短編集   作:りょと

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今回の話は遊戯王ARC-V141話の前日譚となっております、自身の考察によるオリジナル設定が含まれておりますのでご了承ください。

それでは、お楽しみください。


喪失 《遊戯王ARC-V》

「……ふぁぁ」

 朝日が部屋に差し、その光で目を覚ます。いつもと変わらない朝、何も変わらない部屋。

「っ……」

 ぼんやりと頭が重く、まるで長い夢を見ていたかの様な感覚に遊矢は思わず目をパチパチと瞬かせる。

「かーさん、おはよー……」

 ぼんやりとしたままゆっくりとポールを降り、遊矢は自身の母──榊洋子に挨拶をする。

「随分と眠そうだね、顔でも洗ってきたらどうだい?」

「ふぁい……」

 夢うつつの状態で洗面所まで歩き顔を洗う、冷たい水はそれと共に眠気を流し、遊矢の意識をハッキリとさせた──リビングへと戻る遊矢は見ていたはずの長い長い夢の事など考えもせず。

 

 

 

「おはよう権現坂、それと……猿渡?」

「沢渡だ!」

「あ、そういえばそうだったな、おはよう沢渡」

 自宅にて朝食を食べた遊矢は予定も無いので、とカードショップに向おうとし、その途中の公園にて二人の友人、正確には一人の親友と一人の知人と出会った。片方はフルモンスターを基本とした高テクニックを要されるデッキ、超重武者を使いこなす不動のデュエリストこと権現坂昇、そしてもう片方は沢渡シンゴ。紹介の長さから察される通り前者が親友である。

「遊矢よ、今日は空いてい──」

「お前もどうせ暇だろ? 今日は機嫌が良いからな、特別にこの俺とデュエルさせてやってもいいぜ!」

 権現坂が予定を聞いているにも関わらず沢渡が横から勝手に予定を取り付ける、当然遊矢の意思など聞いてはいない。だが遊矢も特に予定は無かったので快く了承した。そして遊矢が二人をみて話す。

「──よし、この人数なら丁度タッグデュエルが出来るかな?」

 瞬間、空気が凍りつく。権現坂が目を丸くし、沢渡が二人の反応を不思議に思っている遊矢に対し呆れるように指摘する。

「おいおい、今ここにはどうみてもお前、権現坂、そして俺の三人しか見当たらないぜ? 公園内ならもう一人くらい捕まえられるかもしれないが、それを探すのか?」

 その指摘に対し、お前こそ何を言っている、といった口調で反論する。

「そんな訳ないだろ沢渡、現にここに柚子が────ここに……?」

 遊矢が後ろを向く、そこには確かに一人の姿が──存在してはいなかった。

「え……あれ、俺……?」

「誤りは誰にでもあるぞ遊矢。柚子、と言うのが誰の事かは分からぬが、間違いを素直に認めるのも又強さだ。そしてそもそもこのデッキはタッグデュエルは不向きなのでな、三人ならばバトルロイヤルはどうだろうか?」

 権現坂が窘める様な口調で遊矢を諭す、遊矢も未だ戸惑ってはいるが自身の誤りを認める。

「あ、ああ……まだ寝惚けてるのかな、はは……。分かった、俺はそれでいいよ」

「まあ、俺もそれでいいぜ?」

「分かった。それでは公園の中でやるとするか」

 権現坂の提案の通り三人は公園へ入りある程度の間隔をとって立つ。

「流石に他の人がいる中でアクションデュエルは危ないか、この俺のスーパーアクションが見せられないのは少しもったいない気がするけどな」

「ならその分、しっかりとデュエルで魅せればいいんじゃないか?」

「それもそうだな、この俺のデュエルにアクションかノーマルかなんて大した差じゃないってことをみせてやるぜ!」

 沢渡がアクションデュエルができない事に対し不満気な顔を見せるが、遊矢の言葉で再びやる気を出す。

「それじゃ始めるぞ、ライフは4000、一巡目はドロー無しだ。」

「──デュエル!」

 

 

 

「うわぁぁぁ!」

 奮戦こそしたものの、攻撃を通し油断した一瞬の隙をつかれ逆転敗北を喫した沢渡が気の抜けた声を出す。

「結局権現坂の勝ちか、やっぱり安定感が違うな……っと、塾長から連絡だ──《明日は朝から熱血指導だ!》ってさ」

「ほう、なら今日はゆっくり休んで、次の日に備えた方がいいんじゃないか?」

「それもそうだな、軽くカードショップ見たら、家でゆっくりすることにしたよ」

 と言った話をし、遊矢は権現坂達と分かれ──彼らは自身らの塾へと戻るらしい──カードショップへ向かった。その道すがら、なんとは無しにデッキケースを開いた遊矢は仕切りで分けられた内の小さい方、デッキとは別の所に一枚だけ入っていたカードに気が付いた。

「デッキのカードか、それとも前抜き忘れたカードかな……──ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン? いやそれより……こんな色のカード、見た事なんか……っ!」

