聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版   作:水晶◆

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最終話 動乱終結!決着、氷河対アレクサーの巻

「もう一度、兄と話をしてみようと思います」

 

 そう言って立ち去ったナターシャの背中を思い出しながら、氷河はこれからどう動くべきか、と思案する。

 彼女の手当ての甲斐もあり、万全とはいえないまでもアレクサーと一戦交えられる程度には回復している。

 勝ち筋は見えてはいない。だが、だからといってこのまま何もしないという選択はあり得ない。

 冷たい石壁にもたれかかり瞼を閉じる。

 脳裏に浮かぶのはアレクサーの放ったブルーインパルス。その軌跡。

 奴と自分の凍気。何が違う、何が足りない。

 

「……あと一手、だ。あと一手欲しい。せめて、オレに聖衣があれば――」

 

 氷河が呟いたその時であった。

 ズズッ、と頭上から物音がしたのは。

 

「何だ?」

 

 目を開き頭上を見る。

 隙間なく敷き詰められた石の壁。その壁面の一部が、まるで外側から押し込まれたようにせり出していた。

 氷河は拘束された身とは思えぬ動きで素早く立ち上がると、壁面から距離を取った。

 四肢を拘束する鎖がジャラジャラと音を立てる。

 押し出された石材がゴトリと音を立てて崩れ落ち、壁面に穴が開く。

 吹き込む風に目を細めた。

 人影があった。壁面の穴から覗き見えた人影に、氷河は一瞬、自分はまだ夢でも見ているのかと思ってしまった。

 

「セラフィナの言った通りだったな。当たりだ」

 

「……お、お前は」

 

 短い間ではあったが、幼き日を共に過ごした仲間の面影を残した少年の姿に。

 

「よう、久しぶりだな氷河」

 

 あの頃よりも成長した、しかし変わらぬ笑みを浮かべた海斗の姿に。

 

 

 

「つまり、そのアレクサーって奴が元凶だと?」

 

「ああ。ナターシャが言っていたが、彼女の父親に領土的な野心はない。各地で動いている氷戦士たちもアレクサーを抑えれば止まるはずだ」

 

 再会の挨拶もそこそこに、海斗はまず氷河との情報共有を優先した。

 元々、海斗はカミュから頼まれた届け物を氷河に渡せば、後はフレイを見送って軽く観光でもして帰るつもりだったのだ。

 

「それで、お前はどうするんだ?」

 

「あの男には借りがある。そして、ナターシャとも約束した。だから、オレがアレクサーを止める」

 

 そういって氷河は白鳥の飾りがついた羽根兜を被り――白鳥座(キグナス)の青銅聖衣の装着を完了した。

 冷たいクールホワイトの光沢を放つ、翼のレリーフの施された曲面を多用した聖衣である。

 

「――キグナスの聖闘士として」

 

 

 

 

 

 第30話

 

 

 

 

 

「ここを真っすぐ。二つ目の階段を」

 

 セラフィナの先導で進む海斗たち。

 アレクサーはおそらく領主の部屋に居るだろう、と。

 なら、しらみつぶしになるか、と話していたところで、セラフィナの様子が変わった。

 まるで、何かに突き動かされるように進むその様子に氷河は疑問を抱く。

 それは、フレイと名乗った青年も氷河と同じようであったが、海斗が何も言わないこともあり言葉にはしなかった。

 

 そうしてしばらく進んだのだが――

 

「ま、さすがに気付かれるか」

 

 足を止めた海斗が呟く。

 通路を、行く手を阻むようにして氷戦士たちが集まってくる。

 

「いたぞ! 何者だ貴様ら!!」

 

「氷河だ! 気を付けろ、奴め、聖衣を纏っている!」

 

「くっ、見張りをやったのはこいつらか!?」

 

 セラフィナが足を止め、氷河が身構える。

 そんな二人の横をフレイが進み出た。

 

「貴方たちは先へ。ここは私が」

 

