聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版   作:水晶◆

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*ご指摘頂いた誤字修正しました。「聖堂聖衣でありながら」→「青銅聖衣でありながら」
*2013年2月16日15時 ご感想にあった「真の持主~」のくだりを改訂前の言い回しに修正し、それに合わせて文中の表現に加筆修正を加えています。



第5話 宿敵との再会!その名はカノン!の巻

「エクレウスの聖闘士――海斗か。若いな、聖闘士になりたてのヒヨッコが――」

 

 そう呟き、奴が一歩を踏み出した。

 初対面の俺が奴の事を知っているそぶりを見せた事に対しての警戒は見せているが、敵としては明らかに見下しているのが分る。

 俺にとっては好都合だ。侮ってくれているのならそのままで良い。一分の隙も見逃さない、先制の一撃を入れてやるさ。

 

 しかし、敵を侮っていたのは俺も同じだったと即座に思い知る事となる。

 

「聖衣を得た事で思い上がり、ハネッ返って見せた。そういったところか?」

 

 その瞬間、奴の姿が輝き俺の視界から消え――

 

「がッ!?」

 

 全身に、まるで正面から巨大な壁にぶち当たった様な衝撃を受けて、俺は吹き飛ばされていた。

 奴の繰り出した左拳の一撃だ。それも、当てる瞬間にわざと止めて見せて、だ。

 俺の中にあったイメージよりも速い。その拳速は、青銅や白銀の域を容易く超えている。

 

 聖闘士の基本として、青銅聖闘士(ブロンズセイント)はマッハ1の速度で動き、秒間に百発近い拳を繰り出す事を可能とする。

 その上位である白銀聖闘士(シルバーセイント)は、マッハ2~5の速度を持つ。

 青銅と白銀、この両者の時点で既に埋め難い差があるのだが、黄金のそれは比較するのもおこがましい。まさしく超越している。

 光り輝く黄金聖衣を纏う彼らの早さは――光速。

 光の拳と光の鎧を持ち、光の速度で活動する究極の聖闘士。

 

 俺自身に油断があったとはいえ、手を抜かれた一撃でこれだ。

 おそらく、奴が本気で拳を繰り出せばマッハを超えた光速の拳に達するのは間違いない。

 ならば、それを振るえる奴の力は、まさしく黄金聖闘士に匹敵する。海皇の海将軍としても、だ。

 

「ぐっ!」

 

 砂浜に叩き付けられる前に身体を捻り体勢を立て直す。

 許容量を超えた一撃で聖衣が軋みを上げている。聖闘士の力量は必ずしも纏う聖衣とイコールではないが、青銅聖衣、白銀聖衣、黄金聖衣ではその材質からが異なる以上聖衣の耐久力には明らかな格差が存在している。

 青銅聖衣でありながら先の一撃で砕けずにいるこのエクレウスの聖衣の頑丈さにまだ持てよと、俺は着地と同時に奴目掛けて左右の連打を繰り出した。

 

「だが、フッ……しかし青銅如きに本気になろうとしたオレも大人気なかった」

 

 それを奴はまるで意に介した様子もなく、僅かな動きだけで繰り出す拳を避ける。

 

「成る程、青銅とは思えぬ程に――速い。ならば……そうだな、この左拳一つで相手をしてやろう。少しは戦いらしくなるかも知れん」

 

 その言葉通り、奴は避けるのを止め、左手一つで俺の繰り出す連打を全て捌き始めた。いいさ、そのまま調子に乗っていろ。

 

「速いだけではなく威力もある。これならば思い上がるのも無理はない。オレの知る限り白銀クラスの中でもこれ程の使い手は――ムッ!?」

 

 バシンと、音が響いた。

 

 俺の右拳が奴の左手に受け止められ――

 

「今世の海闘士は随分と詳しいんだな、聖闘士の事を」

 

 奴の右拳を俺の左手が受け止めていた。

 

「どうした? 左拳だけで相手をしてくれるんじゃあなかったのか?」

 

「……ぬかせ小僧が」

 

 そのまま俺と奴は視線を逸らす事なく睨みあう。

 

「オレの事を、いや海闘士の事を知っている……小僧、お前は――何者だ?」

 

