ソードアート・オンライン〜白夜の剣士〜   作:今井綾菜

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見先

71層主街区《オブシディア》

木組みの街と呼ばれるその街の中央に存在する転移門に2つの影が現れる。白と黒、この組み合わせはこのアインクラッドでもよく見る光景だ。しかし、白の隣ある黒は今までどのプレイヤーも見たことがないプレイヤーだった。オマケに2人とも武器をその手に持っているのだから自然と注目は集まって行く。やれ、白夜の剣士と黒コートのプレイヤーは圏外でデュエルしてただの例のフィールドボスの偵察をしていただの、またはオレンジプレイヤーと遭遇していたのでは?などなどどうでもいい囁き声が耳に入ってくる。

 

「ここは少し人目につきすぎる。どこか、場所を変えて話をしないか?」

 

正直な話、こんなところで油を売っている場合ではない。

彼と話をする。それに必要なのはこの衆人環視の中ではない。もっと静かな場所で一対一で話さなければならない。そんな感覚が俺を襲う。

 

「あー……うん、了解。そこの細道の奥に隠し酒場があるから、案内するよ」

 

手に持っていた武器を鞘に収めると歩き始めた彼について行く。少し歩いた先にある木箱を彼が押してそれをずらすと階段が現れそこから地下へと進んでいく。そしてしばらく降りていくと突然それは現れた。なんと言うか落ち着きのあるバーとでも言うのだろうか。カウンターに立っているマスターのNPCはこちらに気づくと軽く会釈して『お好きな席へ』と一言だけ告げると再び手に持ったグラスを拭き始めた。とりあえず適当な席に2人で座り、適当に飲み物を頼む。どうやら、彼が奢ってくれたらしく、清算の際に視界の端に現れるコルの残高は現れなかった。

 

「それで、話がしたいんだっけ?それじゃあ取り敢えずは自己紹介から始めよっか」

 

彼が切り出したことで俺は思考を切り替える。

『ソラ』から『《イノセントエクセリア》の『ソラ』』へとチェンジする。

 

「ああ、そうだな。俺はソラ、ギルド《イノセントエクセリア》のマスターをしてる。そのままソラって呼んでくれ」

 

「じゃあ、次は俺。ライヒ、普段はれい───もとい相方とパーティーを組んでる」

 

これで互いに名前はわかった。

ここからは彼はまだ名前以外の全てがわからないがとりあえず、まともに話せる段階までは来れたと見ていいだろう。だったら、俺が確認したいのは───

 

「まずは……共通認識として、討伐が終わったはずの《シャガラガラ》が復活をして道を塞いでる───ってことでいいんだよな?」

 

───きた。

そう、俺が知りたかった一番大事な情報。

互いの共通認識がそもそも違うとすれば?

それは、俺が感じていたそれと一致する。

だから、俺は素直にそれに答えた。

 

「いいや───シャガラガラは一度も倒されてないぞ?そもそも、71層が解放されてまだ3日だ。攻略すらロクに進んでない」

 

それを告げた。告げてしまった瞬間、ライヒの表情が凍った。

『少しだけいいか』と震える声での問いかけに頷くと彼は取り出した『ミラージュスフィア』を見て目に見えて肩を落とした。瞬間、確信した。このプレイヤー《ライヒ》はこのアインクラッドのプレイヤーではないと。しかし、それだけでは俺の考えだけであってそれを確認しないことには確定はできない。

 

「ライヒ、お前はどこか別の世界から来た……そういうことでいいのか?」

 

「さあ?俺が一番それを知りたいんだけど……まあ、今はいろいろ内緒にしてくれると助かる、かも」

 

少し力なく帰って来た答えに俺は頷く。

しかし、彼の出した共通認識として《シャガラガラ》が倒されていた。ということからライヒは71層以上を攻略したアインクラッドから来たこととなる。問題はライヒが一体何層まで進んだアインクラッドから来たか、それが重要だった。

 

「わかったよ、確証がないことを皆に話すわけにもいかないしな。……それで、だ。ライヒ。お前の知ってる限りの最前線はどこだ? こればっかりは『わからない』で済まされちゃ困る」

 

「信じるかは任せるけど──100層直前。ついでにレベルが高いのはそのせいなんだけど、はぁ……。どうやって説明したものか」

 

少しははぐらかすかと思っていたが割とあっさり答えてくれたことに驚きつつも軽く頷く

 

ま、まあその辺はなんとかなるさ。答えてくれてありがとう。それで、そっちから質問はあるか?」

 

