聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~改訂版   作:水晶◆

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CHAPTER2 ~氷原の戦士たち~
第23話 CHAPTER2~プロローグ~


 1986年8月30日――ギリシア。

 エーゲ地方――古代神殿跡地。

 

 

 

「あっ、ながれた。ほら、あそこにもまた流れ星が!」

 

 なんて素敵なのと、女性は興奮冷めやらぬ様子で満天の夜空に浮かぶ星々の輝きを眺めていた。

 

「ああ! エーゲ海の夜空ってなんて素敵なの! 怖いくらいに流れ星がいっぱい!」

 

「エーゲ地方は古代より群星の地といってね」

 

 見たとおり流れ星が多いだろ、と。女性の後ろをカメラ片手に歩いていた男性が続ける。

 高度経済成長の波に乗り、ここ数年はこうして日本人旅行者が訪れる事が増えていた。

 さすがに星空が見えるような時間に出歩く人影はまばらではあるがゼロでは無い。その多くが日本人というのは平和ボケかはたまた。

 

「その流れ星が時々地上にまで落ちてくる事もあるんだってよ!」

 

 上機嫌な彼女の様子につられて、男性の口もついつい軽くなってしまう。

 手にしたカメラはこの日のために、この夜空のために新調されたはずの物。しかし、目の前の彼女に熱中している今の彼では――残念な事に出番はなさそうだ。

 

「もう、何言ってるのよ。ソレ、みんなホテルの神父さんの受け売りじゃない」

 

「あ、あれ? なんだ、君も聞いていたのか?」

 

 しまったな、と。どこかばつの悪そうなその男性の姿を見て、女性は思わず笑ってしまう。

 

「あははっ、もう、な~にカッコつけようとしてるのよ」

 

「そりゃあ……そうさ……」

 

「もう、拗ねなくてもいいじゃない」

 

 ほら、と。渋る男性の手を掴み、女性は「あ、ほら。また流れた」と夜空に流れる光の帯を指差していた。つられる様に男性も夜空を見上げて感嘆の声を上げる。

 そうしてしばらく、二人は幸運にも巡り合えたこの夜空が織り成す一大スペクタクルを堪能した。

 

 そして、男性が「さあ、ホテルに戻ろうか」と。

手を繋いだ彼女にそう伝えようとした、その瞬間――

 

 ドーーーーン、と重く響く大きな音が大気を震わせ、二人の身体に確かな衝撃を与えていた。

 

「な、何なんだ!? 何の音だ?」

 

「エッ? まさか、本当に星が落ちてきたの?」

 

 星が落ちた。二人が耳にした音は、そう思わせるだけの響きがあり衝撃があった。

 そんなはずは、と。雷じゃないのか、と。

 男性は自分に言い聞かせるように何度も呟いていたが「あっちのほうから」と、その音が聞こえた場所へと足を進める彼女に気が付き、慌ててその後を追った。

 

 この後、二人はこれまでの人生の中で築き上げてきた“常識”の一切を覆す光景と出会う事となる。

 空から落ちてきた少年と、それを追って現れたもう一つの存在によって。

 

 

 

 

 

 第23話 聖闘士星矢~海龍戦記~CHAPTER 2 ~GODDESS~ プロローグ

 

 

 

 

 

 同日、同時刻――聖域。

 修練場の外れ。

 

 

 

「ほう、あれが新しく聖闘士(セイント)になるかもしれないって日本人の小僧か」

 

「……ああ、そうだ。星矢かカシオス、明日の戦いで勝った方が新たなる天馬星座(ペガサス)の聖闘士に選ばれる」

 

 明日は次期ペガサスの聖闘士を決める最後の試合の日であり、有資格者として対峙するのは星矢とカシオスである。

 カシオス側は、既に勝利を確信しているのか、それとも当日を万全の態勢で迎えるためか、今日は早々に修練を切り上げており今頃は夢の中であろう。

 対しての星矢側である。

 聖域での六年間に渡る修行は星矢の力を大きく成長させていたが、それでもこの日までに幾度となく行われたカシオスとの模擬戦に星矢が勝利をした事は一度もない。

 その事もあってか、魔鈴は夜中になり日付が変わろうとしてもなお星矢の修練を終えようとはしなかった。

 とはいえ、基本的な事はこの六年の間に全て教えてあるので、この時点でやれる事と言えば魔鈴を相手にひたすら戦闘訓練を繰り返すのみである。

 