「海闘士の敵が聖闘士ならば、聖闘士の敵は――海闘士だろう?」

 

「……!? まさか、小僧――お前は!!」

 

 俺の言葉に奴はその意味を悟ったのだろう。

 奴に僅かな動揺が見えた瞬間、俺は己の内で抑えつけて、高め続けていた小宇宙を解き放つ。

 

「なッ!? 何だこの小宇宙は!? これ程までの攻撃的な小宇宙を秘めていただとッ!!」

 

 鱗衣の(マスク)越しでも奴の驚愕が分る。

 前世のオレを殺した男と、この目の前の男が異なる存在だと頭では理解していても感情は別。

 

「オレの仇を取らせて貰うッ!」

 

 奴には俺が何を言っているのか分らないだろうが、これは俺自身の区切りだ。

 この期に及んで隠し続ける必要はない。俺は、この生において初めて己の小宇宙を極限にまで高め燃焼させる。

 

 俺を中心に螺旋を描いて吹き上がる小宇宙。それは砂塵を巻き上げて風の渦を生み出した。

 小宇宙は激流となって立ち昇り、奴はこの渦から逃れようとしたが俺がその右手を掴んでいる為に逃げる事もかなわない。

 

「ええぃッ! 何をするつもりかは分らんが、このまま大人しくやられてやるとでも思ったか! その前にその首を叩き落としてくれるわ!!」

 

 この場から逃れるのは無理と判断したのだろう。奴の左拳が俺の顔を打ち貫こうと放たれる。

 だが、その一撃は届かない。

 

「これは、拳が……弾かれるッ!? か、身体が捻じれっ、こ、これでは!? この威力――」

 

 小宇宙の激流が生み出す巨大な竜巻。贄を天へと捧げる聖なる柱。

 俺の小宇宙の高まりに応じて破壊の螺旋に巻き込まれた奴の身体を引き裂かんと勢いは激しさを増す。

 

「シードラゴンを名乗るつもりなら知っておけ。これが――」

 

 海将軍シードラゴン必殺の拳。

 

「ぐっ!? こ、この、これしきでッ!! この程――ぐ、ぐわぁああっ!?」

 

 破壊の力場に捉えられた奴の顔が苦痛に歪む。

 全てを消し飛ばす。奴も、俺の中にわだかまり燻り続ける何もかもを。

 

「“ホーリーピラー”だ!!」

 

 そして、俺は小宇宙を爆発させた。

 

 

 

 

 

 第5話

 

 

 

 

 

 打ち寄せる波の音が聞こえた。

 

 足下を濡らす水の流れを感じて、俺は自分の意識が飛んでいた事に気が付いた。

 急激な小宇宙の消耗によって気を失っていた様だ。始めて全力を出した事もあり、一切の加減が利かなかったのだろう。

 

「……奴は?」

 

 周囲を見渡すが、そられしき姿も気配もない。

 

「倒した……倒せたのか?」

 

 一切の手加減なし。全身全霊、全力を込めて放った一撃だ。いくらなんでもあれの直撃を受けて無事に済んだとは思えない。

 とはいえ、技を放った俺がその反動で気を失う様では。

 

「まだまだ制御が甘い、か」

 

 想像以上に高まりを見せたからといって、己の小宇宙に振り回される様では師に未熟と笑われる。

 

「師……ああ、そうだいつも困ったような顔で笑……う?」

 

 笑う? 誰が?

 俺は自分の全力をアルデバランに見せた事はないはずだ。

 

「駄目だな、意識がまだハッキリしていないのか? 全力を出す度にこれでは……。まあ、今はその事は置いておくか。しかし――」

 

 さすがに、ホーリーピラーを放った事は聖域に気付かれたかもしれない。

 掟により、聖闘士は聖衣を纏っての私闘は禁じられている。

 奴との戦いは、確かに私情が十割の私闘ではあったが、聖闘士と海闘士の戦いでもあった。

 これは屁理屈ではあるが事実だ。

 問い質されても困る事はないが、面倒な事に違いはない。できれば気付かれてはいないと思いたいが。

 

「それにしても、よく持ってくれたなコイツは」

 