 遊矢の見た事のない──本来ペンデュラム次元にあるはずのない紫のカードのテキスト欄、そこに書かれた()()の文字を見た瞬間、遊矢の頭に激痛が走る。そして脳裏にグレーの色で纏められた風景が浮かぶ。

「ルーンアイズ……俺の切り札、オッドアイズを《融合》したモンスター……? いや、融合なんてカード、俺は持っていない……っぁ!」

 場面はルーンアイズを融合召喚した時から巻き戻る。その先は、《融合》が紛れ込んだその場面。

「──柚子……?」

 遊矢がカードを拾い集め持ち主に返した時、拾いそびれた一枚、それが融合だった。そしてその持ち主の顔を見た瞬間、どうしようもない衝動に駆られる。懐かしく、そして狂おしい程の感情を呼び覚ます。

 途端、頭の中が真っ白に染まる。その光が収まった時、遊矢はその名前がどうしても、どうしても思い出せなくなった。

「っ……く……そ、お前は誰なんだ……」

 強くなる頭痛に耐えきれず、脇の建物に寄りかかり、頭を抑える。

「まるで幼馴染の様に近くに感じられて、その存在も思い出す事は出来るのに……なんで……なんでその名前が思い出せない!」

 その瞬間再び遊矢の頭の中に閃光が走った。そして──

「──誰だ? 俺は誰の融合を預かっていた……? ──思い出せない……?」

 そのシーン、カードを渡した相手の姿がぼやけ、その姿すらかろうじて同年代の女子という程度まで不明瞭になってしまっていた。

「……痛みが止んだ。それにしても、今のは一体……」

 痛みが引き、それと同時に謎の場面描写も終了する。残ったのはルーンアイズと、《融合》というカードを預かったその相手への強い感情、そしてその相手が分からないという違和感。

「っ……もしかしたら、遊勝塾になら何か……?」

 その考えに理論的な思考なんてものは無く、ほぼ直感のまま来た道を引き返し遊勝塾に向かう。奇しくもその直感は最も正答に近く、その先にその答えは確かにあった。ただし、この次元では決して見つかることは無いのだが。

 

 

 

「──塾長。」

「おお、どうした遊矢。塾は明日からなはずだが、今日から来るとは随分と熱心じゃないか!」

「違うんだ」

 来た理由を勘違いしている塾長──柊修造に対し、遊矢は静かな口調で質問をする。

「塾長……《融合》って何なの?」

「ゆう、ごう?」

 元プロデュエリストでもある塾長が知り得ない用語、それを自分が持っているという違和感を堪えつつ、次の質問をする。

「それじゃあ……俺に、女子の幼馴染って……いた?」

「少なくとも……俺の知ってる限りではいないな?」

 頼みの綱の塾長すらも全く分からないとなれば、もはや手詰まりに近い。

「──分かった。塾長、また明日」

 塾長の返事も待たず、顔を隠しつつ立ち去る遊矢。その真意に気が付いていない塾長は不思議そうに眺めていた。

 

 

 

「……どうして」

 自らの直感に従うがままに街中を探し、家に戻ってきてから部屋を引っくり返しても手がかりは殆ど見つからなかった。新たに見つかったのは、服のポケットに仕舞われていた、書き損じたと見れる手紙だけだった。そしてその手紙も又、その少女に向ける想いの強さが感じられるものであった。

「なんで……!」

 暑さから窓を開き、疲れ果てて布団に倒れ込み、それでなお考えても、その少女の存在は確かにあるのに思い出す事は出来ない。

「……君は」

 なら忘れてしまえるかと言うとそれも否、その少女を忘れようとしても、暇を持った途端無意識にいるはずの無い彼女に向けて話しかけようとしてしまう。デュエルディスクで彼女にメール、電話をかけようとしたのも一度では無い。勿論その連絡先も抹消されていたが。

「一体──」

 隣にいるのが当たり前で、居なくなった時その大切さに人は気が付く、と言うがまさか居なくなった時でさえ隣にいると思い込んでしまう程、隣にいたのが当たり前で、何より隣にいて欲しかった相手を。

「──誰なんだ」

 俺は忘れてしまった。

「……っ……!」

 大切な事を思い出せないもどかしさ、何も出来ない無力さ、その他ありとあらゆる感情がごちゃ混ぜとなって涙となり頬を伝う。ゴーグルを付ける気力すらなく、無言で遊矢は泣き続けた。開けた窓から吹かれた風が、ベッドボードの上のルーンアイズをふわりと浮かせ、涙を拭う様に顔を覆う遊矢の手の上に落ちる。その風は、慰めるかの様に柑橘類の匂いがした様だった。

 




今回のオリジナル設定としては
・スタンダード→ペンデュラム次元への変更によるペンデュラム次元での他召喚法の消滅
・記憶改変の進行途中での行動だったため、一時的に柚子を覚えている(ARC-V141話では完全に完了している)



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