「あの程度で、か?」

 

 向かって行く星矢、それを返り討ちにする魔鈴。その光景を延々と繰り返した後、ついに星矢は力尽きたのか魔鈴の繰り出した拳をまともに受けてしまう。

 どうにか防御こそ間に合ったものの、その身体は遥か彼方へと吹き飛ばされていた。おそらくは聖域の結界を越えてしまっているだろう。「馬鹿が」と、悪態を吐いて魔鈴はその後を追って行った。

 その光景を見た上でのデスマスクの言葉である。

 

「盟を基準にするなよ? アイツはアイツでおかしいからな。それに、男子三日会わざれば刮目してみよ、ってのがあってな。どこでどう化けるか――」

 

「知っている。三国志の演義だな。だが、それでもだ。あの様子では間に合わん」

 

 皮肉気な笑みを浮かべながら、デスマスクは傍に立つ青年――海斗へと振り向いた。

 初めて会ってから二年程になるが、随分とデカくなったもんだと、成長期と言う言葉を思い浮かべながら海斗を見やる。

 背丈は百七十センチ後半、無造作に伸ばされた黒髪の癖の強さと若干睨み付けているようにも見える眼つきの悪さは変わらない。

 デスマスクは聖闘士の正装として純白のマントを羽織り、その内には黄金聖衣を纏っていたが、海斗は薄手のジャケットにジーンズ、そしてスニーカーといったごく普通の、しかしここ聖域では異質な服装をしている。

 

「フンッ、まあどっちがなろうが“使える”なら構わん。まあ、お前としては同郷の小僧に勝ってもらいたい、ってところか?」

 

 海斗はデスマスクの言葉を受け、僅かに思案するような仕草を見せると「さて、ね」と、肩を竦めた。

 

「無事であればそれでいい。とは言え、あのカシオスの気性だ。負ければ星矢は五体満足とはいかず、無事じゃあ済まないだろう。となると、勝って欲しい所だが……俺たちは一方のみに肩入れできる立場じゃないだろ?」

 

 成り行きに任せる、と苦笑気味に続けた海斗は星矢が飛ばされた方向へと向かい歩き出した。

 

「何だ、結局手を出すのか?」

 

「違う。事故であろうと――まぁ、事故だが。とにかく結界の外に出た、ってのが拙い。カシオスの取り巻き連中が騒ぎ立てる格好の材料になる」

 

「過保護な奴だ」

 

 知らない仲でもないんでな。そう言って進む海斗の背中を眺めながら、「ああ、そうだった。伝えるのを忘れていた」とデスマスク。

 

「教皇の仰る通り、冥王軍に施されたアテナの封印が綻び始めている。大物はまだ身動きが取れないらしいが、な。小物は隙間から這い出し始めていたぞ」

 

「……出会ったのか?」

 

 海斗は足を止めるとデスマスクへと振り返った。それを確認してデスマスクは続ける。

 

「三匹だ。叩きのめしてから“冥界波”であの世に送り返してやったがな」

 

「冥界波? 焼かなかったのか? ああ、変わられるよりはマシか。それで、いつの話だ?」

 

「四日前だ。まあ、そんなに気にするな。少なくともあの程度の相手に“オレたち”が動く必要はない。準備運動にもならん。青銅(ブロンズ)白銀(シルバー)どもにやらせればいい」

 

 とんだ期待外れだった。そう言ってデスマスクは肩を竦めた。

 

「それを決めるのは教皇だろうに」

 

 そう返した海斗が踵を返そうとしたその時であった。

 

「そう、決めるのは教皇だ。アテナじゃあ――ない」

 

 呟かれた言葉は独り言にしてはあまりに大きく、その意図は――深い。

 しばし無言のまま対峙する二人。

 

「……当たり前だろう?」

 

 その沈黙を先に破ったのは海斗であった。

 