 そう呟いて聖衣に触れる。聖衣はただ身を守る為のプロテクターではない。持ち主の精神と力に呼応して、その小宇宙を高める力がある。

 青銅から白銀、そして黄金と、位が上がる毎にその効果は顕著であると話にも聞いている。

 海将軍でもあった俺の全力を受け止めきれるか不安もあったのだが、聖衣は見事に応えてくれた。

 

「とりあえずは……戻るか。あまり遅くなるとシャイナ辺りが戻ってきそうだしな。旅行者が来ないとも限らないし、誰かが来る前にさっさと――」

 

 離れるか、と。

 この場から立ち去ろうとした俺は、突如感じた巨大な小宇宙にその歩みを止めた。

 

 

 

「謝罪しよう。お前をたかが青銅、たかが聖闘士と侮った事を」

 

 

 

 俺の中でまさか、という思いと、やはり、との相反する思いがあった。

 聞こえた声に振り返れば、そこにはゆっくりとこちらに歩み寄る人影。シードラゴンの鱗衣を纏ったあの男だった。

 一目見てダメージが有る事が分る。纏った鱗衣には亀裂が奔り、その身体からは血を流し、確かに傷を負っていた。だが、感じる小宇宙に衰えはない。

 どれだけ傷を負おうとも、小宇宙の炎が衰えぬ限り戦える、戦うのが聖闘士であり海闘士だ。

 

 つまりは――奴はまだ戦える、という事。

 

「ここは聖域に近い。今はまだ我ら海闘士の動きを聖闘士に気付かれては困る。お前にも聞きたい事があったからな。そう思い、やり過ぎぬ様に手を抜いたが」

 

 奴の拳が放たれる。

 俺も一撃を放つ。

 撃ち合わされた互いの一撃が――弾けた。

 

「どうやら――そうも言ってはおられん様になったな」

 

「……ホーリーピラーは直撃だった。だというのに随分と元気そうだな」

 

「フッ、無事ではないぞ。恐るべき威力だった。見ろ、黄金聖衣に匹敵すると言われる海将軍の鱗衣がこれ程までに破損をしている。お前の相手がオレでなければ、他の海将軍であれば倒れていただろう」

 

 奴の小宇宙が急速に高まるのを感じる。

 このまま黙って見ているのは拙いと、俺は直感に従い拳を放つ。

 

「“エンドセンテンス”!」

 

 拳が描くエクレウスの軌跡。四角形より放たれた無数の光弾が奴目掛けて集束する。

 

「青銅の身で、いや海闘士でありながら第六感の先にある小宇宙の真髄――セブンセンシズに目覚めたか。確かにお前はシードラゴンだ」

 

 しかし、その一撃が奴を捉える事はなかった。

 

「何!?」

 

 奴が突き出した両手の前に、エンドセンテンスの破壊の波動が全て受け止められていた。

 俺の脳裏に『あの時』の光景が浮かぶ。この流れは――拙い。

 

「海斗と言ったな。認めよう、先程のお前の力は黄金に匹敵した。まさしくシードラゴン足るに相応しい。その力に敬意を表し、オレの名を教えてやろう。カノンだ、今からお前を殺す男の名よ」

 

 カノン。それがこの男の名。

 

「お前の纏う聖衣が青銅ではなく黄金であれば、この鱗衣であれば、この勝負どうなっていたかは分らん。だからこそ、お前という存在はオレの野望にとって大きな災いとなるだろう」

 

 奴――カノンの小宇宙にエンドセンテンスの力が呑み込まれ、その突き出された両手に尋常ではない程の小宇宙が集束して行くのを感じた。空間が歪んで見える程に凝縮された小宇宙が見える。

 

「聖域に気付かれるリスクなど最早構うまい。お前は今、このカノンの全力を持って、この場で倒さねばならん敵よ!!」

 

 それを宿した両腕を、カノンがゆっくりと掲げる。その身から放たれた小宇宙が周囲を侵食し、気が付けば俺は奴が生み出した銀河の中に立っていた。

 そして俺はカノンの小宇宙にこちらへと迫り来る広大な銀河の星々を見た。

 同時に悟る。これに対抗するにはあれしかない、と。この技によって一度命を落としたからこそ確信を持てる。

 身体が動く。俺の意識してのものではなく。それは鏡に映したかの様にカノンの構えと同じもの。

 

 

 

 命を落とした?