その質問をした瞬間、再びライヒは沈黙した。

俺としてはどんな質問でも来い。そんな気持ちでいる。

明らかにゲームの限界を逸脱した《無明三段突き》、SAOそのものの根底を捻じ曲げるような《投影魔術》俺が彼に《多刀流》を聞きたいのと同じように《刀二刀流》だって聞きたいはずだ。

 

「うんまあ、今のところはないかな。それよりも乗り掛かった舟だし、攻略に混ぜてもらえるか? 『最弱のユニークスキル』使いではあるけど……何かの役には立てるかもしれないし」

 

しかし、帰って来たのは『何もない』オマケに攻略への参加表明。更にはあれ程までに破格のスキルを『最弱のユニークスキル』呼ばわり。正直、驚くよりも先に呆れが出て来た。自分の言いたいことを、その意思を隠そうとするのが自然と得意になってしまった。そんな気さえ感じさせる。この少ない会話でさえ感じた違和感。彼は『歪んでいる』

 

「俺としては歓迎なんだけど……。流石に俺の一存だけじゃあな。明日会議があるからそこで俺が紹介するよ」

 

「了解。騎士団長様はなんて言うかなあ……」

 

苦笑いしながらそんなことをつぶやくライヒに少しだけ苦笑を漏らす。今のヒースクリフなら何も言わないだろう。あるとすれば他のプレイヤーくらいだ

 

「大丈夫、きっと認めてもらえるよ。そういえばお前はこれからどうするんだ? お前の相手になりそうなモンスターはいないと思うけど」

 

「そうなんだよな……。シャガラガラも強いんだけどレベルが低すぎて()()()()()出来ないし」

 

この世界に来てすぐのライヒをこのまま放り出すわけにもいかない。同じアインクラッドという可能性は100%に近いほどないのだから。なら、俺ができるのは彼が還れるまで世話をすることくらいだろう

 

「そうか、特に用事がないなら――ウチのギルドホームに来ないか? 歓迎するぜ」

 

「え?ああ……」

 

少し頼りない声が返って来たが取り敢えず作戦成功

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「あ、先輩。お帰りなさい」

 

我が家の扉を開け放つと丁度、夕飯の用意をしていたアリシアとアリスがこちらにやってくる。今のこのギルドの合計人数は11人その半数以上が女性とはいえ、大食いが数人いるため夕飯の支度は複数人で行うことになっている。大体はその時間帯にホームにいる人が行なって帰って来た順にそれを手伝う。とは言っても、料理スキルを持ってるのは俺、アリス、アスナ、アリシア、ロニエ、ティーゼの6人なので最終的には自然とキッチンに全員集まるのだが

 

「先ほどの方ですね。夕食の時に全員が揃うので、自己紹介はその時に」

 

アリスは気づいているのだろうか、自分の態度が若干、ライヒを警戒して、威圧しているのが。

 

「あ、はい」

 

ほら見ろ、絶対萎縮しちゃってるじゃないか。

初対面の相手、それに見たこともないスキルを使うプレイヤー。そして、信用のならない相手。それがきっとアリスの認識の全てなんだろう。だから無意識のうちに警戒して、威圧してしまう。元整合騎士として培われたものが自然と表に出てくる。

 

「そろそろ、みんなが戻ってくる時間だな。ライヒは適当に座っててくれ。飯の準備は俺らでやるから」

 

「ん。悪いな」

 

そう言ったライヒが椅子に座ったのを確認してから俺はキッチンに立つ。勿論、外で来てたコートやその他諸々は外した。今着てるのは俺が修剣学院の上級修剣士の時に来ていた制服を着ている。キリトやユージオも普段はこれで生活していた。この服装はアリシア達が合流した際にプレゼントしてくれたもので、なんでも裁縫スキルをマスターしたプレイヤーのオーダーメイド品らしい。それにいくら金がかかったのか、あえて聞かなかったのはおそらく俺だけではないはずだ。

 

それはそれとして、キッチンに同じく立つアリスは未だ不機嫌そうな顔をしている

 

「……嫌だったか?」

 

「……別に、そういうわけではありません。確かに、彼は強い。それはほんの少しだけ見た戦闘でもわかりました。それでも、私には彼が何者かわからない。きっとこればかりは彼もそしてそれを知ったであろうソラでさえ教えてくれないのでしょうね」

 