「俺も別にアレクサーとやらに言いたいことはないからな」

 

 そして海斗も。

 

 聖衣を纏った二人ではなく、生身の二人。

 足止めをしようということは分かる。だが、しかし、と。氷闘士たちの表情が歪んだ。

 なめるな、と。

 

「……どうやら、お前たちから殺されたいらしいな?」

 

「生身であろうと容赦せんぞ!!」

 

 前後から襲い来る氷闘士たち。

 前方を海斗が、後方をフレイが迎え撃つ。

 拳を振りかざし飛び込んできた氷戦士を海斗がカウンターで叩き落せば、神速の踏み込みによって相手が身構える前に意識を刈り取るフレイの拳。

 一瞬の内に倒された仲間の姿に、氷戦士たちに緊張が走る

 

「ほら、行けよ」

 

「頼む」

 

 海斗とフレイ、二人の姿に心配は無用だと確信した氷河は、セラフィナと共にアレクサーのもとへと辿り着くべく駆け出した。

 

 

 

 チリチリと、薄暗い部屋の中を揺らめく炎が、相対する二人の姿を照らしている。

 ピョートルとアレクサーであった。

 

「……もう、お前には私の言葉は通じぬか」

 

「言葉が通じぬのはあなたの方だ。それに、何か勘違いしているようだが、同意など求めてはいない。これは決定事項だ」

 

 決定的に、何かを違えてしまった。

 もはや興味なしと、立ち去ろうとするアレクサーにピョートルは――

 

「アレクサー!」

 

 その拳を向けた。

 

「ぬぅ!?」

 

 放出された凍気がアレクサーを包み込み、瞬く間にその身が氷によって覆われる。

 

「過ちを繰り返させるわけにはいかんのだ! この5年の間にお前に何があったのかは分からん。しかし、私がお前を追放したことがこの状況を生み出したのならば、領主として、父親として、責任を果たさねばならん!!」

 

 凍気の余波が室内までも凍り付かせる。

 アレクサーは驚愕の表情を浮かべたまま動かない。

 

「許せ、アレクサー。我が息子よ……」

 

 ピョートルが拳を下ろす。

 静まり返った室内には、巨大な氷柱にその身を封じられたアレクサーの姿があった。

 

「この氷の棺(フリージングコフィン)は誰にも砕けぬ。お前はそこで静かにこのブルーグラードを――」

 

 ――そうか、これがキサマの答えか。

 

「な、何ッ!?」

 

 ピョートルの目が驚愕に見開かれた。

 アレクサーを包み込んだ氷の棺に亀裂が奔る。それは瞬く間に全体へと広がり――ガシャンと、音を立てて砕け散る。

 

「――老いぼれめ。とうの昔に、オレがキサマの力を超えていたことを忘れていたのか? 父親と思い情けを掛けてやったが――」

 

 砕け散った氷の粒子が舞い散る光の中を、その目に狂気をたたえたアレクサーが進む。

 

「ア、アレクサーよ。お、お前は……!?」

 

「オレには向かうものは誰であろうと容赦せん」

 

 ピョートルに向かい、アレクサーが一歩踏み出すたびに、カシャン、カシャンと氷が踏み砕かれる音と、ピョートルの荒い呼吸の音だけが室内に響く。

 アレクサーの振り上げた右手が手刀の形となる。

 

「オレにその拳を向けた以上、キサマは、ここで、死ね」

 

 そうして、アレクサーの刃が振り下ろされた。

 

 

 

 ピョートルを庇った、ナターシャの身体へと。

 右肩から背中にかけて、切り裂かれたナターシャの身体から鮮血が舞った。

 

「……にい、さ……」

 

「――ナ、ターシャ……?」

 

 その右手に、顔に付いた妹の血に、アレクサーが動きを止めた。

 崩れ落ちるナターシャの身体を抱き抱えたピョートルが叫ぶ。

 

「何故だ!?」

 