 俺が?

 そうだ、俺と師は互いにこれを――

 

 

 違う。俺が命を落としたのはカノンが放った次空間を操る技によってだ。この技では――ない。

 それを認識した事で、身体は俺の意志に従い構えを解く。ここで頼るべきは“俺の知る”最速の拳のはずだ、と言い聞かせて。

 

「くっ、エンド――」

 

 しかし、俺がエンドセンテンスを繰り出すよりもカノンの方が早い。

 

「受けよ、銀河の星々すら砕くこの一撃を!! “ギャラクシアンエクスプロージョン”(銀河爆砕)!!」

 

 打ち合わされるカノンの両手。

 限界まで凝縮された小宇宙がぶつかり合い爆発を起こし、それはまさに銀河の星々すら砕く破壊の奔流と化し俺を目掛けて襲い掛かった。

 大爆発(ビッグバン)の圧倒的な奔流の前に俺が耐える事が出来たのはほんの一瞬だけだったのかもしれない。

 

「ぐ、くぅう!? が、あああああぁ……!!」

 

 閃光の中で亀裂と共に砕け散るエクレウスの聖衣が見える。

 薄れ行く意識の中、すまないと、俺は聖衣に詫びた。

 

 

 

 

 

 纏った聖衣は半壊し、血を流し倒れ伏した海斗に意識はない。その前で、カノンは砂浜に膝をつき荒い呼吸を繰り返していた。

 

「聖衣も肉体も残ったか。しかし――」

 

 オレでなければ倒されていた、海斗に向けてそう言ったカノンの言葉に嘘はなかった。

 海斗の放ったホーリーピラーはカノンの肉体に多大な負荷と大きなダメージを与えていた。

 カノンがギャラクシアンエクスプロージョンを全力で放った事に間違いはなかったが、仮に万全の状態で放たれていたならば海斗の身体は消し飛んでいてもおかしくはなかった。

 それ程の力を秘めた正しく必殺の技であったのだ。

 

「……恐るべき敵であったが、オレの方が上だった。力も、技も、経験も、全てがだ」

 

 自身に言い聞かせるように。立ち上がりながらそう漏らしたカノンであったが、その時ピクリと、僅かながらも海斗の身体が動いた事を見逃さなかった。

 

「まだ息があるのか。いいだろう、せめてもの情だ。この場で一思いに止めを刺してやる」

 

 右手を手刀の形としゆっくりと振り上げる。

 狙いは海斗の首。

 

「お前という存在に興味がわいたのは否定せんがな。……さらばだ」

 

 振り下ろされる手刀。それが今まさに海斗の首に触れようか、というその時だった。

 

「貴方は一体何をしているのですか?」

 

 波の音だけが響き渡る中で、その声は確かな力を持ってカノンの動きを止めていた。静かでありながらも凛とした声であった。

 カノンが振り下ろした手刀は、海斗の首の薄皮一枚を切り裂いたところで止まっていた。

 

「……海魔女(セイレーン)海将軍(ジェネラル)セイレーンのソレントか」

 

 手刀を解き立ち上がる。

 カノンが睨み付ける様に見据えた先には七人の海将軍の一人、セイレーンを司る海闘士ソレントがその身に鱗衣を纏って立っており、カノンへと鋭い視線を向けていた。

 

「地上に出るのは構わん。しかし、どうしてお前が鱗衣を纏いここにいる?」

 

「それはこちらのセリフですよ。シードラゴン、まだ動く時ではないと我々に力を振るう事を禁じた貴方が鱗衣を纏い地上へ出た」

 

 それに、と続けてソレントは視線を聖域へと向ける。

 

「この地はあまりにも聖域に近過ぎる。貴方のその姿からここで何があったのかは想像出来ます。だが、だとするならば我々の存在を聖闘士に気付かれた恐れもある」

 

 海魔女(セイレーン)のソレント。彼は海闘士として覚醒するまでは世界でも有名な音楽生であり、彼が奏でるフルートの美しく澄んだ音色は聞く者の心を癒す奇跡の音色と賞賛されていた。

 彼はおよそ戦いには向かない穏やかな心の持主であったが、海闘士としての使命に対する姿勢は誰もが認める程に強い。

 そんな彼の問い質す様な視線、言葉の端々に含まれる怒気を感じ、厄介な奴に気付かれたとカノンは内心で舌打ちをしていた。

 

