右手で掴み上げ、そのまま首を絞め始めた

 

「ぐっ───コフッ!」

 

「あんたが距離を取ろうとするとき、大体は戦略――じゃなかった。流派を変えて来るよな? その瞬間だけは、お前は絶対に無防備なるしかない――だろ?」

 

そう、先ほどまでの俺は確かにライヒの言う通り、流派を変えるためには一度、思考をリセットする必要があった為、一瞬だが無防備になるしかなかった。それをこの数十分で見抜かれていた。

 

窒息によるダメージでHPがゆっくりではあるが確かに減少していく。それに抵抗するために両腕を動かし、腕を切り落とそうとするが、届く前に地面に叩きつけられる。それが何度が続いた。窒息による精神的な苦痛と、地面に叩きつけられる肉体的な苦痛に脳が負荷を負っていく。この場にいる誰だって俺の負けを確信しただろう。だが、そこで視界にあらゆる線が視え始めた。

 

 

そこで、本当に自分が不味い状況にいることを察した。

このままだと、無意識にライヒを殺してしまうかもしれない。

そう、彼に視え始めたその線を指でなぞれば彼はそれだけで死んでしまうのだから。

 

だったら、一瞬だけでも抜け出せばいい。

何かハッタリでもライヒを飛び退かせるほどの何か。

 

世界が線と点に染まる中、考える。

1つだけあった。昨日、ライヒは投影魔術を見た。

その際、俺の言葉だって聞いていたはずだ。

その言葉には最大限の警戒が張られているはずだ。

それこそ、瞬間的に勝手に体が動くほどには。

 

投影(トレース)───」

 

その言葉を口にした瞬間、ライヒの顔が驚愕と恐怖に歪ませ、一瞬にして数メートル跳びのき、二刀を抜いて全方位を警戒した。《眼》を強制的にOFFに切り替える。菊一文字を鞘へと仕舞い、紅音を握って駆け出す。

 

───やるなら、この一度だけしかないっ!

 

「───小細工は……終わりかあぁ!」

 

「うぐ、うう……」

 

俺という全霊を懸けた斬撃をひたすらに繰り出す。

突き、袈裟斬り、薙ぎ払い。突き抜け、2段突き、斬り払い。

ただひたすらに、防御もさせる暇もなく斬りつける。

 

斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

 

相手のHPをデュエルが終わるレベルまで追い込むために切り続ける。目視できるだけでもかなりの量が減っていっていた。2割、3割、4割……

 

やがて、ライヒが地面に倒れこんだのを仕切りにトドメを刺そうと刃を向けたとき、俺とライヒの間に、小さな、刃物……短剣が現れた。

 

離れなければと頭では理解していても体は動き始めたのだから無理やり動かすことはできない。短剣を挟んで俺とライヒの視線がぶつかった。その短剣が、丁度、俺の胸あたりの高さまで落ちた時、ライヒはその短剣をブーツで俺に突き刺した。

 

寸分違わず心臓部に刺された短剣は俺のHPをごっそりと削り、綺麗に3割削り取られた。

 

それと同時にライヒはある程度距離を取り、今までは絶対にしなかった剣技の構えをしていた。

 

「やられた……短剣を忘れてたよ。でも、《これだけは》外さない」

 

胸に刺さったままの短剣を抜き取り、そこらに投げ捨てる。

所有者ではない俺が投げた短剣は地面を幾度か転がった辺りで消滅した。恐らくはライヒのストレージに戻ったのだろう。

 

「はは───あんな簡単なブラフに掛かるなんてホント、俺らしくない、なあ……。はは……」

 

互いに張り詰めていた糸が切れそうなところまで来ていた。

恐らくは次で最後、次の一撃が正真正銘、このデュエルの最後の一撃となる。ここまで来て、やっとわかったことがある。

俺は目の前のプレイヤー《ライヒ》に負けたくないのだと。

 

このデュエルで沢山のことを学べた。

この経験は俺にとって間違いを教えてくれた。

きっとこの先、こんな経験は訪れないだろう。

そして、この立ち合いで俺は俺の戦い方を得られた。

故に───敢えて口にしよう。

 

「ありがとう、ライヒ。たった1つの解答。この場を持って頂戴致した」

 

小さなその言葉はきっと聞こえることはなかっただろう。

場が静まり返る。互いに構えたのは信頼の置ける剣技の発動のため。俺が最も信頼する剣技、そして極めた技は───

 

「「行くぞ───」」

 

同時に地を蹴る。

 

一歩、音越え。

 

二歩、無間。

 

「三歩、絶刀───!」

 

「《OSS》起動───」

 

互いの全身全霊が今、ぶつかり合う

 

「《ヴォーパル・ストライク》───ッ!」

 