 何故だ、アレクサー。何故だ、ナターシャと。

 

「ナターシャ……オレは……何故……!? ぐっ、うおぉおおおおああああああああああ!?」

 

 始めて見せたアレクサーの動揺と、その叫びに、ピョートルは自分が何を間違っていたのかを察した。

 赤く染まったアレクサーの瞳、その額にはめられた輝きを増す黄金のサークレット。何よりも――

 

「ア、 アレクサー。おまえ、その目は、いや、なぜ気付かなかったのだ!? なんだ、その――邪悪な小宇宙は!!」

 

「うるさいぞ、この老いぼれがッ!!」

 

「ぐはぁあ――」

 

 アレクサーによって撃ち込まれた一撃に、ピョードルの身体が宙を舞い壁面へと叩きつけられる。

 血を吐き出し、徐々に狭まる視界、薄れゆく意識の中、「オレが救うのだ」と呟き続ける息子の姿と動かぬ娘の姿に、ピョートルは涙を流した。

 

 

 

 しんと静まり返った室内に、その声が響いたのは、まさにこの時であった。

 

「アレクサー!!」

 

 咆哮を挙げた氷河の右拳がアレクサーの頬を殴りつけたのは。

 

 

 

 倒れ伏したナターシャの元へセラフィナが向かったのを確認すると、氷河は改めてアレクサーと対峙した。

 

「氷河か。どうやったかは知らんが、聖衣を得たのだな。これで、条件だけでいえば五分となったか」

 

 口元から僅かに血を流してはいたが、アレクサーには大したダメージは与えられてはいない。

 殴りつけた瞬間、凍気が壁となってアレクサーを守ったことを氷河は理解していた。

 やはり、単純な凍気を扱う技量という点においては、今の自分が劣っていることを認めなければならない。

 しかし、こうして冷静に状況を判断する自分の中に、言い様のない熱が、抑えきれぬ怒りが湧いていた。

 

「アレクサー、貴様、自分が何をしたか理解しているのか?」

 

「理解……だと?」

 

アレクサーは血に濡れた手を見て、倒れた父と妹の姿を一瞥した。

 

「ああ、全て理解している。そう、全てはブルーグラードのためよ。場所を変えるか、ここではお前はやりにくかろう? そこの広間ならちょうどいいか」

 

 ああ、そうだ。

 氷河の横を通り過ぎたアレクサーが、何かを思い出したかのように問う。

 

「氷河よ、お前はクールになれるか? 人を倒すために、クールになり切れるか?」

 

「……愚問だな。なれるさ。アレクサー、お前を倒す為ならば」

 

 

 

 おかしい、と。

 回廊を駆けながら、海斗は自分を包み込むような違和感に、焦りのようなものを感じ始めていた。

 道を塞ぐ氷闘士たちを打ち倒し、フレイと共に氷河たちの後を追って駆け出してからどれほどの時間が経ったのか。

 十分か、一時間か、それとも数分も経っていないのか。

 

「何がどうなっている? くそっ、アイツらは大丈夫だろうな?」

 

 海斗に背後にフレイの姿はない。

 同じ方向へ駆け出したはずが、気付けば道を行くのは自分一人。

 それに加えて――

 

「またか」

 

 まるで自分を誘い込むように、目の前に現れる幻影の姿が、言い様のない焦りを生じさせる。

 

「いい加減、何か喋ったらどうだ? 海龍(シードラゴン)!!」

 

 海龍(シードラゴン)鱗衣(スケイル)を身に纏った人物が、すっと右手を差し出すと、ここへ行けとばかりに海斗に対して道を示す。

 指差された場所は、全て壁であった場所だ。それが、まるで初めからそうであったように、道となるのだ。

 海斗が何度呼び掛けても幻影は何も答えない。ただ、道を示しては消え、現れては道を示すのだ。

 

「チッ……」

 