「……この男は海闘士として目覚めながらアテナの聖闘士となった、言わば我らの裏切り者よ。ならば始末を付けるのは当然の事ではないか?」

 

「馬鹿な!? 海闘士として目覚めた者がアテナの聖闘士に!?」

 

 ソレントの抱いた驚愕、それはカノンも同じである。

 もっとも、裏切り者の存在に驚いているソレントとは違い、カノンのそれは相手が本来のシードラゴンであった事だが。

 

「……事実だ。それに聖闘士から海闘士になった者もいる。ならば、その逆もまたあり得ぬ話ではあるまい」

 

 だから、これは正当な制裁なのだとソレントに告げ、カノンは再び海斗へと視線を向けた。

 再び手刀を振り上げて海斗の首筋へと狙いを定める。一刻も早く止めを刺さねばならない。

 聖域に気付かれては拙いのは確かであったが、それよりもソレントに海斗の事を知られる事だけは絶対に避けねばならないとの思いからだ。

 自分が偽りのシードラゴンである事を。眠りから目覚め半覚醒状態であった海皇に偽りを語って手に入れたシードラゴンの座。

 カノンの抱く野望の第一段階である海闘士の掌握が未だ完了していない現状で、海皇すら知らぬこの事実を誰一人として知られるわけにはいかなかったのだから。

 十一年をかけた。

 己の野望――大地と大海、この二つの世界を手中にすべく費やしたこの十一年間を無駄にする事など出来るはずがない。

 

「待てシードラゴン!」

 

 なのに何故、こうも邪魔が入るのか。

 振り上げられたカノンの腕を、ソレントが掴む。さすがにカノンもこれ以上冷静を保つ事は出来なかった。

 

「何故止めるセイレーン!」

 

 声を荒げて非難を向ける。怒気に紛れて殺気すらも漂わせていたかもしれない。

 しかし、ソレントはそれに動じることなく語る。

 

「貴方の言葉が真実なら、裏切り者とはいえ彼は海闘士なのだろう? 貴方にそれ程の手傷を負わせる程の、だ。だとするならば、彼は未だ覚醒者が現れていない海馬(シーホース)かスキュラ、クラーケンの海将軍である可能性もある。いや、海将軍でなくとも他の鱗衣の適合者かもしれない」

 

「この男は裏切り者だぞ!」

 

「私は海闘士に裏切り者はいないと信じている。きっと何か理由がある筈だ。それに貴方が言ったのだぞ、聖闘士から海闘士になった者もいる、と」

 

「ぐっ、くく……!!」

 

 どうして、どうしてこうなるのだと、カノンは怒りに身を震わせる。

 この十一年間、全てが上手く行っていたはずだったのだ。

 

 そんなことはあり得ない、と。

 この男は自らシードラゴンだと言ったのだ、と。

 

 そうソレントに言ってやりたかった。

 カノンにとって、ソレントの海闘士としての使命感と仲間に対しての信頼の強さは“海将軍としては”非常に頼もしくあったが、この時ばかりは恨めしくあった。

 こうして問答を繰り返している間にも、時間は刻一刻と過ぎて行く。

 

「……分った。この場でこの男の命を取る事は止めよう」

 

「そうか。ならば彼の説得は私が行おう」

 

 カノンの言葉に安心したのか、ソレントは掴んでいた手を離す。

 

「ならば、せめて海皇が目覚めるまでこの世界から消えて貰う事にしよう。その時には、この男が残る海将軍であったかどうかの答えが出ているはずだからな」

 

 そう言ってカノンは右手を高く上げると、その手で巨大な三角形の軌跡を描く。

 

「何を言っているシードラゴン! 待て、何をする気なんだ!!」

 

「言ったはずだ、暫くこの世から消えて貰うと。命までは取らんのだ、黙って見ていろセイレーン!!」

 

「ううっ、これは!? シードラゴンが描いた三角形の軌跡、その内側の空間が歪んで見える!!」

 

「セイレーンよ、お前はバミューダトライアングルの伝説をを知っているか? その海域に侵入した船や飛行機が突如として消えてしまうという魔の三角地帯の伝説を」

 

「何? ……まさか、それが!?」

 

「そのまさかよ。時の狭間に落ちろエクレウス!」

 

「――ッ!? ま、待て! 待つんだシードラゴン!!」

 

 ソレントの制止の声も、今のカノンには通じない。

 

「“ゴールデントライアングル”!!」

 

 幾重にも重なる三角形(トライアングル)が、時空の狭間へと導く力が倒れ伏した海斗目掛けて放たれた。

 

(消えろ、海斗よ。オレこそがこの世界のシードラゴンなのだ!)