少しそっぽを向いて再びカットした食材を鍋に放り込むアリスは誰がどう見たって機嫌が悪い……いや、きっと不安なんだろう。この場所が壊されるかもしれない。そんなことを心の片隅で思ってしまうから。

 

「……それでも、ライヒを放ってなんておけない。孤独になんて……絶対にさせるもんか」

 

その独り言はきっと、誰にも届くこともなく消えていった。

 

 

そこからさらに10分ほど経過した頃。

キリトもユージオが自分たちの部屋から出て来た。

何を話しているのかわからないけど、仲良くしているのはいいことだ。其れを始めとして次々とみんな戻ってくる。リズにシリカ、ベルクーリ、そしてアスナとロニエとティーゼ。後ろの3人は食材の買い出しに行ってたのでその手にはたくさんの紙袋が抱えられている。そして、その全員が一度ライヒに目をやり、すぐに逸らした。みんなその視線は『気になってます』と物語っているようで少しだけ苦笑する。それを見たユージオが代表するように口を開いた。

 

「あぁ、彼がさっきメッセージで言ってた───」

 

「そう。ライヒって言うんだけど、事情が複雑らしい。でも、剣の腕に関してはとんでもないやつなんだ」

 

それに乗っかるようにキリトが口を挟んでくる。

 

「へぇ、ソラもたまには面白そうなやつを連れてくるな」

 

「たまにって……今日が初めてじゃないか」

 

「そうだっけか?」

 

呑気に頭を掻くキリトにその場の全員が苦笑する。

このSAO一のトラブルメーカーが一体何を言ってるのか。

それはそれとして食事の準備はアスナ達が帰って来たことですぐに終わった。後は全員が食卓に着いたことで我ら《イノセントエクセリア》のお母s……もとい、アスナがライヒを見て微笑む

 

「それじゃあ、みんな揃ったことだし。自己紹介にしようか」

 

そこから始まった自己紹介大会。

その切り出しはやっぱりと言うか俺からだった。

 

「それじゃあ改めて、《イノセントエクセリア》ギルドマスターのソラです。よろしくな」

 

そして、次に矛先が向いたのは俺の隣に座っていたライヒだった。ふふっ、お前ら仕組んだな。

 

「ライヒです。普段は相方とパーティープレイしてます」

 

その自己紹介を聞いた瞬間、その場にいた全員が一斉にある一点を向いた。そう、何を隠そう我がギルドにはこれを超える自己紹介をした強者がいたのだ。『キリト、ソロだ』おそら苦笑コレに勝てる自己紹介などこの先に存在しないだろう。俺が初めて聞いたときは俺、クライン率いる《風林火山》そして隣にはアスナがいたのだから。『ソロ』の意味をもう一度調べなおしてからその自己紹介をしてほしいものだ。

 

***それは置いといて***

 

自己紹介も一通り終えるとみんな一斉に食事を始めた。

キリトやユージオが唐揚げ争奪戦をしてるのを横目にライヒを見る。その箸は初めに用意されたご飯と、サラダの間を移動しているだけだった。

 

「口に合わなかったか? 苦手なものがあったら遠慮なく言ってくれていいからな」

 

「いやいや、全然平気。ご馳走になってるから遠慮してただけ。あんまり大勢で食べることもなかったし」

 

「遠慮しないで食べてやってくれ。そっちのほうがアリスもアリシアも喜ぶ」

 

賑やかな食卓に聞こえない程度の小さなやり取り。

それだけで何かが変わるわけではないけれど少しでも場に馴染めればいいなと思って口にした一言は思いの外役に立ったらしい。

 

「あっ!その唐揚げ俺が狙ってたのに!」

 

ライヒが一番大きな唐揚げをひょいと掴み上げ一口でその口に放り込む。そこから1人増えた唐揚げ争奪戦が再開された。

 

 

 

 

 

***

食事を終えてライヒが質問責めにあっているのを横目にヒースクリフへメッセージを送る。内容は明日の攻略会議のことだ。もちろんメインのライヒのことを事前に伝えておく

 

『明日の攻略会議、うちから1人追加で参加させたいんだけど構わないか?』

 

普通のプレイヤーなら10分やそこらで帰ってくるメッセージ、それはヒースクリフには当てはまらない。何故なら1〜2分でメッセージが帰ってくるからだ。

 

『ふむ、私は構わない。そのプレイヤーはどんなプレイスタイルなのかね?』

 

『スキル構成は俺やキリトと同じダメージディーラー。装備は俺の知る限り片手剣、細剣、短剣。そして、片手剣と細剣を同時に使うことから《多刀流》と思われるスキル持ちってとこかな。そして、複雑すぎる事情があるってこと』