 舌打ちをしつつも走り続ける。

 距離や時間の感覚がおかしくなっている。どれほど走ったのかも分からない。

 石造りの回廊は、いつしか壁面を無数の本棚で埋め尽くされたものへと姿を変え、螺旋を描くように下へ、下へと続いていく。

 そんな狂った時空間の中で、ようやく海斗はゴールと思われる場所に辿り着く。

 そこは書庫であった。

 奥には古びた木製の扉がある。何気なく、その下を見れば、護符らしきものが落ちていた。

 

「これは、アテナの――封印の護符か? しかし、こいつからはもう何の力も感じられない。だが、なら、この先には……」

 

 意を決し、扉を開いた海斗は、奥へと進む。

 

(セラフィナたちのことは気になるが、仕方がない、か)

 

 おそらくは、歴史的価値のあるであろう大量の書物にも目はくれず。

 進むその先には、無数のアテナの護符が貼りつけられた壁画があった。

 海皇ポセイドンの象徴たる三叉の槍のレリーフが施された壁画が。

 

「こうまであからさまだと、もう、笑うしかないな」

 

 海斗の目の前に、再び海龍の鱗衣を纏った幻影が現れ、その手が壁画を指し示す。

 

「ったく、こんなまどろっこしいことをしなくても、一言、お願いしますと言えばいいんだ。知らない相手でもないんだ、そこまで邪険にはしない」

 

 海斗が壁画へ近づくにつれて、幻影がその姿を歪ませていく。

 糸がほつれるように、幻影の身体から海龍の鱗衣が消えていく。

 そこに立つのは、紫がかった銀色の髪と大海の青を瞳に宿した青年であった。

 穏やかに笑みを見せるその姿は一見すると学者の様でもあった。

 かつて、海斗が現実と虚構の狭間で出会った青年――ユニティがそこにいた。

 

 海斗がユニティの前を通り過ぎる。

 ユニティは何も語らない。

 海斗の手が、壁面に触れる。その手が、アテナの、封印の護符に触れ――引き剥がす。

 眩いばかりの閃光が、三叉の槍のレリーフから放たれる。

 光に包まれた海斗の身体が、その輪郭を失っていき、その意識もまた、白濁の中に消えようとしている。

 無数の蔵書が、アテナの護符が、机が、壁が、ユニティの姿すらも。

 この場の全てが光の中へと消えゆく刹那――

 

『君に、未来を託す』

 

 ――海斗は、確かにその言葉を聞いた。

 

 

 

 おかしい、この気配は何だ。

 氷闘士を倒し、海斗と共に駆け出したフレイもまた、氷河たちのもとに辿り着けずにいた。

 目の前を走っていた海斗が突如としてその姿を消し、その直後、自分を観察するような、無数の視線に晒されているという確信を得て、フレイはその足を止めていた。

 

「この感覚は、明らかに氷戦士たちのそれとは違う。まさか、氷戦士たちの動きには、何か別の――」

 

 ――相変わらず聡い奴よ。

 

「ッ!? 誰だ!」

 

 身構えたフレイの前に、全身を白いローブで覆った人物が現れた。

 目深に被られたフードにより、その表情はうかがえない。

 

 ――気付かねば見逃してやりもしたが、こうなってしまっては、消えてもらうしかあるまい。

 

 ローブの人物から立ち上る攻撃的小宇宙。それは先ほど戦った氷闘士たちの比ではない。

 しかし、フレイが何よりも気になったのは、この小宇宙の強大さではなく、小宇宙から感じる気配に対してだった。

 

「この感じは、まさか――お前は!? くッ、問答無用か!」

 

 ローブの人物から矢継ぎ早に繰り出される連撃に、生身の不利を感じつつも、フレイはこのまま戦うことを選択した。

 

「オーディンよ! 我に力を!!」

 

 疑問は多いが、全てはこの戦いを制してからだ、と。

 

 

 