 

「フ、フフフフフッ、フハハハハハハハハッ!!」

 

 ソレントにはああ言ったが、海斗を呼び戻すつもりも生かしておくつもりもカノンにはなかった。

 最大の危惧であった己の野望を脅かすであろう敵の消滅。それを前にして、カノンは込み上げる笑いを抑え込む事が出来なかった。

 

 

 

 そう、この時のカノンには海斗を消し去る事しか頭になかった。仲間であるはずのソレントも自分の邪魔をする存在でしかなかった。

 だからこそ、ソレントの制止の意味を間違えて捉えてしまっていた。

 

「今すぐ――その場から離れるんだシードラゴン!!」

 

「なん――」

 

 カノンにはそこから先の言葉は継げなかった。

 

 突如として周囲を埋め尽くしたのは圧倒的な光量。夜の闇を消し飛ばす目も開けられぬ程の眩い光がカノンの視界を奪い去る。

 今にも海斗の身体を呑み込もうとしていたゴールデントライアングルの力が、巨大な黄金の小宇宙によって打ち砕かれる。

 その余波によってカノンは吹き飛ばされ、事前に気配を察知していたソレントは咄嗟にガードした事でどうにかその場に踏み止まる事が出来ていた。

 

「くっ、いったい何が!? シードラゴン?」

 

 視界を守る為に両手で顔を覆っていたソレントがその隙間から目を凝らせば、倒れ伏した海斗の前に黄金の輝きを放つ何かが見える。

 ソレントには宙に浮かぶそれが、四つの腕を持った異形の姿に見えていた。

 

「……あれは何だ? 四つの腕を持った異形とは」

 

「あれは黄金聖衣、だ」

 

「シードラゴン、無事だったか!? しかし、あれが黄金聖衣と呼ばれる物か」

 

 しかし四つの腕を持つ異形とは何を象徴するのか、そう思ったソレントは目の前に現れたそれを観察してみることにした。

 それは右と左、陰と陽、表と裏。同じ身体でありながら、決して向き合う事のない双子の姿。

 カノンは憎悪の炎を宿した瞳で、海斗を護るかの様に現れた黄金聖衣を睨みつけていた。

 

「あれは――双子座(ジェミニ)の黄金聖衣だ」

 

「……あれがジェミニの黄金聖衣。しかし、何という輝きだ。まるで太陽の――」

 

 ソレントが呟いたその瞬間、オブジェ形態であったジェミニの黄金聖衣が弾け飛び、あたかも聖闘士が身に纏っているかの様に人の形へと姿を変えた。

 装着者のいないジェミニの黄金聖衣から立ち昇る巨大な小宇宙に圧倒され、知らずソレントの足が一歩下がる。

 それに対してカノンは一歩も引く事なく、むしろ望むところとばかりに獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「フッ、クククッ、クハハハハハハッ!! 良かろう、今日のところはこのまま大人しく引き下がってやる」

 

 そう言ってその身を翻したカノンは、倒れ伏した海斗を一瞥すると、この場から立ち去るべく歩き出した。

 

「シードラゴン? 一体何を……」

 

「風向きが変わった。この場は退くぞセイレーン」

 

(フン、貴様が交換条件を出すとはな。エクレウスを見逃せば今日この場の事は忘れる、か)

 

 カノンはもう一度だけ双子座の黄金聖衣へと振り返った。

 

「……良いだろう、今回だけは貴様の提案に乗ってやる」

 

 

 

「だが、いずれはオレの手でその首を貰い受ける。その教皇の椅子ごとな。そして、お前の愚かさとオレの正しさを今度こそ教えてやるさ。首を洗って待っていろ――我が兄(サガ)よ」

 


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