 

『……なるほど、ここで《多刀流》を持つプレイヤーが現れたか。確かに、それは10種あるユニークスキルのうちの1つだ。しかし、習得に至るものがいたとはね』

 

何か気になることを言ってきたが敢えてスルーする

問い詰めれば答えてくれるだろうが面倒なことに変わりはないだろうと勝手に判断する。

 

『で、ヒースクリフ自身は構わないってことでいいんだな?』

 

《ああ、ユニークスキル持ちが1人でも戦線に参加してくれるなら私は一向に構わない。寧ろその方が助かる。しかし、他のプレイヤーを納得させるのは君がやり給え》

 

《了解。それじゃあ、明日の攻略会議で》

 

そこで俺とヒースクリフのやり取りは終わる。

普段からこんな感じではあるが今回は少しだけ長かった。

ライヒを見るとまだ質問責めにあっていたのでそれを横目に俺はホームを抜け出した。

 

冷たい夜風が頬を撫でる。

 

向かう先は初めから決まっている。

何時もの隠し湖。空と湖に浮かぶ月は今日は欠けることなくその存在を主張している。何時もの場所に座り、腰に差していた紅音をそっと横に置く

 

『マスターは彼の子のことどう思いますか?』

 

何時もの紅音とは少し違う声が俺に問いかける

 

「珍しいね君の方が出てくるなんて」

 

『はい、少し気になったので……それでどう思いますか?』

 

彼女の問いに少しだけ考える。

彼女は紅音の起源の1つ。

紅音は無色の鉱石、世界で最も古いクリスタルとしての概念とこの刀へ鍛えられる際に炉に身を投げた少女のものと2つの意思が存在する。普段から表に出ているのはクリスタルとしての紅音、そしてたまに出てくるのが少女の意識。それは後々詳しく話すことになるとは思うが、俺や紅音は彼女のことをトワと呼んでいる

 

「そうだなぁ、悪い奴じゃないとはおもうよ。けど、あいつの……ライヒの剣はどこか歪なんだ。いいや、少し違うんだろうな。この短い期間で分かるほど、あいつは歪んでるんだ」

 

『そうですよね……フィールドボスに単騎で喧嘩をふっかけるような人ですから』

 

トワの言葉に少し苦笑する。

だけど、何が原因であんなに人が歪んでしまうのかそれが気になる。要因はそれこそ星の数のようにあるだろう。しかし、原因が何であれ。関わってしまった。知ってしまったからにはなんとかしてやりたかった。例え、ライヒが別の世界のアインクラッドからやってきたとしてもこの世界から帰るまでの間に少しでもライヒの重荷を軽くしてやりたかった。それを踏まえて夕飯に誘ったのもあったのだ。結果としてはあまり効果はなかったように感じたが……そこまで考えたところで索敵スキルにプレイヤーが引っかかった。そうだ、食事が終わった時に後で時間を作って欲しいって言ってたんだった

 

「よくここがわかったな」

 

「アリスさんに聞いたんだ。まあ、探そうと思えば俺だけでも探せたかもだけど」

 

「そうか、納得だ。今のところこの場所は俺とアリスしか知らないからな。――もちろんお前はノーカウントだけど」

 

そんなことを口にしながら俺はまた、月を眺めた。

「となり、いいか?」という問いにも俺は首を動かすだけで答える。星空を眺め、隣で星を見つめるライヒに問いかける

 

「綺麗だと、思わないか」

 

「現実なら惜しみなく言えるんだけどな」

 

「それは……そうだけど。ここでしか見られない綺麗なものとか、ここだけの出会いとか、たくさんあると思うんだ。うちの近所は割と建物が少なくてさ、空にはたくさん星が見えるんだけど、ここまでの景色は絶対に向こうじゃ見られない」

 

あぁ、なんとなく。彼の歪さが理解できた気がした。

彼はSAO(ここ)現実(向こう)で区切りをつけているんだ。SAO(ここ)での出来事は全てまやかし、SAO(ここ)で起きたことを、味わった苦痛を全部偽物にしてしまいたいと思う心がきっと行きすぎたんだ。

 

「あぁ……そうだな。だから、俺はこう思うよ。美しいまやかしだって」

 

その言葉に少しだけ、キリトと出会う前の昔の俺を思い出した。

 




コラボ編もこれで3話目、そろそろ物語が動き始めます。
次回も乞うご期待下さいませ。

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