 ナターシャを抱き抱えたセラフィナの目の前で、光り輝くダイヤモンドダストが舞っていた。

 氷河とアレクサー、二人のぶつけ合う凍気が広間を銀色の世界に染め上げる。

 その中心では、氷河が放つ“ダイヤモンドダスト”とアレクサーの“ブルーインパルス”がせめぎ合っている。

 

「アレクサー! 己の野望のために、家族すらも手にかけたお前を――オレは許さん!!」

 

「許さなければどうする! 力無き者が吠えたところで何が変わるものかッ!!」

 

 膠着したかと思われた状況が動いたのは、このすぐ後であった。

 勢いを増す“ブルーインパルス”に対し、氷河が膝をついたのだ。

 

「ぐぅ、うぅううう……」

 

「フフフッ、ククククッ……。どうした氷河! この程度か!? この程度でこのオレを倒せると思っていたのか!! 答えてみせろッ!!」

 

「だ、黙れッ、アレクサー!!」

 

 怒りのままに表情を歪ませる氷河と、そんな氷河に対して哄笑するアレクサー。

 そんなアレクサーの姿を見て、セラフィナは「あの人は泣いている」と、そう感じていた。

 セラフィナがそう思ったのは倒れたナターシャに駆け寄った時だ。彼女は、重症ではあったが一命は取り留めていた。

 切り裂かれた傷口は凍結しており、それ以上の出血を止めていたのだ。

 もちろん、手当てをしなければ彼女はそのまま死んでいたことに間違いはない。しかし、傷を癒せる自分という存在があったにせよ、彼女は、今こうして生きている。

 願わくば、この少女が悲しみの中で過ごすことがないように。

 

 

 

 キグナスの聖衣の力もあり、アレクサーに対して対等に渡り合う事が出来ていた。

 一時は、勝てると確信すらした。

 しかし、現実はこうだ。地力の違いか、修練に費やした年月か、それとも野望に対する執念なのか。

 アレクサーを打倒すべく全力で放った“ダイヤモンドダスト”を押し込まれ、今まさに敗北しようとしている。

 眼前に迫る白銀の世界。あれが自分を覆いつくしたとき――死ぬのだ、と。

 それを事実として受け入れた時、氷河の怒りに燃えていた心が、敗北と、死という現実を前に急速に冷めていく。

 すると、脳裏にふとアイザックの言葉が思い浮かんだ。

 東シベリアの海を眺めながら、お互いが語りあった記憶だ。

 アイザックはクラーケンの伝説を語り、その精神性を、その強大さを目指すのだと、そう語って見せた。

 

『師カミュからも教わったはずだ。敵を前にしたら、常にクールでいろと』

 

「ああ、そうだったな、アイザック。だが、やはりオレはお前の様には……」

 

 ――激情に駆られるな。静かに、周りを見てみろ。

 

「なッ!? アイザック!?」

 

 思い出の声ではない。親友(とも)の確かな声が、氷河の脳裏に響いた。

 それは幻聴だったのかもしれない。しかし、氷河はその声に従い、意識を周囲へと向ける。

 そうして――見た。

 アレクサーに向かって、その手を伸ばそうとするナターシャの姿を。「兄さん」と呼ぶその声を聴いた。

 

「……そうだ、オレの成すべきことは――」

 

 膝をつき、今まさに敗北しようとしていた氷河が、両の足で大地を踏みしめ立ち上がる。

 

「止めだ氷河!! 受けろ、我が渾身の“ブルーインパルス”を!!」

 

「ぬぅおおおおおおおおッ!!」

 

 そして、両の手で“ブルーインパルス”を受け止めた。

 

「な、何ぃーーーーっ!? 馬鹿な、オレの全力で放ったブルーインパルスを――」

 

 それだけではない。

 

「はぁあああああああああああっ!!」

 

「――弾き返しただとぉ!?」

 

 己の小宇宙を爆発させ、アレクサーに撃ち放つ。

 

「アレクサー、お前のその野望! 今こそ、俺が止める!!」

 