「いかにアテナとはいえ、未だ覚醒を果たしていない少女なんだろう? なら、教皇による補佐と判断は必要だよ」

 

 それで話は終わりかと、海斗が今度こそ踵を返して歩き出す。

 デスマスクは「そうだな」とだけ返してその背中を見送る。その姿が、気配がその場から完全に消え去ると、ニヤリと口元を歪めて――呟いた。

 

「お前の言うとおりだ。女神(アテナ)は未だ覚醒せず。故にこの聖域の全てを教皇が取り仕切られている。そうだ、全ては――」

 

 ――教皇の思惑のままに、な。

 

 

 

 

 

 1986年9月6日――日本。

 東京――城戸邸。

 

 

 

 城戸光政が百人の孤児たちを聖闘士とするべく各地に送り出してから六年。

 彼の傍で、いつも無邪気な笑みを浮かべ、幼さ故の高慢ささえ与えていた娘は、今は純白のドレスを淑やかに身に纏った美しき少女へと成長をしていた。

 そんな少女――沙織は手にした書類を眺めながら、計画が概ね順調に進行している事を確認すると「ふぅ」と小さく息を吐いた。

 彼女の目の前、敬愛する祖父――城戸光政が使用していた、彼女にとっては大き過ぎる机の上には所狭しと書類の山が築かれている。

 計画の実行まで残り数週間と迫っており、もう暫くはこの書類の山と顔をつき合わせる事となる。

 

「問題があるとすれば、未だ連絡を寄こさない彼ら……」

 

 城戸光政より引き継いだ計画。これを成すには、彼が“死地”へと送り出した孤児たちの存在が必要不可欠であった。

 ある者は極寒の地へ、ある者は灼熱の大地へ、ある者は獰猛な獣の蔓延る未開の地へと送り込まれ。

そうして送り込まれたその先に、そこに待つのは凄絶を極める修行の日々。

 小宇宙に目覚め、聖闘士となる事ができなければ死が待つのみ。

 現時点で生存を確認できているのは僅か七名のみ。

 中には修行より逃げ延びた者も、聖闘士となれずとも生き延びた者もいたかもしれないが、沙織の知る限り八十人以上の子供が既に死亡したと聞かされている。

 

「……お爺様……」

 

 祖父が何を考えてあのような行為を行ったのか。その真意を知れば、知らされれば、何も知らされずに死地へと送り出された彼らはどう思うのだろうか。

 憎むのか、怒るのか、悲しむのか、嘆くのか。

おそらくは――その全て。そして、その強大な負の感情が自分にも向けられるであろう事は想像に難くない。

 知らなかった、等とは口が裂けても言う事はできない。言ってはならない。それが沙織にとっての事実であっても、だ。

 

 

 

 手にした書類を置き、引き出しから一冊の本を取り出す。ギリシア神話が綴られた本である。

 その装丁には所々痛みが見受けられるが、それは決して乱雑に扱われていたためではない。

 光政が何度も何度も沙織に聞かせ、沙織もまた何度も何度も目を通したお気に入りの、それは今や数少ない祖父との思い出の品の一つであった。

 

 手にした思い出を開こうとしたところで、コンコンコンと、控えめなノックの後「失礼しますと」声が掛かる。

 

「……辰巳ですか?」

 

「はい」

 

 椅子に深く腰掛けた沙織は、辰巳の返答に振り返る事なく「そう」とだけ呟いた。

 手にした本を閉じ、腰まで伸ばされた長い髪を掻き上げる。

 

「それで?」

 

 入口に背を向けたまま、振り向く事もなく、何が、とも聞かない。

 世間では、マスコミには、年齢に似つかわしくないこの沙織の姿に“女帝”などと揶揄する者が大勢いる。

 その横柄とも言える態度に辰巳は、しかし特に気にした様子もなく、もう一度「失礼しますと」頭を下げて室内に入った。

 

 それが、沙織にとって精一杯とも言える虚勢である事を知っているからである。

 今年でようやく十三歳となる少女に背負わされた重圧を知るからこそである。

 アジア圏最大の財団であるグラード財団の実質的な代表であるという責務。

 そして、沙織と辰巳だけが知る、少女が背負うにはあまりにも重すぎる――運命を。

 