「《無明三段突き》───ッ!」

 

───無明三段突き

それは『平晴眼』の構えから踏み込みの足音が一度しか鳴らないのにその間に3発の突きを繰り出す、秘剣『三段突き』。超絶的な技巧と速さが生み出した、必殺の『魔剣』。平晴眼の構えから“ほぼ同時”ではなく、“全く同時”に放たれる平突き。

この剣技は『壱の突き』『弐の突き』『参の突き』から織りなされる対人魔剣。例え、『壱の突き』を防いでも同じ位置を『弐の突き』『参の突き』が貫いているという事実上防御不可能な剣戟である。

 

しかし、それはライヒが首を横にそらしたことで首を半ばまで切り裂くに終わった。デュエルは未だ終わらない。ライヒのHPはまだ残っている。遅れてライヒの《ヴォーパル・ストライク》が俺の左腕を吹き飛ばす。そして、《二撃目》。左手に持った細剣が十字に煌めき、神速の一撃が俺の顔を襲う。

 

《ヴォーパル・ストライク》で十分な助走はついた。

そして、細剣であそこまでのエフェクトがつくソードスキルは1つしかない。今まで何百と見て来た《閃光》アスナの神速の秘技。《フラッシング・ペネトレイター》

 

それをほぼ、反射的に首をそらすことで頬を切り裂くだけで終わり。細剣が後方へ流れて行く。だが、それで終わりではない。続く第三撃目を予測していないわけがなかった。紅音を手放し、腰にある菊一文字を抜刀しようとする。そして、ライヒも最後の一撃、体術スキル重攻撃《龍爪》を発動させていた。

 

拳が迫る。

 

刀が半ばまで抜ける。

 

この距離のない状態でどちらも擦ればそれだけで決着がつく。

 

「あ、た───れぇぇぇ!」

 

「はあああぁぁぁ!」

 

刀が引き抜かれる。拳が寸分違わず俺の腹を狙う。

決着がつくのに1秒も必要としない。

しかし、互いの最後の一撃が当たることはなかった。

 

《DRAW》

 

ライヒの拳と俺の刀はシステムの障壁に阻まれ、行き場をなくした。目の前のライヒは少しだけ腰だめの姿勢でいたが緊張の糸が切れたためか膝から崩れ落ちてしまった。

 

俺だって崩れ落ちそうだが、そこは耐える。

菊一文字を鞘へと仕舞い、紅音を回収して鞘に戻す。

欠損状態の腕はあと数分も擦れば治るだろう。

 

だが、あと少しだけ届かなかった。

 

読み合いの結果ではライヒには完全に負けていた。

最後はほとんど奇跡のような直感で拳の一撃を予想できたから対応しようと体が動いた。ここまでドロドロの戦いをしたのは初めてのことだったが、うん、言葉に出来ないほど充実した戦いだったと思えた。

 

「そっか。俺、ここでちゃんと生きてるのか」

 

どこか吹っ切れた顔のライヒに俺は微笑んだ。

 

「あぁ、お前はこれからも生き続けるんだ」

 

周囲は歓声で満ちていた。主にライヒを称える声が。ナイスファイトとか、お前が勝ってたとか、疑って悪かったとか。皆がライヒを認めてくれていた。そしてヒースクリフも拍手を送りながら歩み寄ってくる。

 

「《素晴らしい》。とても素晴らしい戦いだった。――さて、試験結果だが……言わずとも分かってもらえるだろう。ライヒ君には《イノセント・エクセリア》諸君と共に攻略に是非とも参加して貰いたい。私からは以上だ」

 

それだけ言って再び歩き去って行くヒースクリフを横目に俺はライヒを見た

 

「次は決着つけたいな」

 

「時間で終わるとか、締まらないのは勘弁だ」

 

そう言いながら差し伸べた手を握ったライヒはデュエルが始まる前よりも更に、強くなっている気がした。

 

周囲からの喝采の嵐は暫く止むことを知らなかった。

 

 

***

 

「それで、《異双流》ってどんなスキルなんだ?」

 

《イノセント・エクセリア》ギルドホームにて夕食を終えたあとの団欒でそう言えばと気になったことを口にした。

 

「そうだなあ……。スキルを無理矢理繋げるスキルって言ってもわかってくれないよなあ……」

 

「当然だ! 全部話すまで寝かせないからな!」

 

主にキリトの食いつきが凄いのは予想できてたがここまで来ると流石に引く。言っておくとキリト、お前の《二刀流》だって立派なユニークスキルだからね?

 

夜の帳はゆっくりと降りて行く

 

 

 




コラボ編ももう少しで終わりを迎えます。
名残惜しくはなりますがあと少しだけお付き合いくださいませ

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