 限界まで高められた氷河の小宇宙が、純白の白鳥のオーラとなって解き放たれたのをアレクサーは見た。

 

「“KHOLODNYI SMERCH(ホーロドニースメルチ)”!!」

 

 振り上げられた氷河の拳から放たれた凍気は、冷たい竜巻を意味する名の如く、屋敷の天井を吹き飛ばし、アレクサーの身体を飲み込んでいった。

 やがて、身に纏った氷戦士の鎧を粉砕され、意識を失ったアレクサーの身体が大地へと落ちてくる。

 このまま大地に叩き付けられればアレクサーは死ぬ。

 果たして、そうはならなかった。

 その身体を、氷河が受け止めていた。

 

「う、うう……。ヒ、氷河よ、なぜ、手加減をした。お、俺は――」

 

「お前が死ねばナターシャが悲しむだろう」

 

 それに、と氷河は続ける。

 

「お前を止める、と。そう約束したからな」

 

 

 

 その光景に、セラフィナがほっと息をつく。

 抱き抱えたナターシャは、今は静かに眠っていた。彼女の父親も、ふらつきながらではあったが、一人で立ち上がろうとしている。

 この戦いを見ていた氷戦士たちは、この決着に異を唱えることなく受け入れていた。

 色々とあったが、とにかくこれで一連の騒動も収まるのだろうと、安心した。

 

 異変は、その時に起きた。

 ピキリと音を立て、アレクサーの額の黄金のサークレットが砕け散った瞬間、彼の身体から“邪悪なナニか”としか形容のできない、どす黒い塊が飛び出したのだ。

 異常に気付いた氷河であったが、アレクサーを抱えていた為に反応が遅れてしまった。

 

「いかん!? クッ、避けろ!!」

 

 それは、ナターシャを抱えて動けないセラフィナ目がけて飛んでくる。

 

 ――オ、怨ぉオ惜おおおおッ!!

 

「させません! 結晶障壁(クリスタルウォール)!!」

 

 かざされたセラフィナの手から、小宇宙によって生み出された幾つもの結晶が集まり、壁となって黒い塊の進行を食い止める。

 しかし、それも一瞬だった。

 

「そんな!?」

 

 人の形となった黒い塊が拳を振うと、瞬く間に障壁には無数の亀裂が奔り、ガラスが割れるような音を立てて砕け散る。

 セラフィナを飲み込むように広がる影は、さながら両手を広げた魔王。

 

 その影が、セラフィナの眼前で弾け飛んだ。

 

 影の中心を貫くように突き出された――フレイの拳によって。

 

「我が拳は“勝利の剣”。邪悪よ、消え去れ」

 

 弾け飛んだ影が、炎に包まれて消えていく。

 まるで、初めからそこには何もなかったかのように。

 

 

 

「あ、ありがとうございます、フレイさん」

 

「良かった、間に合ったようですね。それに、どうやら、彼らの問題も片付いたようですし。一応は、これで一件落着でしょうか」

 

 そう言って微笑むフレイであったが、その身には至る所に切り裂かれたような傷がある。

 

「フレイさん! その傷は――」

 

「ああ、これですか。いえ、見た目ほど大したことはありませんよ? ところで、海斗さんの姿が見えませんが? てっきり、先に来ているものとばかり思っていたのですが……」

 

「え?」

 

 フレイの言葉に、セラフィナが思わず呆けたような声を出した。

 セラフィナが氷河を見た。氷河もまた首を振る。

 氷河に肩を借りてアレクサーが、周囲の氷闘士たちに視線を向けた。

 氷闘士たちの多くが首を振る。

 

「え?」

 

 風の音だけが鳴り響くこの場所に、セラフィナの呟きが消える。

 

「なら、海斗はどこに?」

 

 氷河の問いかけに、答えられる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 the next……

 

『聖闘士星矢 海龍戦記~ANOTHER DIMENSION 冥王神話~』

 

 

 


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