 それを知った時より沙織は変わった。

 年相応の無邪気さ、幼さが消え去り、その表情から――笑顔が消えた。

 沙織は理解してしまったのだ、己の使命を、運命を。

 それを知るには幼すぎ、しかし聡明過ぎたが故の悲劇。他人に弱さを見せてはならない、と。常に毅然とした態度であらねばならないと思い詰めてしまっていたのだ。

 辰巳がその事に気が付いた時にはもう遅かった。

 

(……お嬢様……。旦那様、辰巳は貴方様を尊敬しております。しかし、しかしこの事だけは……)

 

 諌める事ができる者が傍にいれば、諭す事ができる者が傍にいれば、叱る事ができる者が傍にいれば。

 沙織が己の弱さを曝け出せる、頼れる相手が傍にいれば、と。

 知らず、辰巳は己が拳を握り締めていた事に気が付き、沙織に気取られぬようにその手を開く。そこには一枚のメモがある。

 

 沙織の背中に向けて姿勢を正すと、辰巳は手にしたメモを確認してこう言った。

 

「先ほど、ギリシアの財団支部より連絡がありました。……“海斗”から接触があった、と」

 

「――ッ!?」

 

 辰巳の言葉に、沙織は手にした本をその場に落とす。ガタンと大きな音を立て、それに構わず、沙織は驚愕の表情を浮かべて椅子から立ち上がっていた。

 

「……生きて……無事であったのですか!?」

 

 祖父である城戸光政が集めたとされる百人の孤児、その中でもいわゆる数少ない年長組の一人であった少年。

 海斗本人すら知らぬ、それが意味する事を知る者は今や辰巳のみ。

 

「支部からは近日中に日本に向かわせるための手筈を整える、との事です。そして、同じくギリシアに送られていた星矢、シベリアの氷河の生存も確認致しました」

 

「そう……ですか……」

 

 そう小さく呟くと、沙織は張り詰めていた糸が切れたようにストンと椅子に腰を落とした。

 これで、送り出された孤児たち、少なくとも十人の生存は確認された。

 どこかほっとした様子で、僅かながらも笑みを浮かべたその表情は、辰巳がここ数年見た事が無い年相応の少女が浮かべるものであった。

 その事に内心安堵しつつも、決して表情に出さずに辰巳が続ける。

 

「ですが、お嬢様。一つ問題があります。海斗が帰国のために条件を出しております」

 

「条件、ですか?」

 

 沙織の表情が変わる。既に先程垣間見せた少女の面影はない。

 

「はい。ある物を探し出す手伝いを、との事です」

 

「探し物、ですか?」

 

 どこか歯切れの悪い辰巳の様子に沙織は首を傾げる。

 もっと俗な要求でもしてきたのかと構えていただけに、沙織は少し拍子抜けしていた。

 情報網において世界一を誇る財団の力をもってすれば、探し物の一つや二つ大した問題でもない。

 手伝いを、と言っている以上、その探し物についての全てを財団に任せる気はないのだろうが。

 ならば、この辰巳の様子は……。

 

「……聖衣なのです。海斗の探している物は」

 

「は? 待ちなさい辰巳。海斗は聖衣を得て聖闘士となったのではないのですか?」

 

「はい。ギリシアにて聖衣を、エクレウスの青銅聖衣を得た事は支部の者が確認しております」

 

 ならば――と、続けようとした沙織はそこで言葉を止めた。

 海斗が送り出された地はギリシア。

 聖闘士の総本山である聖域。

 聖衣を得た海斗が、聖域の聖闘士が探している聖衣とは。

 

「まさか!? ……そう……なのですか……。辰巳?」

 

「……はい」

 

 沙織には、辰巳には心当たりがある。それが何であるのかを知っている。

 

「海斗の探している聖衣は十三年前、聖域より失われた――黄金聖衣(ゴールドクロス)

 

 だからこその、不可解な辰巳の様子であったのだと沙織は思い至り、同時にこれは非常に拙い展開になったと考えていた。

 

 

 

「――射手座(サジタリアス)の黄金聖衣です」

 




2021/01/31 誤字修正。ご指摘ありがとうございました。

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